穴
その日私は部活動の後も一人で居残りの練習を続けていました。最後の大会が近かったこと、平日では体育館を使える日が少ないこともあって、私は顧問の下石先生に居残りで練習させて貰えるように頼みました。下石先生は最初は渋っていましたが、私が許可が降りなくてもやるつもりだという意思を見せると、諦めて首を縦に振ってくれました。
最後のメニューだったオールコートの五対五が終わると、みんなは疲れ果てて各々のタオルや水筒の元に座り込んで、汗を拭いて喉を潤し、タオルを大きく上下させて身体の熱を冷ましていました。私も水を飲んで汗を拭いました。下石先生から集合の合図がかかり、今後の予定と体調管理についての話と、簡単な締めのあいさつがあって、その日の練習は終わりました。みんなはそれぞれ自分の荷物を持って体育館の入口に向かいました。私はフロアに足を投げ出して座り、タオルを半分に折って頭に巻きました。一年生の何人かが走ってフロアのモップ掛けを始めました。私は彼女らに「後で私がやっとくからいいよ。」と声をかけて帰らせました。
「何? 瞳今日この後残るの?」
エースの黒瀬陽子にそう聞かれました。
「うん。ちょっとね。あんたもやってく?」
「いや、今日はお腹減ってもう動けない。ごめんけど、帰るわ。」
そのような訳で、部活が終わって三分も経たないうちに、私は体育館に本当に一人ぼっちになりました。蒸し暑さと熱気が残るフロアに、私はお気に入りのボールを弾ませながら立ち上がると、そのまま3Pシュートを打ちました。
そう、私が今日居残りで練習したかったのは、3Pシュートだったのです。今までの私には、ドライヴやパスの選択肢はあっても、ロングシュートという選択肢はありませんでした。味方のスクリーンを使ってディフェンスをかわし、そのままレイアップ。あるいはスクリーナーもしくはフリーの味方にパスをする。守る相手からしても、アシストはできても得点能力の低い私は守りやすかったかもしれません。3Pラインからは一歩下がって抜かれないことを優先してマークにつく。スクリーンにはアンダーで対応。ボールを持っていなければ、離してヘルプ優先。
そんな私に三点シュートがあれば、相手もそうはできないでしょう。私がポイントガードとして次のステップに上がるためには、どうしても習得しておきたい技術でした。確率は低くたっていい。もちろん入れば言うことはないですが、ノーマークにしたら打たれるという意識を植え付けられれば御の字です。今までの私は、せっかく3Pラインの外でフリーでボールを受けても、どうしても躊躇してしまってシュートを打てませんでした。あるいは一度ドリブルをついてわざわざディフェンスに近寄ってからジャンプシュートを打っていました。けれど、もうそんなことはやっていられません。今度の大会が中学最後の大会なのです。今日はそれを克服するためにも、左右コーナー・左右四五度、トップの五か所から計百本成功させるまで帰らないつもりでした。
誰もいない右コーナーから、試合でのイメージを頭に3Pシュートの練習を続けました。一本落とす度に反省をして、一本入る度にその感覚をしっかり反芻しました。リングにも当たらないショートが多く、その都度膝の使い方を変えたり、指先のフォロースルーを見直したりしました。スマートフォンを壁に立てて、自分のシュートフォームのチェックもしました。自分の中でのイメージも大体固まってきて、シュートも七本に一本くらいは入るようになりました。
二か所目の右四五度の挑戦中に、部室で制服に着替えを終えた陽子たちが顔を出しました。「頑張ってねー」と手を振る陽子に、私は親指を立てて応えました。リバウンドを拾ってステージ脇の時計を見ると、六時十五分でした。
私はその後も黙々とシュートを打ち続けました。入っても入らなくても、無心で打ち続けました。シューターではない私が、ドンピシャのパスを受けてノーマークでシュートを打つシチュエーションが想像できなかったので、一つドリブルをついてからのシュートや、ステップバックしてからのシュート等、実戦で起こりそうなイメージでシュートを打ちました。
最後の左コーナーでの七本目のシュートが入った時、下石先生が来ました。
「山中さん。もう終わりにしましょう。
もうすぐ七時だし、お家の人も心配するといけないから。」
「あ、はい。わかりました。もう終わります。」
時計に目をやるとあと五分で七時というタイミングでした。「もうそんなに経ってたんだ。」と思うと同時に、あと三本だからやりきっちゃおうという気持ちが湧きました。私は外れたシュートを拾って元の位置に戻るときに、下石先生が腕を組んでこちらを見ていることに気が付きました。私は気まずくなってそこで練習を切り上げることにしました。ドリブルをつきながら用具室に向かうと、広い体育館にやたら大きくその音が響きました。一人でやっていた時は全く気にならなかったのに、なんだかすごく場違いな気がして、私はボールを抱えて用具室に行きました。
ボールをカゴに入れて、モップを取り出し自分の使ったフロアを往復しました。先生が入り口でずっと待っていたので、少し早足でやりました。湿気が多くてモップは思ったよりも重かったけれど、七時前には掃除を終えて体育館を出られたと思います。
下石先生とは体育館で別れて、私は部室に戻りました。いつもなら制服に着替えてから帰るのですが、その日はもう遅かったこともあって、私はジャージのまま帰ることにしました。バッシュを脱いでロッカーに入れ、掛けてあった制服からハンガーを抜いて乱暴にバッグに詰めました。タオルは手で持っていつでもかいた汗を拭けるようにしておきました。忘れ物がないことを確認して部室の電気を消し、鍵をかけました。部室棟の辺りは一つの外灯しかなくて薄暗く、よくわからない無数の虫の声しか聞こえなくて不気味に思ったことを覚えています。
職員室に部室の鍵を返しに行った時、中にあかりは点いていましたが下石先生はいませんでした。「失礼しました。」と頭を下げて職員室を出た時に尿意を覚えましたが、家に帰ってからでいいやとトイレには行きませんでした。靴下のまま廊下を抜けて、エントランスで靴に履き替え、私は自転車の元へ急ぎました。何故だか早く家に帰りたかったのです。
一台も止められていない駐輪場を小走りで抜けました。自分の自転車に近づいたところで、ポケットに鍵を探しましたが、見つかりません。制服のスカートだ、と思い至ってバッグを荷台の上に乗せ、その中をまさぐりました。早く探り当てたい手ばかりが焦って、中々鍵まで辿り着けません。あーもう、制服をちゃんとたたんで入れたらよかった。苛立ちが混じり始めた右手がようやくポケットのチャックを探り当て、落ち着いて左手を添えて中から鍵を取り出しました。バッグを閉めて前カゴに入れ、首にかけていたタオルもその上から差し込みました。暗くて手元がよく見えなかったこともあって後輪の鍵を開錠するのに少し手間取ってしまいました。決して手が震えていたというわけではありません。スタンドを外し、ギアを一に変えて左に半回転させてから、私は右足をペダルに乗せて思いきり体重をかけました。勢いよく走り出した自転車のライトが明るくて、私はこの時にようやく一息つけた気がしました。
正門のひと際明るい外灯に差し掛かった時、私は迷いました。いつもは正門を右に曲がって家に帰ります。しかし、その日は七時を過ぎていたこともあって左に曲がって帰るという選択肢もあり得ると思えたのです。
右に曲がって帰れば、大きな道に出て坂も緩やかです。街路灯も多く、比較的道路も新しいため、通学路にも指定されています。しかし私の家までは少し遠回りをする道になるので、十五分ほどかかります。
左の道は途中で急な坂を上ることになりますが、距離で考えれば近いのはこっちです。ただ、左の道を通って帰る人はあまりいません。途中に大きな墓地があることと、街路灯も人通りもない田舎道が続くからです。私は朝の急いでいる時に何度か通って登校したことはありますが、左に曲がって帰ったことはありませんでした。
校門を出るギリギリまで迷っていましたが、私は思い切ってハンドルを左に切りました。怖気づきそうな心を奮い立たせるため、ギアを上げで漕ぐ足に力を込めました。後ろからスーっと車が抜けて、あっという間に遠くの暗闇に飲み込まれていきます。右方向にウインカーが点滅すると、遅れて赤いブレーキランプが灯りました。その曲がった先こそ、これから私が挑もうとしている長い坂に続く路地です。
私は改めて辺りを見回しました。シャヴィ・エルナンデスがそうしていたように、一瞬だけ右に顔を向け、また左にも顔を向けました。正面に視線を戻し、映像を頭の中でつなぎ合わせます。学校を出てまだ二百mも進んでいないのに周囲は真っ暗でした。前からも後ろからも車が来る気配はありません。建物は道路を挟んだ右側に見えるお寺のシルエットだけです。私はいつもは使わないギアを三に入れて力を込めてペダルを漕ぎました。
お寺の正面を通り過ぎてスピードとギアを落とし、左足だけついて止まりました。念のため後ろを振り返って安全を確認しました。道路を横断して暗い路地に入ります。左側に広がる竹林が思ってた以上に圧迫感がありました。右側はなるべく見ないようにしていたと思います。少し先にそびえる坂を見上げて、息を飲みました。狭い空に月の明かりを探しましたが、期待していたものはありませんでした。
私はスピードを上げて坂に突っ込みました。勢いで行けるところまで進み、ギアを一まで下げてさらに進みました。あと30mほどのところで力尽き、私は自転車から降りました。自転車を押して坂を上る時に、ふと視線が下がってお寺の裏手に広がる墓地が一望できてしまいました。私はすぐに目を逸らして反射的に親指を隠すように握ってしまいました。よくわかりませんが、呼吸もなるべく少なく済ませようとして、坂を上りきるまで何度か息を止めていました。
坂を上ったところで少しほっとしたような気がします。私は前のカゴに入ったままになっていたタオルに手を伸ばして顔の汗を拭いました。スマホを光らせて時刻を確認すると、七時十三分でした。私はもう30分過ぎてるだろうと思っていたので、驚きました。そして後ろから乾いた木の枝がパキっと割れるような音が聞こえてさらにびっくりしました。私は冷や汗をかいて、さっき拭ったばかりのおでこをもう一度タオルでなぞりました。
スマホをバッグに慎重にしまって、タオルは落ちないようにバッグの下に挟みました。私は静かに自転車を滑らせるように発進させました。ゆっくりゆっくりと加速させ、音を立てずにギアを上げ、力の限り自転車を漕ぎました。息が乱れても鼻で呼吸をしていました。竹林が終わり視界が少し開けると、前だけを見てなだらかな下り坂を三まであげたギアで全速力でかけました。背中に感じる違和感はどんどん大きくなっていきます。普段はしない立ち漕ぎをしたい衝動が湧いてきました。同時に、振り返って後ろを確かめたいという気持ちと振り返ったら終わるという気持ちのせめぎあいも生まれました。
私は、振り返らずに立ち漕ぎをしました。口で大きく息を吸い、ハンドルを思いきり握って右に左に重心を掛けながら一心不乱にペダルを踏みました。視界の先に人工的な明かりはなく、左右には何かが植えられた畑が広がるばかりでした。遠くに雑木林のような影が一段濃く見え、その先は何も見えませんでした。
もういいだろう、と私は立ち漕ぎをやめてサドルに腰を落としました。乳酸がたまり切った太ももを右手と左手で交互になでました。ギアを二に落とし、乱れた呼吸を整えます。体操服の袖で汗を拭い、いくぶん落ち着くことができました。私は何をそこまで怖がっていたのだろう。自転車を漕ぎ続けながらそんな考えが過りました。得体の知れない恐怖に駆り立てられ、ここまで必死に自転車を走らせてきました。心臓はまだドキドキとしています。後ろを振り返ったって何もある訳がない。頭ではわかっていてもそれができませんでした。我ながら幼稚で馬鹿げていると思います。でもそれほど背中に感じた違和感が大きかったのです。
私は、意を決して後ろを振り返りました。やはりそこには何もありませんでした。通ってきた道が反転して続いているだけです。私が恐れていた幽霊やお化けの類も、危険な動物、あるいは不審者の影もどこにも見当たりませんでした。
「ほうらね。」
私はたぶん声に出してそう言ったと思います。右だけ振り返って実は左に潜んでいるというパターンも想定して、私は素早く左にも振り返りました。何もありません。はい、終了。そんなに都合よくホラーじみた展開があってたまるもんですか。私は肺の空気を全部吐き出して視線を前に戻しました。もちろん前にも何もありませんでした。
そう前には何もなかったのです。道が消えていました。私は自転車ごと前につんのめって一瞬だけ無重力を感じました。そして試合で三点シュートを決めた映像がゆっくりと流れ始めました。私は死んだと思いました。
気が付くと私は自転車で激しく転んでいました。右足の脛が痛い。私は訳もわからず頭を掻きました。右の額に激痛が走ります。触れると大きなこぶが出来ていました。痛ぇ。とっさに右の手のひらを見ましたが、血はついていませんでした。同じく右の脛からも出血はないようでした。私は全く状況がわかりませんでした。左手をついて起き上がり、倒れた自転車とカゴから飛び出したバッグを見ました。どうやら私は側溝にはまって転んだようでした。カゴが変形してしまった自転車を起こしてスタンドを立て、落ちたバッグを拾ってカゴに戻し、タオルは腫れたこぶに当てました。とにかく痛い。
ここは何処だ? と辺りを見回すと、そこは私の家のすぐそばの道でした。気が付けば外灯もあります。いつも通っている見慣れた道です。え? 私はますます訳がわからなくなりました。バッグに手を伸ばしてスマホを探します。パッと明るくなった画面には七時一七分と表示されていました。もう一度辺りを見ても、特に何かおかしいと思えるようなところはありませんでした。幸い骨が折れたりはしていなかったので、私は自転車を押してそのまま家まで帰りました。
これが私の体験した不思議な出来事です。今でも何だったのかわかりません。後でAIに聞いてみたら、頭を強くぶつけたことによる記憶の混濁だと言われましたが、私は納得していません。あの日のことをこれだけ詳細に思い出せるのに、最後だけ混濁だと言われても到底信じることはできません。しかし十分な説明ができるかと言われたら今のところできません。なので私は穴に落ちたということにして、自分を納得させています。




