てんぐのはな
石造りの闘技場の中で、ジンは手にした銀の大剣を振り回す。
周りには誰もおらず、ジンはただ一人無言で身体を動かしていた。
振り下ろし、横薙ぎ、突き、切り上げと一つ一つの動きを確認しながら剣を振る。
そのたびに、風を切る鋭い音が闘技場内に響いた。
しばらくして、ジンは剣を納めた。
「……ダメだな、師匠の剣はこんなものじゃなかったはずだ」
ジンはそう呟くと眼を閉じた。
次の瞬間、ジンの周囲には凄まじい勢いで炎が噴き出し始める。
炎が闘技場全体を荒れ狂うように駆け回るなか、ジンは微動だにせず眼を閉じたまま立ち尽くしていた。
「黄昏の刻」
そう呟いた瞬間、ジンを中心にして巨大な黄金の火柱が上がった。
火柱は天を貫くほど高く上がり、やがて空一面を金色に染め上げた。
その魔法が収まったとき、周囲はまるで最初から何もなかったかのような一面の荒野と化していた。
「……違う。師匠の炎はこの荒野すら焼き尽くす」
ジンは出来上がった荒野を見て、苦々しい表情を浮かべた。
闘技場が崩壊したことにより、幻想が消えて元の控え室に戻る。
ジンは一息つくと、外に出て飲み物を飲むことにした。
外に出た瞬間、ロビーの視線をジンは一身に集める。
先ほどのジンの魔法を見た者がジンに興味を持ったのだ。
その視線を無視して、ジンは売店で飲み物を買う。
「……はあ、俺はいつになったら師匠に追いつけるのかねぇ」
ジンはため息混じりにそう言いながら瓶のフタを空け、中身を飲む。
冷たい感覚と共に喉が潤うと同時に、疲れが少し取れる。
ジンはロビーの椅子に腰を下ろし、時計を見る。
ジンが闘技場に入ってから、既に30分が経過していた。
「しっかし、勇者様ご一行は何をやってるんだろうかね? 闘技場で待ってろって言ったはずだが……」
「ふん、ようやく来たか。何分待たせれば気が済むのだ?」
「ん?」
背後から聞こえた声にジンが振り向くと、そこには長身で褐色の肌の女性が立っていた。
それを受けて、ジンは瓶の中身を一気に飲み干して立ち上がる。
「いや、俺30分前からここに居たが? そちらこそどこに居た?」
「我々は45分前からここで待っていたぞ? 準備体操がてら訓練をしながらな」
女性はジンに敵意のこもった視線を浴びせながらそう話す。
それを聞いて、ジンはため息をついた。
「それ、分かるわけないだろ……俺、お前らの名前知らないもんよ……」
ジンの言葉に、女性は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「……まあ良い。来ているのならば早速始めるとしよう。早く来い」
女性はそう言うとスタスタと歩き出す。
ジンはその後ろをついていき、案内された闘技場の一室に続けて入る。
中に入ると、黒髪の男がジンに寄ってきて頭を下げた。
「すまん、よく考えたらアンタ俺達の名前知らなかったな。俺の名前はスバル・イトカワ。スバルで良いぜ、ジン」
「おう、気にするな。誰だって失敗はするさ」
スバルの謝罪を笑って受けるジン。
そんなジンに対して今度は拳法着の男が話しかける。
「俺はリゲル・ベテルギウスだ」
リゲルは今すぐにでもジンと戦いたいらしく、血走った瞳でジンを見つめる。
「まあまあ、落ち着きなさい。この人をタコ殴りにするのは後で思う存分すれば良いでしょう?」
そんなリゲルを法衣を来た茶髪の女性が窘める。
しかしその言葉にはかなりの毒を含んでいた。
神官はリゲルがいったん引くのを確認すると、ジンに対して向き直った。
「失礼しました。私の名前はスピカ・ポリマ・ヴィンデミアトリックスと言います。宜しくお願いします、天狗さん」
「ああ。俺が天狗かどうかはしっかり確かめてくれよな?」
恭しい口調で最後に毒を吐くスピカ。
それに対してジンは笑って応対し、最後の一人に眼を向けた。
「で?」
「ふん、我々の任務を笑うような奴に名乗る名はない!!」
「おい、カペラ!!」
カペラはそういうとジンをにらみ付け、スバルはそんなカペラを諌めようとする。
それを見て、ジンは苦笑しながら肩をすくめた。
「別にお前らの任務を笑ったわけじゃないんだがな……まあ、良いけど」
ジンはそういうと台座にメダルを嵌め、闘技場を出現させる。
古びた闘技場が出来上がると、ジンは後ろに跳んで一気に距離をとる。
「んじゃま、自己紹介も終わったわけだし、さっさと始めようか。準備は良いか? あ、そうそう、勇者様はいったん抜けててくれ。アンタは後でじっくり見るから」
「ん? 分かった、んじゃまずは引っ込んどく」
ジンはそう言うと剣も抜かずに相手を見据える。
そんなジンに、リゲルはニヤリと笑いながら近づいていく。
「……剣を抜かなくて良いのか?」
「同じ土俵の方が面白いだろ?」
リゲルの問いに、不適に笑いながらジンは答えた。
それを聞いて、リゲルは浮かべた笑みを深くした。
「……上等。では行くぞ!!」
リゲルはそういうと一瞬で間合いをつめてジンに拳を突き出した。
その拳をジンは身体を開くことで躱し、腹に膝で蹴りこむ。
「むっ!!」
しかしリゲルはそれを読んでいたらしく、それを手で受け流しながら身体を回転させて裏拳を入れる。
ジンはそれをしゃがみこむようにして躱しながら足払いを掛ける。
「ぐぅ!!」
リゲルはそれをジャンプすることで避けるが、ジンはそのリゲルに対して回転の勢いをそのままに回し蹴りを叩き込んだ。
リゲルは腹を守るために空中でガードするが、遠くに弾き飛ばされる。
「リゲル!!」
そうしてフリーになったところを、カペラが弓で狙い打つ。
その自分を目掛けて正確に飛んでくる矢を、ジンはその場から一歩も動くことなく素手でつかんだ。
「なっ!?」
ジンのその行動に、カペラは驚いた。
何故なら、自分の放った矢を手で掴まれたのは初めてだからだ。
「っ、驚いている場合ですか!!“神の投槍”!!」
スピカはそう言いながら、手から強烈な閃光を発した。
手からレーザーのように飛び出したそれは、一直線にジンに向かって飛んでいく。
「……」
「くっ!?」
しかし、ジンは手に魔力を込めてその手でその光線を叩き落した。
それを見て、スピカは苦々しい表情を浮かべる。
それに対して、ジンは俯いて表情を見せない。
「……お前ら、舐めてる?」
ふと、ジンは小さくそう呟いた。
その言葉を聞いた瞬間、勇者一行は背筋に冷たいものを感じた。
「……お前ら、この程度で魔王退治とか、本気で言ってるのか?」
ジンはそう言いながら顔を上げる。
その表情は能面のように無表情で、眼からは侮蔑の視線が感じられる。
「これが本気だって言うんなら期待はずれどころの騒ぎじゃないぜ? 魔王どころか、下手すりゃそこいらの盗賊に狩られて死ぬぜ? ……もう一度、本気で来い」
ジンはそういうと再び素手で構える。
リゲルは起き上がると、手に気をまとわせ始めた。
その眼からは笑みが消え、本気の状態であることが見て取れた。
「でやあああああ!!」
リゲルはその拳を嵐のようにジンに繰り出した。
上下左右あらゆる方向から炎のような気をまとった拳が迫ってくる。
「……ふん」
「ぐっ!?」
その拳を、ジンは青白い気をまとわせた手でがっしりと受け止めた。
リゲルは眼を見開く。
「お前の拳は速いだけだ。拳も気も全てが軽く、技も拙い」
「な、何だとぉ……」
「はあっ!!」
「ぐあっ!?」
ジンはリゲルを床に叩きつけ、受身を取ったところを腹に拳を突きこんだ。
気が一気に送られ、リゲルの体内で暴れまわる。
リゲルはあまりの痛みにその場でのた打ち回り始めた。
「“神の裁きよ”!!」
「“魔の楯”」
スピカによって呼び出された雷を、ジンは魔力の障壁で軽々と受け流す。
そして、素早くスピカとの間合いを詰める。
スピカの眼には、目の前に一瞬でジンが現われたように映った。
「うっ!?」
「力が強いのは認めよう。だが、お前はそれに酔っている。ふん!!」
「がはっ!!」
ジンはスピカの鳩尾に膝を叩き込んだ。
スピカはその場に崩れ落ちた。
「くっ、“風龍牙”!!」
「甘い」
カペラが放った風をまとった矢を、ジンは再び手で掴んだ。
そのジンに対して、カペラは素早く第二射を打ち込む。
「はっ!!」
「甘いと言っている」
しかし、その第二射もジンは手で掴んだ。
ジンはその矢を投げ捨てると、ゆっくりとカペラに向かって歩き出す。
「く、くそっ!!」
カペラは近づいてくるジンに下がりながら次々に矢を打ち込む。
しかしジンはその全てを掴み、投げ捨てる。
そして気がつけば、カペラは闘技場の壁に追い詰められていた。
「ふっ!!」
「かっ……」
ジンは追い詰めたと見るや、一気に間をつめて片手でカペラの首を掴み、持ち上げて絞め始めた。
カペラは弓を落とし、ジンの手を引き剥がそうと抵抗する。
「お前はどんな訓練をしてるんだ? 正確に射るだけが射手の仕事だと思うな」
「が……あ……」
ジンがそういった瞬間、カペラの手足はだらりと下がった。
手を放すと、カペラはその場に崩れ落ちた。
ジンは倒れている3人をそれぞれ見やるとため息をついた。
「はぁ……本当に期待はずれだ。どいつもこいつも他人におんぶに抱っこか」
ジンはそういうと、3人を改修してスバルのところに向かった。
見ると、スバルは蒼い顔で運ばれてきた3人を見ていた。
「嘘だろ……あの3人がこんな簡単に?」
「よっ、とりあえずこいつらの天狗の鼻を叩き折ってやったぞ」
ジンはスバルの目の前に倒れた3人を寝かせる。
スバルは急いで3人の容態を確認した。
全員息はあり、気絶しているだけのようだった。
「そんな心配することはないぞ。ここは闘技場、例え死んだって幻が解けりゃ生き返るんだ。もっとも、俺はあんまり好きじゃないがね」
「アンタ、本気で何者だ? こいつらこれでも結構な実力者のはずだぞ?」
「そんなもん、それ以上の実力者って言えばそれまでだろ? まあ、俺が見る限りこいつらは成長途中ってとこかね。ああは言ったが俺が言うほど悪くはないし、弱くはないだろうよ。だが、これで魔王と闘うのは自殺行為だな」
ジンは倒れている3人を見ながらそう評した。
スバルはそんなジンをじっと眺めている。
すると、ジンはスバルに顔を向けた。
「さてと、お前には少し質問があるんだがな、スバル」
「……何だよ?」
「ひょっとしてお前ら一度も誰かが欠けた状態で戦ったことが無いんじゃないか?」
ジンがそういうと、スバルはハッとした表情でジンを見た。
「そういや……なんでそんなことが分かるんだ?」
「こいつらと戦ってて思ったんだが、どうにも戦いの展開がワンテンポずれてるんだよ。何かこう、あるべき一手が無い、って感じだった。恐らく、その一手がスバルのものだと思うんだがどうだ?」
「わかんねえ……正直、俺が役に立ってるかどうかなんてあんまりわかんねえんだよ。敵は倒すけど、どうにもおこぼれ頂戴な気がしてな」
それを聞いて、ジンは盛大にため息をついた。
「お前、分かってないな。こいつらはそのおこぼれ頂戴に頼りきってるんだよ。だから必要以上の成長が出来ていない。どいつもこいつも威力が足りなかったり狙いが甘かったり制御が不十分だったりだ。はっきり言って、お前が抜けたらこのパーティはあっという間に壊滅するだろうさ」
「そうなのか?」
「ああ。んで、こいつは俺の勘なんだが……俺はどうにもお前が一番強い気がしてならないんだな、これがさ!!」
ジンはそう言いながら背中の大剣を抜く。
その様子に、スバルは眼を見開いて息を呑んだ。
「さて、今度はお前の番だ。自分の強さを把握するためにも、サシで勝負してみようぜ、勇者様?」
ジンはにこやかに笑いながらそう言ってスバルに剣の切っ先を向ける。
スバルはそれを見て、大きく深呼吸した。
「……ははは、何と言うか、いきなりボスが現われました、って感じだな。ま、ここなら死なないんだしやってみっか」
スバルは乾いた笑みを浮かべてそういうと、ジンの正面に立った。
しかしスバルの覇気が無かった瞳には、今や強い闘志が感じられた。
ジンはそれを見て満足そうに頷く。
「OK、そうこなくっちゃな。それじゃあ、始めようぜ。楽しませてくれよ、勇者様!!」
「ああ、行くぜ!!」
こうして、2人の戦闘が始まった。