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5 侵食される帝国学園

 ゼノス帝国学園の来賓寮。


 アルテミス王国の面々に与えられたその場所は豪華だが、一歩外へ出れば「聖女様親衛隊」の目が光る場所だった。


「……痛てて。これ、絶対、オッサンの設計ミスだろ。耳が蟹に食われてるぞ」


 リンは自室の机で、耳を押さえて顔をしかめていた。


 耳たぶにがっしりと食い込んでいるのは、カイルが「おまけ」として持たせた集音魔導具、精密聴覚魔法が施された、可愛いカニを象った『聞き耳をたてる(クリップ・)蟹のハサミ(オン・イヤー)』。


「リン、我慢して。それを使わないと、校舎裏のコソコソ話まで拾えないんだから」


「分かってるけどよ、ガイ……時々ノイズで、アルテミスにいるオッサンの『このネジ、逆回転だったわ』とかいう、くだらねぇ独り言が聞こえるんだぞ。集中力が削がれるわ」


 リンが苦悶しながらもハサミの感度を上げると、校舎の至る所から、異様な「計画」が聞こえてきた。


「……次の儀式の場が本番だ。愛のない婚約は僕がこの手で破棄してみせる! サクラ様こそが僕の真実の愛だ!」


  ――聞くに堪えない、甘ったるく腐敗した自己愛の囁き。


 リンは思わず天を仰いだ。


「……おいガイ。あいつら、自分に酔いしれすぎてて、もはや聖女本人の意思すら置き去りだ。全員で競うように『ドラマチックな婚約破棄』の計画を練ってやがる。学園中が三流恋愛小説の執筆現場みたいになってるぞ」


「なにそれ、逆に楽しそう」


 そこへ、部屋の扉が静かに開き、ソフィアに導かれたセレスティーナが入室してきた。


 彼女は絶望というよりは、もはや「心底呆れた」という顔で、深いため息をついた。


「……来てくださって感謝します、アルテミスの皆様。我が国の、まことにお恥ずかしい現状をお見せすることになってしまい、本当に、本当に遺憾でございます。私の婚約者も、今度は学園の広場で私に『悪役令嬢』としての断罪の練習をしているそうでございます。……台本まで書いて。あまりに稚拙な出来栄えで、いっそ私が原稿を書いてお持ちしたいくらいですわ…」


 そして、改めて聞かされたセレスティーナの告白に、今度は別の意味で空気が凍りつく。


「なぁ、……聖女サクラ。彼女、本来は何を期待されてたんだ?」


 リンが、その場にそぐわない可愛らしいカニのハサミを外し、よほど耳に合わなかったのか、痛みで赤くなった耳をさすりながら尋ねる。


「……予言では、「アルテミス王国の遺跡」の暴走を防ぐことになっておりました。ですが、貴国ではそのような危険な遺跡などはないとのこと。であれば、対象が存在しないため、役割を失ったということになります。そのため、彼女が元の世界で嗜んでいた『乙女ゲーム』とやらを、この世界で再現しようとしている節がございます。推測ではありますが、その欲望が本来の聖女としての魔力と呼応して、周囲の男たちの『聖女を守る俺』という自己愛を暴走させているようで……」


 アルテミス王国の遺跡の暴走については、解決済みなので「危険な遺跡は存在しない」というのは嘘ではない。


 予言よりフライングで勝手に解決してしまったが、それは自国の防衛であり他国にどうこう言われる筋合いではない。


 ……むしろ、原因を取り除いてやったのだから感謝してほしいくらいだ、とリンは内心で毒づいた。


 クロヴィスも、「なぜそのような予言が出たのか、大変不思議だ」という態度を崩さずに鷹揚に頷く。


「……目的を失ったエネルギーが、その何ともいえねぇ阿保らしい願望と結びついたわけか。……はしたねぇ、……実にはしたない。エレオノーラ様が見たら、扇子で叩き伏せるレベルだぜ」


 そう呟いたリンの手にある眼鏡のレンズには無数の亀裂が入り、すでにその役目を終えているが、件の聖女の魔方陣の構造は確認済みなので問題はない。


「ガイ。あいつら、次の儀式の場で一斉に『婚約破棄イベント』を発生させるつもりだ。そんなことさせたら、こっちの国の貴族社会はガタガタ、外交問題もグチャグチャだ。……その前に、聖女の中の『バグった願望(プログラム)』を書き換えるぞ」


「了解!この国で正気を保っているお嬢さん方もそろそろ婚約者に愛想をつかしちゃいそうだもんね。このまま「逆婚約破棄イベント」とか巻き起こっちゃったら笑っちゃうもんね」


 ガイが、太陽みたいにカラカラと笑う。


「お願いいたします。外聞は悪いものの、学園内の若気の至りで済ませたいとの国王陛下の意向もございます。短期留学でおいで頂いたクロヴィス殿下には大変なご迷惑をおかけすることをお詫び申し上げます。また、ご配慮いただきました貴国のエレオノーラ様には深くお礼を申し上げます。ですが、なにとぞ…」


 呆れてはいても、まだ婚約者のことを見捨てたくはないのだろうことは、震える指先から窺い知れた。


 複雑な心境を隠し切れず頭を下げるセレスティーナに「大丈夫」と頷き、『天球の灯(スフィア・ランタン)』による、お行儀の悪い「恋の暴走」のお掃除が、本格的に始まろうとしていた。


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