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8 不条理な帰国報告

 ゼノス帝国での短期留学という名の「大掃除」を終え、アルテミス王国へと帰還した一行を待っていたのは、対照的な二つの光景だった。


 王宮では、隣国の混乱を鮮やかに鎮め、外交的優位を勝ち取ったとして、クロヴィス王太子が盛大に迎えられていた。


 もっとも、事の真相を知るクロヴィスの心境は複雑だ。


 ゼノス帝国による聖女召喚の真の狙いは、「予言されたアルテミス王国の遺跡暴発」を聖女の力で未然に防ぎ、混乱に乗じてクロヴィスを保護することで、外交の主導権を握ることにあった。


 だが、予言は外れ、帝国内では聖女を巡る不祥事が頻発。さらに、ゼノス帝国の侯爵令嬢からアルテミス王国のエレオノーラへ、「婚約者の不貞」という極めて個人的な相談の形で情報が流出したことで、帝国はアルテミス王国に巨大な貸しを作ることとなった。


 公式な外交問題になる前に、なんとか「若者たちの若さゆえの過ち」として幕引きを図りたい帝国側にとって、現場を収めたクロヴィスの介入は、もはや拒めるものではなかったのだ。


 一方、その立役者であるはずの二人の魔導士は、王宮の門を潜ることも許されず、そのまま王都の片隅にあるアンティークショップ『星屑の天球儀(アストラル・オーブ)』の地下へと直行させられていた。


「……ただいま戻りました」


 リンが重い足取りで地下の執務室の扉を開けると、そこには優雅にティーカップを傾けるエレオノーラと、その傍らで何やらボロボロの金属片を抱えて咽び泣く男がいた。


「ああっ! 私の最高傑作が! レンズが粉々じゃないか! 耳に挟む集音機の方も、『可愛いカニさん』の形にしたのに、なんだか歪んでる……!」


「……誰?」


 ガイが呆然と呟く。

 リンに聞いた話では「草臥れたオッサン」だったはずなのだが、そこには、銀髪と憂いのある瞳を持つ美しい男がいた。


「カイルよ。『不衛生で薄汚れた身なりを整えないのなら、作業場の利用料を三倍にする』と申し上げましたの」


 エレオノーラが事も無げに言い放つ。ギルド『天球の灯(スフィア・ランタン)』において、「容姿が整っていること」は採用項目の一つなのだ。


「オッサン……。まぁいい、それよりエレオノーラ様。報告の通り、隣国のバグった聖女は元の世界へ送還したぜ。これでリリアーヌお嬢様の優雅で平穏な生活は立派に守られただろ!」


 リンが拳を握って報告する。これだけの功績だ、少しは色をつけてもらわなければ割に合わない。だが、エレオノーラは微笑みを崩さないまま、机の上に一枚の書面を滑らせた。


「ええ、ご苦労様。……ですが、精算の話は別ですわよ?」


 リンとガイが書面に目を落とした瞬間、二人の顔から血の気が引いた。


「……待って。この『特別触媒使用料』って何? 俺の魔力のこと??聖女を帰した時の魔力なんて、俺の自前じゃん!」


「あら。貴方の体内にある魔力は、元を辿ればギルドが提供する食事と環境によって養われたもの。いわばギルドが投資した『備蓄エネルギー』ですわ。それを無断で消費したのですから、『特別触媒使用料』が発生します。当然でしょう?」


「……こ、この『精神安定茶(ソフィア・ブレンド)』の請求額、桁が違くねーか?」


 リンが震える指で項目を指すと、エレオノーラは優雅に扇子で口元を隠した。


「ソフィアの魔法が付与されたお茶は、本来はこの店の特別なお客様にしか出さない一級品です。それを隣国の学生たちに振る舞ったのですから、立派な外交接待費……いえ、貴方たちの独断による『贅沢品の使用』と見なします」


「ソフィアさんが『皆様にどうぞ』って言ったんだぞ!」


「ええ、彼女のサービス精神は素晴らしいわね。その分の彼女への対価は、貴方たちのツケから支払うこととするわ」


 リンの必死な抗弁は、そよ風のようにエレオノーラに躱され、悲しいかな、支払金額を上乗せされる結果となっただけであった。


 さらに、エレオノーラの冷徹な視線が、隣で泣いていたカイルにも向けられた。


「カイル、貴方もよ。開発費を使い込んだ挙げ句、作業場を二度も爆発させて破壊したわね? 修理代は、今回のリンたちの取り分……および、貴方の今後の給与からしっかり請求させていただきます」


「そんな! 千の実験で一つ成功するのが研究だと言ったじゃないですか、エレオノーラ様!」


「成功した一つが、一回で壊れる眼鏡では割に合いませんわ。……というわけで」


 パチン、とエレオノーラが扇子を閉じた。


「リン、ガイ。向こう三ヶ月、貴方たちの報酬はゼロ。カイルは半年間、無給で新しい『壊れない』集音器の開発に励みなさい。……いいわね?」


「「「理不尽!!!」」」


 地下の薄暗い灯りの下、英雄たちは泥水のような安い茶をすすりながら、遠く王宮から聞こえてくる祝宴の鐘の音を聞いていた。


「……ねぇ、リン。俺たち、何のために頑張ったんだっけ」


「……お嬢様の、平和のためだ。……たぶん」


 二人の魔導士と一人の発明家の不憫な溜息が、地下室の冷たい空気に溶けて消えていった。

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