4 閑話休題:拳と泥に塗れたあの日
時はさかのぼり、出立の一週間前。
ちょうど、リンとガイがエレオノーラにクロヴィスの護衛を命じられた日である。
「だからさ、『正式な王族の護衛』ってなんなんだよ。『品良く』なんてわかるかっつーの。こちとら路地裏ボーイだっつーの」
全く快く引き受けていないリンとガイは不平不満だらけであった。
「二人とも、先に貴族に付き添うのにふさわしいマナーから叩き込みましょう。体術の方が恐らく時間がかかるでしょうから」
例え二人に不平不満があろうとも、ソフィアとナディアは全くお構いなしとばかりに二人をアンティークショップ『星屑の天球儀』の応接室へ引きずり込んでいった。
「お姉さん方、俺らここへの立ち入りは禁止されてんだけど」
ガイが所在なさげに視線を彷徨わせる。
『天球の灯』の拠点は『星屑の天球儀』の地下である。
だが、高級アンティークの店と謳っているこの店には、ある程度の品格が認められないと立ち入れないというルールになっている。
「知っています。勿論、エレオノーラ様の許可は頂いてます」
にこりとほほ笑むお姉さま方に不安しか感じない。同様に不審げにしているリンに目をやるが、それで解決することなど何もないことはこれまでの経験で嫌というほど知っている。
「これだけ高価なものに囲まれていたら、粗雑な行動など取れないでしょう。一つ商品に何かあるたびに賠償金を請求いたします。気を付けて、丁寧に、この部屋を『お掃除』してくださいね?」
ああ、鬼教官が二人もいる…。
乙女座のソフィア、牡牛座のナディア。コードネームだっておっとりしてそうな響きなのに…。花のように優雅な笑顔の鬼教官たちに二人は「はーい」と返事をするしかないのであった。
「私とナディアに与えられている時間は三日間だけなの。その間に徹底的に叩き込みますから、まずは丁寧に動くことを体で覚えなさい」
やれ、そこを拭き上げろ、あちらを磨きこめと猛スピードで指示をだし、お気に召さなければ減給と脅される、という涙ぐましい特訓中にソフィアがこの地獄の期限について言及した。
「一週間じゃねぇの?」
出立まで「一週間」みっちり鍛える、そう伝えられたはずだ。
「『王族に付き添う者の立ち居振る舞い』の他に、必要なことがあるでしょう?」
反対側でガイを徹底的に追いつめていたナディアがおっとりと笑う。
「え、なにそれ。怖いんだけど」
戸惑いながらリンとガイが顔を見合わせると、「楽しみになさい」とソフィアとナディアはコロコロと朗らかに笑うのだった。
そうして、なんとか、辛うじて、合格点をもぎ取った二人は、なじみの深い地下の特訓場にいた。
明るくなくていい。高級感なんかいらない。居心地が良いのが一番だ。
二人が、かみしめていると訓練場に大きな人影が現れた。
「おーぅ、久しぶりだな、お前ら」
筋肉質な大きな体、黄金の鬣を思わせるような金色の髪。
エレオノーラとは違う意味で、見るものを圧倒する覇気を放つその男は獅子座のコードネームを持つレオンだった。
「「レオン!!!」」
レオンがギルド内にいることは珍しい。大体どこかのいざこざに駆り出されているからだ。主に戦闘員として。
レオンは魔導士ではあるが、基本的には魔法を使った戦い方をしない。圧倒的なパワーを誇り、純粋な戦闘能力で敵を圧倒するのだ。
「聞いたぜ、オウタイシの護衛だってなぁー。よぅーし、いっちょ久しぶりに俺が直々に鍛えてやるよ、うれしいだろ?」
黄金の鬣を揺らして笑う男。
路地裏で野垂れ死ぬ寸前だった自分たちを文字通り「拾い上げた」恩人。
「久しぶりだな」と言ったレオンの大きな手が、かつて泥まみれだった自分たちにクッキーを差し出した手と同じであることをふっと思い出す…。
だが、リンとガイの脳裏をよぎったのは感動ではなく、以前の訓練でアバラを持っていかれた時の鈍い音だった。
リンとガイの目が泳ぐ。
((嬉しくない!!!))
そもそも、レオンという男は己の力が強すぎるせいで全く人に教えるのに向いていない。所謂「できるがゆえに、できない人の気持ちが分からない」タイプだ。そして原則、何でも拳で解決する。
ソフィアとナディアの「体で覚えろ」が可愛らしいくらいの感覚派。
お姉さんたちの「優しい」マナー研修のあと、四日間。
真の地獄の特訓の幕開けだった。
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「ってことが、あったわけよ」
移動中のわずかな時間、クロヴィスに近況を聞かれたリンが遠い目をしながら語った。隣でガイがつられて遠い目になっている。
「わかる?レオンって別に『王族の護衛にふさわしい』体術なんて知らないんだよ」
この二人といると、よく自分はどう反応していいのかわからなくなって曖昧な反応をしてしまうことが多いな、と関係のないことを思いながらクロヴィスはやはり、曖昧に首を傾げた。
「つまり、ただひたすら、ボコボコにされる四日間だったってこと!!」
「それは…気の毒なことだったな」
悲壮感あふれる叫び声に、クロヴィスは今度は曖昧ではなく相槌を打つことに成功した。
「気の毒なんてレベルじゃねぇよ。……けど…」
リンは、窓の外を流れる景色を見ながら、自分の掌を握り込んだ。
「レオンの拳は、まともに喰らえば死ぬ。俺たちの連携魔法の防御なんて紙屑みたいに引き裂かれるんだ。避けるために必死で無駄な動きを削ぎ落として、予備動作を捨てて……コンマ一秒の最短ルートを体が勝手に選ぶまで叩き込まれた」
脳裏に浮かぶのは、獅子の如き咆哮と共に迫るレオンの巨躯。 そこから逃げ惑ううちに、二人の動きはいつの間にか、かつての路地裏の野良犬のような荒々しさを失っていた。
「生き残るために必死に最適化した結果が、『王族にふさわしい護衛』の動きになるのかよって感じだよ」
二人の会話を聞きながら、クロヴィスは改めて戦慄した。
王族の自分ですら、隣国との外交を前にこれほど緊張しているというのに。
彼らは「マナー研修」さえ「死の恐怖」と隣り合わせという異常な日常をくぐり抜けてきたのだろう。そこで、ふと気が付く。
「直前までボコボコだった割には、ケガはあまり見受けられないようだが?」
クロヴィスの純粋な疑問に、ガイが乾いた笑いを漏らす。
「うちには超乱暴で優秀なヒーラーがいてさ。一瞬で完治させて、一秒後にはまたレオンの前に蹴り戻してくれるんだよ。……地獄の永久機関って知ってる? 殿下」
問いかけられたクロヴィスは、相変わらず興味深く、そして底知れないギルドだと、改めて世界の広さを痛感するのだった。




