1 その予言、解決済みにつき
こちらの続編になります。
『天球の灯』-双子座の魔導士と古代の心臓とシスコン
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「……聖女召喚、成功です」
ゼノス帝国の聖堂に、歓喜の叫びが響き渡った。
召喚の光の中から現れたのは、黒髪の少女、サクラ。
彼女は予言された「隣国の古代遺跡の暴発による世界的悲劇」を止める救世主として、国を挙げて迎えられた。
「私が、この世界を救うのね……!」
少女は決意に瞳を輝かせる。だが、彼女は知らなかった。
彼女が召喚される数日前、その「世界的悲劇」の種であった古代遺跡は、アルテミス王国の地下ですでに沈黙していたことを。
「システム強制終了……完勝だな…」
リンが誘導し、ガイがクロヴィスの力を融合させて作り出した「渾身の一撃」を叩き込まれた、暴発寸前の古代遺跡は、「心臓」停止させられていたのだ。
そう、『聖女召喚』を決行するに至ったその予言が的中するまさにその寸前に、あろうことかフライングで解決してしまったのだ。
その結果、隣国ゼノス帝国では奇妙な事態が起きていた。
「……おかしいわ。遺跡の暴走を止めるために祈っているのに、全然手応えがないわ」
止めるべき対象が消失しているのだから、当然である。
聖女サクラの強大な魔力は行き場を失った。
本来、聖女の祈りの力は「純白」だが、出口を失ったその力が、粘り気のある欲望と交わり薄い桃色に濁りを帯びて聖女のなかに蓄積されていく。
そして彼女の深層心理――「チヤホヤされたい」という欲求と混ざり合い、その結果、周囲の男たちを狂わせる「魅了」のバグへと変質し始めたのである。
初めは目立たないささやかなものであったかもしれない。
しかし、次第に高位貴族の、それも時代を担うと期待されたはずの子息たちに明らかな異変をもたらしはじめた。
その事に、いち早く気がついたのは帝国騎士団を預かるゼーレマン家との婚約を整えていたセレスティーナであった。
いつも理知的な彼女の婚約者が、盲目的に聖女を支持し始めたことに苦言を呈したところ、普段では想像が付かないほど激昂したのだ。
おかしいと思い、他の、高位貴族を許嫁に持つ令嬢たちにそれとなく探りをいれると、そのうちの何人かに、やはり同じような異変が起きていることが確認された。
……「何が、起きているの……」
恋愛感情は無かった。しかし、親愛はあった。穏やかな絆で結ばれていたはずの彼の急変は、何か恐ろしいことが起こる前兆のように感じられていた。
念のため、と、セレスティーナは便箋を引き寄せた。
杞憂であればそれでいい。それでも万が一に備えて、親愛なる友人へ一通の手紙をしたためた。
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さて、王都の目抜き通りから一本入った静謐な貴族街の入り口にある、蔦に覆われた重厚なレンガ造りの建物。
招かれた者のみがその扉を叩くことができると言う、アンティークショップ『星屑の天球儀』である。
店内に並ぶのは一級品の高級アンティーク。どれも一筋縄では手に入らない貴重な品だ。
まるで美術館の展示品のように絢爛に飾られており、いかにも上級貴族の娯楽のための店だが、その実態はヴァランシエール侯爵家の長女エレオノーラが、自身の美しすぎる妹、リリアーヌを保護するために私財を投じて設立した非公式精鋭組織――『天球の灯』の拠点である。
その『星屑の天球儀』の地下にある、『天球の灯』にて、一通の手紙に目を落とし、エレオノーラが冷ややかな笑みを浮かべていた。
「隣国の聖女様、ずいぶんと『はしたない』魔力を振りまいているようですわね。クロヴィス殿下が留学先で毒されては、我が国の損失ですわ」
そして、目の前で報酬の明細を眺めていたリンとガイに視線を向けた。
「というわけで、ご留学される王太子殿下クロヴィス様の護衛として同行しなさい。……ソフィア、ナディアも同行させます」
稼いだはずの報酬金額と、実際に支払われる報酬金額の差額に、涙目になっていたリンが顔をあげた。
「あいつ、留学なんてするのか?」
部屋の隅に控えていた二人の女性が、花が咲くような微笑みを浮かべて一歩前に出た。
「リン、エレオノーラ様に対しての口のききかたは、よく考えなさいと言いましたよね?」
ソフィアが、まるでお気に入りのおもちゃを嗜めるような慈愛に満ちた声で言う。
「「ひ…!!」」
自分に向けられたわけでもないのに、何故か隣のガイも息を合わせるように、リンと小さく悲鳴を上げた。
「分かっているじゃない。ガイ、あなたもよ?」
ナディアも、穏やかながらも一切の反論を許さないトーンで後に続いた。
「ひぃぃ、とばっちり!!」
先ほどの明細書の内容とは別の意味で涙目になるガイと抱き合いながらリンはささやかに抵抗する。
「いや、だって、唐突すぎるだろ…!」
エレオノーラは「いいわ」とソフィアとナディアを軽く制したあと、並の騎士なら震え上がるだろう威厳をもって粛々と告げた。
「一週間後、殿下は国際交流を目的とした短期留学をなさいます。そして、その留学先の国の友人から、私宛に何やら『お金の匂い』のする切実な相談が届きました。理由は以上です、詳細は追って通達いたします。よろしいかしら?」
「ワンブレスかよ…。いや、……待て待て、納得いかねぇ!」
リンが、差っ引かれた報酬明細を握りしめたまま叫んだ。
「そもそも『天球の灯』は、リリアーヌお嬢様を護るための組織だろ? 殿下の護衛なんかお嬢様の指先一本にも関係ねぇじゃないか。これはギルドの仕事の範疇外だ!」
ガイもここぞとばかりに援護射撃を送る。
「そうだよ! 留学するのは殿下で、お嬢様はこっちの学園に残るんだろ? だったら俺たちが護るべきは、ここにいるお嬢様であって、隣国の王子様じゃないはずだ!」
二人の「正論」に、エレオノーラは扇子をパチンと閉じ、底冷えのするような微笑みを向けた。
「あら、意外と記憶力がよろしいのね。ええ、その通りですわ。この組織はリリアーヌを不浄なものから遠ざけるために存在しています」
「だろ!? だったら――」
「ですが、考えてもごらんなさい。クロヴィス様に何かあって我が国に混乱がもたらされたら、リリアーヌの平穏がどうなるのか。それは立派な『一大事』だとは思いませんこと?」
「それは、『リリアーヌ様の』じゃなくて『全国民』の一大事だ、お姉様。」
「規模が小さいよ、お姉様」
「お黙りなさい。リリアーヌの生きる世界を美しく保つための必要措置です。……何か、文句あるかしら?」
扇子を閉じるわずかな音が、処刑台のギロチンが落ちる音のように二人の鼓膜に響いた。
「「………アリマセン…」」
二人は一瞬で沈黙した。
「妹のため」という大義名分を広義に、あまりに広義に解釈させれば、この美しき暴君に勝てる者などこの世にいないのだ。
「分かればよろしい。……ソフィア、ナディア。連れて行きなさい」
「承知いたしました、王族の護衛として恥ずかしくないよう、しかるべき所作を叩き込んでおきます」
主人の言うことに、何の疑問があろうか。優秀な2人の女性は花の綻ぶような華やかな笑顔で、楚々と命令を受け入れた。
「……あの、お姉さんたち。俺らだけでも十分やっていけるって」
「そうだよ。ソフィアもナディアも、お店が忙しいでしょ?」
二人が精一杯の抵抗を試みる。
ソフィアはふんわりとリンの頬に手を添えた。
「あら、リン。誰に口を利いているのかしら?」
「…………すみません、ソフィアさん」
ガイの首筋にナディアがそっと触れる。その指先が、急所を正確に把握しているような冷ややかさを帯びていることに気づき、反射的に震える。
「ガイ。あなたの襟、また曲がっているわよ。……直してあげるから、じっとしていて」
「…………はい、ナディアさん」
それだけで、最強の魔導士コンビが、まるで借りてきた猫のように大人しくなる。
二人にとって、暴力や魔力で押してくる敵は何ら怖くない。
だが、日頃から自分たちの面倒を見、正論と優しさで包み込んでくる彼女たちには、本能的に頭が上がらないのだ。
内心で複雑な吐息をつきながら、二人は揃って天井を見上げた。




