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10 おまけ:レオンと路地裏の子どもたち

その日、レオンはまぁまぁ機嫌が良かった。


そうでなければ、せっかく、依頼の成功報酬で豪遊してやろうと浮かれて街に来たのに、その資金源を擦り取られて台無しにされた、というこの状況で、捕らえたその犯人が無事であるわけがない。


「手癖が悪いガキどもだな」


逞しい体躯に黄金の鬣のような髪。


魔導士ギルド『天球の灯(スフィア・ランタン)』の獅子座のレオンである。


この街の住民なら、大抵の者は彼を知っている。野性的な美しさは女たちを魅了し、豪快で人情味のある性格は男たちの憧れだ。


だが、残念なことに今日を生き延びるのに必死な、親も家も持たない子どもたちは、そんなことを知るよしもなかった。


「くそ、しくじった。なんでバレた!」


「やっぱ、『女にデレデレしてるマヌケ』とか、悪口言ったからじゃない!?」


襟首を捕まれ、つり上げられる形でぶら下がる少年たちが、なんとか逃れようと手足をバタつかせる。


「そんなこと、言ってやがったのか」


「「聞かれてなかった!!!」」


「まあ、いい。俺は今日は機嫌が『良かった』。運が良いな、お前ら」


レオンの凄みのある笑顔に、二人の少年、リンとガイに戦慄が走った。


レオンは二人の動きを完全に封じたまま、路地裏にある、ひっそりと建つ目立たない建物の一室に引きずり込む。


「離せよ、変態か!!!」


「やめてよ、俺なんかうまくないよ!?」


青ざめた顔で、たが、威勢を失うことなく二人が叫ぶ。


「本当にお育ちが悪ぃな、ガキども。安心しろ『食わない』し、……別の意味でも『食わない』。そもそも、好みじゃねぇ」


意味深に同じ言葉に二つの意味を持たせて投げつけ、暴れる二人をものともせずに、部屋の一つの扉を足で開けた。


連れられて来られたその建物は、一見すると共同生活の後がみられる、どこにでもある住居に見えたが、開かれた扉の先の、その部屋だけは、無機質であった。


部屋のすみに小さなテーブルがあり、そこに小さなランタンが置かれている。それだけで、何のための部屋なのか全く分からない。


「さて」と、レオンは二人を部屋の中心部に軽々と放り込むと、カチリとそのランタンのスイッチを入れた。


ぽぅとランタンが灯る。


同時に部屋の中に魔方陣が浮かび上がり、あっという間に中心部にいた二人の姿が消えた。そして、その魔方陣が消えきる前にレオンもその中心に入り、フワッと消えるのだった。


そして、また無機質な部屋が残された。


一瞬のまぶしさに目を閉じ、目を開いた次の瞬間に自分たちが立っていたのは先ほどの部屋とは異なる薄暗い場所であった。


広さは十分にあり、まるで運動場のようにも見える。


「どこだ、ここは…」


思わずリンがつぶやくと、すぐ後ろから腕を回され肩を組まれる。ギョッとして振り返るとレオンがにやにやと笑っていた。すぐ隣でガイも彼に腕を回されており、逃げ出せずにいる。


「ここはな、訓練場だ」


状況が呑み込めず、いぶかしげに眉を寄せると唐突に鳩尾に衝撃が走った。


どす、という重たい感覚とともに胃液が吐き出るような不快感。


「リン!!!」


ガイの叫ぶ声に、腹を殴られたのだと気が付く。


「な、に…しやが、る」


呻きながら見上げるリンにレオンが朗らかに笑った。


「お仕置きとテストだ」


その言葉と同時に、再び拳が振り上げられるのを見て、ガイが横からタックルの要領でリンを抱えて飛び退いた。


「そっちのは、反射神経は、まずまずだな…」


「大変だ、リン!!!やばい奴だ!!!」


「だろうな!!!」


繰り出される攻撃を辛うじて避けながら、二人がじりじりと追いつめられる。


「人のものに手を出したら、ダメだろ?だが、この俺から財布を抜き取れたってのは大したもんだ。テストに合格できりゃ、財布はくれてやるよ。さぁ、頑張ろうな」


猛々しい獅子のような覇気と、子猫がおもちゃを弄ぶようなどこか残酷で純粋な目が二人をとらえる。繰り出される拳も蹴りも尋常ではない速さで襲い掛かってきた。


リンは舌打ちをして、「ガイ!!」と呼びかける。胸元から取り出した、古びたおもちゃのペンが空中を滑る。


レオンが、それを魔方陣だと認識した瞬間、炎の塊が彼を襲った。


「――魔方陣か? 右のガキが描いて、左のガキが撃ったのか!?」


なぜ、自分で発動しないのか。違和感を覚えながらも他人の描いた魔方陣を展開できるガイを、面白いと思った。


「くそ、躱された!!」


リンの悔しそうな声が響く。


少なくとも攻撃の戦略を立てようとしているのはこっちか、と判断し、素早くリンに蹴り上げた足を振り下ろそうとした瞬間、再び目の前におもちゃのペンで描かれた魔方陣が現れ、リンとレオンの間に素早く滑り込んだガイが防御魔法を展開した。


「今度は防御魔法か!?だが、薄い…!!!」


振り下ろされた足は、そのまま防御魔法を破壊しリンとガイをまとめて吹っ飛ばしたのだった。


防御魔法を挟んだとはいえ、威力のあるその一撃に二人はそのまま気を失い倒れこんだ。


そして、壊れたおもちゃのペンがカラリと音を立てて、リンの手から滑り落ちたのだった。


「これは……『光の魔道ペン』? 子ども用の落書きペンか……?」


それを拾い上げたレオンは、指先に残る感触に眉を寄せた。 驚いたことに、そのペンには魔力回路など一切通っていない。ただの安っぽいおもちゃだ。


――つまり、このガキは、ただの棒切れで『空中に超高速で魔道数式を刻み』、もう片方のガキが、そいつを読み取って魔法を発動させたのか。


「……とんだバケモノの卵だな、こりゃ」


と、呟いた。


気を失った二人が次に目を覚ました場所は、薬の匂いのする医務室のような場所だった。


起き上がろうとして、体中の痛みに撃沈する。


痛い…確実にどこか折れてる…。


二人が痛みに悶えていると、軽やかな足音ともにレオンが現れた。


「いやあ、普段だったらうちの優秀なヒーラーがいるんだけど、出かけてるみたいで普通の手当しかできなかったわ、悪い、悪い。無事かぁ?」


片手をあげて人懐っこい笑みで、近づいてくる。


「無事に見えるか?」


リンが忌々し気に返事をすると「元気じゃねぇか」とまた笑われた。


憮然としていると、レオンはおもむろに懐から財布を出してリンとガイに投げ渡した。重みの感じられるそれには、少なくない金額が入っているだろうことが想像できる。


「テストは合格だ、やるよ」


重みのある財布を投げ渡され、二人は呆然と中身を見つめた。路地裏で必死に生きる子供にとっては、見たこともないような大金だ。


「テストって……なんだよ」


不審げに尋ねるリンに、太陽のような眩い笑顔を浮かべた男が宣告した。


「うちのギルドの採用テスト! 魔導士ギルド『天球の灯(スフィア・ランタン)』だ。お前らは今日からそこの魔導士になれ。よく食べてよく学んで、ギルドのためによく働け!」


「なんでだよ、断る!」


反射的に反抗する二人に、レオンはふと真顔で告げる。


「お前らの力は未知数だ。路地裏じゃ持て余すだろ?学べ。生きるために」


レオンは二人の特異性を野放しにしては危険だと本能的に感じていた。本人たちに自覚がないがこのまま路地裏にいたら、近いうちに『力』に振り回されて壊れる。そうでなくとも、誰かに利用されて悪用される可能性だってあるだろう。言い方は悪いが、変な連中に利用されるくらいなら野垂れ死んでもらった方がマシだと思えるほど危うい『力』だ。


それと同時に、二人の中のまっすぐにある「根性」に好意をもった。己の恵まれない環境下で、持てる手段のすべてを使って生きようとしていたのだろう。


その力強さはとても好ましい。


急に真顔で諭されて明らかに困惑している二人の鼻先に、買ってきたクッキーを差し、そのまま口に突っ込む。


「うまいから、食ってみろ」


口の中に押し込まれて、目を白黒させているリンとガイを見つめながら、「良い拾い物」になるといいと願っていた。


最後にふと、ギルドの設立者であるエレオノーラの選考基準に「容姿が整っていること」という項目があることを思い出し、困惑顔の二人を見下ろした。


「まぁ、それも問題なさそうか。顔だけは、無駄にいいしな」


頬を膨らませてクッキーを咀嚼する二人の幼い顔立ちを見下ろし、レオンは一人で頷いた。これなら、顔にうるさいお嬢様のお眼鏡にも叶うだろう。


こうして、路地裏の二人は、魔導士ギルド『天球の灯(スフィア・ランタン)』の魔導士となった。


それは、温かな食事と、過酷な修行と、そして底なしの理不尽がセットになった、新しい日々の始まりだった。


ありがとうございました。今回の話はこれで終了です。「『天球の灯(スフィア・ランタン)』シリーズ」にしました。次のお話は19:00更新で、その後は一日一回7:00更新になります。

私そんなに書くのが早い方じゃなかったんだった!

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