あたまのいた~いたくらみごと
二人が会議室から談話室に戻ると、全員がエレンの方を向いて話を聞く姿勢を作った。
「それでエレン、フィーナに聞かれたく無い話って何のことだ?」
ジンが話を切り出すと、エレンはいつになく深刻な表情で言葉を紡ぎだした。
「単刀直入に言うわよ。モントバン領内でクーデターを企てている貴族諸侯がいるわ」
その言葉にメンバーは騒然としだした。一見平和な国でそんなことが起きると言うことが信じられない様だった。
そんな中、ジンが重々しく口を開いた。
「……それで、それをフィーナに聞かせたくなかった理由は何だ?」
「それはまだ私達だけでクーデターを未然に抑えられる段階だからよ。騎士団を下手に動かすと相手を刺激して、かえって被害が大きくなってしまう可能性があるのよ。それを防ぐために、秘密裏に情報収集を行って証拠を押さえて、表沙汰にならないうちに仕留めてしまわないといけないわ。もしもこの話が姫様に知られてしまうと、間違いなく陛下の耳に入ることでしょう。そして心配性な陛下のこと、きっと騎士団を動かして調査を命じようとするでしょうね。そうなっては相手が引っ込んでしまうわ。後顧の憂いをなくすためにも、私は危険な芽を今のうちに摘んでしまいたいのよ」
エレンは拳を握りしめて力強くそう言い放った。
ジンはそれに対して小さくため息をつきながら答えた。
「話が見えてきたな。つまり、俺達にその解決を依頼したいんだな?」
「理解が早くて助かるわ、ジン。冒険者である貴方方なら少なくとも騎士団よりは身軽に動けるでしょう?」
そのジンに対してエレンは微笑を浮かべて、満足げにうなずいて返す。
しかしそんなエレンに、ジンは渋い顔を作った。何故なら、ここでエレンの要請を飲むと言うことは、国の抱える問題に首を突っ込むことになるからである。
「確かに騎士団が大々的に動くよりかははるかにフットワークが軽いのは認める。だが、俺を使ったところで大差ないんじゃないか? 他の連中ならともかく、俺はいろんなところに顔が知られているからな。そこんところはどうするつもりだ?」
「何を言っているのかしら、貴方は? もうとっくのとうに貴方は動いてるじゃないの。確か、貴方の仲間が情報を買いに行ったと思ったのだけど?」
「そりゃフィーナの護衛の件があるから、その関係の情報は調べるだろうが……まさか、ウォッチャーがクーデターに関係しているとでも? ただの愉快犯が、そんなことをするとは思えないがね?」
「その確証はないわよ? クーデターを企む者が目くらましのために、あえて意味不明な行動を取らせているのかもしれないわよ?」
「そうだとしても、そっちの件でわざわざ俺達を動かす理由が分からん。そもそも、何でクーデターが企てられていると言う情報を得ることができたのか、それを聞かせてもらおうか? それ如何によっては俺が動く必要性は全くないと思うんだがね?」
「周辺貴族の査察に行っていた査察官の報告から推察して、裏付けを密偵によってとったものよ。もっとも、それに関する物的証拠は得られていないのだけれど」
「確実に抑えるために物的証拠を押さえてしまいたいと言う訳か。しかし、そこまで出来ていて何故物的証拠が取れてないんだ?」
「それは、無いものは取ってきようが無いからよ。会合に使用した書類は全てその場で暖炉にくべて燃やされたらしいわ。おまけに会合の時間を掴んで何度か潜入させているのだけれど、書類の内容にはクーデターのクの字も無いわ。これはその会合自体がダミーである可能性が強いと考えられるわ」
協力を渋るジンの疑問に、エレンは一つ一つ丁寧に答えていく。
エレンの表情は暗く、調査が思うように進んでいないことがその表情から見て取れた。何としてもクーデターを抑えたい彼女にとって、『修羅』の協力は相手の決起を後らせ、対策を練る時間を作るために必要なものなのだ。
そんな中で、ルーチェがエレンの発言に疑問を覚えて口を開いた。
「それは少しおかしいのではないのですか? その会合自体がダミーであるのならば、何でその書類を燃やす必要があるのです? 逆にその書類を持ち帰らせて、偽の情報で撹乱したほうがよっぽど効果があると思うのです」
「……確かにそうだ。となれば、やはりその書面には何か重要なことが書かれていると考えた方が良さそうだな。だが、そこまで情報管理を徹底していると言うのに密偵が何度も潜入できると言うのも不自然だ。密偵に対する対策が無いからそうしたのか、それとも敢えて侵入させているのか……」
ルーチェの一言にジンはあごに手を当ててしばらく考えた後、ゆっくりと頷いた。
エレンもその考えに否を唱えることは無く、同じく頷いた。
「そうね……少なくとも、一部の人間が善からぬことを企んでいること、それから密偵が紛れこんでいるのがバレていることは確実よ。とはいえ、この場で密偵を引き上げることはかえって怪しまれるから、しばらくは任務に当たらせるけどね」
エレンはそう言うと何か策は無いか考え出した。その横から、レオがジンに声をかける。
「なあ、その会合に直接かち込み掛けりゃ良いんじゃね? そうすりゃ書類も何もかも一網打尽に出来ると思うんだけどよ?」
「却下。どんな潜入方法をとったか知らないが、書類の内容は確認できているんだろ? その書類が物的証拠になりえないのであれば、その場に乗り込んだところでしらを切られて終わりだ。捕まえたとしてもいずれは釈放、それからまた相手は場所を変えて企てを行えば良い。確実な証拠が抑えられない現状でそれをやるのは逆効果にしかならない」
「かーっ! まどろっこしい! もっとぱぱっと片付かねえのかよ!?」
「そう簡単に片付くなら苦労は無いだろうよ。だから、それを何とかするためにこれから考えるんだよ」
ジンの返答を聞いて、レオは苛立たしげに頭をがりがりと掻いた。その彼に、ジンは溜め息をつきながら頭の中で情報を整理する。
そんな中で、ユウナが何か言いたげにおずおずと手を挙げた。
「あの……一つ疑問なんですが、何で皆さんクーデターなんて起こそうとしてるんですか?」
その言葉を聞いてエレンが顔をユウナに向けた。エレンの表情は、どことなく陰りを帯びた憂い顔だった。
「ユウナ、貴女は街を見てどう思ったかしら?」
「そうですね……綺麗で賑わっていて、良い街だと思いますよ?」
「それじゃあ、貴女はスリや強盗にあったかしら?」
「あ、はい……ここに来てすぐに」
「このフランベルジュは、今大きな問題を抱えているのよ。ここは国一番の都市、国中から仕事を求めて人が流れ込んでくる。でも、仕事は無限にあるわけじゃない。このあたりだって、魔物に襲われない安全な農地は手を入れ尽くした。必然的に仕事をもらえない人間だって出てくるわ。故郷に帰る路銀も無いその人たちは行き場を失って、生きるために犯罪に身を落とす。そんな人達が溢れかえっているのが、この町のスラム街なのよ。王の膝元にありながら、その人達を救ってやることが出来ていない……陛下も姫様も、それを歯痒く感じているわ」
そう言葉を紡ぐエレンの手は強く握りしめられていた。
ユウナはそれを見て、エレンの苛立ちを悟った。民を思う気持ちは、エレンも変わらないのだ。
「地方に送り返してあげることは出来ないんですか?」
「出来ないのよ。スラムの人々は元々そこでの生活が立ち行かなくなって、希望を求めてここに来ているの。つまり、帰ってもそこに仕事は無いし、生活することも出来ない。送り返すと言うことは、スラムの人にとっては死刑宣告にも等しいでしょうね」
「……何でこんなことに?」
「おかしな話だけど、国民全体に中央の権力が直接行きわたることは殆どないわ。中央の権力は、民を統括するものが居てこそ全国に伝わって、機能を果たすものよ。だから地方を担当する領主を置いて、その地方にあった統治をおこなわせて、それらを統括するのが王家。国民は領主に税を払い、その領主たちから税を取るのが国家になっているのよ。そして、今の国民には領主の課した重税に苦しんでいる者もいる。幾ら陛下や、その直下で働く私達が努力をしても、領主が応えなければ領民の生活は楽にならないわ」
エレンは悔しげな表情を浮かべて、そう口にした。どんなに努力をしても、強欲な領主のせいで上手くいかない。宰相として、この事態は国家にあるまじきものであった。
そこまでの話を聞いて、リサが深くため息をついた。不機嫌な表情で腕を組んだその姿からはいかにも面白くないと言った感情がにじみ出ていた。
「で、それがそのクーデターにどうつながるのよ?」
「ギリギリまで税収を下げて、民の暮らしが楽になるような政治を心がけていても一向に暮らしが楽にならない民に、陛下は愕然としたわ。何より税金を取るだけとって全く機能していない地方行政には城を揺らす勢いで憤慨したものよ。怒り狂った陛下は全ての地方領主の屋敷に直接乗り込んで、問題があるとみなせば現状を突き付けて怒鳴りこんだ。それでも改善の兆しの見られなかった領主に対して、とうとう陛下は強硬手段に出た」
国王の領主に対する過剰なまでの行為に、一同は唖然とした。
何故ならば、国全域の国民の生活状況を自ら赴いて調べるなどという行為は通常であれば正気の沙汰ではないからだ。
広いモントバン国内を全て回るとなれば、最速の飛龍で血を吐くような強行軍を行わない限り、国務に支障をきたすのである。つまり、この国の国王はその強行軍をやってのけたと言うことである。
「おいおいおい、まさか兵隊を送り込んだんじゃねえだろうな?」
「いいえ、陛下は強欲な領主への支援を打ち切ると同時に領民を奪い去ったのよ。飢えている民に優秀な領主のもとでの衣食住の保証を宣言してね。その結果、制裁を受けた領主は稼ぎ手である民を失い、経済的に大打撃をこうむることになったわ……もっとも、こちらも流れてくる民の人数が多すぎて仕事の保証が出来なくなってしまったのだけれどね」
強硬手段と言う言葉に蒼い顔をしたレオに、エレンは物憂げな表情を浮かべたまま言葉を返した。
それを聞いて、ジンは苦い表情を浮かべると同時に額に手を当てた。
「とどのつまりやりすぎた国王陛下の懲罰と、業突張りな領主の逆恨みが重なって起きたってわけだ……だとすると、少し面倒なことになるかもしれんな」
「経済的に大打撃を受けた領主がそんなに脅威になるのですか?」
ジンの言葉にルーチェが首をかしげて疑問を呈した。
何しろ国民のために滅茶苦茶な行動力を見せる国王である、その国民からの支持は凄まじいものがある。よって、たとえ現状の王家を打倒する者が現れた時、騎士や国民がその者に対して反乱を起こす可能性が高い。
と言うことは、どのような方法を取るにしろその暴動を鎮圧できるほどの何ものかが必要になるのである。
財政が悪化したうえに領民が居なくなってしまった領主が、どんなに周囲から人や物をかき集めてもクーデターを起こすに十分な戦力を得ることができるとは考えづらいのだ。
しかしジンはルーチェの問いを肯定した。
「ただ相手をするだけなら、そう簡単に問題が起きるような事態にはならない筈だ。だが問題は極限まで追い詰められた人間が、なりふり構わず行動に出た場合だ。特に今回はクーデターに成功した場合、この国最高の権力と巨万の富が約束される。赤字覚悟で傭兵を雇って来ることも考えなければならんな」
「参考までに貴方がその貴族だとして、誰を雇うかしら? 傭兵の名前と規模、それからその戦略を出来る限り詳しく教えてくださる?」
今度はエレンがジンに質問を投げかける。
ジンはあごに手を当てて天を仰ぎ、思いつく傭兵達を思い浮かべた。
「そうだな……まず筆頭に挙がるのが『銀翼の大鷲』だな。この傭兵部隊は隊長のヴェラード・シュターゼンをはじめとした百人の少数精鋭で構成される部隊で、主に市街戦や攻城戦を得意とした連中だ。野戦にも強く、たった百人で百倍以上の敵軍に電撃作戦を仕掛けて将を打ち取ってくるような連中だ。その勇猛果敢な隊員は全てヴェラードの手足として機能して、最小限の損害で最大限の戦果をあげることを目標に掲げている。ヴェラード本人も歴戦の勇士で、過去に数回やり合ったことがあるが相当の手練だ。正直、雑兵一万人と戦うよりもこの百人とやり合う方がつらい時もあるだろうな。それから、数をそろえるなら『剣龍』だな。世界中に部署を持っている傭兵ギルドで、契約している傭兵や冒険者を即座に集めることが出来る連中だ。金に糸目さえ付けなければ一万ぐらいはすぐに集まってくるだろう。もっとも兵の質はピンキリで、保証は出来ないがね。どうしても優秀な兵が欲しいのなら下調べをして、そいつ個人を雇っていくしかない。そこから先はどんな奴が来るかは俺には想像がつかんな」
「それじゃあ、まずはその『銀翼の大鷲』を一番に警戒すればと言うことかしら?」
「そう言うことになるな。だがヴェラードは兵の損耗を一番に嫌う。それゆえに慎重に相手の情報を調べ、確実に成功させるための作戦を練ってくる。と言うことはその分準備に時間がかかると言うことだ。そして当然条件次第では依頼を拒絶することもある……俺が居ると知れた時点で依頼を放棄する可能性も十分にあり得るとみても良いかもしれんな。それに『銀翼の大鷲』は引く手数多、そう簡単に捕まるような連中でも無いし、犯罪に加担するような奴らでも無い。今回に関して言えばまず参加することは無い、と確実ではないが言えるだろうな」
ジンの情報を聞いて、エレンは唇に人差し指を当てて考え込んだ。
そして結論を出すと、深く頷いた。
「……賭けてみる価値はあるわね。仮に誰が来ようとも、貴方の存在は相手にとって大きな牽制になるでしょうね。何しろ、死んでしまっては元も子もないのだから。利用するような形になってしまうのだけれど、いいのかしら?」
「構わんさ。確かに俺が暗殺の標的になる可能性は増えるだろうが、それならそれで相手の尻尾を掴む切欠ができるかもしれんからな」
ジンはエレンの問いかけに眉一つ動かさずにそう答えた。国家の問題に首を突っ込む気などは毛頭ないが、自分が居ることでそれが起きないのならば、それに越したことは無いからであった。
その言葉に、エレンはわずかに顔をしかめた。
「それで貴方は大丈夫なのかしら? 確かに貴方は強いわ。暗殺者の一人や二人くらいでは貴方は殺すことなんてまず不可能でしょうね。でも、死なない訳じゃない。幾ら貴方でも毎日狙われでもしたらただでは済まない筈よ。もし貴方が死ぬようなことになれば貴方やお仲間だけじゃなくて、城全体が大騒ぎすることになるのよ? もう少し自分の命を大切にした方がよろしいのでは無くて?」
「心配は要らんよ。自分を囮にするのは割と慣れているんでね。それに他の奴らに幾らかサポートさせればそう簡単に死んだりはしないさ。大けがぐらいならリサやお宅の所のキャロルを当てにできるしな」
ジンは涼しい顔で自信ありげにそう言い放った。それは、自らの経験と実績に裏打ちされたものであった。
それに対して、エレンは悲しげな表情を浮かべて俯いた。たった二十数年程しか生きていない人間が、自らの命を仕事のために投げ出すことに慣れているという事実は、エレンにとっては受け入れ難いものだったのだ。
エレンは心を鎮めるために軽く深呼吸をして、顔を上げた。
「そう……ならもう何も言わないわ……ご協力に感謝するわ。となるとジン、貴方は少し依頼を別にする必要があるわね」
「要らんよ。元より俺は客将扱い、依頼は無くともそっちの関係で堂々と使えば俺の存在は相手の知るところになる。一応立場としてはエレンの方が上なんだし、そっちの指示には基本的には従うさ」
「いいえ、受け取りなさい。これで受け取りを拒否されたとなっては、対外的に宜しくないのよ」
「今、俺達の報酬額を上げるとなると、それこそ何があったのか疑われることになるぞ? そもそも依頼の内容はフィーナの護衛、およびその周囲の問題の解決だ。だとすればフィーナだけじゃなく王やエレンも護衛するし、降りかかる火の粉は払ってやらなければならん。だからとっくのとうに依頼は受諾済みと言う訳だ」
まさか自分まで護衛対象になっているとは思わなかったエレンは、ジンの言葉を聞いて口に手を当てて意外そうな表情を浮かべた。
「あら、私まで護衛対象になるのかしら?」
「当たり前だ、護衛と言うのは身の安全が保障されるだけじゃ不完全なんだ。本当に守ろうと思うのならば対象の心も守ってやらなきゃ駄目だ。何故ならば、どんなに優れた護衛でも対象に自殺されたらどうしようもないからな。だから保護対象の心が壊れないようにその肉親や親しい人物も可能な限り守ってやらねばならない。そう言う訳で、俺はエレンに何か危機があったら即座に駆けつけて守ってやるつもりでいるからな」
ジンはエレンの眼をしっかりと見据えてそう言った。
それを受けて、エレンは少し呆けたような表情を浮かべた後、柔らかい微笑を浮かべた。
「ふふふ……頼りにしているわよ、ジン」
「ああ、まかせろ」
ジンはそう言いながら、嬉しそうに笑うエレンに笑い返した。
「ユ、ユウナちゃん!? あああ、高そうなソファーが粗大ごみにっ!?」
一方、ジンとエレンの会話を聞いていたメンバーはえらいことになっていた。
ユウナが突如として紅葉嵐を抜き放って、高級感あふれるソファーをメッタ刺しにし始めたのだ。
突然の奇行にレオが思わず青ざめた表情を浮かべ後ずさる。
「ぐぬぬ……守ってやるって言われたのは私が最初ですっ……」
ユウナはギリギリと歯を食いしばりながら、黙々とソファーを切り裂いていく。
ソファーは中の綿が飛び出していて、見るも無残な状態になっていた。
「わ、分かったからその人斬り包丁しまいなさいよ! このソファーの修繕費幾らになるか分かんないのよ!?」
「はわわわわ……やめるのですユウナさん!」
「ああ、恨めしい口惜しい羨ましい……!」
リサとルーチェが必死で止めに入るも、ユウナは止まるどころか更に速度を上げてドスドスと短刀を突き刺していく。
その鳶色の眼は焦点があっておらず、ぐるぐると渦を巻いていた。
その行為は、事態に気が付いたジンがユウナの頭を小突くまで続けられたのだった。
話がどんどんとめんどくさい方向に転がっていくなぁ。
姫様の護衛だったものが気がつきゃクーデターの防止て。
あと、こういう時のユウナさんは楽しくて好きです。
普段おとなしい分はっちゃけてて。
それではご意見ご感想お待ちしております。