第五話「指導!嘘出鱈目の継承!」
神無社──夜
ひとまず寝床の布団をセットして、俺はスマホを取り出した。
この世界のスマホは、科学と魔法技術が融合した代物だ。
二〇世紀初頭に地球では頓挫したウォーデンクリフタワー計画――それがこの世界では実現している。
空中からフリーエネルギーが送られ、電波はどんな山奥でも途切れず、充電も不要。
つまり、電池切れも圏外も、心配する必要がない。
スマホのロックを解除すると、通知が一件入っていた。
──今日昼過ぎのいじめの件のあと、連絡先を交換した少女からだ。
三門そのか。
まだ、ほんの子供みたいな顔をしているくせに、
必死で強くなろうとしている、いじらしいガキ。
俺のランクアップのための塾生候補だ。
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【そのか】
改めて……こんにちは!
三門そのかっていいます。
星見ヶ丘女子高等学校の新入生です。
今日は本当にありがとうございました。
ご指導していただけるとのことでしたが、
あたしの覚醒判定はほぼDで
魔法適正はE-でした…
けど身体素質とスタミナはCです!
本気で頑張りますので、
よろしくお願いしますっ!
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俺は画面を見ながら、ふっと小さく笑った。
……こいつ、本当にまっすぐだな。
落第者養成、という本音は置いといて──
ちょっと、育てがいはありそうだ。
指を滑らせて、返信を打つ。
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【与田】
いい覚悟だ。
今週の土曜日、時間を作ろう。
午前九時に星見山西側ふもとのデパート前で待ち合わせだ。
私の道場に案内しよう。
動きやすい服装で来なさい。
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送信ボタンを押し、ポケットにスマホを押し込む。
俺は立ち上がり、
神無社の瓦屋根越しに見える夜空を見上げた。
「さて、土曜日は面白くなりそうだな」
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──土曜日。
青年と少女が草をかき分け、山道を進む。
後ろを歩く少女は、緊張しながらも、どこか楽しそうだった。
指導してもらえることが、心の底から嬉しいのだろう。
その無防備な顔を、俺はちらりと見やる。
……さて、どうやってデタラメを吹き込んでやろうか。
「誰でも覚醒できる特別な修行(ピー音が入るやつ)を伝授してやる」とか、
「最強の俺のエキスを摂取したら覚醒できる」とか。
考えれば考えるほど、ろくでもないワードしか浮かんでこない。
いやいや、何を考えてるんだ俺は。相手はまだまだ育ってないガキんちょだぞ。
それに、さすがに怪しまれる。
頭を振って思考を断ち切った――そのときだった。
――ガサガサッ。
茂みが激しく揺れる音。
「っ……!」
そのかが肩を震わせる。
茂みの中から、黒い影が滑り出た。
蛇型の魔物。
体長は約3メートル。
赤黒く光る鱗。
鋭く裂けた口元から、毒の気配が漂う。
その魔物は、カッと目を見開き、
鎌首をもたげながら、低く威嚇音を漏らした。
蛇型か……
俺は冷静に分析する。
この模様、ヤマカガシの変異種だな。毒が厄介だが、まだ幼体か。
……この山にこんなのがいたのか。小さい頃に遭わなくてよかった。
そのかは完全に怯えきり、俺の背中にしがみつきそうになっていた。
俺は、静かに魔力を練る。
まず――蛇に対して幻術をかける。
「俺たちはすでに逃げ去った」
そう思い込ませる、強力な錯覚。
蛇の目が一瞬、虚ろに泳ぎ、
こちらを認識できなくなったかのように地面を這い回り始めた。
そして、逃げた獲物を追うように再び茂みに突き進んでいく。
蛇に幻術をかけると同時に、俺はそのかにも幻術を施した。
蛇の魔物が、20メートルを超える巨体に膨れ上がったように見える幻。
赤黒い胴体が空を覆い、
裂けた口から、黒煙のような毒霧が渦を巻き上げる。
そのかは、顔から血の気が引き、
硬直したまま見上げていた。
──さぁ、ショータイムだ。
俺は右手を掲げ、空気中の魔力を凝縮する。
そのかの目には、
俺が天空に裂け目を入れ、その中から稲妻走る太刀を引き抜いたように映っていた。
俺は太刀を振り下ろす。
無双の一太刀!
雷をまとった一太刀...元ネタは某雷神だ。
初めて見た時は目ん玉が出そうになったもんだ。
さすがに原作同様に胸から刀を抜くのは男の俺がやっても誰も得しないからやらない。
その一太刀は蛇型魔物を切り裂き、その後、無数の斬撃を生じ、
巨大蛇の全身を木端微塵に打ち砕いた。
魔物は灰となって舞い、風に溶ける。
世界が、一瞬だけ静寂に包まれた。
「……!」
そのかは、完全に呆然と立ち尽くしていた。
俺は振り返って、手招きする。
「行くぞ」
それだけ言って、再び歩き出す。
完璧!これは最高にキマっただろ
「……すごい、すごいです先生!」
少女は慌てて俺の後ろを追った。
山道をさらに登る。
やがて、目指す神社跡――神無社が見えてきた。
ボロボロに荒れた外観に、
そのかの素直な目の中には歴史に震える感動があふれてくる。
たかが古びた神社なのにまるで仙人の住処かのように見てるぜ。
俺は庭の岩に腰を下ろし、
そのかを手招きする。
「どんなことをしてみたい?」
「あたし、剣を学びたいです!
先生のあの一撃……あたしも、あんなふうになりたい!……なれますか?」
そのかは、拳をぎゅっと握り締め、まっすぐに俺を見た。
お? やっぱかっこよかったか。
いいだろう……しかし、どう吹き込もうか。
そうだ。ちょうどいいのがあるじゃん。
「よし。なら、とっておきだ。」
本殿の奥へ向かい、
例の朽ちた大太刀を取り出す。
錆とヒビだらけの外見だが、演出には十分だ。
少しばっちいのを我慢して、
俺は神妙な顔でそのかに渡す。
少女は、自分の身長を優に超える大太刀を落とさないよう、大事に抱える。
絵面はかなり異様なものだった。ギャップすごいな。
「この刀の継承は、もう途絶えていてな。お前がこの塾に入会するなら、一番弟子みたいなもんだ。
この太刀を授けよう。それを抜いて、継承を蘇らせてみろ」
それを聞いて、感極まるそのか。柄に手をかける。
ガリ、ガリガリ。
……びくともしない。
錆びつき、固着した太刀は、まるで地面に根を張る木のようだった。
「俺にはわかる。お前になら抜けるはずだ」
一応、そのかを選んだ理由は見せておく。でなきゃ疑われかねぇ。
そのかは、顔を真っ赤にして、必死に太刀を引こうとする。
クク……まあ、しばらくは無理だろうな。
仮に抜けたとしても、どうせ折れていたり刃こぼれしているだろう。
そんな刀で何ができるってんだ。
内心でほくそ笑みながら、俺は立ち上がった。
「……まぁ、しばらく遊ばせてやるか」
何度も力任せに抜くが効果がないとわかると、
そのかは俺に泣きついてきた。
「先生……ほんとに、あたしに抜けるんでしょうか」
必死なそのかの問いかけに、俺は静かに頷く。
「力任せだけじゃ抜けない。
その剣には――意志がある。
心で感じ、剣に己を認めさせることが大事だ」
適当に言った。完全な出鱈目だ。
だが、そのかは目を見開いて、真剣に頷いた。
……ちょろいな。
「時間はある。焦らなくていい。
ここは今日からお前の修行場でもある。毎日来ていい」
「はいっ!」
「ただ、ここは一応塾のつもりだ。謝礼は取らせてもらう。
金額はこうだ。帰ったらご両親に相談しなさい」
俺は用意した料金表を渡す。一般的な相場だ。
もともと実力アップの効果なんざない塾、そこに高額ときたらさすがに通報されちまう。
「あとは入会金をいくら取ろうかな……」
少し素が出て、つぶやいてしまう。
「……え?」
そのかが素で驚いた顔をした。
(しまった。ちょっと胡散臭さが出ちまったか)
俺は咳払いして言い直す。
「入会金として、お堂の掃除を手伝ってもらおうか」
そのかはぱっと顔を明るくして、
「はいっ、よろしくお願いしますっ!」
と、大声で答えた。
危なかった。なんとかこいつをここに留めて、
ランクが上がるまで稼がせてもらうか。
こんなやり取りの片隅で、誰も気づかない――
掃除のためまた神棚に戻された太刀が、一瞬だけ妖艶に光る。