瓶底眼鏡侍女と瓶底眼鏡騎士〜誰が何と言おうとお似合いの二人〜
5700字の短編です。
よろしくお願いします。
他人から見た私の顔は中々に造詣が良いらしい。故に子供の頃に誘拐されかけた事や、やたら男の人が近付いてきた事があった。私の身を案じた父が護衛を付けてくれたけれど。
だけど私は考えたのだ。顔を隠せば良いのでは?と。金色の髪を茶色のカツラで隠し瓶底眼鏡を掛けて顔にはソバカスを描いてみた。
それ以降、誘拐される事もなく、男の人が近付いてくる事も無くなった。
私は子爵令嬢だけど王宮で侍女をしている。この日も、仕事の最中で中庭を通った時のことだった。
何故だろう?その人を見た瞬間私と同じ類いの人間だと分かってしまった。茶色の髪と瓶底眼鏡をかけて自分を隠しているのだ。だから放って置けなかった。
その人は壁にもたれてぐったりしていたので思わず声を掛けてしまう。
「あの…大丈夫ですか?」
「ん…誰?」
「フォリーナ様の侍女をしている者です。お加減が悪いのですか?お医者様をお呼びしましょうか?」
側に寄るとその人からはお酒の匂いがした。なんだ酔っ払いか…。
「だ、大丈夫。み、水をもらえない…か、な?」
「お水ですね。少し待ってて下さいね」
私は調理場に走りコップに水を汲んで戻った。
「あの…お水…」
「あ、ありが…」
その人は水を取ろうとした手で口を押さえたかと思った次の瞬間。
吐いたのだ。盛大に。
彼の真ん前に屈んでいた私はまともに食らってしまった。
制服は彼の吐いた嘔吐物でドロドロ…。
最悪だ…。
私は洗濯場に行って取り合えず制服の汚れを流し軽く絞って自分は何とかなった。
数枚のタオルを固く絞り、もう一度彼の元に戻る。彼は横になって眠り込んでしまっていた。
「何なの?この人…」
タオルで顔を拭くのに邪魔だから眼鏡を外したら、驚くほど整った顔の人だった。
「やっぱり…綺麗な人。この人も私と同じなんだ」
何か理由があって、これだけ綺麗な顔を隠しているのだ。顔を拭いた後に眼鏡を掛け直し、汚れている所を全て拭ってから彼を起こした。
「あの、起きて下さい。具合が悪いなら医務室に行きましょう」
「ん…」
彼はのろのろと体を起こすと私の顔を見た。
「あ、あの僕に、な、何をしたの、です、か?貴女、は誰?」
私が何かしたと思われている事にちょっとだけイラッとしたが感情を抑えて話す。
「私は侍女です。大丈夫ですか?」
彼は吐いたからだろう。スッキリとした顔をしていた。なんかムカつく。
「さ、さっきまで、き、気分が悪かったけど、今は、な、なんとも、ないよ」
「そうですか。大丈夫なら私はもう行きますね」
「あ、あの、ありがとう」
私は立ち上がると城内に戻って侍女長に事情を話し、着替えの為に城の敷地内にある寮に戻った。
「なんなのよ、あの人。私のスカートに吐いて覚えていないとか最悪」
制服を別の物に代えて仕事に戻る。この話を聞いたフォリーナ様に大笑いされたのだけど。
フォリーナ様は私のお仕えする方で第一王女殿下だ。
「それはきっと、ランスロットね。明日からきっと面白いものが見られるわよ。マリー、楽しみね」
「フォリーナ様、それはどういう…」
「明日のお楽しみ…ねっ?」
フォリーナ様、私は全然お楽しみじゃないです…。
ランスロット様とはノーザン侯爵家の嫡男で第四騎士団の騎士だ。
第四騎士団は主に王都の治安維持が仕事で、王城で侍女として働く私とは接点などなかったはずなのに…。あの時、声など掛けなければ良かった。
フォリーナ様の言う面白い事を翌日から身を持って体験する事になったのだから。
「マ、マリー嬢、き、昨日は大変な迷惑を、掛けて申し訳なか、った。お詫びに、し、食事でも一緒に、どうだろうか?」
「お気持ちだけ受け取っておきます。仕事がありますので失礼します。それから私の名前はマリエッタです。愛称で呼ばないで下さい」
それだけ言って彼の前から立ち去る。
「あっ!マ、マリエッタ嬢」
翌日も。
「マ、マリエッタ嬢、お茶でも、い、一緒に」
「間に合ってます」
更に翌日も。
「マ、マリエッタ嬢。ま、街で面白い劇があるんだけど、い、行かないかな?」
「申し訳ありません。休みは一ヶ月先ですので」
またまた翌日も。
「マ、マリエッタ嬢、お、王都に商隊が来るから一緒に、い、行かない?」
「申し訳ありません。何度も言いますが私の休みは一ヶ月先ですので」
毎日、毎日、ノーザン卿の突撃を受ける羽目になってしまった。
「あははは、ね?面白いでしょう?」
「フォリーナ様…私は面白くありません」
「ランスロットとわたくしは幼なじみなのよ。彼はいい人だと思うわ」
「だとは思いますが…」
「なら、ランスロットの誘いを受けてあげてくれない?」
「どうしてそうなるんですか」
「彼にも幸せになって欲しいからよ?」
「それは私とは関係無いんじゃ…」
「そんな事言わないで。明日はお休みをあげるわ。ランスロットと一緒にお出掛けしてらっしゃいな」
「あ、ありがとう、ございます。フ、フォリーナ殿下」
私の後から男性の声がした。
「ノーザン卿?」
「フ、フォリーナ殿下の、お心遣いだよ。明日、ぼ、僕と出掛けようよ」
「…休みを頂けるならゆっくり眠りたいわ…」
「マリー、明日はランスロットとお出掛けするの。命令よ」
「…かしこまりました」
フォリーナ様のご命令とあらば仕方がない。
「あ、明日の朝、り、寮に迎えに行くよ」
「分かりました」
まったく、とんでもない事になってしまったものだ。
翌朝、約束の時間きっかりに現れた彼はラフなシャツとパンツで。騎士団に所属しているだけあって体躯は良い。
私は飾りの少ない質素なワンピースを着ている。
「おはようございます。ノーザン卿」
「お、おはよう、マリエッタ嬢」
「今日はどこへ行くのですか?」
「ど、どこか行きたい、所はある?」
「いえ、特には…」
「そ、そう。じゃあ取り敢えず、ま、街まで行ってみようよ」
「分かりました」
二人で並んで歩き出す。
「あの、こ、この前はごめんね。き、君に迷惑を、か、掛けちゃった」
「飲みすぎですよ」
「う、うん、前日に、な、仲の良かった友達が、団を辞める事になって。彼の、そ、送別会で飲み過ぎ、ちゃったみたいで」
「気を付けて下さいね」
「わ、分かった」
「でもあの後、よく私だと分かりましたね」
「フ、フォリーナ殿下の、じ、侍女だと言って、いたでしょ?それから、そ、その眼鏡。す、すぐ、分かったよ」
そこは覚えてたんだ。
「そうですか」
「ふ、普通なら、い、嫌がる事を、き、君は気にした風もなく、ぼ、僕の粗相の後片付けを、してくれただろ?ほ、本当に感謝、してるんだ」
「もう感謝の気持ちは十分伝わりましたから、もうそれで良いんじゃないですか?」
「そ、それじゃあ、ぼ、僕の気がすまない、んだ」
「私は別に気にしてないんですけど」
このまま話をしていても彼は納得してくれないだろう。どうしようかと考えていたら串焼きの屋台を見つけた。
「あれ、奢って下さいな。それをお礼として受け取りますから」
「あ、あんな物で、い、良いの?」
「はい。十分です」
「じ、じゃあ、買って来る、よ」
「はい、お願いします」
ノーザン卿は屋台に串焼きを買いに行ってくれた。私は近くのベンチで彼を待っている。
「あ、熱いから、き、気を付けて」
ノーザン卿から串焼きを渡される。
「ありがとう」
「ど、どういたしまして」
早速、串焼きに齧り付く。
「美味しい…」
「お、美味しいね」
話すことも無く、黙々と食べ続けていると串焼きはあっと言う間に姿を消した。
「ごちそう様でした。ではお礼も頂きましたし私はこれで」
「ま、待って!あ、あの!」
「何?」
「あ、あの、ぼ、僕と友達に…なってもらえない?」
「どうして私なの?」
「ぼ、僕、女の人の友達が、い、いなくて。き、君なら怖く、ないし。だから」
「…分かったわ」
「じ、じゃあ…」
「その前にこっち来て」
ノーザン卿の腕を掴み、人気のない路地に入る。それから徐ろに眼鏡とカツラを取った。
「マ、マリエッタ嬢って、綺麗だ」
「何言ってるのよ。貴方だってそうじゃない」
「ぼ、僕の顔、見たの?」
「貴方が吐いちゃった時にね。顔拭くために眼鏡を外させてもらったわ」
「そ、そっか…知ってても、き、君は態度を変えたり、しないんだ」
カツラを被り直し眼鏡も掛ける。
「私もね、この顔のせいで子供の頃から大変な目に遭ってきたの。だからカツラと眼鏡で顔を隠すことにしたのよ。貴方もそうでしょ?」
「う、うん。ぼ、僕は子供の頃に、大人の女の人に、お、襲われて、ギリギリの所を、し、執事に助けられたんだ」
「そう、貴方も大変だったのね」
「そ、それから女の人が、こ、怖くて…。だ、だけど、君なら、怖くないんだ。だ、だから…友達に…」
「良いわよ」
「あ、ありがとう」
「改めて、私はマリエッタ・コールよ」
「ぼ、僕はランスロット・ノーザン、よ、よろしく…」
私は右手を差し出して握手を求めた。彼はそれに答えてくれて、私は同志を得た気分だった。
それから、友人としてお茶をしたり買い物に行ったり、観劇にも行った。何だか付き合ってるみたいだけれど、あくまでも立場は友達だ。
その日も仕事に勤しんでいたら、私に声を掛けてくる男がいた。振り返るとニヤニヤと嫌な笑い方をする騎士団の制服を着た男がいて、その後には同じく騎士団の制服を着た女もいる。
「あんた、あの瓶底眼鏡男と付き合ってるんだって?」
「貴方には関係ないと思いますが?」
「あんな男止めとけよ。俺と付き合った方が楽しいぜ」
無視して立ち去ろうとしたら肩を掴まれた。
「おい!無視することないだろ」
「ルド、止めときなさいよ」
女騎士に止められて、ルドとやらは私の肩から手を離した。
「ごめんなさいね。貴女とノーザン卿はお似合いよ。二人とも瓶底眼鏡で」
「それもそうだな。不細工同志お似合いだぜ!はははっ」
二人は言いたいことだけ言って、笑いながら私の前から消えた。
「何なのよ、一体」
この事をランスに話すと、二人は同僚だとの事。何かに付けてランスに絡んでくるんだとか。私に絡んできたのもその一環だと思われる。
「ごめん。僕のせいでまた迷惑掛けちゃったね」
「気にする事ないわよ」
この頃には彼は言葉がつかえる事も無くなっていた。私は彼をランスと呼ぶようになっていてランスも私をマリーと呼ぶ。
同時期、私を驚かせる手紙が父から届いた。
『マリー元気にしてるかい?マリーはいつノーザン侯爵の子息と仲良くなったの?侯爵家から婚約の打診が来たよ。子爵家が侯爵家からの申し出を断れないから受けといたよ。ランスロット殿によろしくね。パパより』
「はあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?」
思わず手紙を破いてしまいそうになった。この手紙をランスに見せると彼は土下座する勢いで謝ってきた。
「ごめん、父にマリーの事を話したら『息子が怖がらない女性がいるだと。この機会を逃したら息子は結婚出来ないかも知れない。子爵令嬢?身分などどうでも良いわ!確保だ!』って」
「はぁ…、そういう事ね」
「ごめん。父を止められなくて」
「良いわよ。私も貴方なら嫌じゃないわ」
「本当に?」
「ええ、これからは婚約者としてよろしくね」
「うん、ありがとう。マリー」
今度は婚約者として握手を交わすのだった。
そして、この話を聞いたフォリーナ様に大笑いされるのである。
「でも、良かったわ。貴女とランスロットがくっつかないかなあ…って思ってたから」
「理由をお伺いしても?」
「だって貴女達、よく似てるんだもの。彼の事、嫌いじゃないでしょ?」
「はい…」
「それにね。わたくしも婚約が決まったの」
「それはおめでとうございます。お相手はどなたで?」
「ディース公爵のトリスタン様よ」
「ディース公爵令息様は評判の良い方だと聞いております。良かったですね」
「ありがとうマリー。それでね、二ヶ月後に婚約披露パーティーがあるの。そこで貴女とランスロット、その眼鏡を外してみない?」
「はい?」
何故、フォリーナ様がこんな事を言い出したかというと、あのリドとかいう騎士に絡まれた時の事を話したら大層憤慨されていたのだ。
「貴女達を馬鹿にした騎士を驚かせてやりましょうよ!」
彼らも貴族、パーティーには参加するだろうから『ざまぁ』してやろうと言うのだ。
この事はランスも乗り気で、フォリーナ様の婚約披露パーティーで眼鏡を外す事になった。
そうして、婚約披露パーティー当日。
例の二人もパーティーに参加していた。入場の時にはまだ私とランスはカツラと眼鏡を着けていたから、二人は私たちを見て鼻で笑っていた。
フォリーナ様とトリスタン様の婚約が発表され会場が拍手に包まれる。
「本日はわたくし、フォリーナとトリスタンの婚約披露パーティーにご参加頂いた皆様にもう一つ、嬉しいお知らせがございます」
フォリーナ様は私とランスにも壇上に上がるように手招きをする。会場のあちこちから嘲笑が聞こえるが気にしない。
「わたくしの侍女マリエッタ・コール子爵令嬢とランスロット・ノーザン侯爵子息の婚約も整いました事をお知らせ致します」
会場からパラパラと拍手が聞こえる。
その瞬間、私とランスはカツラと眼鏡を取り去った。肩に流れる金色の髪は私たちの色だ。
直後に会場が揺れる程の歓声が上がる。あの二人に目をやると口を開けたまま固まっているのが面白い。
音楽が始まり、フォリーナ様とトリスタン様が中央に躍り出る。
二人が踊りだしてダンスが始まった。
私たちも踊る。
「やっぱり、マリーはその色の方がいい」
「ランスこそ」
笑顔でダンスを踊る。やっと本来の自分達に戻れたのだ。
この披露パーティー以降、私達はカツラと眼鏡を着けなくなった。
城内で何度かあの二人に出会ったが、俯いて何も言わずにすれ違うだけ。ランスにも絡んでこなくなったそうだ。
ランスの眼鏡を外した姿に世の令嬢達は惜しいことをしたと臍を噛んでいるとか。
「ランス、近頃女性に大人気らしいね」
「そういうマリーこそ男性諸氏の注目の的だよ」
「そんなのはどうでもいいの。瓶底眼鏡の私を好きになってくれたのは貴方だもの」
「また僕が眼鏡掛けても好きでいてくれる?」
「貴方こそ私がまた眼鏡を掛けても好きでいてね」
「「もちろん!」」
被った言葉に二人で笑い合う。
「どんな粗相をしてもお世話してあげるわよ」
「あれは忘れてよ〜」
「どんな貴方でも好きだからね」
「僕も!」
そう、あの二人が言ったように私達はお似合いなのである。
fin
最後まで読んで頂きありがとうございます。




