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拝啓、親父殿。幼馴染が怖いです。  作者: F1チェイサー
第2章 おうじょさまのいらい
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ひがいしゃ、れお・あすかーり

大遅刻……なんてザマだ!!

 レオと国王が頭から血をだくだくと流しながら談話室に戻ってくると、エレンに書類を持ってきていたエメラルドグリーンの妖精が大慌てで治療を施した。

 キャロルが思わず「何でこうも皆さん血まみれになるっスかーーーーーー!?」と叫んでしまったのも仕方のないことであろう。

 というか、今まで死者が出なかったことの方が不思議だ。


「レオーーーーーーー!!」

「のわっ!?」


 治療が終わると、レオに向かってアーリアルが飛び付き、あっという間に肩によじ登っていつものポジションへ。そして、レオの頭をしっかりと抱え込む。

 その間、わずか五秒。もはや手慣れすぎていて、樹上で生活する猿と同レベルにまでレオ登りが上手くなっている。


「む~……」


 エルフィーナはその様子を羨ましそうに眺めながら、自分が座っている二人掛けのソファーの空いてるところをポンポンと叩く。

 当然ながら、そのあからさまな贔屓はその父親が隣にいるレオにとっては非常に心臓に悪い出来事である。


「……(チラッ)」


 それを受けて、レオはちらりと国王ことグレゴリオの方を見た。

 レオにとっては、居心地の悪くなる出来事を止められる唯一の存在であり、この場における絶対的な支配者である。

 常識的に考えれば、いくら本人に請われたとしても王女の隣に気安く座ることは許されるものではない。

 レオはその裁定が下されることを期待して、助けを請うような視線をグレゴリオに向ける。


「……(グッ)」


 しかし、それを見た破天荒な国王はグッと親指を立て、レオの腰を押した。

 その瞳は言っていた。つべこべ言わずにとっとと行けや、と。


「…………」


 国王に半ば脅迫された形のレオ、無言でエルフィーナの隣に座る。

 その肩は、獅子に狙われた哀れな獲物のように恐怖で震えていた。

 すると即座にエルフィーナがレオの膝の上にちょこんと座り、きゅっと抱きつく。


「むふ~♪ すりすり♪」


 ご満悦の様子でレオの胸に頬ずりするエルフィーナ。

 肩の上で「おぉぉぉぉぉぉのぉぉぉぉぉぉぉれぇぇぇぇぇぇ……」と凄まじい形相で怒気を振りまくアーリアルなど気にしていない。


「……あの、フィーナちゃん? 幾らなんでも年頃の女の子がそう言うことをすると問題にならないかな?」 


 その様子に、レオは思わず冷や汗をかきながらエルフィーナにそう言う。

 普段ナンパしてるくせにこういう時に尻込みするとは何たるヘタレ、と言いたくなるがちょっと待ってもらいたい。

 あなたにもし父親が総理大臣や大統領の恋人がいて、その父親の眼前で遠慮なくイチャつけと言われて、あなたは実行できるだろうか?

 断言しよう、小生には無理である。


「だいじょ~ぶだよ、にーさまのこと信じてるから。もし何かあったら責任は取ってもらうけど」


 しかしそんなことを一切気にせず、エルフィーナはくりくりとした琥珀色の澄み切った純真な瞳でレオの眼を見つめてそういった。

 言い終わると、エルフィーナはレオの胸に顔を押し付ける様にしてうずめ、ぐりぐりと動かす。

 ぎゅーっと抱きつかれているため、年頃の乙女のいろいろな感触が胸元で混ざり、レオの頭を混乱させる。


「うん、でも流石に公衆の面前でこういうことをすると問題になるから、せめて隣に「おおっと、隣に失礼するぞ、レオ殿」って陛下ぁ!?」


 何とか止めようとするレオの退路を断つように、グレゴリオはその隣にどっかりと座る。

 そのあまりに露骨な行動に、レオは絶句した。いや、絶句を通り越して壊れかけのレディオゥみたいな言葉が口から漏れていた。


「えへへ~ これでこうするしかなくなったね、にーさま♪ すりすり♪」

「う~む、仲良きことは美しき哉。実に善哉也」


 にっこりとろけた笑みを浮かべて頬ずりをするエルフィーナ。その様子を、腕を組んで頷きながら見守る国王陛下。

 当然ながら、二人とも自分たちがどのような立場にいる人間なのかはきちんと把握している。つまり、自分達が特別扱いを特定の人物にするということが何を意味するのかはしっかりと理解しているはずなのだ。

 しかも、その相手はふらりと現われて闘技場で初めてにしてSSSランクを?っ攫っていった猛者である。近隣国との外交に影響が出ても仕方のないことなのであった。


「……くぁwせdrftgyふじこlp;@:「」


 一方、当のレオは常軌を逸したこの状況に混乱している。

 そもそも、自分は一か月ほど前までただの安宿の主であったはずなのだ。

 それがちょっと幼馴染の旅に付いて行っただけで、ロイヤルファミリーのお気に入りになってしまったのだ。

 いくら外の世界のことをあまり知らないレオでも、これがどれだけ異常な出来事なのかははっきりとわかるレベルなのであった。


「……ふふっ」


 ふと、後ろから熱い吐息の混じった笑みが聞こえてくる。

 レオがその方を向くと、ソレイユが微笑と共に熱視線を送っていた。

 それを見て、レオはぞくりとした寒気を感じて大急ぎで視線を切る。あれは自分にはわからない何かを仕組んでいる眼であると、彼の直感が告げているのだ。


「あ、あの、陛下? 嫁入り前の娘さんが目の前でこんなことしてんですけど、良いんですかねえ?」


 レオはそれから逃げるようにグレゴリオにそう尋ねる。

 それを聞いた瞬間、彼の眼はキラリと光る。それは、それこそが自分の望んでいた言葉であると言わんばかりのものであった。


「なに、フィーナが気に入っているのだから余は一切口出しはせん!! それに、王族だからと言ってそれに胡坐をかいている軟弱者共に一人娘を渡すくらいなら、レオ殿にやっても構わん!!」


 かくして、時を止める言葉は放たれた。


「「「「「「「なっ!?!?」」」」」」」

「…………は?」


 若干パニックを起こしているレオに、国王はあろうことか婚姻の話を持ちかけた。流石の一行も、エレンを含めてこれには唖然とする。

 レオはと言えば、あまりの出来事に凍りついていた。

 一国の王から娘との結婚を認められた。これは許可を意味するモノではなく、『娘と結婚しろ』という命令であるからである。


「あ、あの……今、なんていったのでせうか?」

「む、聞き逃したのか? では、はっきりと言おう。フィーナの婿にならんか? ああまで懐いておるし、貴殿は武人としても申し分ない。どうかね、レオ殿? 貴殿が望むのならいつでも歓迎するぞ?」


 カラカラに渇いた喉から発せられる声に、グレゴリオは追い打ちをかけるように豪速球を投げつける。

 レオは心の中で「どーしてこーなった……」と呟いた。

 実際、レオはエルフィーナとしっかり話したのは今朝方の一時だけなのである。それが何でこんなことになっているのか、レオにはさっぱり分からなかった。


「い、いやあの、フィーナちゃんは俺を兄代わりに「いーよ、レオにーさまが相手でも♪」ってちょぉ!?」


 エルフィーナのお気楽な一言で、見事なまでに外堀が埋まる。

 自らの持つ打開策は全て無駄であり、仲間からの援護も期待できぬまま答えを返さねばならないのだ。

 逃げたいと思っても逃げられないので――――


 ――――――そのうちレオは、考えるのをやめた。


「……か、考えさせて頂きます……」

「そうか。色よい返事を期待しておるぞ? はっはっは!!!」


 カクンと銀髪の頭を垂れてレオはそう答えると、傍若無人の限りを尽した国王は豪快に笑いだした。

 するとその後ろから、ふわりとした柔らかい動作でメイドが二人の前に出て跪いた。


「失礼致します。陛下、私のほうからもレオ様に一つ宜しいでしょうか?」

「む、ソレイユ……おお、そうか! それは真に重畳なり! お前が認めたのならば、もはや異論を挟むものは居るまい!」


 従者の一言に、王はこれ以上なく嬉しそうにそう言って笑う。

 それに柔らかに微笑み返すと、ソレイユは優雅な所作でレオの前に立つ。


「ええ……では、レオ様。失礼致します」


 ソレイユはそう言うと、レオの頬に唇でそっと触れた。

 自らの頬に柔らかく湿った感触を受けたその瞬間、レオの眼は茫然とした様子で見開かれた。


「……へっ?」

「いずれはは貴方にもお仕えすることになります。それなのに、あの子達には渡せませんから。そうでしょう、姫様?」

「ふふふ……そーだよね♪ これから宜しくね、にーさま♪」

「あらあら、婚約会見はいつにしましょうか、陛下?」

「早い方が良かろう。早急に手配を頼む」


 悪戯っぽく、蠱惑的な視線を向けながら、ソレイユは優しく絡みつく声でそう口にする。

 嬉しそうに、幸せそうな視線を向けながら、エルフィーナは明るく纏わりつくような声でそう口にする。

 困った様に、微笑ましい視線を向けながら、エレンは柔らかく平坦な声でそう口にする。

 満足そうに、射すくめるような視線を向けながら、グレゴリオは力強く急くようにそう口にする。

 その瞳を見て、その言葉を聞いて、レオは全身の血が冷たくなっていくのを感じた。

 この段になって、彼はようやく気付いたのだ。自分が、完全にこの主従達の手中に落ちてしまったことに。


(……してやられたってか)


 レオは心の中で、一人そうごちた。

 思えば、この間から様子が可笑しかった。

 血の契約の破棄という重要な儀の間にエルフィーナがじゃれてきて、ソレイユもエレンもそれを止めようともしていなかった。

 唐突にグレゴリオが勝負を申し込んできて、終わってみれば早すぎる手のひら返しをしていた。

 そして気が付けば、自分の仲間達の前で、堂々と婚約を持ちかけられているのだ。


 もちろん、心当たりは大いにあった。

 ソレイユが自分に見出した王の器、それである。

 ソレイユとエルフィーナが結託し、切り札を用いてエレンとグレゴリオを巻き込み、自分を籠絡しにきた。

 そう考えるのが、現状に至るまでの早すぎる展開を説明する上で一番しっくりくる。 

 そんなことが、レオの頭の中を激しく駆け回る。


「……ちゅっ♪」


 そこに、最後の毒牙がレオに突き立てられた。


「……へあ?」


 すこぶる間抜けな声がレオの口から零れだす。

 先ほど頬に感じたものと酷似した感触が、今度は唇にきた。そして眼の前には、照れたようにはにかんだ笑みを浮かべる王女の顔。

 それの意味するところは、レオにもすぐ理解できた。


「うふふ~♪ ファーストキスだよ、にーさま♪」

「へっ、あっ、おいぃ!?」


 ご満悦な様子のエルフィーナに、レオは慌てふためく。

 それはレオの性格まで考慮された、実に狙い澄まされた一撃であった。何故なら、この口付けによってレオが指摘しようとした『政略のみの結婚』という可能性を否定され、王女の感情論による否定を一切受け付けなくなったからである。

 政略的でありながら恋愛が成立しており、なおかつ最高権力者がそれを認めている。

 それはつまり、レオの退路が完全に断たれてしまったことを意味していた。


「よぉ、いたいけなお姫様を三日で落としたMr.ロリコン伯爵。王様とお姫様に目を付けられた心境はどうだ?」

「……テメェ、後でしばく……」

「おっと、お前にしばかれるのは洒落にならんな」


 軽口と共に肩を叩くジンに、レオは軽く殺意をこめた視線を送る。

 それを受け取ると、ジンは肩をすくめて軽口を重ねた。

 ジンからしてみれば、大変な事態になっていること自体は理解しているのだが、自身も英雄という立場上、王族相手の厄介事には慣れているので慌てないだけである。


「はぁ……なんかとんでもないことになっちゃたわね……で、アンタほんとに何をしたわけ?」


 ジンと入れ替わりで今度はリサがレオの肩に肘をついて問いただす。

 瑠璃色のじと~っとした視線がレオに突き刺さる。それを受けて、レオは命の危険を感じてぶんぶんと首を横に振った。


「な、何もしてねえよ!? そりゃ護衛してるときに話しゃしたが、それしかしてねえよ!!」

「などと、被告は容疑を否認しているようで……」

「ルネちゃん、頼むからそんな余計なこと言わんでくれませんかねぇ!? あだだだだだ!?」


 レオが弁明しようとすると、チェシャ猫の様な笑いを浮かべたオッドアイのホビットが横やりを入れる。

 すると、リサはレオの肩に置いた肘に体重をかける。


「正直に言いなさい? 別に怒っている訳じゃないんだからね?」

「じゃあその手に持ってる金鎚は何だ!? それに今話したことで全部だっての!!」


 リサは笑顔で『ロリペド制裁マシーン・神罰1号』と書かれた金鎚を振りかざしながらそう言った。

 それに対し、レオは椅子の肘かけを叩いて反論し、必死に死の鉄槌から逃れようとする。


「にーさまの言ってることはホントだよ? 私は少しお話をして、肩車してもらっただけ~。お話だって、普段にーさまがお宿でどんな事をしてたかとか、そんなお話だったよ?」


 エルフィーナはレオの腕の中でまったりと和んだ様子で、助け舟を出した。

 それを聞いて、リサはしばらくエルフィーナを見つめた後、振り上げた金鎚をそっと降ろした。


「そう……フィーナに感謝なさい、命拾いしたわね」

「な~んだ、つまんないの。もっと面白くなると思ったんだけどな」


 リサの一言を聞いて、ルネは心底つまらなさそうにため息をついた。

 そんな彼女に、レオはどんよりとした視線を向ける。


「ルネちゃん、人の修羅場を見て楽しむのはやめた方がいいと思うぜ?」

「嫌だね」

「……さいですか」


 言葉をルネはばっさりと斬り捨てられ、レオはがっくりと肩を落とした。

 そんなレオに、今度はルーチェが声をかけた。


「それにしても、そんな話題で良くここまで口説けたのです。一体何を言ったのですか?」

「いや、これまた特に変わったことは言ってねえはずなんだがよ……」


 深緑の瞳のハーフエルフの言葉に、レオは首をかしげた。

 何しろ、レオ本人は本当に普段通りの自分で話しかけただけなのである。それが何故こんなことになっているのか、彼にはさっぱり分らないのであった。

 頭を抱えるレオの言葉を聞いて、ルネはエルフィーナに質問をする。


「で、実際は何て言われたんだい?」

「レオにーさまって凄いんだよ~? お宿に来たお客さんのことをほとんど覚えてるんだって。私のことも覚えててくれるって言ってたし、何より私を特別扱いしなかったんだ♪ 私、それがすっごく嬉しかったの♪」


 エルフィーナはレオの腕を自分の腰に巻きつけて抱きかかえさせると、満面の笑みを浮かべてそう言った。

 要するに、普段通りの行動そのものを彼女は望んでいたのだ。そして、それを与えてくれたのはレオただ一人。

 それは、彼女が恋心ともつかない感情を抱くには十分だった。何故なら、その普段と変わらぬ平等な態度こそが、彼女にとっての特別であったからである。


「ああなるほど、それが理由なのか。ちょっと弱い気もするけれど、お姫様の心はがっちり掴んだみたいだね」

「うむ、普段相対せぬ相手のことを記憶していられ、我々を前にして臆さずにいられるのも一つの才覚。レオ殿とはその辺りの話についても、その内一度意見を交わして見ても面白そうであるな」


 ニヤニヤ笑いながら興味深そうに頷くルネに、これまた笑顔を浮かべてゆっくりと頷く国王。

 そんな中、我慢の限界を迎えた者が約一名。


「むきぃぃぃぃぃぃぃぃ!! レオは我のものだ!! 勝手に手を出すな!!」


 アーリアルは金色の瞳に涙をためてそう叫ぶと、レオの頭に思いっきり抱きついた。


「ぐえっ!? ちょ、首しま……」


 そして絞まる頸動脈。幼女の体の足の長さは、レオの首を絞めるのにジャストフィットなサイズであった。

 レオの顔はみるみるうちに蒼くなっていく。


「あ、ああう、す、済まぬ……」


 足をタップされ、アーリアルは慌ててレオの首を解放した。

 解放されると、レオはぐったりと背もたれに体を預けた。


「ああもう……どうなってんだよこれ……ちょっとエレンさん!! アンタは何か言うことは無いんかい!?」


 レオはさっきから沈黙していたレモン色のローブをまとったエルフの宰相に声をかけた。

 何故なら、この場で明確にレオの進退について述べていないのは彼女だけだからであった。


「ええ、あるわよ。ジン、今日時間空いてるかしら? 前に話した講義の件なのだけれど」

「ああ、空いてるぞ。で、いつ頃行けばいい?」

「会議が終わった後に時間があるから、その時にこちらから呼びに行くわ」

「そうか、なら会議が終わるころには部屋に戻っているとするか」


 エレンは何食わぬ表情でジンと今日の予定の調整を進める。

 一番大騒ぎになっている話題を完全に放り投げているその様子に、レオは慌てたような声を上げた。


「オイィ!? 俺のこの状況には何か言うこと無いんかい!?」

「ええ、無いわよ。政略結婚なんてするような理由もないし、何より私も姫様もそんなものは嫌いですもの。だから姫様が気に入った人が相手なのなら、私はそれを応援させてもらうわよ」


 エレンはアメジストの瞳をレオに向けると、笑顔でそう言い切った。

 何しろ、エレンからしてみても反対する理由が全くないのである。

 王の素質という稀有な才能を持ち、『修羅』という世界に名だたる英雄と親交があり、更に本人もSSSランクの実力を持っている。

 つまり、他国の王子との婚姻をカードにするよりも、レオの名声を上げて本人を切り札として使った方がはるかに効率が良いのである。

 そして、エルフィーナが彼を気に入っている。

 ここまで揃っていて、反対をするつもりが起きるはずないのである。


「レオ様」


 完全にアウェーになったレオの前に、再びソレイユがやってきた。

 それに対して、レオは疲れた表情でことの発端になったであろう彼女を見る。

 しかし次の瞬間、彼は息を呑んだ。

 ソレイユがまとっていた空気は、とても厳格で静謐なものであったからだ。


「貴方には王の素質があります。そのことは、このソレイユ・エリーザベト・クレインが、我が家名に誓って保証致します。私は貴方の御側にいます。貴方が迷い、自分を見失ったとしても、私は必ず貴方を支えると誓いましょう」


 ソレイユは跪き、祈るような仕草でレオに向かってそう口にした。

 そこにあったのは、雑じり気のない純粋な忠誠。クレインの姓を持つ彼女が見せるそれが意味するところは、自らの人生を捧げると言うものであった。

 故にその誓いは重々しく、そして美しく輝く。その輝きこそが、彼女の誇りであった。

 それを感じ取って、レオは姿勢を正してソレイユに向きなおった。


「……ソレイユちゃん」

「ああ、そうです。私のことはもうご自由にお使いくださいませ。使用人でも秘書でも……望むのならば妾や娼婦まで全てこなしてみせましょう」

「ぶっ!? 何言ってんの!?」

「私ももう二十一歳になる身、そろそろ身を固めようかと思った次第です♪」


 が、話の内容は予想の斜め上をぶっちぎって行った。

 確かに、彼女の誇りは尊いものであった。だが、あまりに尊すぎて人間性を捧げているほどにまであった。

 もっとも、彼女の場合は人間性を捧げると言うよりは欲望にまみれていると言った方が正しいのかもしれないが。

 それを聞いて、レオはもはや苦笑いを浮かべるしかなかった。


「……ひょっとして、これ詰んだ?」

「少なくとも、外堀は完全に埋まってるな」


 レオの呟きにジンは無情にもそう返した。

 正確には、全ての堀が埋まって残るは天守閣のみの状態である。


「レオにーさま、私が相手だと嫌なの……?」


 レオの反応に、エルフィーナは悲しげな声を上げてそう言った。

 今までレオの口から賛同の声が聞けていないのが悲しかったのだ。

 それを聞いて、レオは首を横に振った。


「あ、いや、そう言う訳じゃねえんだけどよ……正直、フィーナちゃんには何の問題もないぜ、可愛いし」

「じゃあ、何で?」

「……悪いけどよ、そいつは言えねえ。これはフィーナちゃんだけじゃねえ、ジンにもユウナちゃんにも、リサにだって言えねえことだ。分かってくれるか?」


 レオはそう言うと眼を伏せた。幼馴染達にも言えない彼の問題は、解決の糸口すら見つかっていないようである。

 それに対し、エルフィーナは腰で組ませたレオの手をきゅっと握った。


「……わかったよ。だったら言ってくれるようになるまで待つ。私はレオにーさまと一緒にいられればそれで良いんだ」

「あ、別にそれ位なら特に問題ねえぞ?」

「……え?」


 あっけらかんと言い放つレオに、エルフィーナは思わず固まった。

 もはや意味不明、全員その場で頭に大きな?マークを浮かべている。


「……ちょっとレオ、どう言うことよ?」

「今の発言から考えると、結婚するのはダメでも一緒に居るのは大丈夫って言うことですよね? どう言うことなんですか?」


 要領を得ないレオの発言に、リサとユウナが質問を投げかける。

 それに対して、レオは溜め息をついて答えた。


「だ~か~ら~、それは言えねえっつーんだ」

「言いなさい」

「こればっかりは絶対に言えねえよ」

「言いなさい!!!」

「言ってたまるか」


 金鎚を振りかざすリサに対しても、レオは固く口を閉ざした。

 その様子から、レオがそれに関して絶対に口を開かないであろうことが分かった。


「……リサ、金鎚を降ろせ。今のレオじゃ頭を叩き割られたって口を開かないだろうさ。そのことは、リサが一番よく知ってるだろ?」

「…………ふん!!」


 ジンの一言にリサは金鎚を降ろすと、苛立たしげにその場を離れた。

 その様子を見て、エルフィーナはレオの赤銅色の眼を見つめた。


「にーさま? 良く分かんないけど、一緒に居るのはいーの?」

「おう。一緒に居る分には何の問題もねえよ」


 その言葉を聞いて、エルフィーナの表情がぱぁぁっと明るくなった。


「じゃあじゃあ、一緒に住む分には問題ないんだね?」

「……いや、確かに問題ねえけどよ……俺はしばらくは冒険者で居たいんだよ」


 嬉しそうにそう問いかけるエルフィーナに、レオは頬を掻きながらそう答えた。

 それに対して、エルフィーナはへにょんと眉尻を下げた。


「……む~……じゃあさ、冒険者をやめたらうちに来てね?」

「あ~……流石にそれはそん時になんねえと分からんから、努力はすると言っておこう」

「むむむ~、そこは嘘でも絶対に行くって答える所なんじゃないの~?」

「俺は家族やダチ公に嘘はつかねえって決めてんだよ。だから、フィーナちゃんには絶対に嘘はつかねえ」


 レオは困った様子でそう口にする。

 その言葉を聞いて、エルフィーナは眼をパチパチと瞬かせた。


「に、にーさま? それって、そーゆーことで良いのかな?」

「ん? 何をいまさらそんなことを言ってんだよ?」


 エルフィーナの言葉に、レオは訳が分からず首をかしげる。

 すると、エルフィーナはこれ以上ない程の、太陽の様な笑みを浮かべた。


「わーい♪ にーさまが私の家族になった♪」

「はっはっは!! 良かったな、フィーナ」

「おめでとうございます、姫様」


 突然跳びあがって喜びだしたエルフィーナに、高笑いをする国王に、祝福をするソレイユ。

 その想定外の状況に、レオは思わず噴き出した。


「ちょっと待ってぇぇぇぇぇ!? なしてそうなる!?」

「え? だって、家族とお友達には嘘をつかないんでしょ? 私はお友達は簡単には作っちゃいけないんだから、作れるのは家族だよねー? だから、レオにーさまは私の家族♪ そうに決まった♪」


 エルフィーナはそう言いながら、もう放さんと言わんばかりにレオを抱きしめた。

 それは詭弁であり暴論であるが、彼女にとってはそれが正しい、ということにしたようである。


「明らかに家族の方がホイホイ出来たらまずいじゃねーか!! つーか、テメェらさっきからフリーダム過ぎんだろぉぉぉぉぉ!!!」


 そのあまりの惨状に、とうとうレオは礼儀を投げ捨てて吠えた。

 元々礼儀はちゃんとなっていない彼であったが、王族にブチ切れることは普通しないはずであった。


「はっはっは!! 自由とは実に愉快な物なり!!」


 その横で盛大に国王が笑い声をあげる。

 娘が意中の相手を手にいれ、国としても強力な切り札を手にいれ、自身にとっても頼もしい友人ができる。

 それに比べれば、レオに怒られることなど瑣末なものなのであった。


「……ジン、さっきのレオの発言は相手が望む単語を無防備にちらつかせてしまう悪い例よ。今の場合、レオは容易に家族などと言う単語を口にするべきでは無かったのよ。その結果、今みたいに姫様に良いように解釈されて自らの退路を断つことになってしまったと言う訳。あの発言が「友人に嘘はつかない」と言うだけなら、レオの完全勝利だったのにね」

「なるほど……」


 脇では、エレンとジンが交渉術の勉強をしていた。

 ジンにとって、レオは優秀な反面教師となったようだ。


「……ねえ、ユウナ。陛下と姫って、やっぱり親子よね……」

「ですね……ここぞと言う時のあの強引な性格は絶対に父親譲りですよね……」

「更に言えば姫様は相手の隙を逃さないよね。天然なのか狙ってやってるのか知らないけどさ」

「たぶん……それは教育係の教育の賜物だと思うのです……」


 部屋の隅では、黒カソックとすみれ色の単衣と若草色のマントと純白のローブがひそひそ話をしていた。

 全員の見解は、「この親にしてこの子あり」で見事に一致していた。


「……あねさん……これ、一体どうなってるっスか?」

「……もう我にも何が何だか分からぬのだ……ぐすっ」

「あ……何があったか分からないっスけど、元気出すっスよ」


 一方では、レオの頭を抱え込んでいじけるアーリアルに、キャロルが状況の確認をしていた。

 キャロルはアーリアルの頭を撫で、アーリアルはそれを黙って受け入れる。

 この二人、意外と仲が良いようである。


「テメェら見てねえでちったぁこの状況を何とかしやがれええええええ!!!」


 レオの叫びは、談話室に空しく響いた。




 キャラが勝手に動きまくった結果、今度は王族二人揃って大暴走。

 と言うか、今度は姫様どうしてこーなった……こんなににーさま大好きっ子になる予定じゃなかったのに、書いてると動く動く。

 あ、ちなみにファイナルウェポン陛下はもうあきらめますた。ぶっちゃけ制御不能です。


 ……いかんなぁ、この流れじゃジンが主人公(笑)になってしまう……

 陛下のインパクトが強すぎてどうしても話を持ってかれるんだよなぁ……

 どげんかせんといかん。


 それでは、ご意見ご感想お待ちしております。

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