第五幕 対岸を渡る勢い
特に今回は短いですけど、書きかけのやつをそれっぽく完成させただけです。
年明けまで作り切れなかったみたいですね。気があれば今年の末に続けるかもしれません。
* やれたらやる
特に言っておくが、私は経験者であり書き手だ。この等号で結ばれるうちの後者の意見として、前回がちょっとテーマも展開も豪華なのを選んじゃったと思っている。あとは先週の金曜日が最後だった今年の課題についても話しておこうと思う。一応この文章の中でも、書かなければというものが溜まっているのだ。フィナーレなどあればいいが、つけを清算するのはどこでも同じなのだ。
ウェブでフォームに答えたり、レポートを提出したりするので期限はきっかり当日11時59分とその端を書き足して土曜の頭に触れない範囲。
結局私は11時頃まで、だらだらとフォームに加筆し続けていた。そのタブを開いたまま、二幕で書いた飲料容器のデザインの計算とレポートの内容を確認していた。結局という言葉がいつも頭について、その状況には結局頭を掻いているのだった。
そういえばこのファイル立ち上げたのって、私じゃないよね。でもまだ編集できるってことは、ってことは、これまだ提出されてないよね。
もう書き終わってるけど?!今11時30分ですよ!
私はスマホで班のグループにメッセージを送ってみた。特に意味もなくキーボードの上で指を動かしたり、別のタブを見たり、他の提出済み課題を眺めたりした。時間がないのに班員(仲間?)のメッセージが届くまで、私は何もできなかった。
しばらくして、ファイルの持ち主ではないが一人返事をした。とにかく提出されてないことだけが確認され、時間とともに焦りだけが増した。期限の壁が見え始めた。数歩退いて眺めれば、散り散りにどこかでこの時を共にする同学年の意思がいくつも燃えているのを感じた。きっといるはずだ。
「出します」
44分。メッセージが届き、ファイルのタブを見ると安堵した。終わった。グループにおつかれを告げて、眠気も流れてきた。
間に合ったと言うには危なげない時刻であることは分かっている。ただ、このように師ではないが走り、空と擦れて燃える私達の姿を思い出すことはあるのだろうか。私の金曜日はそんなだった。
こうしてちょっと一息ついて視野が拡がると色が褪せる。私が今年、この小汚い机で作業するのもあとどれくらいだろうか。このプリントとかいつのだよ。無駄に愛着の湧いた何者でもない何か。私は”ごみ”と名付けたことでその価値をなかったことにするのがなんとなく嫌いだ。
多分学校が終わった頃に片付けするだろうか。ただ人生という当人からしたら美しい不可逆変化に働きかける気概はないのだ。年末らしい言い訳だと思う。ただ成り立つ論理に寄り掛かるのはとても心地が良いもの。ではまた第六幕で。
確かに"第六幕で"とか言ってるけど、気にしないで。




