死んだら、契約だった
「お前は死んだ」
そう告げられた瞬間、俺はまだ知らなかった。
これから、
“生き残れば天国、間違えれば即死”という任務が始まることを。
◆
俺は、ただ言葉を失った。
それなのに、
何を言えばいいのか、分からなかった。
目の前には、男が立っている。
特別な服装でもない。
威圧感も、神々しさもない。
役所にいそうな、ごく普通の男だった。
「……死んだ?」
自分の口から出た声を聞いて、
ようやく少しだけ落ち着く。
「事故だ。珍しくもない」
男は淡々と答えた。
感情の起伏は、どこにも見えない。
周囲を見渡す。
白い空間。
壁も天井もあるはずなのに、
距離感だけが曖昧で、輪郭が定まらない。
それでも、
足は地面についている。
体の重さも、感覚も、確かにあった。
俺は、自分の手を見る。
形は、元のままだ。
生きていた頃と、何も変わらない。
「……もしかして、神様ですか?」
男は一瞬だけ視線を外した。
何かを確認するような、短い間。
「そう認識して構わない」
誇張もない。
ただ事実を読み上げるだけの声だった。
「説明する。簡潔に」
空気が、わずかに変わる。
「お前は、別の世界へ送られる」
一拍。
「人類側の魔術学園に入り、
卒業まで生存しろ」
唐突すぎて、理解が追いつかない。
「卒業できた場合、
天国への移行を許可する」
天国。
救済。
安息。
そんな言葉が、遅れて頭に浮かぶ。
だが、男の声は続いた。
「卒業できなかった場合――
お前は“次に回される”」
それ以上の説明はなかった。
「……俺に、選択肢は?」
男は答えなかった。
ただ、そこに立っている。
「……俺は、何なんですか?」
自分でも驚くほど、
素直な問いだった。
男は、わずかに間を置いてから答える。
「一時的な観測用個体だ」
個体。
人ではなく、
物のように扱う呼び方に、
胸の奥がざらついた。
「立場を誤れば、
個体としての機能が失われる」
淡々と、付け足される。
「そういう“仕様”だ」
その言葉で、
俺は初めて理解した。
――助けられたんじゃない。
――使われるんだ。
その時だった。
視界の端に、違和感が走る。
指先の内側を、
淡い光の筋が通っていた。
瞬きをしても、消えない。
指を動かすと、
光は一瞬遅れて追従する。
――遅れて?
まるで、
俺の動きを確認してから、
記録しているみたいに。
これは空間に浮かんでいるものじゃない。
この身体を通っている。
だが、俺のものじゃない。
視線を上げる。
男の輪郭の内側にも、
同じ流れが見えた。
ただし、密度が違う。
俺より、ずっと整っている。
「……今、俺に見えているこれは?」
問いかけると、
男は俺を見ずに答えた。
「付与処理は完了している」
「内容の理解は、
契約成立の条件に含まれない」
説明は、そこで終わりだった。
「生存期間中は、
別の管理者が割り当てられる」
一拍。
「魔族側を統括する存在だ」
「通称――魔王」
その名を聞いた瞬間、
胸の奥が、嫌な形で沈んだ。
理由は分からない。
ただ、感覚だけが拒否している。
視界が、大きく揺れる。
足元が消え、
世界が裏返る。
意識が引き剥がされる直前、
どこか歪んだ無機質な声が重なった。
「――観測対象、特定。
引き継ぎ、問題ない」
その言葉と同時に、
俺は、人類最強の魔術学園へ送られた。
生き残れば天国。
間違えれば、即死。
――まだ、自分が
どれほど不利な条件を背負わされているのかも知らずに。




