くーでたーのけつまつ
「敵が怯みだしたわよ!! 一気に畳み掛けなさい!!」
闘技場の前の広場で、隊長に混じって赤髪のシスターが檄を飛ばす
空からの空襲もなくなり、敵の狂気が晴れたことによって形成が逆転し始めていた。
しかし兵士達の疲弊は否めず、拮抗状態となっていた。
「きっついわね……ああもう、どっかに援軍はいないの!?」
「ここにいるぞ!!」
「え?」
リサが叫んだ瞬間、その返事と共に敵兵が爆ぜた。
そして、その援軍は声を大にして叫んだ。
「我こそはジン・ディディエ・ファジオーリなり!! 命が惜しくない奴はかかって来い!!」
群青の髪の英雄はそう叫ぶと再び周囲の敵兵を手にした銀の大剣で薙ぎ払い始めた。
名の知れた英雄である修羅の登場に、そこから敵兵が一気に引く。
「ジン殿が来たぞ!! 総員、一気に畳み掛けろ!!」
「「「「「「おおおおおおお!!!」」」」」」
ジンの登場により、国王軍の士気は急上昇し、逆に敵兵の士気は急降下した。
ジンはそれを確認すると、リサの元へ向かう。
「悪い、遅くなった」
「ホントもうきつかったわよ。って、アンタ何魔封じとか喰らってんのよ。“この者に祝福を”」
リサがそういうと、ジンを白く淡い光が包み込んだ。
すると、ジンの傷が癒え、体力が回復した。
「サンキュ。それじゃあ、一発ぶちかまして次行くとしようか!!」
ジンが張り切ってそういうと、敵軍の真上に白い光が集まり始めた。
それを見て、リサは慌て始めた。
「ちょっと!? アンタ味方まで巻き込むつもり!?」
「心配ご無用!! こいつは俺が一番信用している切り札だからな!!」
そう言い合う間にも光はどんどん大きくなり、極光を周囲に放ち始める。
ジンはそれを見ると、空を飛んで上から戦場を眺めた。
「そんじゃ行くぜ!! “牙を持つ太陽”!!」
その瞬間、光の玉が大爆発を起こした。
極光が戦場を覆いつくし、視界が青白く染まる。
それが収まると、戦場には呆然と立ち尽くす味方と、地に倒れ付した敵兵達がいた。
「……ふぅ……こんだけやれば後は大丈夫だろう」
ジンはそういうと闘技場の上から下りた。
そんなジンに、リサが近づく。
「ジン、アンタ今の魔法は?」
「ん? ああ、あれがさっきの魔法の本来の使い方だ。目印となるものを決めて、その目印が付いた奴だけ攻撃するのが本来の使い方なんだ。その分、制御は難しいし魔力も食うがな」
「はあ……こっちがあれだけ苦戦したのにアンタ一人にこんなあっさりやられると自信無くすわ……」
「仕方ないさ。魔導師が防御に回らざるをえない状況だったならそうなっても仕方ない。むしろ、よく瓦解せずに奮戦したほうだと思うがな?」
「はいはい、そういうことにしておくわよ。それより、さっさと次に行ったらどう?」
「ああ、そうさせてもらうさ。リサも頑張れよ!!」
ジンはそういうと、次の場所へ駆けて行った。
玉座のまでは暴風が吹き荒れていた。
その暴風は触れたものをことごとく粉砕していく。
「轟おおおおおおお!!!」
その中心には、鋼の肉体に黄金のオーラをまとった闘神が立っていた。
手には人が振るものとは思えぬ程巨大な鋼色の三角柱の剣が握られていた。
「はっ!!」
その横では、白衣の男が敵兵の上で舞うように戦っていた。
逆立ちの状態で敵の頭をつかみ、身体を回転させて首をねじ切りながら周囲に試験管をばら撒く。
その試験管が落ちたところからは、巨大な火柱が上がり多くの敵兵を焼き殺した。
「くっ、怯むなあ!! 奴らを倒せば我々が官軍なのだ!! 恐れずに戦え!!」
しかし敵の指揮官はこの作戦の最大の標的を前に退くことをしない。
そんな指揮官を見て、リカルドは何本かの試験管を敵軍に投げつけると国王の背後に着地した。
「オッサン、敵さんこりゃ退きそうにないで? どないする」
寄ってくる敵の首や魔法を蹴り飛ばしながらリカルドはそう問いかけた。
「ならば、敵将を討ち取るより他あるまい!!」
それに対して、国王は手にした轟鉄砕で敵をまとめて薙ぎ払いながらそう答えた。
それを聞いて、リカルドは懐から注射器を取り出した。
「さよか。ほなオッサン、少しチクッとするで?」
「む?」
リカルドは国王に注射器を刺した。
その中の薬品が国王の中に流れ込むと、栗色の毛髪が逆立ち、纏っていた闘気が急激に膨れ上がった。
「ほなオッサン、後は任せたわ!! どうもワイが居ると邪魔になりそうやしな!!」
リカルドはそんな国王を確認すると、敵の頭の上を渡って大急ぎで玉座の間を退出する。
国王はリカルドの真意を理解し、獰猛な笑みを浮かべた。
「ふむ……もう全員正気に戻ったのだ……しばし休むが良かろう」
国王はそういうとその場に立ち止まり、天井を見上げた。
ここは玉座の間。
それは国王のために作られた部屋である。
つまり、そこにある全てが本来国王の味方になるべきものなのだ。
まるでコンサートホールのような形状の天井を眺めながら、国王は大きく息を吸い込んだ。
そして次の瞬間、城全体を振るわせるような爆音が玉座の間からあがった。
あまりの轟音に壁は軋み、床は震え、天井が悲鳴を上げる。
国王を中心にして、バタバタと脳を揺さぶられた敵兵が倒れていく。
玉座の間にいた人間はことごとくがその場に倒れ付した。
そして驚いたことに、全員が気を失っただけであった。
「……流石に正気に戻れば、脳を揺らされる痛みには耐えられぬか……これでもう殺さずに済む……」
その呟きは、静寂へと溶けて消えた。
「……くぅ~!! 相変わらず凄まじいヴォイスだ……」
玉座の間に向かおうとしていたジンは、突然の大音量に頭を抱えていた。
目の前が一瞬ブラックアウトを起こし、その場に立ち止まる。
「……ありゃ終わったな。リカルドの兄貴、薬物テロじゃなくて騒音テロを起こしやがった……」
くらくらする頭を押さえながら、ジンは向かう先を変える。
その向かう先は、王宮区画がある方角だった。
その入り口には、凄惨な光景が広がっていた。
「何だ……これは?」
王宮区画の入り口は全体が黒く焦げ、鉄が溶けたようなものがところどころに付着していた。
石造りの壁にもところどころ溶けたような跡があり、相当強い熱がかけられたことが分かる。
敵も味方の姿も見えず、この一角だけ異様な静けさに包まれていた。
「うう……置いて行くなんて酷いではないか、レオ……」
「……何やってんだよ、アーリアル……」
そのフロアの真ん中に、銀髪で白いワンピースを着た幼女が体育座りをして銀の剣をいじっていた。
それを見て、ジンはこの状態を作り出した犯人を特定した。
どうやら、アーリアルが癇癪を起こして暴れまわったために誰も寄り付かなくなったようだ。
「……まあ、ここは大丈夫だな」
ジンは王宮区画へと駆けて行った。
王宮区画には、襲い掛かってくる敵兵達に逃げ惑う人々が居る。
そんな中、奮戦しているものが居た。
「だらあああああ!!! 退きやがれバカヤロウども!!」
レオは目に付く敵兵を手当たり次第にハルバードで薙ぎ倒し、トマホークで叩ききった。
その表情には鬼気迫るものがあり、敵の非道な行為に相当頭にきているようだった。
「王女が居るぞ!! 何としてでも捕らえろ!!」
エルフィーナを見るなり、敵は捕らえるべく近づいてくる。
「がっ!?」
「げっ!?」
「ぐっ!?」
そんな敵兵達に、次々と矢が刺さっていく。
「みんなに酷いことして……絶対に許さない!!」
エルフィーナは怒りに燃えた琥珀色の眼で敵を睨み、手にした弓に矢を番える。
その瞬間、あたりに風が吹き始め、エルフィーナの番えた矢に集まってくる。
「にーさま、退いて!!」
「っ!! おお!!」
その声でエルフィーナ出す異常な気配に気付き、レオはその場に伏せた。
「“風龍牙”!! いっけええええええええ!!!」
エルフィーナはその先の敵兵達を確認すると、引き絞った矢を放った。
「うわああああああ!?」
「おおおおおおおお!?」
放たれた矢はあたりの空気を敵兵ごと巻き込んで飛んでいき、廊下の敵を一掃した。
それを見て、床にトマホークを突き立てたレオは冷や汗を流した。
「あ、あっぶねえ……危うく巻き込まれるとこだったぜ……」
そういうと、レオは再び前後を確認した。
後方はエルフィーナについていた侍女が槍で応戦しており、エルフィーナは主にその援護をしている。
前からは、王女発見の報告を聞いて敵兵が次々と群がって来ていた。
「ちっ、次から次へと!!」
レオがそう叫んだ瞬間、前に居た敵兵達が急に燃え上がった。
「よう、助けは必要か?」
そんな声と共に、レオの隣にジンは立った。
レオはそんなジンに笑いかけた。
「こっちは要らねえ、想定外の戦力が居たからな」
「想定外の戦力だ?」
「ほれ、後ろ見てみろよ」
ジンはレオに言われて後ろを見る。
後ろでは、それなりの数の敵兵を相手に戦う2人組の姿があった。
「せいっ!! やあっ!!」
「退いて!! “雷光刃”!!」
近づいてくる敵を侍女が槍で捌き、エルフィーナが的確にしとめる。
その抜群のコンビネーションを見て、ジンはため息をついた。
「なるほど、フィーナも陛下の子って訳だ」
「そういうこった。つー訳で、テメェは俺達と別にこの中を掃除してくれや」
「あいよ、任された」
ジンはそういうと、王宮の中を素早く駆け回った。
拠点を制圧していた兵士達を倒し、捕らえられていた非戦闘員を解放していく。
エルフィーナの確保に力を注いでいるせいか、行く先は驚くほどに手薄だった。
それも相まって、ジンはあっさりと敵を制圧して行った。
「ぐあっ!?」
「これでラストっと……まあ、適当に縛って放り込んでおくか」
狼藉者は斬り、見張っているだけの者は気絶させて縛っておく。
あたりを見回って敵兵が居なくなったのを確認すると、ジンはレオのところに戻る。
戻ってみると、レオ達のところにも敵兵は居なかったが、用心深く周囲を警戒していた。
「終わったぜ、レオ」
「お、終わったか」
ジンがレオに声をかけると、レオは手で額の汗を拭った。
その横では、エルフィーナがその場に座り込んでいた。
「そう……終わったんだ……」
その声は暗く、顔は蒼ざめ、肩は震えている。
初陣で怒りに任せて弓を引いたことの反動が出ているようだった。
「……レオ、フィーナに付いていてやりな」
「……おう」
ジンはそう言うと、踵を返して歩き出す。
「おいジン、どこに行くんだ?」
「なに、ちょっと一仕事、本日のMVPを助けにな」
ジンは片眼を瞑ってレオにそういうと、再び駆けて行った。
「うううう……寒いよ、ルーチェ!! それ何とかならない!?」
一方その頃、城の最上階では若草色の外套をまとったホビットが寒さに震えながら階下から迫り来る敵兵を指弾で倒していた。
鉛で出来た指弾はとうに尽き、瓦礫の石や砕けた鎧の破片を指弾に使っている。
「空襲を受けたくなかったら我慢するのです!! そんなことより、下の敵は大丈夫なのですか!?」
ルネの問いに、白銀のローブのエルフが杖を空に振りかざしたまま答える。
杖に埋め込まれた翠色の宝玉は光を放っており、その光は空一面に広がっていた。
額には玉のような汗が浮かんでおり、相当量の消耗をしているのが見て取れた。
「大丈夫なわけないだろう!? ルーチェがその魔法使ってから馬鹿みたいな数がこっち来てるんだからさ!!」
ルネはそういうと一回り大きな瓦礫を階下に投げる。
すると、ボウリングのようにまとめて敵が階段を転げ落ちていく。
しかし、それでも角砂糖に向かってくる蟻のように次から次へと敵が現れるのだ。
次第に、数で勝る敵が疲弊しているルネを押し始めた。
「ああもう!! こうなったら仕方がない!! “砂礫の覇王”!!」
ルネはそう叫ぶと床に手を着いた。
するとあたりにどこからともなく大量の砂が現われ、その中から一匹の黒く巨大な犬が現われた。
その犬からは、堂々たる覇気が感じられる。
「オォォォォォォォォォォン!!!」
その覇王たる犬が遠吠えをした瞬間、砂の中から無数の一回り小さい黒い犬が現われ、一斉に敵に向かって飛び掛っていった。
「こらえろ!! 何としても龍騎兵隊を援護するのだ!!」
敵兵達は喉笛を噛み千切られたり階段から突き落とされたりしながらどんどん命を落としていく。
しかし、何としても飛龍による増援が必要な兵士たちは攻撃を仕掛けてくる。
「くっ、ルネさん……貴女魔法が使えたのですか?」
ルーチェは必死に魔法を制御しながらルネにそう問いかける。
「うん、本当に少しだけだし、出来ることなら隠しておきたかったけどね……」
一方のルネも肩で息をしながらそう答えを返した。
その間にも、次から次へと敵は現われ、兵力の底が見えない。
このままでは、2人とも体力が尽きるのは時間の問題であった。
「ううっ、これじゃあキリが無い!! ルーチェ、まだダメなのかい!?」
「こ、ここからじゃ敵がどこに居るか分からないのです!! でも先ほどの数から言ってまだ居るはずなのです!!」
「そ、そんなぁ~……」
ルネの心が折れかけたとき、どこからともなく音が聞こえてきた。
良く聞いて見ると、それは鳥の鳴き声のようにも聞こえた。
そして、ルーチェはその音の方角を見て眼を丸くした。
「な、何なのです、あれは!?」
「え、なに!? 今度はなにが起きたんだ!?」
ルーチェの眼には、自分の魔法をもろともせずに飛んでくる、黄金の炎を纏った巨大な鳥が見えた。
「ゲェェェェェェェェェン!!!!」
その鳥は甲高い鳴き声を上げながら、ルーチェの魔法の範囲外で戦闘を行っていた龍騎兵を次々に撃墜していく。
そうしてひとしきり飛び回った後、まっすぐにルーチェとルネのところに向かってきた。
「きゃあああああ!!!」
「うわあああああ!!!」
2人は突っ込んでくる火の鳥を見て、慌てて横に飛びのいた。
「ぎゃあああああ!!!」
「ぐああああああ!!!」
そこに、火の鳥は階段目掛けてまっすぐ飛び込んできた。
それは階段を黄金に染め上げ、敵軍を炎の渦に巻き込んだ。
その炎の中から、見慣れた人影が現われた。
「……良く頑張ったな、お前ら。龍騎兵は全滅させた。後は俺に任せな!!」
ジンはそういうと、怯んでいる敵兵に向かって突っ込んでいった。
敵は目の前に修羅が現われたことと、頼みの綱の龍騎兵が全滅していたことを知らされたことで恐慌状態に陥り、我先にと逃げ出して行った。
その様子を見て、ルネとルーチェはその場に大の字に倒れた。
「ああ~……ようやく終わったのです……」
「ふぅ……疲れたぁ~……」
「これはもういよいよジンに何かおごってもらうしかないのですよ……」
「賛成……お腹いっぱい食べてやるんだ、絶対に……」
2人は寝そべったまま、かろうじて眠らないように話を続けるのだった。
城から敵兵はどんどん居なくなっていった。
主力の兵士たちが国王軍の群雄達によって一気に数を減らされ、切り札である龍騎兵もジンやルーチェによって全滅させられた。
それにより敵の中枢が混乱し、その結果総崩れになったのだった。
「ひ、退け!! もうこれ以上は無理だ!!」
中庭からも、どんどん敵が撤退していく。
その様子を、腕を痛めながらも片腕で戦っていたユウナが見つめていた。
「……終わりですか……」
ユウナはそういうと、痛む肩を抑えながら手にした紅葉嵐を鞘に納めた。
そんなユウナに近づく影が一つ。
「よっ、無事だったか」
「ジン!! 無事だったんですね!! っ!?」
ユウナはジンに駆け寄って抱きつくが、肩の痛みに顔をしかめる。
「ん? どうした?」
「いえ……少し肩を痛めてしまったもので……」
「大丈夫か?」
「はい……」
それを聞いて、ジンはほっとした表情を浮かべた。
「なら良い。よく頑張ったな、ユウナ」
「ええ……ジンもお疲れ様」
ジンは抱きついているユウナの髪をそっと撫でる。
ユウナはそれを気持ちよさそうに受け入れた。
「あら、ここに居たのね、ジン。無事で良かったわ。ユウナもお疲れ様」
そこに淡いレモンイエローのローブに身を包んだエレンがやってきた。
「エレンも総指揮お疲れ。勝ててよかったな」
「ええ、ジン達が頑張ってくれたおかげで想像以上に損害は少なかったわ。反乱軍の首謀者も逮捕できたし、これ以上望むべくもない結果よ」
「ま、クルードには逃げられたが、あれなら当分は襲ってこないだろ。それに元よりあいつの狙いは俺だし、放っておいても問題ないな」
「……それ、大問題だと思いますよ?」
最近の少し曇り気味であった表情から一転して晴れやかな表情を見せるエレン。
それに対し笑顔で返すジンに、少し呆れた表情を見せるユウナ。
「さてと、これから忙しくなるわね。国の建て直しもしなきゃならないし、町の再整備、首謀者の処分とか色々しなきゃいけないわ」
「だが、その前に少し休んだらどうだ? 今のままじゃみんな疲れきって動けないだろ?」
「そうね。それじゃあ、私は被害状況を見て回らないといけないからこれで失礼するわね」
「あんまり働きすぎるなよ? また倒れられてもあれだからな」
「ふふふ、分かってるわよ」
エレンはそういうと、城の中へと入って行った。
「さてと、俺達も城を回るとしようぜ、ユウナ。他の連中を回収しないとな」
「はい!!」
ジンはユウナの返事を聞くと、連れ立って歩き出した。