えいゆうさんのしっぱい
「エレン、一つ悪いニュースがある」
ジンはエレンと共にエレンの自室に入ると、話を切り出した。
その言葉に、エレンは顔を上げる。
「悪いニュースかどうかは私が判断するわ。で、何かしら?」
「敵方に邪神がついた。宿主はクルードだ」
ジンの報告に、エレンは長い耳をビクッと跳ね上げた。
「何ですって? ジン、それに確証はあるのかしら?」
「さっきクルードと会ったときに、クルードが邪神に取り憑かれた人間特有の行動を取った。恐らく、シャインを眷属にして行動を始めるはずだ」
エレンはそれを聞くと、頭を抱えて椅子に座り込んだ。
「……上手く行かないものね。どうしてこうも頭の痛い問題ばっかり起こるのかしら?」
「嘆いたところで起きてしまったものはどうにもならんさ。今はそれよりも対策を練るべきだ」
「対策と言っても、邪神を相手に出来るのはジンくらいのものでしょう? あと他に考えることといえば、邪神の瘴気くらいでは無くて?」
「それが、今回の相手はそうも行かないらしい。現れた邪神の名はクルーエル。狂気の邪神って言うくらいだから、下手すると狂気に飲まれて兵士が同士討ちを起こしかねんぞ?」
ジンの言葉に、エレンはため息をついた。
「という事は、今のような物量に任せた警備じゃ駄目ね。かと言って、減らしすぎると今度は警備が行き届かなくなる。さて、どうしたものかしら?」
「問題なのは、相手がクルードとシャインだってところなんだよな……一人で配置すると気付かれることなく全員消される、逆に増やしすぎると狂気に飲まれたときの被害も大きくなる。となると、配置の仕方がな……」
しばらく考えていると、エレンが首を横に振った。
「……ここで考えても仕方が無いわね。次の会議の時にジンに同席してもらって、その場で兵の配置を決めるとしましょう」
「今から決められないのか? いつ攻めてくるか分からない以上、早急な対応が必要だとは思うんだが……」
「ええ、確かにそうよ。でもね、その前に一つ確認しないといけないことがあるわ。ジン、貴方は誰から邪神の正体を聞いたのかしら?」
エレンは紫色の瞳でジンの眼をジッと見つめた。
ジンは眼を閉じて首を横に振った。
「それなら、邪神が取り付いた相手の行動で大方分かるだろ?」
「そうかしら? 正気を失った人間が起こす行動なんて人によって様々よ? それなのに、何故特定の神を挙げられるのかしら?」
「そうでなくても、邪神の出す瘴気を調べれば大体は分かるぞ?」
「それこそ無いわね。それをやるためには、その邪神がどんな瘴気を発しているか知っていないと駄目なのよ?」
「前にあって取り逃がした奴だ。だから奴の瘴気だって分かった」
「それも嘘。邪神が出たって言う話は職業柄全部調べているけど、貴方が対峙した邪神は全て討伐が確認されている。これはどう説明をつける気なのかしら?」
「記載漏れでもあったんじゃないか? 第一、俺の行動が全て分かるわけじゃないだろ? 記載漏れの一つや二つくらいあるだろ」
エレンの問いに淡々と答えていくジン。
その態度に、エレンは軽くため息をついて質問を続けた。
「まあ、それもそうね。それじゃあ、何で狂気に飲まれて兵士たちが同士討ちを『しかねない』なんて言ったのかしら? 会ったことがあるなら周りがどうなるかって言うのは分かるはずよ? どうして何が起こるかあやふやなのかしら?」
「それは取り憑いた人間によってやることが違うからだ。そいつはある村の人間を全滅させた記録が……」
「ストップ。何故、全滅したはずの人間が下手人の記録を残せるのかしら? しかも、盗賊でもなく邪神、おまけにその名前まで分かってるなんて幾らなんでも不自然すぎるわよ? それはいったい誰が残した記録なのかしら?」
このエレンの質問に、ジンはハッとした表情を浮かべた後、苦い表情を浮かべて押し黙った。
ジンは灰青色の瞳で、アメジストのようなエレンの瞳をジッと見つめる。
「…………」
「アーリアル」
唐突にエレンが挙げた名前に、ジンは眼を見開いた。
「……何故その名が出てくる?」
「どうやら当たりの様ね。貴方は都合の悪いことを言われると言葉を詰まらせる。もう隠しても無駄よ?」
ジンの反応を受けて、エレンが微笑を浮かべながらそう言った。
追い詰められたジンは、深々とため息をついた。
「……はぁ……降参だ。ったく、何でアーリアルの名前までたどり着けるんだよ……」
「だって、貴方達のような冒険者の中に身内でもない幼い子供が居れば、誰だっておかしいと思うわよ? それに、あの子からは何か力を感じるわ。ねえジン、あの子は何者なのかしら? 出来ることなら、貴方と私の間に隠し事が無いようにしたいのだけれど?」
群青色の頭を抱えて唸るジンに、エレンは質問を投げかけた。
ジンはそれに対して顔を上げ、再びため息をついた。
「……本当はあまり言いたくないんだがな……エレン、これから話すことは陛下やフィーナにも絶対に言わないと約束できるか?」
「……ええ、良いでしょう。それじゃあ、話してもらえるかしら?」
「ああ……単刀直入に言うぞ。アーリアルは神だ」
その発言に、エレンは納得がいったという風に頷いた。
「……確かに、それならあの正体不明の力の説明は付くわね。それで、その真名は?」
「そのままの名前だが?」
「え?」
ジンの言葉を受けて、エレンは凍りついた。
まさか、世界一力の強い神がすぐ目の前に居たとは考えもしなかったからだ。
現に正体が神だと知らされても、エレンはアーリアルの名を名乗る別の神であろうと思っていた。
しばらくして、エレンは額に手を当てて俯いたまま言葉をつむいだ。
「……ちょっと待ちなさい。という事は、あの子はルクス教のあのアーリアルで良いのかしら?」
「ああ、それで間違いない」
回答を聞いて、エレンは天を仰いで大きくため息をついた。
「……これは想定外の大物が出てきたわね……確かにそれなら存在を隠していたのも頷けるわ。呼び出したのはリサかしら?」
「ああ。目の前で呼ばれたときは我が目を疑ったぞ」
「とことん規格外ね、貴方達は……でも、そうと分かれば幾らか何とかなりそうね。これなら、交渉しだいで何とかなりそうな気がするわ。クルーエルのことも彼女から聞いたのかしら?」
「そうだ。アーリアルが持ってきた情報だから、それなりの精度はあると思うぞ」
ジンの言葉を聞いて、エレンは満足したように頷いた。
そして、急に意地の悪い笑みを浮かべた。
「……それにしても、カマかけるつもりでハッタリかましてみたのだけれど、想像以上の大当たりだったわ」
「……は?」
エレンの一言に、今度はジンが固まった。
そんなジンに、エレンは笑みを崩さず講義を続ける。
「都合の悪いことを言われると言葉に詰まるのは誰だってそうよ? それを自分の癖だって言われて焦るようじゃ、まだまだね」
「てことは、最終的に俺は自爆したことになるのか?」
「ええ、そうね。まず、最初に眼を閉じて私から視線を切ったのが良くないわ。眼は口以上にものを言うわ。どんなときも相手の目を見据えて視線を切らないこと。それから、前にも言ったけれど、貴方は少し言葉が無防備過ぎるわ。自分が提示したい情報は何か、隠しておかなきゃならない情報はちゃんと隠れているか、そういうことをしっかり意識しないとダメよ」
エレンはそう言って肩をすくめ、首を横に振った。
金茶色の髪がエレンの首の動きに合わせて、さらさらと揺れる。
「それで話を戻すけど、彼女の正体に気づいているのは何人かしら?」
「俺とエレンを除けば、ユウナ、リサ、レオ、ルネ、ルーチェ、それからリカルドの兄貴が正体に気付いているな」
その言葉を聞いて、エレンは首をかしげた。
「あら、何でリカルドが彼女の正体を知っているのかしら?」
「兄貴は知らされたんじゃない、自分で気付いたんだよ。何で他の神官が気付かないのか首をひねっていたぞ」
エレンは人差し指を唇に当て、少し考えた。
「……ジン、リカルドは司祭に適正があるのかしら? あれほど抑え込まれた力から正体を見抜くなんて、余程の才能が無いと出来ないわよ?」
「あるな。だからこそ、アーリアルの正体に気が付いた」
「それじゃあ、何故彼は医者をやっているのかしら? それほどの才覚を持ちながら司祭にならない理由が分からないわ」
「さあ、それは俺も知らないんだ。兄貴は自分のことを喋りたがらないからな」
ジンはそう言って肩をすくめた。
「ところで、兵の配置に関する緊急会議は開けないのか?」
「残念ながら、今は無理ね。今は軍部の官僚達が会議をしているわ」
「ん? エレン、宰相がそれに出なくて良かったのか?」
「出なくて良いのか、じゃなくて出られないのよ。確かに最終的に統括するのは私の役目よ。だからこそ、細かい部隊編成などの会議には参加できないのよ」
「つまり、宰相が好き勝手に軍をいじって自分の都合の良い様にするのを防ぐために、敢えて会議に宰相を参加させないと言う訳だ」
「そういうこと。それに部隊再編のほうが部隊配置よりも優先順位が高いから、それに割り込むのも無理ね」
エレンの言葉に、ジンは額に手を当ててため息をついた。
「……待つしかないのか」
「そうなるわね……そうだ、今のうちに少し実験に協力してほしいのよ」
「実験? 何の?」
「遺伝に関する実験なんだけど、良いかしら?」
エレンの言葉に、ジンは顔をしかめた。
どうにもいやな予感がするのだ。
「……何をすればいいんだ?」
「これを使って、サンプル採取して欲しいのよ」
そう言ってエレンが手渡したのは、一つの錠剤と一本の中瓶だった。
遺伝という言葉と目の前の道具を見比べて、ジンの顔は蒼褪めていった。
「…………おい、まさか…………」
「ええ、貴方の子種の遺伝情報を調べてみたいのよ。貴方ほどの魔力の強さがあれば、新しい発見があるかもしれないしね。あ、その瓶の八分目くらいまでお願いね」
「待て、そんなに出したら干乾びる!!」
エレンの無茶振りに、ジンは大慌てで抗議する。
しかし、エレンはにこやかに笑って答えを返した。
「大丈夫よ、そのために超強力な精力剤を渡したんだから。さあ、早く採取してきなさい」
そこまで言うと、エレンは笑みを妖しいものに変えてジンの首に腕を回し、耳元に唇を近づけた。
「……それとも、私が出させてあげようかしら?」
「…………逝って参ります…………」
囁く様なエレンの声に薄ら寒いものを感じ、ジンは涙を流しながら自室に向かうのだった。
その後、ジンは国王にズタボロにされて抗議しようとやってきたリカルドに干乾びているところを発見され、応急処置を施されることになった。
なお、瓶はエレンによってしっかり回収されていた。
* * * * *
「ったく、酷い目にあったぜ……」
リカルドの処置を受けて復活したジンは、緊急会議のために会議室に向かって廊下を歩いていた。
廊下には角ごとに三人一組で兵士達が立っており、厳重な警備体制が敷かれていた。
その様子を見て、ジンはため息をついた。
「やれやれ、急がないと遅刻する……?」
突如、ジンは視線を感じて窓の外を見た。
窓の外は中庭になっていて、その姿は夕闇に沈んでいた。
そして、その中に黒い外套を羽織った人影が立っているのが見えた。
その人物の気配は、異常に静かな気配だった。
「……まさか!?」
ジンは窓を開けて中庭に飛び込んだ。
そして人影の元に駆け寄っていくと、その人物はジンの方にゆっくりと振り向いた。
「……ククク……会いたかったぞ、神殺し……」
ジンは聞き覚えのある声に顔をしかめ、目の前の男をにらみつけた。
「狂気の神、クルーエルだな?」
「ほう……我が名を知っているか」
男は外套のフードを取り、笑みを浮かべてジンを見た。
フードのしたからはボサボサの白い髪とくすんだ褐色の肌が現れ、クルードの顔が見えるようになった。
しかし普段のクルードとは違い、にごった黄色い目がギラギラとした危ない光を放つ金色に変化していた。
ジンは何も言わず、クルーエルに対して背中の大剣を抜いて一息で斬りかかった。
「…………」
剣を振りぬいたジンは、即座に後ろを振り返った。
そこには、軽やかに着地するクルーエルの姿があった。
「……危ないな。闘いたいのは分かるが、そう急くことはない。第一、今日は君に挨拶に来ただけなのだがね?」
「……何の真似だ?」
優雅な口調で話すクルーエルに、ジンは剣を向けたまま話しかけた。
「なに、そのままの意味だよ。我は君との闘いを最高のものにしたいと思っている。その為には、それに相応しい舞台が必要だとは思わないかな?」
そう言うと、クルーエルは右手を上に上げた。
「貴様、やめろ!!」
「ククク、そういう訳には行かないな」
ジンが叫ぶと、クルーエルはそう言って右手の指を鳴らした。
「ぎゃああああああ!?」
「ぐあああああああ!?」
「うおおおおおおお!?」
次の瞬間、城中から阿鼻叫喚の叫び声が聞こえてきた。
中庭には、四方八方からその声が聞こえてくる。
「……何をした」
ジンは顔を伏せ、低い声で短くクルーエルにそう問いかけた。
「ハハハ、なに、城の兵士を少しばかり狂わせただけだよ。ふむ、なかなかに良い音色だったな」
クルーエルは愉快そうにそう答えると、屋根の上に飛び上がった。
「君との闘いは、来るべき更なる狂乱の時の楽しみとさせてもらおう。では、我はここで失礼させてもらうとしよう。……また会おう、神殺し君」
そう言うと、クルーエルの体は宵闇の中に溶けるように消えて行った。
「……くそっ!!」
ジンは、その場にやり場の無い怒りを叩きつける様に剣を突き刺した。
邪神、本格始動するの巻。
王族関係ももうそろそろ終わりが近いですかな?
あと10話くらいで終わってくれると良いな。
それでは、ご意見ご感想お待ちしております。