あんさつしゃあらわる
今回のこれは自分の訳のわからない謎のハイテンションの産物。
会食を終えて自由時間になり、交代時間に風呂に入ったジンは夜の廊下を歩いていた。
松明の火で照らされた石造りの廊下に、窓から月明かりが差し込んでいる。
……辺りは不気味なほど静かだった。
「……おかしい、やけに静かだ。見回りの兵の足音すらしないとはどういうことだ?」
あまりに静かすぎる廊下に、ジンは周囲を警戒しつつ探索を行った。
ジンがこの一帯の見張りの巡回ルートを探索していると、ジンはとあるものに気が付いた。
「……っ!? これは……」
むせ返るほど濃密な血の匂い。それは、ジンが渡り歩いてきた戦場で嫌と言うほどに嗅いだものであった。
ジンはその匂いがする方向へ警戒を強めながら歩いていく。
しばらく進んで行くと、そこには真っ赤な血の海と、そこから伸びる赤い何かを引きずったような筋が見つかった。
「くっ、侵入者だ! 侵入者がいるぞ! 総員警戒に当たれ!」
明らかな異常を発見したジンは、周囲に注意を促すべく大声で叫んだ。
その伝令は段々と広がっていき警戒が始まることであろうが、その間に逃げられてしまうかもしれない。
そう考えたジンは、赤い血の筋を辿っていくことにした。
濃密な血の匂いが漂う廊下を歩いて行くと、そこにはまた血溜があった。ただし、今度は先ほどと違い兵士が三人その上に倒れている。
ジンは周囲を警戒しつつ、兵士に近づいた。
「……くっ……手遅れか……」
兵士たちは頸動脈を深々と切り裂かれており、誰がどう見ても手遅れと分かる有り様だった。
また、三人いるにもかかわらず誰一人として剣に手をかけた痕跡が無いことから、兵士達が剣を取る間もなく殺害されたことが分かる。
このことから、相手がそれなりの使い手であることが分かった。
ジンは更に手がかりが無いかを調べるために兵士達を調べようとする。
が、強烈な殺気を感じ、ジンは直感的に身を屈めた。
「うおわっ!?」
直後、ジンの群青色の髪をナイフが数本掠めていった。
もしジンがしゃがんでいなかったら、ジンは目の前の兵士と同じ末路をたどっていたことであろう。
「キーキキキ、はずしちまったか。ベリィィィィシィィィィィット!」
「っ!?」
唐突にジンの背後から、甲高くご機嫌な声が響き渡る。
ジンが背後を振りかえると、そこには一人の背の高い細身の男が立っていた。
男の姿は白いワイシャツにダークグレーのベストにスラックス、その上から大量のナイフを仕込んだマントを羽織っている。
肩にかかる長さのボサボサの灰色の髪は無造作に放置されており、肌は血色の悪いくすんだ褐色、その濁った黄色い瞳からは、尋常ならざる気配が感じられた。
「キーッヒヒヒ 久しぶりだなぁ、ジン……はうあーゆー? フーアーユー? おやおや敵を前にして相手が誰か忘れちまいましたよ? 俺様としたことが大失敗、梅干しすっぱい!」
「……クルード・ベトラ……貴様、何の用だ?」
ジンはハイテンションでふざけたことを言う男、クルードを睨みつけながら目的を問いただす。
ジンの手は背中の剣に掛っており、いつでも戦闘可能な状態である。
「何の用? 火の用心! ちょっと火消しにアーイム・カミィィィング! 命の灯火どこにあるぅ? 目の前だぁ! さぁ困った、デンジャラスな火種はどうしよう? 答えはイージー、火種は消火じゃああああああああ! そうゆー訳で、今からチミをブッチkilling! 覚悟はおk?」
そんなジンを前にして、甲高い声で目的をふざけた口調でペラペラと喋るクルード。その口調とは裏腹に、眼には強烈な憎悪が浮かんでいた。
それを見て、ジンは呆れ果てたようにため息をついた。
「そうか、俺のことを嗅ぎまわっていたのはお前だったか。は、また懲りずにいつぞやの仕返しでもしに来たのか?」
「キッキー 憎い憎い憎い憎い肉が食いたい! キサマァ! あの時は華麗なる俺様の体に傷をつけてくれやがって キッキキィー! そんなチミの悪逆非道な行為に俺の怒りがエクスプロージョンッ! そんなリーズンで悪 即 滅!」
ジンに鼻で笑われたクルードは子供の様に癇癪を起して床を何度も踏みつけた。どうやら、過去に何度もジンに挑んで、その度に敗走しているようであった。
そして相変わらずの甲高い声でそうまくし立てると、凄まじい速度でジンに向かって駆け出した。
「けっ、何が悪即滅だよ。それが戦場だろうが!」
ジンは迫ってくるクルードに吐き捨てるようにそう言うと、背中の大剣を抜いてクルードを迎え撃った。
ジンが剣を横に薙ぐと、クルードは跳躍してジンの頭上を飛び越えて背後を取る。
「しゃあああああああ!」
「“火蜥蜴の尾”」
背後を取ったクルードはナイフを数本まとめてジンの動きを縫うように投げ、相手の動きを限定したところに本命のナイフを投げてくる。
ジンはその攻撃を、本命のナイフのみをを片手に持ちかえた剣で叩き落し、炎の鞭で相手に反撃を仕掛ける。
「キッキーキキッ!」
クルードはナイフをふるって炎の鞭を切り裂くとジンに向かって駆け出し、壁を蹴って跳躍し再び背後を取って攻撃しようとする。
その動きはとても素早く、ジンの背後を易々と取った。
「甘い! “緑の束縛”」
ジンはそれを予測しており、振り返ることなくクルードの着地地点に相手を捕らえる蔦を生み出した。その蔦はまるで蛇のように蛇行しながら、灰色の暗殺者へと伸びていく。
その迫ってくる蔦を見て、クルードは狂った笑みを浮かべた。
「キッキーっ、甘い? スウィート? ノン!」
クルードはそう言うと手にしたナイフで迫り来る蔦を眼にもとまらぬ斬撃で細切れにし、振り返るジンを前に一呼吸おいてからナイフを投げつけた。
「おおっと!」
タイミングを外され、ジンは大剣の勢いを利用して横に飛び、相手の攻撃を躱した。しかし体勢が崩れてしまったために、ジンは追撃の手を止めて防御の構えを取る。
ジンの追撃を抑え込んだクルードは、何を思ったのかジンに背を向けた。
「キーッヒヒヒヒ 鬼さんこちら、手のなる方へ♪ 来なけりゃ皆さんジェノサイド♪ キーッヒャヒャヒャヒャ!」
甲高い笑い声をあげ、スキップをしながらクルードは去っていく。
その行き先は、国王たちが住む王宮の方角であった。
「逃がすか!」
ジンは大急ぎでクルードを追いかける。
しかし、クルードの移動速度は異常なほど速く、ジンは彼の高笑いを追いかけるしかなかった。
ジンがそうやってクルードを追いかけていくと、城の中庭に出てきた。
中庭は周囲を花壇で覆われた石畳の広場になっており、空からは青白い月が優しくその中庭全体を照らし出している。
ジンはそこに足を踏み入れた瞬間違和感を覚え、その正体を確認した。
「これは、人払いの結界か……」
ジンは違和感の正体を看破してそう呟くと同時に、広場の中央を見つめた。
その中央には一人の騎士の姿があった。騎士の亜麻色のショートヘアは月明かりに輝いていて、夜空のような紺碧の甲冑を着て大きな盾を持ち、右手には幅の広い片手剣を携えている。
その騎士と眼があった瞬間、ジンは深々とため息をついた。
「……やはりお前も居るか……シャイン・シクスト」
「……依頼だから」
「依頼だと? 誰からだ?」
ジンが咄嗟に訊き返すと、シャインはハッとした表情を浮かべた後、鋭い目つきでジンを睨みつけた。
「……これ以上話すことなど無い……!」
シャインはそう言うと、ジンに向かって斬り掛る。その動きは重たい甲冑を着込んでいるとは思えないほどの速度で、一息で間合いをつめてきた。
ジンはそれを大剣で迎え撃つが、シャインはその一撃を盾で受け流し、カウンターの一撃を加えてくる。
「はあああああっ!」
「っ……!」
ジンはその攻撃を体を横に捌くことで避け、振るった大剣の勢いをそのままに、気を込めて叩きつけることでシャインを弾き飛ばす。
しかしシャインも足に気を込めることでこらえ、すぐにジンに張り付いて攻撃を仕掛ける。
「くそっ、退けぇ!」
「……通さない……!」
ジンには王の所へ向かったと思われるクルードを止めるために急ごうと、若干の焦りが窺える。
そんなジンをシャインはしつこくブロックし、手にした剣でジンを倒そうと襲い掛かる。
シャインの戦い方は防御に特化しており、いかに英雄であろうとそう簡単には道を譲らない。そこには、何度も修羅場をくぐり、ジンを相手にして生き延びてきたという確かな自信と経験が生きていた。
ジンはそんな彼女を一刻も早く退けようと、己が剣に込められるだけの気を込め始める。
「らっしゃああああああああ!」
「うっ!?」
そんな時、突如ジンの頭上にクルードが現れ、ジンに向かってナイフを振りおろした。
ジンは咄嗟に体をひねって避けるが、左腕に大きな切り傷を作ることになった。
「はっ……狙いはあくまで俺って言う訳か……」
ジンはシャインの盾を蹴りつけて大きく距離を取り、クルードを睨みつけた。
クルードはぽたぽたと血を滴らせる自分のナイフとジンの腕を見て、喜悦の表情を浮かべて笑いだした。
「キーッヒヒヒヒ ねえどんな感じ? 傷つけられてどんな感じぃ? 痛かろう、悔しかろう、ういろうどーう? キキーッヒヒヒヒヒ!」
「毎度毎度ごちゃごちゃとうるさい! “激流の水柱”!」
ジンが呪文を唱えたが、何も起こらない。
それを確認したクルードは耳に手を当て、ニヤニヤと人をおちょくるような笑みを浮かべた。
「おやおやぁ? 不発ですよぉ? 注意力散漫エマージェンシー! これは緊急事態ですなぁ、キーッヒヒヒヒヒ!」
クルードは人の神経を逆なでするように笑いながらジンを挑発する。
ジンが足元を確認すると、地面には赤く光る魔法陣が書かれているのが確認できた。それを見て、ジンは小さく舌打ちをした。
「ちっ、魔封陣か……小癪な真似を!」
「キキッ、良いのかぁ? 俺様に気を取られてるとぉ……」
「……忘れてもらっては困る……!」
「っ、このぉ!」
ジンがクルードに斬りかかろうとすると、いつの間に移動していたのか、シャインがジンの背後から斬り掛った。
ジンはその剣を手甲を付けた左手の裏拳で弾き、盾による突撃を足さばきを使っていなす。
「しゃはっ!」
「やっ……!」
そのシャインの頭上を飛び越えて、クルードはジンの首を狙って攻撃を仕掛ける。
ジンはそれを受け止めるが、それによって空いた脇腹を貫こうとシャインが剣で突く。
二人のコンビーネーションは歴戦の英雄を相手にしても崩れることは無く、全てがかみ合っている。それはまるで、相手とその影が同時に襲い掛かってくるようであった。
「ぐっ……まだまだぁ!」
「くぅっ……」
「キィッ!」
ジンは大剣に気を込め、気合と共に横に薙ぎ払うことでクルードとシャインをまとめて弾き飛ばした。
カウンターでその衝撃を受けた二人は何とかガードするが、こらえきれずに地面を転がった。
そんな二人を見て、ジンは不敵な笑みを浮かべた。
「はっ、魔法を封じたくらいで俺に勝てると思うなよ? それに、お前達は重大なミスを犯している」
「キッ!?」
「……!」
クルードとシャインは同時に強烈な寒気を覚えてその場から飛びのく。すると、突如今まで二人がいた場所が轟音と共に爆発し、クレーターを作った。
その中心には、一本の矢が刺さっていた。
「よおジン、生きてっか!? ま、死んでるとは思わねえけどよ!」
頭の上から男の軽い声が響く。
ジンが上を見上げると、屋根の上にはロングボウを構えた銀髪の男が立っていた。
ジンはその男に対して笑いかけた。
「ナイスタイミングだ、レオ! 流石は長年俺の相棒だっただけあるな!」
「へへっ、そいつぁどうも!」
笑いあう二人を余所に、クルードとシャインは起き上がった。
二人とも目立った外傷は無いが、弾き飛ばされたことで全身が泥だらけになっていた。
「キ……キッキー! バカな、何故なんでホワィ!? どうしてキサマの仲間が現れる!?」
「……っ……」
人払いの結界を敷いていたはずなのにレオが現れた現状に、クルードは混乱する。その一方で、シャインは何かに気がついたようで顔をしかめた。
シャインの視線の先には抉れた花壇と、不自然に置いてある砕かれたナイフだった。
このナイフこそ、クルード達が敷いていた人払いの結界の起点であった。それが砕かれた今、人払いの魔法陣は崩れ去り、異常を察知したレオが飛んでくることになったのだ。
ジンはそれを見てニヤリと笑う。
「気付いたか? 隠し方が単純すぎるぜ、お二人さん」
実は、ジンは二人と戦いながらずっと魔力の流れを辿って結界の起点を探していたのだった。
そして見つけた後何をしたかと言うと、実は先ほどクルードとシャインの二人を弾き飛ばした際の衝撃波を結界の起点にぶつけたのだった。
「キ、キキ……キッサマあああああああ!」
「……まだ……!」
激昂したクルードが、恐ろしい速度でジンの背後に回って攻撃を仕掛けた。それに合わせて絶妙のタイミングでシャインの剣がジンに迫る。
ジンは剣を背負うようにしてクルードの攻撃を受け、気を込めた左手でシャインの剣を外側に受け流す。
「おっと、良いのかな? 俺に気を取られていてさ。よっと」
「うわっ!?」
「キッ!?」
ジンは不敵な笑みを浮かべて言われたことをそっくりそのまま言い返し、クルードにシャインを押しつけて脚に気を込めて高く跳躍した。
その直後、ジンの立っていた場所に一本の矢が唸りを上げて突き刺さった。矢が刺さった瞬間、込められていた気が爆発してクルードとシャインを吹き飛ばした。
「げはあああああああ!?」
「……くっ……」
爆風を受けて二人は派手に吹き飛び、地面を転がる。爆破の衝撃で足元に敷かれていた煉瓦がはじけ飛び、二人にダメージを与える。
相手を自分のフィールドに誘いこんだはずの二人は、もはや完全に劣勢に立たされていた。
「へへっ、油断大敵ってこった」
その様子を見てその矢を射かけた射手はそう呟いて笑った。
それからしばらくして、クルードから地獄の底から響くような声が聞こえてきた。
「痛い……痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいいたいイタイイタイイタイイタイイタイよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもぉ! キサマァ! 俺様の顔によくも傷をつけてくれたなぁ……俺様の復讐の炎がばーにんぐぅ! 顔覚えたかんなぁ、覚えてろぉ~ それでは皆様、シーユーネクストタイム♪」
「……撤退か……」
興奮した様子で頭から血を流しながら、金切り声でレオに向かってそう言うクルードにシャインが駆け寄ると、クルードは一本のナイフを取り出した。
するとナイフに魔法陣が浮かぶと共に青白く光り出し、次の瞬間クルードとシャインの姿はその場から消え失せていた。
「……ちっ、逃がしたか……」
ジンはクルードの立っていた場所を見つめて舌打ちをする。
そんなジンに、屋根の上からレオが降りてきて近寄る。
「おいジン、あいつらは一体……って派手にやられてんなオイ!?」
レオはだらだらと血を流し続けているジンの腕を見てぎょっとする。
ジンはその顔を見て一瞬首をかしげるが、視線の先を見て納得した。
「ん? ああ、気にするな。出血はしているが見た目ほど傷は深くは無い。そんなことよりまずは他に侵入者が居ないか城中をチェックしないとダメだ。行くぞ、レオ」
「お、おう」
二人はそう言うと大騒ぎになっている城内に駆け出した。
超ハイテンションな暗殺者とその相棒のクールな騎士のご登場。
いや、書いてて楽しいのなんの。
特にクルードさんのセリフ回しとか書いててすっきりする。
きっとこいつのモデルとなったキャラクターのセリフを書いた人もノリノリで書いてたんだろうなぁ……
ご意見ご感想お待ちしております。
それでは皆様、See you next time♪