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拝啓、親父殿。幼馴染が怖いです。  作者: F1チェイサー
第2章 おうじょさまのいらい
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きょうきとのけっちゃく


 激昂したクルーエルの攻撃は苛烈を極めた。

 黒い霧が大蛇のようにフランベルジュの城の屋根の上で暴れまわる。

 大蛇が触れた部分は深々とえぐられ、ところどころ穴が開いていた。


 「死ねぇ、シネェェェ!!」


 「っとお!!」


 縦横無尽に四方八方から襲い掛かってくるそれを、ジンは手にした大剣で切り裂きながら躱す。

 屋根の淵から下を見下ろせば、大勢の龍騎兵による空襲の様子や、火の手が上がる城などの様子が一望できた。

 強力な加護がかかったジンの剣は、クルーエルの狂気の蛇に折られることはない。

 斬られた黒い蛇は霧散し、クルーエルの元へ戻っていく。


 「“火炎弾幕(エル・ヒスブライト)”」


 ジンは敵の攻撃が終わった直後を狙って炎の弾丸をばら撒いた。

 無数の火の玉が、壁のようにクルーエルへ迫っていく。


 「シャアアアアア!!」


 それに対し、クルーエルは蛇を走らせ楯にし、それを抜けてきたものを手にした漆黒の鎌で斬り捨てる。

 ジンはそうして出来た隙を逃さず一息で斬りかかる。


 「ぐあぅ!?」


 「ちっ、外したか」


 ジンの剣は激しく動くクルーエルの左腕を浅く裂く程度で終わった。

 それを見て舌打ちすると、そのままジンはクルーエルの背後へ回る。


 「オオオオオオ!!」


 「ふっ!!」


 ジンが軽くかがむと、群青の髪を音もなく黒い刃が掠めていく。

 そこに攻撃を仕掛けようとすると、ジンの目の前に3匹の蛇が現れた。


 「やばっ……」


 「食らええええ!!」


 「うおおおおおお!!」


 襲い掛かってくる蛇を、ジンは後ろに下がりながら切り落とす。

 先程からクルーエルの蛇を斬り続けた銀の大剣には少し黒ずんだ部分が見られ始めた。


 「“火車の疾走(フレアドライヴ)”!!」


 少し距離が離れると、ジンは全身に炎をまとい、体勢を立て直す時間を与えずに突撃を掛ける。

 黒い霧を切り裂いて飛んでくる炎の車を、クルーエルは飛び越えることで回避した。


 「……ク……ククク……すまない、少し取り乱した。おかげで高い授業料を支払う羽目になってしまった」


 ひとしきり暴れて冷静さを取り戻したのか、クルーエルは笑みを浮かべて斬られた左腕を押さえながらそう言った。

 それを見て、ジンはため息をつきながら首を横に振った。


 「はぁ……腐っても神か……もう少しで首を取って終われたんだがな」


 「よく言う……君からは戦いへの歓喜の感情しか感じられなかったのだがね? そんなに闘争が楽しいのかね?」


 「……楽しいさ。ああ認めよう、俺は戦うのが大好きだ。そうでもないと、そもそも狩人なんてやってないな」


 「なるほど、下で仲間が苦しんでいると言うのに目の前の戦いを楽しめるのか。ククク、やはり君は立派な狂人だな」


 「何とでも言いな。第一、やるしかないなら楽しんだほうが得だろ?」


 「はははははは!! 違いない、すべては楽しんでこそだ!! では、我も楽しむとしよう!!」


 高笑いをしながらそういうと、クルーエルはジンに大鎌を向けた。

 金色の眼は爛々と光を放っており、ジンはそれを見て身構える。


 「さあ、君の言う人間の狂気、しかと見せてもらおう!!」


 クルーエルはそういうと、無数の黒い蛇をジンに走らせた。

 ジンはそれを掻い潜るようにして避けながら剣を振るう。


 「おおっと、それでは当たらないよ」


 クルーエルは身体を少し傾けることでそれを躱す。

 ジンの剣の切っ先はクルーエルの目の前をすれすれで通り過ぎた。


 「借り物の身体で何をほざくか!! “火蜥蜴の尾(イグニテール)”!!」


 「だからこそだよ、神殺し君。この最高の依り代のおかげだよ」


 「ちっ!!」


 迫り来る炎の鞭をクルーエルは大鎌で裂き、反す刃でジンの首を狙う。

 ジンはそれを剣で受けると、クルーエルの腹を蹴り飛ばした。

 クルーエルはあえて後ろに飛ぶことで衝撃を吸収し、空中で一回転して着地した。


 「ぐっ……なかなか……」


 「“火車の疾走(フレアドライヴ)”!!」


 体勢の崩れたクルーエルをジンは容赦なく追撃する。


 「ぐっ!?」


 しかし、ジンは途中で止まった。

 ジンの体から炎が消え、少しふらついたあと頭を押さえる。

 その肩には、一本のナイフが刺さっていた。


 「ちっ、魔封じとはまた面倒くさいものを……」


 ジンは肩に刺さったナイフを投げ捨てながらそうこぼした。

 そんなジンの様子を見て、クルーエルは笑い出した。


 「ははははは!! 実に素晴らしい!! まるで君を相手にすることを考えられたような準備の良さだ!!」


 「……それはそうだろうよ、実際に俺を相手にするために準備してたんだからな」


 「ほう……それは好都合だ。では、このまま押し切らせてもらおうか!!」


 クルーエルはそういうと再び黒い蛇を無数に飛ばした。

 ジンは軽くため息をつく。


 「ふんっ!!」


 「む?」


 ジンが剣を振ると、黒い蛇が全て消えた。

 クルーエルはそれを見て眉をひそめる。


 「……どいつもこいつも魔法を封じりゃ自分の勝ちだと思いやがって……俺、もともと戦士なんだぜ?」


 ジンはそういうと、剣を構えなおした。

 銀の大剣にははっきりと分かるほど黒い霧がまとわりついていた。

 そして、その霧はクルーエルが出したものと同じ蛇の形状を取っていた。


 「ふむ……面白い剣だな……なるほど、その剣で我が漆黒の狂気を喰らったのか」


 クルーエルは興味深そうにジンの剣を眺めた。

 その呟きに答えることなく、ジンは剣の腹を手の甲で支えて構えた。


 「さて、続きと行こうぜ、クルーエル。俺が剣だけだからって、気を抜くと死ぬぜ?」


 「無論、本気で行かせてもらうよ。君の身体は無傷で欲しいからね」


 そう言い合うと、再び息もつかせぬ激戦が屋根の上で繰り広げられた。







 一方そのころ、中庭では乱戦状態となっていた。

 色とりどりの花が植えられていた花壇は無残に踏み荒らされ、植えられていた木は激しく炎を上げていた。


 「くっ……こうまで邪魔が入ると厳しいですね……」


 ユウナは空から降りそそぐ魔法を回避しながらそう呟いた。

 ユウナには空からの攻撃を迎え撃つ手段がないため、それに対しては逃げるほかない。


 「うあああああああ!!」


 「ううっ!?」


 その上、空からの攻撃に構わずシャインは攻撃を仕掛けてくる。

 シャインは魔法剣による遠距離攻撃に重点を置き始めたため、遠距離攻撃を持たないユウナは苦戦を強いられていた。

 今もまた、刃が届かない位置から光の剣がユウナに襲い掛かっていた。


 「な、何とかして近づかないと……」


 ユウナはそういって歯噛みする。

 実際、シャインの魔法剣だけならユウナは避けきる自信があった。

 シャインの太刀筋は確かに早いが、もともと楯ありきで戦うシャインはジンやレオなどに比べるといささか大味なのだ。

 光の剣には触れられないが、それを躱すのはジンの魔法を避けきるよりもはるかに楽なものである。


 だが、それは1対1での話である。

 次から次へと沸いてくる敵兵、敵味方関係なく落ちてくる空襲、舞台に広がる炎。

 今の中庭は、ユウナにとっては障害物が多すぎるのだ。


 そしてユウナには何よりも足りないものがあった。

 それは、戦場における度胸。

 ユウナは元々控えめな性格である。

 リサのように当たっても大丈夫な防御力を有しているわけでもなく、レオのように喧嘩慣れしてクソ度胸を持っているわけでもない。

 ユウナは様々なことを考えてしまい心に余裕がなくなった結果、避けるだけに専念する。


 「やあああああ!!」


 「ぎゃああああ!!」


 シャインが振り回す剣によって、近づきすぎた龍騎兵が斬りおとされる。

 クルーエルの影響を強く受けた青い騎士は、もはや周囲の被害など構わず目の前の敵に襲い掛かる。

 その標的であるユウナは、長く伸びる光の剣を転がるようにしてその攻撃を避けた。

 触れたものを焼ききる刃は、ユウナの長い髪を少し焦がした。


 「せ、せめて空襲がやめば……!?」


 ユウナはそう呟いた瞬間、異常に気がついて足を止めた。

 近くに火の手があると言うのに、異常なまでに寒いのだ。

 そして、空からはひらひらと白い物体が落ち始めた。

 ユウナはそれを手に取った。


 「これは……雪、ですか?」


 ユウナはそう言うと空を見上げる。

 空には銀色の雲の中に、何かがキラキラと光を放ち、夜空の星のように煌めいていた。

 その中に混じって、巨大な氷の塊が振ってきた。


 「きゃあああ!?」


 ユウナはすぐ横に落ちてきたそれを見た。

 良く見ると、その氷の塊の中には先程まで空を飛んでいた飛龍と、その乗り手が入っていた。


 「こ、これは……?」


 突如として凍りついた敵兵に、ユウナは何が起きたのか分からずにいた。

 しかし、これによって敵の空襲がなくなったのは何とか理解できた。


 「今なら……いけます!!」


 ユウナはそういって気合を入れると、シャインに向かって駆け出していった。

 シャインは頭上に落ちてきた龍騎兵を躱した直後で、体制が崩れている。


 「はあああああああ!!!」


 「……っ!?」


 シャインは一息で迫ってきたユウナに気付き、とっさに剣を振った。

 ユウナは一気に加速し、懐に入り込む。


 「やあっ!!」


 「うあっ!?」


 ユウナの刀が振られると、シャインは倒れこむようにしてそれを避ける。

 しかし、ユウナの一太刀はシャインの剣を断ち切り、楯を弾き飛ばした。


 「お覚悟を!!」


 「くっ……」


 ユウナはそう言って短刀をシャインに振り下ろした。

 地面に叩きつけられたシャインは何も出来ず、眼をギュッと瞑った。


 「きゃああ!?」


 しかし、ユウナの短刀を何かが弾き飛ばした。

 それを見て、シャインはユウナを突き飛ばして立ち上がる。

 ユウナとシャインは何が起きたのか分からず、辺りを見回した。

 すると、ユウナの短刀が落ちていた付近に、一本のナイフが突き刺さっていた。


 「……これは?」


 「……まさか!!」


 それを見るなり、シャインは一直線に駆け出していった。


 「待ちなさ……っ!!」


 ユウナはシャインを止めようとしたが、肩に痛みを感じて立ち止まった。

 短刀をはじかれた衝撃で痛めたようだった。

 ユウナは、立ち去るシャインを黙って見送るしかなかった。





 「あ……がっ……」


 フランベルジュ城の赤い屋根に、鮮血が滴り落ちる。

 その上では、2つの影が抱き合うようにしてたたずんでいた。


 「くっ……ば、馬鹿な……な、何故我は今僕を助けたのだ……?」


 クルーエルは戦いの最中、ふと衝動に駆られて中庭に向かってナイフを投げたのだ。

 そのナイフは、まさに止めを刺そうとしていたユウナの短刀を弾き飛ばした。

 そして、その隙を突かれてジンに腹を貫かれたのだ。


 「……ちっ、横槍が入ったな、クルーエル」


 ジンは苦々しい表情を浮かべながら、クルーエルから剣を引き抜く。

 すると、クルーエルは貫かれた腹を押さえてその場にしゃがみこんだ。


 「な、何……横槍だと……「キ……キキッ……気分はどうだぁ、邪神様ァ?」……!?」


 クルーエルの口から、突如として甲高い独特の笑い声が漏れ出す。

 その声に、クルーエルは慌てだした。


 「キキキッ、俺様のサイッコーな体はエンジョイ出来ましたかぁ? 今度はキサマのサイッコーな力を俺様が死ぬまでエンジョイしてやんよ!!」


 「よ、よせ、何をするつもりだ!!」


 「キーッヒヒヒヒヒヒヒ!! 俺様、やられたらてってーてきにやり返す主義なのよねー♪ 覚悟は良いかな? アーユーレディ?」


 「やめろ、やめろおオオオオオオオオ!! ガアアアアアアアアアアア!!!!!」


 一つの口から高い声と低い声で言い合うと、クルーエルは頭を抱えて悶えだした。

 その金色の眼からは光が失われ、徐々ににごった黄色に変化していった。

 しばらくするとそれも止まり、クルーエルは立ち上がった。

 それを見て、ジンは深々とため息をついた。


 「はぁ……邪神の精神を食い潰すとか、何してんだよクルード……」


 「キキキ、俺様を乗っ取ろうとしたバカはこうなんのよ!! ああこのあふれ出る力、サイッコーに良い気分だゲハァ!?」


 大声で叫んだ瞬間、クルードは口から血を吐いて倒れた。

 うつぶせに倒れたクルードの頭の前に、ジンはしゃがみこんだ。


 「おーい、大丈夫かー? 何ならトドメさしてやるぞー?」


 「……させない!!」


 「おっと」


 そんなジンに対して、どこからやってきたのかシャインが楯で殴りかかった。

 ジンはそれを後ろに転がるようにして避ける。

 シャインの翠色の眼には光が戻っていて、クルーエルの支配から抜け出せたことが分かった。

 シャインはクルードの頭を抱え込みゆっくりと立たせた。


 「いやあ、相変わらず熱いね、お前ら。もう結婚しちまえよ」


 ジンはその様子を見て呆れ顔で茶々を入れる。


 「……善処する」


 すると、シャインは顔を真っ赤にして頷いた。


 「キ、キキ……今回は退いてやんよ……今度会ったらキサマの連れともどもブッチkilling!! それではまた会いましょう、再見♪」


 クルードがそういってナイフをかざすと、ナイフは強烈な光を放った。

 それが収まると、クルードたちの姿は綺麗さっぱりなくなっていた。

 それを確認すると、ジンは下を見下ろした。


 「……狂気は晴れても戦は続くか。んじゃま、まずは魔封じを解呪しに行きますかね」


 ジンはそういうと、闘技場を目指して駆けて行った。



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