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拝啓、親父殿。幼馴染が怖いです。  作者: F1チェイサー
第2章 おうじょさまのいらい
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エレンのおてつだい


 談話室での話を終え、ジンはエレンの部屋に来ていた。

 二人は広々とした部屋の一角にある、石で覆われた実験スペースで向かい合って立っている。

 なお、ここに至るまでの話をするにあたってユウナが強烈な殺気を放ち、エレンが蒼い顔をしながら必死で説明したのは余談である。


「それで……実験って何をすればいいんだ?」

「ああ、すること自体は簡単なことよ。ただ単に自分が出来る最高速の術式で魔法を撃つだけよ」


 その言葉を聞いてジンは首をかしげる。ジンにはエレンが何をしたいのかさっぱり分からないのだ。


「で、それで何が分かるんだ? 俺が使っている術式はそんなに特別な物を使っているわけじゃないんだがね?」

「私が調べたいのはその時の魔力の流れよ。最速時の魔力の流れが分かれば、術式の組み方を変えて応用を利かせることも出来るわ。極端な例を挙げれば、時間がかかる魔法をシングルアクションで使えるようにするとかね」


 エレンは自分のしたいことをジンに簡潔に述べる。

 魔導師は、自らの身体を巡る魔力に常に気を配っている。その流し方は術者のイメージによって変わり、その差は魔法の出力や発動速度、持続時間などに大きく影響するのだ。

 エレンの目論見は、強力かつ迅速に魔法を放てるジンの魔力の流れを観察することで、更なる技術の向上を図るというものであった。


「それ、俺でやる必要があるのか?」

「ええ、もちろん。私が組んだ術式が自分以外で使えるとは限らないわ。私の部下でも良いのだけれど、それなりに多忙だし試行錯誤には時間が足りない。何より、貴方ほどの力量を持つ魔導師なんて滅多にいないわ。だから貴方の術式を見て、どこがどう違うのかを少し調べてヒントが得られないか確認するのよ」


 そこまで聞いてジンは何が言いたいのかをおぼろげながら理解した。


「……ああ、そう言うことか。まあ、お眼鏡にかなうかどうかは分からんが、やるだけやってみますかね。で、何の魔法を使えば良いんだ?」

「“我が力は姿を模す(フォース・ミラージュ)”が良いわね。あれなら全身の魔力の流れを見ることができるから」

「うぃ、分かった。それじゃ行くぜ……“我が力は姿を模す(フォース・ミラージュ)”」


 ジンがものの数秒でそう唱えると、ジンの体が一瞬で四つに分かれた。

 一切の予備動作も無く、また桁外れの発動速度を見せたその様子を見て、エレンは感嘆のため息をついた。


「……本当に化け物じみた速さね。魔力の流れを見たのだけれど、貴方の魔力の流れは恐ろしく速く、その上量も多いわ。なんていうのかしら、全身を一気にまとめて作りだすような感じだわ。貴方、どんなイメージでこの術式を組んでるのかしら?」

「そうだな……鏡をイメージして俺は組んでるな」


 ジンのイメージを聞いて、今度はエレンが首をかしげることになった。


「鏡? 確かに自分をもう一人作るには簡単で速いけれど、それでは一人分しか出来ないのではなくて? 鏡の枚数を増やすのかしら? それでは大変になると思うのだけど?」

「いや、二枚鏡があれば複数人作れるぞ。人数の調整は鏡の置く位置や角度を変えてイメージすれば簡単に大人数作れる。鏡の枚数を増やすよりもよっぽど手っ取り早くて簡単だ。もっとも、あまり多くしすぎると精度がガクッと落ちるがね」

「そう言う発想なのね……すると一つの術式に関しては魔力の通り道を増やす方向では無くて、一本の通り道を広げる方が効率が良いと言うことになるのかしら? となると術式はこんな感じで……」


 エレンはそう言いながら、紙の上に呪文と術式の描かれた魔法陣を並べていく。

 ジンはそれを横からのぞき見て、ふと声を挙げた。


「ん? 俺が使っているやつよりかこっちの方が簡単か? どれ、少し試しに……」


 その後、エレンが術式を作成してジンがその術式を実際に使うと言う実験が続いた。

 机の上には紙の束がどんどん増えていき、何種類かの魔法の改良が進んで行った。


「ふう……だいぶ魔力を使ったな……」


 日が傾き始めたころ、ジンは額に浮かんだ汗を拭いながらそう言った。

 そこに、エレンがティーセットの乗ったトレーを持ってやってきた。


「お疲れ様。おかげ様で良いデータが取れたわ。まだ夕食までは時間があるし、これからお茶にしようと思うのだけれど、どうかしら?」

「そうだな、頂くとしよう」


 エレンはジンの返答を聞くと、手際よく紅茶を淹れ始めた。

 そうして自分のカップに紅茶が注がれるのを見ながら、ジンは思い出したように呟いた。


「しかし、自分の魔法に手を入れるのも久しぶりだな」

「あら、やっぱり冒険者では研究をする時間は取れないのかしら?」


 エレンは自分のカップにお茶を注ぎながらそう問いかける。

 ジンはエレンが椅子に座るのを見届けてからカップに口をつけ、一息ついてからそれに答えた。


「必要が無かったんだよ、長いことな。そりゃ不満があれば色々と考えるが、今は特に不満は無いしな」

「そう……そう言えばジンは得意な魔法は炎なのかしら? 随分と炎魔法が多いのだけれど?」

「ああ、そうだな。一応色々な魔法は使える様にはなっているが、練度的には炎が一番上だな」

「それは貴方のお師匠様の影響かしら?」

「ああ。ここまでなるのに死ぬほど訓練を重ねたな……正確には、戦場と言う名の訓練場で実戦と言う名の訓練をな」


 ジンはそう言いながら、過去に自らに課せられた修業に思いだした。

 文字通り死にかけたその訓練内容を思い返しては、ジンの眼はどんどんと遠いものになっていく。

 その様子を見て、エレンは溜め息をついた。


「死ぬほど訓練を重ねたからと言って、たった三年であのレベルの大魔法をいくつも使えるようになるものではないのだけれど。やっぱり貴方はあらゆる点で一般の魔導師とは一線を画しているわよ」

「それは師匠にも言われたよ。才能があり過ぎて困る、なんて言われてたな」


 その時の師の表情を思い出して笑うジンを見て、エレンもまた笑みを浮かべる。


「ふふふ、貴方のお師匠様が頭を抱えるのが眼に浮かぶわね。で、その大魔法を使えた貴方のお師匠様はエルフだったのかしら?」

「その通り。もっとも、魔法が大好きな筈のエルフだって言うのに、肉弾戦の方が大好きな変わり者だったがな。武術に関しても俺の師匠になれるくらいは強かったよ」

「そう……それはさぞかし有名になったことでしょうね」

「それがそうでもないんだな、これが。何しろギルドの仕事をほとんどしないんだもの。路銀は道中の山賊どもに殴り込みをかけて巻き上げていたし、その山賊に自分達のことを言わないように徹底していた。とにかく有名になることを面倒くさいからという理由で避けていたよ……で、それは正しかったと今実感しているところだ」


 困ったもんだよ、と溜め息をつきながらジンは紅茶に口をつける。有名になってしまったことで、色々なところで弊害が出ているようである。

 それに対して、エレンはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。


「有名税は高くついているわね。何しろ殺したいほど貴方にゾッコンな人もいるわけですものね」

「本当に勘弁してほしいぜ。おかげで夜もまともに眠れやしない」

「でも、正直こればっかりは自業自得だと思うわよ? 貴方の所業を並べていくと、周知の事実だけでも大変なものよ。そりゃあ貴方を倒して一旗揚げよう、って考える連中が出てきて当然じゃない」

「だからって千人がかりで俺一人に掛るような奴は幾らなんでも勘弁だぞ……俺をドラゴンか何かと勘違いしてるんじゃないかと思ったぜ……」


 机に肘をつき、両手で顔を覆いながら疲れたようにジンは溜め息をついた。

 一方、エレンもジンの言葉を聞いてがくっと脱力し、俯いた状態で額に手を当てた。


「はぁ……貴方は一体何を言っているのよ……乱戦状態だったとはいえ、合戦場に突然現れて単騎掛けをして、たった一人で両軍合わせて三万人の兵隊を壊滅状態に追い込んだ妖怪を、常人が相手するには千人でも少なすぎるわよ」

「おいおい、幾らなんでも妖怪呼ばわりはあんまりなんじゃないか?」

「そう思うのなら、貴方の戦績を聞かせてその人物を何だと思うか周りに訊いてみなさいな。恐らく、殆どの人が人間とは思わないでしょうから。大体、そんなところに単騎で突っ込んで無差別に暴れまわるなんて正気の沙汰とは思えないわよ。貴方は一体何を考えてそんなことをしたのかしら?」


 エレンはそう言うと、前に下がってきた金茶色の髪を直しながら紅茶に口をつける。

 ジンはそう言うと一つため息をつき、少し憂鬱な表情で質問に答えた。


「本気で戦争が憎かったからな……少しでも戦争の話が耳に入れば、死なばもろとも戦争をぶっ壊してやるって状態だったんだ。結局、どんなに戦場を歩き回っても俺が死ぬような戦場は無かったし、ちょっとした理由で死ぬわけにもいかなかったから危ない時は退いたがな」


 ジンはそう言うと紅茶と一緒に憂鬱な気分を飲み込んだ。一息つくと、ジンの表情はホッとしたのかリラックスしたものに変っていた。

 その言葉を聞いて、エレンの表情が少し翳る。彼もまた、世界で起きている戦争の被害者の一人だと知れたからである。


「その結果が『修羅』という称号と名声と言う訳ね。それで、今はそんなことはしていないみたいだけど、どんな心境の変化かしら?」

「まあ、一種の悟りだよ。元より、戦争なんて俺が介入したところで、原因が無くならない限り再発するんだ。なら、俺が介入しない方が戦争が一回で済むかもしれないし、その方が犠牲者も少なくなるだろう? それに今となってはそれよりも先にやることが出来た。そいつを終わらせない限り、俺は死ぬに死ねんよ」

「あら、それは命をかけるほど大事な用なのかしら?」

「ああ。まあ、いつそれを終わらせられるか分からんが、必ず俺が終わらせなければならん仕事だ」


 灰青色の眼でエレンの紫水晶の様な瞳をしっかりと見据えながら、ジンは力強くそう言った。

 エレンはその言葉を聞いて、深々とため息をついた。


「そう……残念、貴方が当てもなく旅をしているのであれば引き留めるつもりでいたのだけれど、どうやらそれは無理そうね。貴方みたいな逸材はぜひとも欲しいところなのだけれど」

「悪いな、生憎とそう言う訳にはいかない」


 心底残念そうに言葉を並べるエレンに、ジンは苦笑しながらそう返した。

 それに対して、エレンは二度目のため息をつく。


「ちぇ。それじゃあ、貴方がそれを終わらせたときに迎えに行くことにするわ」

「そんときゃ俺はもうジジイになってるかも知れんぞ?」

「だったら早く終わらせてちょうだいな」

「是非ともそうして楽になりたいところだがね、焦ってやってもロクな結果にはならんさ」

「あら、それは脈ありと取っても良いのかしら?」

「さあ、どうだろうな」


 エレンの言葉にジンが苦笑しながら返答し、それに対してエレンは少し楽しそうな表情を浮かべて言葉を返す。 

 お互いの穏やかな口調から、二人が本当にこの会話を楽しんでいるのが分かるものだった。


「ふふふ、それじゃあこっちの良いように取らせてもらうわ」


 エレンはそう言うと、ジンに向かって少し意地の悪い笑みを浮かべた。

 この言葉に、ジンは溜め息をつきながら首を横に振った。


「やれやれ、これまた随分と図太いと言うか何と言うか……」

「そうでないと宰相なんてやってられないわよ? 何しろ相手は何とかして自分の利益を得ようと必死なのだから」


 エレンは悪戯が成功した子供の様な笑みを浮かべてそう言った。

 その表情につられてジンも笑みを浮かべる。


「違いない。俺もまだまだだな、こういうところは」

「そうね。チームリーダーを任されているのなら、もう少し交渉術に磨きをかけた方がいいわね。正直に言って、貴方の発言を聞いていると付け入る隙が多すぎるわ。なんだったらここにいる間に勉強してみる? 決して損はしないと思うのだけれど」


 エレンの申し出にジンはあごに手を当て、上の方を見ながら思案し、苦い表情を浮かべた。

 どうやら、過去の交渉で痛い目にあったときのことを思い出したようであった。


「……そうだな。これまでも交渉で痛い目を見たことがあるからな。この際だ、勉強しておくとしようか。そう言う訳で宜しく頼む」

「ええ、こちらこそ。それじゃあ、明日から空いている時間に私の部屋に来なさいな。私が部屋にいる間は部屋の鍵を開けておくから、その時に講義しましょう」

「了解だ」


 そこまで話したところで、街の時計塔の鐘が重厚な音で夜の六時を告げた。鐘の音は街中に広がり、城の中にも響いて来る。

 その音を最後まで聞き届けると、エレンが席を立った。


「さてと、そろそろ夕食の時間が迫ってきていることですし、このあたりでお開きにしましょう」

「そうだな。遅刻してまた国王陛下のお叱りを受けたくは無いしな」


 ジンが苦笑いと共にそう言って席を立つと、エレンは笑顔を浮かべた。それは何か悪戯を思いついた時の様な笑みだった。


「ふふふ、猫になるのは少し楽しかったわよ? また猫になってみようかしら、貴方と一緒に」


 エレンはそう言うと、浮かべた笑みもそのままにジンの腕を抱き寄せた。悪戯心と言う名の悪意の籠ったその声色に、ジンがビクッと体を震わせる。

 そして次の瞬間、ジンはものすごい剣幕でエレンに喰いかかった。


「やめんか! あの惨事を忘れたのか!?」

「ええ、覚えてるわ。尻尾を丸めて怯えるジンはなかなかに可愛かったわよ?」

「ぐはあっ!? 忘れろ、そんなものは綺麗さっぱり忘れてしまええええ!」

「うふふ、嫌よ♪ あんな面白いものそんな簡単に忘れてたまるものですか♪ ああ、それから……キス、気持ちよかったかしら?」


 頬を少し赤く染めたエレンが、狙い済ました上目遣いで色気たっぷりにそう言うと、ジンは思いっきり噴き出した。

 その後の行為まで思い出したジンの顔は一気に赤くなった。


「ぶっ、突然何を言ってるんだ!?」

「あらあら、赤くなっちゃって……意外に初心なのね貴方、可愛いわ。ひょっとして、あれがファーストキスだったかしら?」

「違う! だが人前であんなことになったら普通は死ぬほど恥ずかしいだろう!?」


 喉が切れんばかりの声でジンは一気にまくし立てる。

 なお、モテないブラザーズ等と自称したことがあり、旅の間も修業だの戦争だのに追われていたジンに女性に対する免疫などあるわきゃねえのである。

 え、ユウナ?

 ユウナにキスだの何だのする度胸があれば、この男はとっくに籠の中のコマドリさんになっていたことであろう。

 そんなジンを見て、エレンはほほう、と言って頷いた。


「と言うことは、ちゃんとファーストキスは済ませてたのね。ご相手はどなたかしら? やっぱりユウナ?」

「うがーーーーーっ!! アンタ、俺をからかって楽しんでるなッ!?」


 我慢の限界が来て爆発するジンに対し、エレンは笑いをかみ殺すことに必死になる。


「うふふふふ……素直に嵌ってくれるから面白いわ。戦いは凄いけれど話術はまだまだね、ジン」

「ぐぅ……」


 ジンは悔しげな表情を浮かべて拳を握りしめた。全く持ってその通りなので、反論の余地は無いのであった。

 エレンはそれを見て、苦笑混じりに言葉を紡ぐ。


「こらこら、そんなに睨まないの。どうしてこんな風になったのかは後でじっくり教えてあげるわよ。さ、時間も迫っていることだし、早く片付けて食堂に行きましょう?」

「はあ……そうだな、早く行くことにしよう」


 二人はそう言うと机の上のカップやポットを片付け、部屋を後にした。 



そんなわけで、ジンの修羅と呼ばれる由縁と師匠の話を少し。


やばい、全く話が進んでない。

次は進めないと……


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