観測者
視界が、白く弾けた。
足元の感触が変わる。
硬い石ではない。
ざらついた土と、湿った空気。
気づいた時には、
俺は一人で立っていた。
周囲に壁はない。
天井もない。
歪んだ地形。
静かすぎる空間。
――個人試験。
そう理解するより先に、
視界の端で“流れ”を捉えた。
人や魔物の輪郭の内側を巡る、
淡い光の筋。
太さ。
速さ。
向き。
それぞれが違い、
絡まり、
離れ、
また集まっていく。
講堂で見えていたものと同じだ。
生きた存在の内側を巡る、魔力の流れ。
ここでは、それが
より生々しく見えていた。
そのとき、
左手首に微かな振動が走った。
細いバンドが、
いつの間にか装着されている。
金属でも、革でもない。
触れているはずなのに、
感触だけが曖昧だ。
試験用の装置。
そう理解するしかなかった。
バンドが淡く光り、
直接、頭の内側に声が届く。
「個人試験を開始する」
無機質な音声。
「自由に行動しろ。
三十分後まで生存していれば、合格とする」
それだけだった。
補足はない。
注意もない。
……生存。
条件は、最初からそれだけだ。
一歩、前に出る。
そのとき、
視界の端で、
遠方の魔力の運用が、奇妙な様子を見せた。
一点に定まらず、
広がるように動き、
しかも、揃っていない。
嫌な感覚が、
胸の奥に残る。
一見、安定している地面。
だが――
この場所で、
あの使い方をされたらまずい。
俺は、足を止めた。
直後、
思考の奥にあの“圧”が割り込んでくる。
感情を削ぎ落とした声。
――通達。
――神は、お前に能力を与えている。
――魔力の流れを可視化し、
その流れ方・集束の仕方・変化の兆候から、
次に使われる魔術系統を推測する能力だ。
一拍。
――それは、人類の魔術運用を観測し、
記録として提出するためのものだ。
さらに一拍。
――その役割は、すでに開始されている。
圧が引き、
世界の音が戻る。
……理解した。
さっき見えた、あの運用。
一点に絞れず、
広がり、
揃っていなかった動き。
あれは、
広域に影響する魔術。
出力は高く、
制御が甘い。
この地形では――
持たない。
未来が見えたわけじゃない。
今、
何が起きようとしているかが、
分かっただけだ。
そして――
それで十分だった。
先ほどの方位から、爆音。
制御を失った出力が、
そのまま地形を破壊したのだろう。
魔力の運用が途切れ、
結果だけが残る。
……だから、落ちた。
姿は見えていない。
だが、結果だけは分かる。
少し離れた場所で、
別の魔力の動きが、はっきりと立ち上がる。
来る。
魔物だ。
犬に似た四足の獣。
輪郭が、魔力で揺れている。
距離を測る。
だが、
それ以上、踏み込んでこない。
見えない鎖に、繋がれているように。
戦闘は起きていない。
接触もしていない。
時間が流れる。
十分。
十五分。
爆音。
崩落。
悲鳴。
あちこちで、
無理な魔力運用が始まっているのが見えた。
二十分を過ぎた頃、
状況が変わる。
同じ場所に留まり続けること自体が、
リスクになり始めた。
足元に、
細い亀裂。
半歩、右。
無理な魔力運用が、
まだ重なっていない位置へ。
それだけで、
崩落の連鎖から外れた。
三十分。
バンドが短く振動する。
「個人試験、終了」
視界が歪み、
白い講堂に戻されていた。
立っている受験者は、
最初に比べれば、明らかに減っていた。
試験官たちの視線が、
生き残った者をなぞる。
俺を見る目だけが、
少し違った。
「……何もしていないな」
「そうだな。
だが、判断力は優れている」
評価は、それだけだった。
魔物は倒していない。
戦果もない。
それでも、
俺はここに立っている。
周囲の受験者の視線が、
一斉に集まる。
困惑。
苛立ち。
納得のいかない顔。
――なぜ、こいつが。
だが、
試験官たちは、俺を落とさなかった。
試験官が告げる。
「次は、グループ試験だ」
ざわめきが起きる。
一人でいれば、
見えた事実だけを拾えた。
だが――
他人が絡めば、
判断は増える。
俺は、
そのことを理解したまま、
静かに立っていた。




