てつをくだいてとどろくひと
この話を語るのは一言で足りる。
どーしてこうなった!!
レオがエルフィーナと勉強(?)していたころ、ジンは闘技場に立っていた。
ジンの前にはモントバンの兵士百人。
兵士達の武器は剣やら弓やら槍やら何でもありだった。
「……ふう……」
ジンは表には出さないが、内心はいつになく緊張していた。
無論、相手の数の多さに緊張しているわけではない。
数の多さだけで言うのなら、戦場を荒らしまわっていた際に三万人に突っ込んだこともある。
一人で千人を相手にしたこともあるジンにとって、百人と言うのは百人『程度』なのだ。
しかし、今回は訳が違った。
「……ふむ、流石にジン殿に緊張の色は無いようだな」
その理由は国王が直々に訓練を見に来ているからなのだった。
国王はジンの戦うところを見るのが余程楽しみだったらしく、ジンが闘技場に入った時にはすでに待機していたほどだ。
その国王からジンは何故か強烈なプレッシャーを感じていたのだった。
しかし、それが表情に出ることはない。彼にとって、そのプレッシャーは彼のコンディションを良い方向へと引き上げてくれているのだ。
「陛下、ジンの相手が百人で宜しいのですか? 彼ならばもっと多くの兵士達の相手が出来ると思いますが?」
「いや、百人が良いのだ。あまり人数が多いとジン殿は間違いなく魔法を使うであろう。余はまず、ジン殿の剣が見てみたいのだ」
国王は不思議そうな表情を浮かべるエレンの問いにそう答えると、闘技場の中を見つめた。
国王の瞳は今から始まる剣劇に思いをはせる子供のようなものであり、厳かな顔の中に無邪気な笑みが浮かんでいる。
兵士たちは今にも襲いかからんばかりに構えている。相手は世界に名を轟かせている英雄、それをたった百人で相手しろと言う指令に心が猛っている。
一方のジンは、手にした剣をだらりと下げ、全身の力を抜いた状態である。
国王はそれを見て立ち上がった。
「試合開始!!」
国王は無駄な口上は要らぬとばかりにそれだけ言うと、席に着いた。
その瞬間、兵士がジンに一斉に攻撃を仕掛けた。その様子は、人間を飲み込む津波のようなものであった。
「……おいおい……」
しかし、その様子にジンは思わず苦笑いを浮かべた。
たった一人の人間に、剣や槍を持った人間が十人で一斉に掛っても邪魔なだけである。人数と言うものはチームワークが発揮されてこそのものなのだ。
彼の目には、目の前の兵ひとりひとりが英雄を倒すと言う功を焦っているようにしか見えないのであった。
そんな相手に対して、ジンは手にした重い銀の大剣を軽々と担ぎ上げた。
「でやあ!!」
「うわああ!?」
「ぎゃあああ!!」
突っ込んでくる兵士達の槍をジンは低くしゃがむことでかわし、相手が槍を戻す前に立ちあがりざまに大剣を横に薙いで一撃加える。
その勢いを殺さずにジンは体を回転させると同時に剣に気を込め、後続の剣士たちを風の刃を飛ばして吹き飛ばす。
「次だ」
ジンは周りの剣士を薙ぎ払った後即座に大剣を手の甲に乗せる様にして構え、気で脚力を強化して一気に離れたところにいる弓兵に突き込んだ。
弓兵は矢を射かけるが、一直線に突っ込んでくる群青の弾丸の動きが速すぎて捉えることができない。
「せいっ!!」
「うおおおおお!!」
「うぎゃあああ!!」
ジンが兵士の集団に突っ込んだ瞬間、人の群れが爆発する。
弓兵を守る兵士など意にも介さず、ジンは触れたもの全てを弾き飛ばした。
戦線が崩れると、ジンは相手の隊列を内部から徹底的に破壊する。
「ぎゃああああ!?」
「ぎぃぃぃぃぃ!!!」
最初の十秒で魔法隊が壊滅し、
「ぐあああああ!!!」
「うげえええええ!!」
次の十秒で弓兵が全滅し、
「ぐうううううう!!」
残りの十秒で最後の一人が倒された。
もはや圧倒的としか言いようがなかった。魔法剣士として名高い英雄が、魔法の魔の字も見せることなく百人を壊滅させ、更に傷をつけるどころか触れることすらも叶わなかったのだから。
ジンはあまりの呆気なさと、ある理由により苦笑する。
と言うのも、
「……新兵訓練でこれはトラウマにならないか?」
そうなのだ。
ジンが相手にしていた人間はこの年に新しく入ってきたばかりの新兵だったのだ。
しかし、ジンは一方で関心すらしていた。
何故なら入ってきたばかりの新兵ですら、修羅として名を轟かせている自分に恐れもせずに向かってきたのだから。
「レオの言っていた通り、凄まじい闘争心だな。この分なら叩いていけば十分伸びるぜ、アンタ等」
ジンは伸びている兵士達にそう言うと、剣を肩に担ぐ。
その姿は開始前と変わらない。むしろウォーミングアップが終わって、次の戦いでは更に良い動きが出来そうであった。
「さて、俺とやりたい奴は出てきな!! 遠慮はいらん、一対一でも一対多数でも良いからどんどん掛って来い!!」
ジンがそう叫ぶと、次から次に兵士達が名乗りを上げる。
時にはまだ若い兵士が一対多数で、時には兵士長クラスが一対一でジンに掛っていく。
「そらっ!! 少し剣の振りが遅いぞ、肩の力抜きな!!」
「は、はいっ!!」
「そこ、魔法の制御が甘い!! 当たるまで気を抜くな!!」
「わ、分かりました!!」
ジンは戦いながら相手に的確にアドバイスをしていく。
そしてしばらく経った頃、闘技場には無傷のジンと、大量の負傷者が転がっていた。
「おいおい、もうお終いか? 修業が足りんな!!」
ジンはそう言ってからからと笑った。
その身体には、やはり傷一つ付いていない。呼吸も平常であり、兵士達に格の違いを見せつけた結果に終わったのであった。
すると急に国王の声が闘技場内に響き渡った。
「素晴らしい!! 更なる強者を用意していたがこうまで圧倒的ではそれすらも失礼に当たるだろう!! とうっ!!」
「へ、陛下!?」
そう言うや否や、国王は高さ十メートル程の観覧席から飛びおり、華麗に着地をした。
観覧席では国王の突然の奇行にエレンが大慌てをしていた。
ジンもいきなり闘技場に降りてきた国王に唖然とした表情を浮かべている。
「こ、国王陛下?」
「くくく、みなまで言うなジン殿。余も国王である前に一人の男、強さに憧れるのも当然だ。武人として育てられたからには、貴殿の様な強者を前にして血が騒がねば嘘であろう? エレン!! ここに轟鉄砕を持てい!!」
国王が不敵な笑みを浮かべてそう言った瞬間、兵士達の間に衝撃が走った。
あの国王陛下が再びあの武器をとる、その事実は兵士達を呆然とさせるには十分すぎた。
エレンも、本気で戦うつもりの国王に慌てふためいている。
「あ、あの……本気でやるのですか?」
「何を言っておる、当然であろうが!! 先に申した通り、余も男であり、一人の戦士だ。戦士が戦場で向き合ったのならば、互いに全力で戦うのが礼儀と言うものであろう!!」
国王の琥珀色の瞳には、ジンをして異常と言わしめるほどの強烈な闘志が燃え滾っている。これから始まる闘争に興奮しているのか息も荒く、もはや何を言っても引きそうになかった。
その姿は、もはや野獣。英雄との戦いと言う極上の餌を目の前にして、今にも飛び掛らんばかりの猛獣と化しているようであった。
その国王の隣に疲れた表情のエレンがふわりと降りてきた。
「……陛下、轟鉄砕をお持ちいたします。“亜空の扉”」
「うむ、御苦労であった」
国王はそう言うと異次元空間の中に手を突っ込むと中の物を引っ張りだした。
「ち ょ っ と 待 て」
ジンは国王が引っ張り出したものを見て絶句するしかなかった。
国王が引っ張り出したのは長さ六メートルに達しようかと言う、人間が使うには余りにも巨大な黒い三角柱の剣。
ジンの長さ二メートル程の大剣がおもちゃに見えるそれは、剣と言うには余りに無骨な形状をしている。
しかしそれが振るわれれば、その名の通り鉄を砕き、その音を轟かせるのであろう。
斬るのではなく、敵を叩き潰すことに特化した怪物剣。それが轟鉄砕と言う剣であった。
「……実に馴染む。こやつも、久々の戦いに血が騒いでおるようだ」
そして、あろうことか国王はそれを気を込める様子もなく、かつ片手で楽々と振りまわしている。
鈍い音で空気を震わせながら、地面を傷つけることなく周囲に風を巻き起こしている。
「……なあ、エレンちょっと良いか?」
「……何かしら」
青ざめた表情のジンは、思わず疲れた表情のエルフの宰相を呼び寄せた。
戦いの中で、自分と肩を並べるほどの将は数少ないながらもいたし、フリーの冒険家にも強い者が何人かいるのは知っている。
しかし、国王自身が化け物である国というのは、その国出身であるはずのジンも知らなかったのだ。
「あの国王陛下、本当に人間か?」
「え、ええ……間違いなく人間……のはず」
ジンの問いにエレンは自信なさげにそう答える。エレンのアメジストの様な紫色の眼は宙をさまよっていた。
彼女にしても、何度見たところで彼が人間である事実を受け入れるのを拒否しているようである。
それに対して、ジンは頭を抱えた。
「……はっきり言おう、世間じゃ俺のことを化け物と言っているが、本当に化け物なのは国王陛下みたいな奴だ」
「何をこそこそと話しておる!! さあ、早く始めようではないか!! エレン、合図を!!」
国王はもはや今にも駆けだそうとせんとする闘牛の様な状態であり、ギラギラとした眼でジンを見つめている。
ジンは国王に向き直ると、一つ深呼吸をして問いかけた。
「国王陛下。今から私は本気で参ります。ですので、私が魔法を用いても反則などと思わないでください」
「何を言っておるか!! 元よりそのつもり、魔法ごときねじ伏せられんで何が王か!!」
「いやその発想はおかしい」
滅茶苦茶な暴論を吐く国王に思わずジンは突っ込むが、国王の耳には届かなかった。
戦うことしか頭にない国王を見て、エレンは大きなため息をついた。
「そ、それでは音頭を取らせていただきます。では、行きます……試合、開始!!」
エレンがそう言うや否や、国王は一直線にジンに向かって突っ込んで行った。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
「があっ!?」
直後に国王の口から聞こえてきたのは、もはやただの衝撃波と化した爆音。
その強烈な咆哮はジンの耳から入って脳を揺らし、ジンの眼の前は一瞬真っ暗になる。
それでもジンは気配から相手の武器の軌道を読んで、攻撃を回避する。
「く……な、何と言う咆哮……“減音空域”」
「まだまだあああああああああ!!」
「ちぃ!!」
ジンはこの脳を直接揺さぶるような咆哮こそ一番厄介だと感じて、即座に周囲の音量を減らし、大上段から振り下ろされる轟鉄砕を横に飛びのくことで回避した。
轟鉄砕が当たった地面は轟音と共に破片をまき散らし、地面を深々と抉った。そのことは、一撃も喰らうことができないことをジンに痛感させる。
そこには気を込めるような動作など微塵もなかった。それは今までジンが見た中でも、ただの物理攻撃としてはトップクラスの破壊力を持つものであった
「な、何と言う威力……」
「呆けとる場合かあああああ!?」
「うおおおおっ!?」
轟鉄砕の薙ぎ払いを上に跳ぶことで避ける。しかし反撃をしようにも轟鉄砕の射程が長すぎて、反撃が困難な状態である。
更に、長大で重量のある剣であるにもかかわらず、まるで短い棒切れを振り回すように片手で振り回しているのだ。
ジンは再び後退せざるを得なかった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
それを許さず、国王は嵐の様な追撃をジンに仕掛ける。
ジンは大剣でそれを受け流すようにしてそれを避けるが反撃できず、かつ国王の動きが想像以上に速いために間合いも切れずにいた。
しかしそれでも、ジンは未だに魔法を使うことなく剣技だけで三倍以上のリーチのある国王の攻撃を流し続けているのだ。
周囲の兵士には、二人の剣劇が速すぎて良く見えておらず、ハイレベルな闘いに歓声が上がっている。
何十合とお互いの剣が交差した後。
「てりゃああああああああああ!!」
「くっ!!」
横に薙ぎ払われる轟鉄砕を、ジンは敢えて受けて後ろに飛んで間合いを切った。
ジンは空中で受け身をとりふわりと着地する。
「どうしたのだ? 逃げているだけでは余には勝てぬぞ?」
国王は轟鉄砕を肩に担いでジンを挑発する。
その視線に油断はない。自分が剣のリーチで押しているだけであることは分かっているのだ。
だからこそ、国王はその深く、ジンが逃げ切れない間合いに飛び込んでくるように挑発をしているのだ。
ジンはそれを意に介さずに銀の大剣を構える。
その構えは、まるで槍を構えるように右手を引き、左手の甲に剣の腹を乗せるような突きの体勢。
速度を十分に生かし、相手が攻撃をする前に仕留めようというのだ。
「でやあああああああ!!」
ジンは意を決して国王に突っ込んだ。全ての力を足に込め、放たれた銃弾のように相手に向かっていく。
風を切って走ってくるジンをみて、国王はニヤリと笑った。
「あまいわあああああ!!!」
国王はそれに対して眼にもとまらぬ速さで轟鉄砕を振り下ろした。
肩に担がれた剣とは、振りかぶられた状態とよく似ている。つまり、重量のある轟鉄砕が最大限の威力を発揮できる状態だったのだ。
「ふっ、せえええええい!!!」
「むっ!?」
それをジンはギリギリで避けると、地面を砕いた轟鉄砕の上に乗って国王に肉薄する。
剣に乗ってしまえば、その重量も振られる速度も関係ない。ジンはリーチの短さをそうして克服しようとしたのだ。
そして驚きの表情を浮かべている国王に大剣を振りおろした。
「まだまだぁ、でやあああああああ!!」
「ちいいっ!!」
決まったかに思われたそれを、国王は大剣を振り下ろすジンの腕を脚で叩き落として回避し、バランスを崩したところをフリーになった轟鉄砕で打ち砕くと言う荒技に出た。
ジンは地面を転がるようにしてそれを避ける。決まったはずの一撃を封じられて、ジンは苦い表情を浮かべていた。
「っく、なんて強さだ……」
「ふむ、ジン殿がそう言うのならば余もなかなかのものと言う訳か。しかしジン殿、貴殿がこの程度で終わる訳はあるまいな?」
「言われなくとも!!」
英雄と戦っていると言うのに微笑すら浮かべてみせる国王に、ジンは更に攻撃を仕掛ける。
国王は先ほどと同じようにカウンターを仕掛けるべく、轟鉄砕を大上段に構える。
そして突っ込んで来るジンに対して、それを粉砕すべく横に薙ぎ払った。
「はっ、もらったあ!!」
「ぬうっ!?」
しかしジンはそれを待っていた。
くるりと宙返りをしながら、ジンが大剣を真下にふるう。次の瞬間、闘技場の壁に両断された巨大な三角柱が突き刺さっていた。
そう、ジンの目的は轟鉄砕を斬ることだったのだ。大剣は狙い通り轟鉄砕を断ち切り、王は驚きの表情を浮かべる。
「せやああああああ!!」
ジンは武器を失った国王に斬り掛った。
そして、
「ぐああああああっ!?」
ジンは吹き飛ばされた。
何とか受け身をとり地面に着地をするが、ダメージを負い地面に膝をつく。
ジンは困惑した。
確かに国王の体を両断した筈だった。
だが…………何故斬りつけた感触は鉄に打ち付けたような感触だったのだ?
「……見事なり。流石はジン殿だ。魔法を使わずとも我が轟鉄砕を打ち破るとは、聞きしに勝る英傑よ」
ジンが顔を上げると、そこには無傷の国王が立っていた。
しかし、国王は先ほどと違い王冠やマント等の装飾品を全て打ち捨て、身につけているのは上下の服とブーツだけとなっている。
「ジン殿……まずは余の非礼を詫びさせてもらえないだろうか? 余は今まで貴殿には負けても仕方がないと思っていた。それ故、我は限られた中での本気で貴殿と闘っておった……だが、貴殿と闘っていて気が変わった。やはり武人であるからには勝ちたい。それがたとえ世界最強と言われる修羅が相手であったとしても!! ゆえに、余は今より全ての枷を外す!! はあああああああああああああ!!!」
国王がそう言って気を込めると、国王の体が膨れ上がり、上着がはじけ飛んだ。
その下には、数多の修練を積んだ証であろう芸術的ともいえる鍛え上げられた肉体があった。
そして、国王の周りには高められた気がオーラとなって、その身を覆っていた。
どうやら先程のジンの攻撃は、内に秘めていたそのオーラによって弾かれたようであった。
「……ハッ、それで負けても仕方がないなんてよく言う。謝るのはこっちもだ。どうやら俺も知らないうちにアンタのことを舐めて掛っていたようだ。気が付けば剣でしか闘ってないし、剣だけで勝てるなんてとんだ思いあがりだった……来なよ、俺の本気を見せてやる」
一方のジンも先ほどまでとは雰囲気が変わった。
ジンの眼はエレンと命懸けの決闘をした時と同じ、どこか狂気を孕んだ視線に変っていた。
ジンの周囲には炎が噴き出し、魔法の準備ができたことを示している。
「……準備は良いな、修羅殿?」
黄金に輝くオーラを纏った国王がジンにそう問いかける。
「……ああ。いつでも来いよ、国王陛下!!」
それに対して、紅蓮の炎を纏ったジンが答える。
そして、第二ラウンドの幕が上がるのだった。
国王陛下、御乱心。
某理想郷の感想で王様が人気だったから、
「じゃあ戦闘させてみようぜ!!」
と思って実際に書いていたらご覧の有様だよ!!
何なんだこの超スペックは。
それでは皆様、ご意見ご感想をお待ちしております。