第一幕 臥して窓越しに空を眺む
一日は月曜日で快天に手が届くような調子で学校へ行くのだった。
まあここでは、できるだけ私の語りそのままを描いているというつもりだから、ここは…もっと崩してお届けできてもいいねということだ。つまりメタで現実のことを言うと私は今、8日にこれを書いている。だからこの場面は飛ばしたいのだ。そう、幕はじめは臥してとあるように一週間もウイルスに侵された私は、こんなものを書き進める余裕なし。だからリアルタイムで書いていくためには、ここはぱぱっとね。勉強もしたいし。
一日の夜からなんだけど兄弟三人そろって熱が出てたんだ。もうこの時点で苦しかった。火曜日を、輝き収まらぬ師走の二日目から休むなんてのはさすがに嫌だったんだが。
さらに私の気がかりはまだまだあるもんで、冬に入り学校生活といえばのこの時期に全学年平等に課される試練がある。いつもそうだ。私はどちらかといえば走れない人間なのだ。
持久走。そして代走。
私にとってそれは、私の運動能力を磨くものではない。精神、根性、自分との戦いでもあり、ある意味その必死さは日常をドラマチックにする痛烈なスパイスだった。中学校三年間、さまざまなストーリーが生まれ、必死の思いでもぎ取ったタイム、成績があった。年明けて、一月の日々に繰り広げられる痛みと苦しみのサイクル。少ない友達も同じような境遇だったろうが。
あれは四回走る内の最後、金曜日の朝一、一校時の日も上がりきらぬ寒さの中には、トラックへと向かう数々の悲痛かあるいは鼓舞しようという叫びが隙間なく時を満たしていた。
二周目、三周目と走っていると、すぐ先の痛みへの不安と今日で最後なんだという歓喜の兆しが激しくぶつかり合う。息が苦しくなって、胸が痛くなって、口の中は渇いていく、目の前は闇。見上げた空は朝より時を経て、清々しさには足りない曇天を透かしたかすかな青空がのぞいている。その青を目に焼き付けてトラックの砂を、かわいた音を立てながら踏みしめていく。
六周目、七周目と走り、涙が先走りそうになる。少しずつ息が整ってくる幻に遊ばれつつも、なんとか進み続けていた。
それは九周目の前半、見上げた景色に顔を合わせて心を震わせずにはいられないのだった。時が満ち、私が苦しんでいる間には、空の雲も払われ散って消える。あまりの清々しい空色、この圧倒的な青を目に入れて、流れる涙さえ愛くるしい。心の内で”なんて美しい世界だったのか”とつぶやき、それまでの全てが調和する。呼吸が整う。最後の一周だ。泣いても笑っても最後。体育だって内申点は努力に嘘をつかないはずだ。どんなに苦しくても、Bをとって笑おう。10分台を切って、この青空の祝福に応えよう。私は走りきった。
毎年、これでもまだうまく受け入れられないのが持久走である。高校に入っても、結局三年間走ることは雰囲気からして確約されたし、私はこれからも走るのだ。
んでその持久走なんだけど、なんと一人四回は確実に走ってもらわなければならないらしくて、休むと年明けの一月に代走があるらしいんだよ。これが困ったもんで、今週は一回分休んだから早速この一年に未練を残してこれを越すことになったんだけど、災難なんてもんじゃないよね。
まあこれは持久走の話だから、病気してたときの話じゃなくなっちゃったけど。
日記なのにいきなり昔のこと主体で書いてるけどって思った。




