第三話「開塾!神無社!」
俺は教師という名の「詐欺師」になることにした。
就職?
する気はなかった。
誰かに雇われて、誰かに指図されるなんざ、まっぴらだ。
だから、俺は決めた。
「――個人塾でもやるか」
そうと決まれば、拠点探しだ。
とはいえ、俺には心当たりがあった。
子どもの頃――
まだ、この世界での人生を素直に受け入れようとしていた頃。
俺は、よく近所の星見山という山で遊んでいた。
山奥に、誰もいない古びた神社みたいのがあった。
鳥居は傾き、本殿も埃だらけ。
扁額すらもない。
管理者の気配はまったくなかった。
俺は、そこを"秘密基地"にしていた。
……今になって思えば、あの神社は、大学で調査実習で入った歴史型ダンジョンと雰囲気が似ていた。
小さい頃の俺にはなかった知識だ。
「ダンジョン」とは、その名から想像がつくように、モンスターとお宝が眠る場所だ。
分類としては、突然自然発生するタイプ――災害型ダンジョン。
これはいつ、どこでも発生しうる。いきなり塔が立ったり、異空間ゲートができたりする。
中には魔物たちが集まり、都市に出たらかなり厄介なタイプだ。
それとは別に好かれているダンジョンもある。
太古の戦場や滅びた都市が、時を超えて異形の空間として現れるタイプ――歴史型ダンジョン。
これは主にゲート式に発生することが多く、中には希少資源や太古の技術、聖遺物や考古学的に有用なものが発掘されたりする。
しかし、ダンジョンと呼ばれているのだから、守護者的なモンスターや中で生態系を作るモンスターもいて、聖遺物を手に入れるにはやはり攻略が必要。
この世界の歴史は、一度大規模な世界大戦によって大きく断絶している。
そのため、大戦前の歴はほとんど残っていない。
魔法とよく合いそうな神話もろくに残ってない。
誰もが知る英雄譚や宗教神話といったものは、ごく僅かしか語り継がれていない。
その断絶があったからこそ、ダンジョンの存在もまた「神話的存在」ではなく、
「自然災害の一種」として受け入れられていた。
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俺は、久しぶりに山を登った。
あの神社は、昔と変わらず、そこにあった。
本当に不思議なことに、記憶の中にある神社と、何一つ変わっていなかった。
もっとボロボロになっていてもおかしくなかったのに。
ただ、静かに、確かに、存在していた。
とはいえ、勝手に使って後で面倒なことになるのはごめんだ。
一応、役所に行って確認をとることにした。
「最近、星見山のふもとの住民が妙な花粉症に悩まされてて。
山のこのあたりで、薬草の採取と植物の生態調査をしたいんですが……」
平然とうそをつく。
神社があるなんて自分から言うわけない。
窓口の担当者は、パソコンと紙資料を何度か見比べたあと、首をかしげた。
「……その場所に、正式な地番登録はありませんね。
所有者不明、もしくは自然放棄地の扱いになるかと。
誰かが植えたものではなく、自然に生えたものかと思います。
「採取活動は特に申請は必要ありませんが、魔物からの警備などは自己責任でお願いします」
「花粉症の話でしたら4階の環境保健管理課へ問い合わせをお願いします」
「そうですか。ありがとうございます」
――4階へは行かないけどな。
役所を出たあと、俺はニヤリと笑いながら、山道に向かう。
誰も管理していない。
誰も知らない。
誰にも邪魔されない。
ただの無害の歴史的ダンジョンの残骸かもしれないな。
しかし惜しいことに、子どもの頃もよく探索したが、聖遺物とかはなかったな。
部屋はいっぱいあったが、座布団や古びた本などのガラクタと、
ご神体みたいに飾ってる「あれ」があるだけ……
俺は、かつての秘密基地を、
俺自身の個人塾の拠点にすることを決めた。
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山道を登る。
草をかき分けながら、なだらかな斜面を進む。
ふと立ち止まり、背後を振り返った。
眼下に広がるのは、暮らし慣れた街の風景。
高層ビルと雑多な住宅街。
そして、俺実家だったアパートも、その中に埋もれている――
今はもう、俺の住処じゃない。
「……さて。これで、家とも本当にお別れか」
愛情もなければ居場所もない家だった。
大学を卒業した今、未練など微塵もない。
あとは拠点だけあればいい。
俺は顔を上げ、目の前の獣道を見据える。
秘密基地にしていた山の上の神社。
ボロボロで、誰も寄りつかない、忘れ去られたような場所。
だが、今の俺にはちょうどいい。
「根城にするには、ちょうどいいだろ。」
俺は、再び足を踏み出した。
俗世から離れた強者感ってやつか。……悪くねぇな。
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神社に到着し、改めて見ると、不思議と妙な清浄さが漂っていた。
埃をかぶっていたものの、危険住宅になりそうな破損はなく、
周りの森からの風も心地よく、澄んでいた。
「……悪くねぇな」
俺は荷物を置き、さっそく中の掃除に取りかかった。
埃まみれの床、蜘蛛の巣、破れた窓。
子どもの時みたいに中を探索する。
本殿の中央奥――かすれた大きな神棚の戸の向こうに、動かずご神体はあった。
刃渡りは優に150センチを超え、
柄を含めた全長は2メートル近くにもなる――大太刀。
鞘はボロボロで、柄巻きもズタズタ、
とても使える状態ではない。
小さい頃は重たくて持てなかった。
今は……汚ぇな。持つのはやめておこう。
他にも、側殿には、
壁いっぱいの巻物や帳面
寝泊まりできそうな空き部屋
半地下構造の倉庫、などなど……
この神社は割と広い。
「……こりゃ、一日じゃ無理だな」
俺は、早々に掃除を諦めた。
まずは最低限、寝起きできる環境を整えなければならない。
とりあえず、扁額をつけてやろう。
名もない建造物じゃ塾もやってられん。
ここに神なぞいないし、俺も本気で神通力を伝授するつもりはない。
「神無社」
そう名付けよう。
用意した扁額を取り付け、
俺は買い出しのため、ふたたび山を下りた。
清掃用具、寝具、食料、
必要な生活用品を揃えるために、商店街へ向かった。