第六話「抜刀!無明斬大悟!」
日曜日───
俺はそのかの入会カルテを眺めていた。
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【名前】 三門 そのか
【年齢】 16歳
【レベル】 Lv.20
【魔法適性】 E-
【力量補正】 D+
【身体素質】 C
【精神強度】 D+
【速度補正】 D
【スタミナ】 C
【魔法】
なし
【スキル】
忍耐 身体強化初級
【潜在ランク】
D
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ふむふむ……この年齢の平均レベルは25くらいだけど少し低いな。
身体能力は一般並みで魔法適正はほぼないに等しいE-か。
ということは弱いけど戦士系に分類されるわけだ。
じゃああんまり剣術的なものは教えない方がいいな。努力しすぎて優秀になられちゃ困る。
もっと唯心論的なものを吹き込んでやろう。
にしても……落第ってどうやったら落第判定になるんだ?
ランクで見たらすでに成績は悪いけど……テストとかが必要かな?
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一方その頃、神無社──本堂。
そのかは一人、大太刀を前に座禅を組み瞑想していた。
しかしその姿勢は少し変わったものだった。
地べたに胡坐をかぐわけでもなく、正座でもない。
椅子の上で片足は胡坐、もう片足は普通におろし、
両手は膝の上で手のひらを上に向けていた。
完全に将軍である……
この姿勢には正式名称があり、半跏踏下といい
人々を苦しみから救い、悟りの世界へ導く菩薩の瞑想の姿らしい。
そんなことはどうでもいい。
ただかっこいいし特別感を演じられるから教えたのだ。
教えられた瞑想をいくらやっても太刀の意思を感じられないので、
そのかは、静かに目を開け、深く息を吐いた。
「……もう一度だけ」
小さく、自分に言い聞かせるように呟きながら、古びた太刀へと手を伸ばす。
何度も抜こうとしてはびくともしない太刀。
だが、それでも、あきらめる気にはなれなかった。
今度は力任せではなく、祈るように。
心の奥底から、強く、まっすぐに願いを込める。
──ギリ……ガリッ。
錆びた鍔を握ったそのかの手に、痛みが走る。
かさついた柄が彼女の指を裂き、じわりと赤がにじんだ。
その一滴が、太刀へと伝い、鋼に触れる。
刹那。
眩い閃光がそのかを包み込む。
「……っ!」
気づけばそこは、果てしなく広がる純白の空間だった。
上下も、距離も、時間の感覚すらも曖昧な空間。
ただ、目の前に――
あの太刀が、宙に浮かんでいた。
今までと同じく無骨に錆びついていたが、微かに光を放ち、静かに存在していた。
そのかがまだ状況を整理しきれないでいた。しかし、空間に低く響く声がする。
「──問おう。汝が、吾の主か」
どこからともなく、しかし確かに、太刀から発せられている。
「……え?」
「問おう。汝が、吾の主か」
同じ問いが、再び響く。
「あなたは……誰?」
「吾は、主を待つモノなり、
遥か昔、吾が主はこの身に力を託し、この社に遺した。
主の名も、姿も、今はもう思い出せぬ。
吾はただ、主を待ち続けていた。
そして今、汝の血に呼ばれた。」
太刀の言葉には、憂いと、期待があった。
そのかは、じっと太刀を見つめ返す。
先生は言っていた。この太刀の継承は、もう途絶えようとしていると。
ならば──
「……だったら、私が継ぐよ。
私が、あなたの新しい主になる」
「では汝の信念、吾が仕える資格を述べよ。」
そのかは、しっかりと胸に手を当てた。
「私は強くなりたい。でも、ただ強いだけじゃない。
この世界で、不公平や、弱い人が泣いてるのを放っておきたくない。
力を持ったら、それを正しく使える人になりたい。
……それが、私の信念、私の“なりたい未来”なの!」
静寂が、降りる。
次の瞬間、太刀が柔らかく脈動した。
まるで、感情を持っているかのように。
「──よかろう。我が名は……『無明斬大悟』」
「汝の意志、我が刃に刻まれたり。これより、汝の刃は物理を越え、概念をも断つ。
断ち切るは過去、未来、定め、迷い――ただ強き意志をもって、真を切り開け!」
太刀が、燦然と光を放った。
そのかの身体に、柔らかくも確かな光が流れ込んでいく。
それは――祝福の光だった。
意識が現実に戻り、そのかは自分の手の中にある大太刀を見つめる。
朽ちていた太刀はその姿を変え、鞘はまるで漆黒の宇宙に星々がきらめくような漆塗となり、
柄は同じくきらめく繊維で糸巻きになっていた。
錆びついていた鍔と鎺下は銀に輝き、
いつの間にか抜けていた薄い青紫色の刀身は名刀だと言わんばかりに鋭い光と威圧感を放つ。
自分の身長を優に超えるその刃が、さっきとはまるで別物のように輝いている。
「……これが、あなたの本当の姿……」
そのかは思わず、呟いた。
恐れはなかった。
ただ、胸の奥から込み上げる感情――それは、喜びと、誓いだった。
絶対に……絶対に、この力を、誰かを守るために使う
この力を与えくれた先生はすごいお方だ。必ず誇りになれるよう頑張る!
強く、真っ直ぐな瞳が、刀と重なる。
その瞬間、刀の内に宿る光が、そっと震えるように輝いた。
そのかはふと何かに気が付き、ステータスを開く。
そこには祝福の欄が追加されていた。
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【祝福/バフ】
・無明斬大悟:
自身の信念に従って行動している限り、意志の強さに応じてレベルと精神強度が上がる。
信念が揺らぎ、自らの意志に背いた瞬間、すべての上昇効果を喪失する。
ランクは初期状態にまで転落。
この祝福を得た者は、信念を刃として具現化あるいは武器にまとわせることができる。
物理では届かない信念や精神への直接攻撃が可能。
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――継承は完了した。
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神無社の入口、昼食を食べに出かけようとしていた与田は、のんびりと靴を履いていた。
「腹減ったなー。そのかを連れっ……いや、こんなちんけな謝礼でうちの最大の『継承』を与えたんだ。
飯くらいは自己責任で持ってきてもらわないと。」
「あいつまだ瞑想してそうだし、こっそり山降りて一人でどっか食べに行くか。」
山道を下り始めた与田の足取りは、どこまでも軽かった。
もちろん彼は、知らなかった。
──まさか、自分がテキトーにでっちあげた「継承」が、
本当にあっただなんて。