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拝啓、親父殿。幼馴染が怖いです。  作者: F1チェイサー
第2章 おうじょさまのいらい
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しゅくえんとたびだち

むう……ずいぶんと遅くなってもうた……


 クーデター軍との戦いが終わってから数日後、城中の兵士たちが中庭に集まっていた。

 中庭は荒れ放題だったときと比べると整備されており、城も人海戦術によって外見は整えられている。

 その中庭にはたくさんの机が並べられており、その上を料理と酒が覆いつくしていた。


 「この数日間、実に様々なことがあった!! その不測の事態にもかかわらず、己が成すべきことを果たしてくれた諸君らに、余は敬意を表する!! 今日は諸君らの慰労のために、ささやかながら酒宴の場を設けさせてもらった。さあ、今日は存分に飲み、食い、楽しもうではないか!! 乾杯!!」


 国王の言葉と共に、兵士達は一斉に宴会を始めた。

 静まり返っていた中庭は、一瞬にして喧騒に包まれた。

 そして、それに例外はいなかった。


 「あ、こら、それ俺が狙ってた奴!!」


 「油断大敵だよ、ジン。こういう場所での食事は戦争だからね」


 「頼むから、他の連中が滝のような涙を流すなんて事が無いようにしてくれよ? 食事の量は限られてるんだからな」


 「だが断る!! タダ飯を食べられる機会なんてそうそう無いからね、遠慮なく容赦なくもらっていくよ!!」


 「せめて容赦はしろ!!」


 ルネは凄まじい速度で料理を次々と平らげていく。

 電光石火の早業で料理を掻っ攫っていくライトブラウンの髪のホビットに、周囲から悲鳴が上がる。


 「さあ、早く次を持ってくるのです!!」


 「まだ3分も経ってないのにもう一瓶空けたのか!? お前は頼むから自重しろ!!」


 「だが断るのです!! タダ酒なんてそうそう飲めたものじゃないのです!!」


 「やめろバカ!! 酔いつぶれたお前の面倒、誰が看ると思ってんだ!!」


 ルーチェは手当たり次第にどんどん酒を飲む。

 深緑の瞳のハーフエルフのそのあまりの飲みっぷりに、周囲の兵士は唖然とした表情を浮かべていた。


 「……俺もうしらねー」


 その目の前の惨状を見て、ジンは全てを投げ出した。

 そんなジンに近づく影が一つ。


 「や  ら  な  い  か」


 「や  ら  ね  え  よ!!」


 ジン、即座に逃走。

 割と本気で逃げる。

 逃げた先には人だかりが出来ていた。

 その一角は周囲のお祭り騒ぎに比べて、なにやら騒々しかった。


 「いやあ、これはめでたい!!」


 「これは俺も応援しよう!!」


 兵士達は何かを祝ったり、驚嘆の声を上げたりしていた。


 「……何やってんだ、あれは?」


 ジンは気になってそこに近寄る。

 そして、その中心を覗き込んだ。


 「にーさま、次はあれ食べよ?」


 「おいおい、引っ張らなくても大丈夫だっての」


 そこには、栗毛のお姫様に腕を取られ、ぐいぐいと引っ張られていく銀髪の男の姿があった。

 エルフィーナはレオにべったりとくっついており、それが兵士達の注目を集める。


 「……なあ、幾らなんでも公衆の面前でこんなくっついたら拙くねえか?」


 「いーじゃん。今日は無礼講なんだし、これくらいならみんな何も言わないよ♪ それにさ、みんな嬉しそうだよ?」


 エルフィーナがそう言って指差すと、その方向には早くも祝福ムードの兵士達が酒を飲みながらレオ達の方を見ていた。

 レオはそれを見て大きくため息をついた。


 「しかしよお……俺らの周りだけ戦勝ムードっつーか祝福ムードってどういうこったよ?」


 「私はそれでもいーな。だってこれで周りから夫婦とかそんな感じで認められたら、レオにーさまも近くに居てくれるようになるもん」


 「俺はいずれ落ち着けるにしたって、もう少し旅をしてみたいんだけどよ……」


 周囲の視線を受けてエルフィーナは周囲に見せ付けるようにレオにくっついて甘える。

 レオはそれを甘んじて受け入れ、料理を取り分けようとする。


 「おおっとごめんよ!!」


 「んなっ!?」


 しかしレオが取ろうとした料理は目の前で消えた。

 レオはその事態を引き起こした犯人を睨む。


 「ルネちゃん……いくらなんでもそりゃあ無いんじゃねえか?」


 「何を寝ぼけたことを言ってるのさ。こういうパーティ料理を食べるのは戦争だよ? 手を抜いていたレオが全面的に悪いと思うな」


 ルネは涼しい顔でレオの視線を受け流しながら掠め取った戦利品を口に運ぶ。

 レオはその様子を見て、獰猛な笑みを浮かべた。


 「へえ……言うじゃねえか。なら勝負してみっか?」


 「んっく……望むところだよ」


 レオとルネの間に張り詰めた空気が流れる。

 しかし、そんな空気を壊すようにレオの袖を引く手があった。


 「む~、ダメだよ、にーさま。今日はせっかくにーさまを独占させてもらってるんだから、私に構ってくんなきゃやだよ?」


 エルフィーナは今にも飛び出しそうなレオの腕をしっかりと掴んで放さない。

 その表情は放って置かれて不満だったのか、頬をぷくっと膨らませている。

 それを見て、ルネはやれやれといった表情でため息をつく。


 「……やれやれ、どうやら僕が無粋だったみたいだね。馬に蹴られたくはないし、勝負はまた今度にさせてもらうよ。それじゃ、ごゆっくり」


 ルネはそういうと次の獲物を掻っ攫うために去っていった。

 レオは去っていくルネを見送ると、エルフィーナに向き直った。


 「……悪い、ちと熱くなった。んで、次はどうするよ?」


 「ちょっと座って飲み物飲みたいな♪」


 「OK、んじゃ取りに行こうぜ」


 「うん♪」


 そういうと、二人は仲良く腕を組んで飲み物を取りに行った。

 それを見て、ジンはニヤニヤと笑みを浮かべた。


 「お~お~、全くお熱いこってまあ……」


 「ええ、本当にね。正直姫様が羨ましいわ」


 ジンがそう呟くと、羨望の念を多分に含んだ声が横から聞こえてきた。

 その声に振り向くと、そこには淡いレモンイエローのローブをまとったエルフが立っていた。


 「お、楽しんでるか、エレン?」


 「ええ、それなりにね。でも、姫様ほどは楽しめてないわ」


 エレンはそういうと、寄り添うようにジンの横に立った。


 「だから私を楽しませてくださる、ジン?」


 「それで楽しめるのなら喜んで」


 エレンはアメジストのような紫の瞳でジンの灰青色の眼を覗き込んだ。

 それを見て、ジンは軽く肩をすくめて答えを返した。

 エレンはジンの返答に満足げに頷いく。


 「ふふふ、それじゃあエスコート宜しく頼むわよ?」


 エレンはジンの腕を取り、指を絡める。

 ジンはそれに対して少し困ったような表情を浮かべた。


 「おいおい、そこまでやるのか?」


 「あら、今日くらい良いじゃない。私はこんな機会滅多に無いんだし、少しくらい恋人気分を味わったって罰は当たらないと思うわよ?」


 ジンの反応を見て、エレンは楽しそうに微笑んだ。

 そんなエレンを見て、ジンはため息をついた。


 「……なあ、エレン。これ、ユウナに見つかったら大惨事になるんじゃないか?」


 「大丈夫よ、ユウナなら今頃厨房で勉強中だと思うから。さ、時間は有限なんだし、私達も楽しみましょう?」


 「……了解、それじゃあユウナに見つからないことを祈りましょうかね」


 ジンはそう言いながら歩き出す。

 エレンもジンに引かれる様にして付いて行く。

 肩を寄せ合って指を絡めたその姿は、本当の恋人のように見えた。




 一方その頃、別の机。

 そこには浴びるように酒を飲む銀の髪の小さな少女と、心配そうな表情でそれを見るエメラルドグリーンの妖精がいた。


 「……姐さん、そんな飲み方してると身体壊すっスよ?」


 「ぐっぐっぐ、ぷは~っ!! うるさい、こうでもせんとやっておれんわ!!」


 アーリアルは空のグラスを叩きつけるように机の上に置く。

 それを見ながらキャロルは水の入ったグラスを持ってきた。


 「でも、幾らなんでも飲みすぎっスよ? 少し水でも飲んで落ち着いたほうが良いと思うっス」


 「うるさいうるさいうるさい!! 我だって頑張ったのだぞ!! だというのにこの仕打ち……わーん、レオー!! 何で我を置いて他に行くのだー!!」


 アーリアルはそう言いながら滝のように涙を流して号泣する。

 キャロルはそれを見て頭を抱えた。


 「ああう、レオの兄さんが居ないと姐さんはダメダメっスね……」


 そう言いながら辺りを見回すと、あたりはどんどん騒がしくなっていた。

 中央のステージでは空に向かって火炎放射を行ったり、冒涜的なデスメタルを大合唱したりとやりたい放題されている。

 あまりに度が過ぎると、どこからとも無く飛んできたハンマーが脳天を直撃し、舞台袖に運ばれていく。

 その様子を見て、キャロルは苦笑いを浮かべる。


 「あはは……みんな羽目を外してるっスね……」


 「あ、ここに居たのね、アーリアル様」


 そんなキャロルと号泣しているアーリアルの元に赤髪のシスターがやってきた。

 リサがやってくるなり、アーリアルはリサに泣きついた。


 「リサー!! レオが、レオがぁぁ……」


 「はいはい、レオが居なくて寂しいのは分かったからさっさと泣き止んでくださいな。それに今日一日だけなんだから、すぐに戻ってくるわよ」


 リサはアーリアルの背中を撫でて落ち着かせる。

 するとアーリアルは段々と泣き止み始めた。


 「ぐすっ……リサ、レオは帰ってくるのか……?」


 「あいつはジンについて行く気よ。帰ってこないわけが無いわよ」


 リサの言葉に返答は無かった。

 その代わり、規則正しい寝息が聞こえてきた。

 見てみると、アーリアルは安心したような安らかな寝顔をしていた。


 「ありゃりゃ、姐さん寝ちゃったっスね」


 「大方泣き疲れたんでしょ。全く、こういうところは子供と変わらないんだから……」


 キャロルの言葉にリサは苦笑しながら言葉を返した。

 リサは近くにおいてあったワイングラスに口をつける。


 「あ、お酒発見なのです!!」


 その脇においてあったワインボトルを取り上げる手が一つ。

 その声の主はワインをラッパ飲みする。


 「は~……やっぱりお酒は美味しいのです!!」


 ルーチェは満面の笑みを浮かべて美味そうに酒を飲む。

 リサはそれを見て、唖然とした表情を浮かべた。


 「……ルーチェ、アンタ幾らなんでもそれは色々かなぐり捨てすぎだと思うわよ?」


 「何を言ってるのです!! 命の水と書いて酒と読むのです!! このくらい当然なのです!!」


 「訳が分からないわよ!?」


 ルーチェはかなり酔っており、ちぐはぐな返答をする。

 それに対しリサは思わず声を荒げる。


 「まあまあ、今日は宴席なんですし、みんなが浮かれるのも無理は無いですよ」


 そんなリサの横に、藍色の単衣の人物が料腰を下ろした。

 その人物ことユウナは、なにやら色々と抱えていた。


 「……ちょっとユウナ、何よそれ?」


 「ここに来るまでの間にすれ違う兵士の方々から色々いただきまして……どうしてもって言うから仕方なく受け取ったんです」


 ユウナが持ってきた物の中には魔力のこもったアクセサリーや小物が多く、明らかに個人に宛てたものであった。

 リサはそれを見て、深々とため息をついた。


 「はぁ……アンタ、ホントにモテるわね……」


 「ああ、これ全部が私宛じゃないですよ。この中にはリサ宛てのものも結構ありますよ?」


 「はあ?」


 「いえ、訓練中にお世話になったからお返しがしたいということで結構いただきましたよ?」


 ユウナの言葉にリサは目の前の贈り物を確認した。

 その中には確かに自分宛のものと思われるものが何点か見受けられた。

 それ以外にも、ルネやルーチェ、アーリアルの分もあった。


 「まあ、ルーチェはスタイルもいいし、ルネもあのミステリアスな雰囲気が好きな人も居ると思う。アーリアル様は……まあそういう人が居るってことにしておくわ。で、これはいったいどういうことかしら?」


 「……そんなこと、私が聞きたいですよ」


 そして問題なのは残りの分。

 言うまでも無く、ジンとレオの分である。

 二人の分はほとんどが鳩の形をしたお守りだった。

 その鳩の足には手紙がくくりつけられており、それが伝書鳩であることが分かる。


 ところで、この伝書鳩のお守りだが本来は籠のお守りとセットであり、これにはちょっとした願いが込められている。

 伝書鳩とは、放てばその帰巣本能により元の場所に帰ってくるものだ。

 つまり、このお守りには自分のところに必ず帰ってくるようにという願いが込められている。

 要するに、旅の安全を願うお守りであると同時に、恋愛成就のお守りでもあるのだ。

 そんなものが、ジンやレオによって救われた侍女達によって送られてきたのだ。


 「……どうしますか、リサ?」


 「ま、ばれないように預かっておきましょう。一応これには旅の安全の願いも込められてるわけだし、壊すのはあれだしね」


 ユウナとリサは伝書鳩のお守りを道具袋の奥深くにしまいこんだ。

 その直後、陽気な2つの笑い声が近づいてきた。


 「おお、皆ここに居たか!!」


 「どうや、姉ちゃん達!! 楽しんどるか?」


 陽気な声の正体は国王とリカルドだった。

 二人は肩を組んでいて、それぞれワインボトルを持っている。

 それを見て、即座に反応を示す人間が約一名。


 「あ、お酒なのです!!」


 酒の匂いを嗅ぎ付けてルーチェが二人の手に握られたワインボトルをロックオンする。

 そしてそれを取ろうとしてリカルドに飛び掛った。


 「んどわっ!? なんやいきなり!?」


 「お酒お酒、お酒が欲しいのです!!」


 ルーチェはリカルドの手からボトルを分捕ると、その場でラッパ飲みし始めた。

 凄まじい速度で中身が飲み干され、あっという間に空になる。


 「おお、いい飲みっぷりやな!!」


 「うむ!! これも飲むといい!!」


 それを見てリカルドはその飲みっぷりを称え、それに乗る形で国王がルーチェに新たにボトルを手渡す。

 ルーチェはそれも受け取ると即座にラッパ飲みする。


 「ゴチなのです!!」


 「よっ、いいぞ姉ちゃん!!」


 「素晴らしい飲みっぷりであった!!」


 ルーチェの飲みっぷりを再びリカルドと国王が囃し立てる。

 その横で、ユウナが額に手を当ててため息をついた。


 「あの、これ以上はルーチェさんが大変なことになりますので……」


 「なに、二日酔いならワイが強力な薬を渡しとるさかい、気にすることはあらへん」


 「むむっ、もうここにはお酒の匂いがしないのです。他に行くのです」


 「おう、ジャンジャン飲みいや!!」


 酒を求めてフラフラと立ち去るルーチェにそういうと、リカルドはなにやら面白いことを思いついたような顔をした。


 「そや、さっきジンのアホが浮気しとったのを見たで」


 「……何……ですって?」


 その瞬間、ユウナの持ったグラスが粉々に砕け散った。

 突然の出来事に一同は唖然とする。


 「……リカルドさん、詳細を教えていただけますか」


 「あ、あ~……せやからやな……のわっ!?」


 「教えなさい」


 言いよどむリカルドの喉元にユウナは桜吹雪と銘打たれた刀を突きつける。

 その表情は髪の陰に隠れていてよく分からない。


 「そんなこと言うたかて、チラッと見ただけやから何とも言えへんわ!!」


 「……そうですか……すみません、少し席を外します」


 そういうと、ユウナは真っ黒なオーラをまといながら席を離れた。

 残された者はそれを呆然と見送った。


 「……早まってもうたかな、こりゃ……」


 「……とにかく、ジン殿の冥福を祈るとしよう」


 国王の言葉に、一同は深く同意した。




 一方その頃、ジンとエレンは時計塔のバルコニーに居た。

 そこからは宴会場全体の様子を眺めることが出来ると同時に、喧騒から離れることが出来る場所であった。

 バルコニーには青白く柔らかな月明かりが差し込み、優しく照らし出されていた。


 「ふう……ようやくこれで落ち着けるな」


 「そうね。下はまだ騒がしいけど、ここなら滅多に人はこないしね」


 月明かりのバルコニーに、二人並んで立つ。

 エレンはジンと肩が触れ合う距離まで近寄っている。


 「どうだ、エレン? 今日は楽しめたか?」


 「ええ、おかげで楽しかったわ。ふふふ、好きな人と並んで歩くだけのことがこんなに楽しいとは思わなかったわ」


 ジンの問いに、エレンは満面の笑みで答える。


 「……今日この宴会を主催したのはエレンなんだって?」


 「そうよ。あんなことがあった後ですもの、どこかでガス抜きしてあげないと爆発するから……って言うのは建前ね」


 「は? それは建前じゃなくて十分な理由だと思うが……だとすれば、本音は何だ?」


 「それはね……貴方と二人きりで、思う存分遊んでみたかったのよ」


 ジンが問いかけると、エレンは悪戯っぽく笑ってそう答えた。

 それに対して、ジンは笑い返した。


 「宰相も大変だな、そうでもしないと時間が作れないのか?」


 「ええ、最近は実験の時間すら取れないわ。軍の再編もあるし、町の再整備や領主政策の見直しとか、やることが多すぎるわ」


 「前にも言ったが、あんまり無理をするなよ? また倒れでもしたら大変だからな」


 「あら、貴方がいるなら私は倒れてもいいわよ? その分思いっきり甘えられるから」


 エレンはそういいながらジンの腕を取る。

 しかし、幸せそうな表情がここにきて少し曇る。


 「……ねえ、ジン。貴方、いつここを発つつもり?」


 「そうだな……依頼も達成したし、正直に言うとここに居る理由は無い。町もだいぶ落ち着いてきたことだし、近いうちに出るさ」


 「そう……出来ることならずっとここに居て欲しいのだけど……それは望むべきではないわね……」


 ジンの返答に、エレンは悲しげな表情を浮かべる。

 そんなエレンにジンは笑いかけた。


 「なに、二度と会えないわけじゃないんだ、そんな暗い顔するなよ。それにルネを俺の旅に同行させる以上、連絡をとる手段が無いわけじゃないんだろ?」


 「……そうね、別に暗くなる必要は無かったわ。幸いにして私は種族の関係上長生きできるわけだし、貴方の旅が終わるのをゆっくり待たせてもらうわ」


 エレンはそういうとジンの正面に回った。

 その頬には朱が注しており、目線はジンの眼を捉えていた。


 「だから生きて帰ってきなさいよ、ジン? ん……」


 エレンの桜色の唇がジンのそれに重なる。

 不意を撃たれたジンはその場で硬直し、エレンの成すがままになっている。

 そんな二人を、青い満月がそっと照らし出していた。

 しばらくして、エレンはジンから口を離し、にっこりと微笑んだ。


 「ふふふ、しばらくはこれで我慢してあげるわ。この先を楽しみにしているわよ?」


 「……ははは、ユウナに殺されなければ良いがな……」


 エレンの言葉にジンは乾いた笑みを浮かべてそう言った。

 どうやらジンの脳裏にはユウナの刻み付けた恐怖がしっかりと残っているらしい。

 それを聞いて、エレンは不満げな表情を浮かべた。


 「……もう、こんなときに他の女の名前を挙げるのはタブーよ。でも、相手の強さを測るにはちょうど良いのかしら? やっぱりユウナはかなりの強敵みたいね」


 「やれやれ、本気かよ? 下手するとエレンもユウナに狙われることになるぞ?」


 「望むところよ。大体、今日のこれはユウナへの宣戦布告も兼ねてるのよ?」


 「…………は?」


 エレンの一言にジンは固まる。

 それと同時に背後からものすごい勢いで階段を駆け上ってくる足音が聞こえてきた。

 そして、バルコニーの扉が勢い良く開け放たれる。


 「……ジン? こんなところで何をしてるんです?」


 「え、何といわれてもエレンの相手をしていたとしか……?」


 息を荒げているユウナに、ジンは弁明をしようとする。

 しかし、その横でエレンはユウナに見せ付けるようにしてジンの腕に抱きついた。


 「な!?」


 「ふふふ……ジンの唇は頂いたわ、ユウナ。次はジンの心を奪いに行くから、覚悟しなさいな」


 エレンはそう言ってユウナを挑発した。

 それを聞いて、ユウナは肩を震わせる。


 「……ジン……貴方、エレンさんに何をしたんですか?」


 「ええ、俺ぇ!? 俺のせいなのぉ!?」


 低い声で話を振られ、ジンは驚愕の表情を浮かべる。

 ジンの額からは途端に大量の冷や汗が流れ始め、顔が蒼褪める。


 「大丈夫よ、ジン。逃げようと思えば逃げられるわ。私、これでも国一番の魔導師なのよ?」


 「なっ……なっ……」


 そんなジンを落ち着かせるようにして、エレンはジンを抱きしめる。

 それを見て、ユウナは桜吹雪を握り締める。

 しかし、エレンは表情を崩さない。


 「そろそろね……3,2,1……」


 次の瞬間、大きな花火が空に打ち上げられた。


 「っ!?」


 突然の大きな音に、ユウナの気がそちらにとられる。

 するとエレンはその隙を突いてジンと共にバルコニーから飛び降りた。


 「うおっ!?」


 「落ち着きなさいな、ジン。“飛翔(フライング)”!!」


 エレンは魔法を使ってふわりと宙に浮き、人が居ないところを目掛けてゆっくり降りていく。

 下にいた兵士たちはそれを見つけると、二人に向かって手を振る。

 そして着地すると、エレンはジンに向かって微笑みかけた。


 「ね、逃げられたでしょう?」


 「……ああ……はあ……後でユウナに会うのが怖いぞ、こりゃ……」


 ジンは今後待ち受けるであろう惨劇を思い浮かべてがっくりと肩を落とした。

 しかし、そんな肩をがっしりと掴む手が二つ。


 「……見つけたよ、ジン」


 「……ふっふっふ、捕まえたのです」


 その手の正体はルネとルーチェだった。

 二人とも黒い笑顔を浮かべており、ジンの肩を掴む力は相当強かった。


 「……お、おい、何の真似だ?」


 「ジンには雇用者としての義務を果たしてもらおうと思ってね」


 「今回は業務内容と報酬が割に合っていないのです。ですので、慰安義務を果たしてもらうのです」


 「……な、何が言いたい?」


 ジンがそう問いかけると、二人はにっこり笑って答えた。


 「ジンのおごりで二次会に行こうじゃないか」

 「ジンのおごりで二次会に行くのです」


 それは、ジンの財布に対する死刑宣告だった。


 「それじゃ、私もついていこうかしら」


 「……お手柔らかにお願いします……」


 ジンは二人に引きずられながら城下町へ繰り出していく。

 その後ろを、エレンがついていった。



 次の日、ジンが銀行に駆け込む羽目になったのは言うまでもない。





 そして数日の後、ジン達一行がフランベルジュを旅立つ日がやってきた。

 朝靄の中、ジン達は町の外壁の門の外に立つ。

 見送りは国王とエルフィーナ、リカルドとエレンの四人だけである。


 「世話になったな、皆のもの。貴殿等の旅の無事を祈っておるぞ」


 国王がそういうと、エルフィーナがレオに駆け寄る。


 「レオにーさま、絶対に帰ってきてね」


 「心配すんな、俺達はそう簡単に死にゃしねえよ」


 抱きついてくるエルフィーナの頭をレオは優しく撫でる。

 エルフィーナは俯いて、ただひたすらにそれを受け入れる。


 「ジン、オドレはこの後どうするつもりや?」


 「ん~、追ってる奴がいるからそいつを探すさ。あと、そのついでに邪神狩りか?」


 「さよか。せいぜい死なんようにしときや」


 「……分かってるって、兄貴」


 「……ま、その言葉信用しといたる。ほな、達者でな」


 リカルドはジンと軽く言葉を交わすと、町の中に戻っていった。

 そのリカルドと入れ替わりで、エレンが話し始める。


 「本当にみんなには感謝の言葉もないわ。あなた達がいなければどうなっていたか……また逢える日を楽しみにしているわ」


 エレンはそういうと、ジンのところへ近寄る。

 それを見て、ユウナが警戒心をむき出しにするが、リサがそれを食い止める。


 「それじゃあ、ジン。旅の無事を祈ってるわ」


 「ああ」


 エレンはそれだけ言うと、ジンから離れてルネの元へ向かう。


 「ルネ、貴方にはこれを渡します。定期的に連絡をしなさい」


 エレンはルネにそういってオパールがはめ込まれたペンダントを手渡した。


 「これは?」


 「その中には銀の伝書鳩が五羽入っているわ。これを放つとこの城と貴方の指輪の間を往復するようになっているわ。こまめに連絡を寄越すことね」


 「了解。任されたよ」


 ルネはそう言うとペンダントを首に掛けた。

 それを確認すると、国王が口を開いた。


 「む、名残は尽きぬが、そろそろ時間のようだ。では、また逢える日を楽しみにしている!!」


 「またね、にーさま!!」


 「また逢いましょう!!」


 そういうと、国王達はジンに向かって手を振る。


 「うむ、なかなかに良い所であったぞ!!」


 「必ず戻ってくるのです!!」


 「報告は任されました!!」


 「ええ、また来るわ!!」


 「そっちも頑張れよ!!」


 「あなた達もお元気で!!」


 「それじゃあ、また逢おう!!」


 それを受けてジン達は手を振り返すと歩き始めた。

 国王達はそれを見送る。


 「……さて、ジン殿に報いるためにも、また頑張らねばならぬな」


 「そうだね、おとーさま。にーさまにがっかりされないように、私も頑張るよ」


 「ええ、そのためにもやることはたくさんありますわ。さあ、仕事に戻りましょう」


 三人はジン達が見えなくなるまで見送ると、城の中に戻っていった。




 一方、ジン達は道を歩きながら今後のことについて話し合っていた。


 「なあ、これからどうすんだ?」


 「ん~、特に情報もないし、適当に町や村を転々として情報を集めるかな」


 ジンの発言を受けて、リサはため息をついた。


 「本当に適当ね……そんなんで大丈夫なの?」


 「大丈夫だって。今までそうやって旅してきたわけだし、なるようになるさ」


 楽観的に放すジンに、ルネが髪をいじりながら口を開く。


 「それで、一応の目的地はどこにするんだい?」


 「そうだな、どこか行きたい所はあるか?」


 「……どこって言われても困るのです。そもそも、遺跡探索が出来ないと私が旅に出る意味がないのです」


 「そういえばそうですね」


 「んじゃ、適当に遺跡がありそうなとこでもうろついて見るとしようか」


 「……まあ、良いんじゃね? どっち道次の町まで行かねえとこれ以上の情報はねえだろうし」


 「良し、じゃあ次の町まで行ってみようか」


 こうして、ずいぶん適当に当面の目的地が決まったのだった。

 よっしゃ、王女様の依頼終わり!!

 長かった……

 次はもう少し短く欠けるように努力しよう。


 これ、まだ続くんですよね……


 それでは、ご意見ご感想お待ちしております。

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