表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/20

エックスカレースティックの破片が目覚めた

深夜。魔導車が林間の空き地に停車していた。車内の灯りは薄暗く、スミレは後部倉庫でひび割れた収納棚を修理していた。

炊き込みご飯の鍋はすでに片付けられ、テーブルも綺麗に拭かれていた。ノアはその隣で魔法文の詠唱練習に没頭している。

空気にはまだ微かに肉の香りが残っているが、誰も口を開かなかった。


スミレの手の甲に切り傷ができた。落ちた鍋の破片の角で傷ついたのだ。

彼女は小さく息を呑み、エプロンで手を拭った。その際、数滴の血が収納棚の下段、木板の隙間に落ちたことに気づいていなかった。


そこには聖剣の破片が隠されていた——アイラから奪った、古い布に包まれた金属の裂片である。

血の珠が裂け目に染み込む。


次の瞬間、空気が凍りついた。


スミレの瞳孔が激しく縮まり、体が瞬時に硬直する。

金属が激しく震え、聖剣の破片が断続的に振動した。まるで、もがいているかのようだった。

火花も爆発もない。ただ、意識が裂かれる感覚だけがあった。


スミレはその場に尻もちをつき、視界が歪んだ。

彼女は「見る」のではなく、「見させられて」いた。


——第一人称視点。刃が振り下ろされ、血が飛び散る。

——軍の天幕の中。年老いた勇者が王命を拒否し、次の瞬間、魔導の断頭装置によって切り裂かれる。

——整列した騎士団が空虚な葬礼壇の前に立つ。王子が聖剣を掲げ、「忠義は果たされた」と宣言する。

——白髪の老兵が懇願しても無視され、魂エネルギー処理炉に投げ込まれる。

——すべての勇者が退役から七日以内に「安らかな死」を迎えるとされ、告知には「魂は光へ帰る」と書かれていた。


スミレは苦しげに息をしながら立ち上がったが、体の震えは止められなかった。

破片についた血は消えていたが、それは微かに熱を帯びていた。まるで何かを呼び起こそうとしているかのように。


異変に気づいたノアが顔を向けた。「あの破片に触れたのか?」


スミレは答えず、青ざめた顔で工具箱の縁を掴んでいた。

「何を見た?」ノアが一歩近づく。


彼女はかすれ声で言った。「これは、残しておくべきじゃない」


「だが、それは元々お前のものだ」


「私のじゃない」スミレの声が震える。「彼らが、私に押し付けた」


スミレが再びその破片に触れた瞬間、体温が急上昇する。

聖剣の破片は彼女の気配に反応したようで、裂け目から淡い青い光がにじみ出た。


映像が、再び脳内に流れ込んでくる。


——少年の勇者が王城の階段の前で倒れ、腹を裂かれて体内の魔核を取り出される。

——少女の勇者が白い寝台に横たわり、薬剤を注射された後、瞳が虚ろになり、王族の司祭が小声で「回収完了」と告げる。

——王位継承式にて、中年の勇者が舞い上がり反論しようとした瞬間、システムが言語モジュールを強制停止。

——塔の屋上。年老いた勇者が「栄光の退役」式の後、魔力のない虚空に突き落とされる。


どの光景も飾り気がなく、感情の演出もない。

ただ、そこに「ある」だけだった。


堇は両手で頭を抱え、爪を髪の根元に食い込ませながら、身体を激しく震わせていた。

キッチンの片側では、まだ火が消えておらず、夜食の準備をしようとしていた鍋の中の油が過熱し、誰も見ていなかったため、一気に炎が立ち昇った。

火は鍋の底から立ち上がり、木製の天井を舐めた。堇は気づかず、記憶の共鳴に囚われたままだった。


ノアは火元へと駆け寄り、炎を消し止めようとしたが、半秒遅れた。

油鍋が爆発し、衝撃波が側壁を破裂させ、魔導車全体が揺れ、一つの爆音とともに側面が吹き飛んだ。

火光の中、堇は隅に座り、虚ろな目をしていた。


ノアは彼女を火の中から引き出しながら、名を呼び、水の魔法で火を抑えた。

やがて、堇はかすかに口を開いた。

「……みんな死んだ。はっきり覚えてる。あの言葉を信じたの」


ノアは戸惑った。「どの言葉だ?」


堇は顔を上げ、か細いがはっきりとした声で言った。

「『使命を果たせば、無事に故郷へ帰れる』って」


ノアは沈黙した。

その言葉は、王国のあらゆる勇者像の台座に刻まれているものだった。

彼は初めて、それがこれほど滑稽に思えた。


煙は消え、ボイラーの残骸の中ではまだ火が燻っていた。車体は二つに裂け、キッチンは崩壊し、食器、薬瓶、砕けた魔晶石が床に散らばっていた。

堇は瓦礫の端に座り、右手は血に染まり、左手には半分焼けた聖剣の破片を抱えていた。

その視線は焦点を失い、額には一筋の冷や汗が垂れ、まるで炎の中から這い出てきたばかりのようでもあり、過去の夢から目覚めたばかりのようでもあった。


ノアは彼女の前に立っていた。

彼は何も言わず、ただ彼女の顔を見つめていた。


しばらくして、堇は低く口を開いた。

「これが何か、わかってる」


「何を指してる?」ノアは視線を外さない。


「これよ」

彼女は破片を差し出し、冷たい声で言った。

「これは『エクスカリバー』の柄の部分。そこに埋め込まれていたのは聖属性じゃなくて、精神防御層だった」


ノアは破片を受け取り、そっと回した。

そこに残された魔力の律動を感じた。それは以前、聖剣と共鳴したものとはまったく異なる。

そこに封じられていたのは——記憶だった。


「十年前、私は勇者後方支援隊の副指揮官として、あの『退役粛清』に参加した」


ノアは目を細めたが、口を挟まなかった。


「当時の司令官はレアン・カヴィル。私の戦友だった。任務コードは『サンセット』——最初の退役勇者たちを『安全に』王都の境界まで護送すること」


彼女の声に感情の揺れはなかったが、指先は剣の破片の縁を何度もなぞっていた。不安と戦うように。


「途中で車列が突然止まった。私は王室からの緊急命令を受けた。指令等級一:抹消。理由は『魔力異常が外部に漏れる可能性』。私は聞き返した。『彼はただ負傷してるだけよ』って。返答はこうだった。『なら、処理しろ』」


堇は顔を上げ、ノアの目を見つめた。

その瞳には、初めて痛みが宿っていた。


「あの日、私はレアンの首を斬り落とし、監察官に渡した。そのとき彼は言ったの。『王命の実行、速いな』って」


ノアは応えなかった。

彼はただ、破片を静かに合わせ、自分の懐にしまった。


堇は数秒沈黙し、続けた。

「私は追放されたんじゃない。自分で去ったの。その一太刀で、私はもう人間じゃなくなった。残ったのは、肉を切る手だけ」


その声には詰まりも、高ぶりもなかった。

ただの事実を述べるように。

まるで鍋の前で調味料の分量を繰り返すときのように。冷静で、正確だった。


ノアは静かに尋ねた。

「レアンの最期の言葉、覚えてるか?」


堇は目を閉じた。

「『お前が斬られる日が来るなら、せめて一太刀で頼む』って」


二人とも、もう何も言わなかった。


風が、破壊された食堂車の残骸を吹き抜け、血に染まったテーブルクロスをめくり上げた。

かつて料理が作られたその場所は、今や無言の裁きの場と化していた。


堇は俯き、ゆっくりと立ち上がった。

「今日から、私はもう王命に従わない」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ