第二話「新生!甘くない現実!」
……身体が重いのか軽いのかもわからない。
手足を動かそうとしても、まともに反応しない。
視界もひどくぼやけて、耳鳴りのような泣き声が反響していた。
それが自分のものだと気づくのに、数秒かかった。
……これ、赤ちゃんか?
頭が少しどんよりする。善を司る神と悪を司る神? そのへんの記憶がやけにぼやけてる。
泣き止んで、落ち着きを取り戻した頃には、
「どうやら俺は記憶を持ったまま転生したらしい」と納得していた。
与田 総司、二度目の人生、スタート。
そう。今回の人生でも、俺の名前は与田 総司のままだった。
ここがパラレルワールドだからか?
あれ?なんでこれがループじゃなくてパラレルワールドだとわかってるんだ?
あー考えるのやめだ……また眠たくなってきた。
だが、与えられた環境は決して恵まれてはいなかった。
両親の仲は冷えきっていた。
喧嘩と無関心。
愛情なんて、まるでない。前世とよく似たものだった。
歩き出せるようになった頃には、すでに両親の関係は修復不能になっていた。
初等教育施設――この世界でいう「初学校」に入ってすぐ、二人は離婚。
母親に引き取られたが、それも形だけ。
互いに干渉せず、ただ同じ屋根の下にいるだけの、冷え切った同居生活が続いた。
人生は、どうも俺に悪意的らしい。
だから俺も、人生に悪意で返す。のだが……
スリ、万引き――全部失敗した。前世では朝飯前だったのに、すぐバレた。なんでだ?
子どもの見た目を利用して「本職」の詐欺をやろうとしたこともある。
けど、どうしても良心が痛んで、毎回手前で止めてしまった。
良心? 俺にそんなもん、残ってるのか?
結局この人生、利己的に生きようとしてもできず、
かといって善良に生きる気にもなれず、どっちつかずのままだった。
だが、確実にひとつだけ、理由もなく胸に残っていた想いがある。
――教師になりたい、という気持ち。
この世界を認知し始めてから、なぜかそれだけは強く胸にあった。
だからとにかく教養と知識を身につけようと思った。
どちらに転んでも、それはきっと役に立つ。
与えられた第二の人生、できる限り役立つ力を手にしてやろう。
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この世界には、一部の人間だけが持つ特性がある。
覚醒者と呼ばれる存在――魔法やスキルを扱える人間たちだ。
初学校に入学すると同時に、子どもたちは「覚醒判定」を受ける。
この判定で「能力者」としての素質がどんなものかがわかる。
覚醒後の素質で、その後の人生で天地ほどの差が生じる。
当然、転生者である俺の素質が悪いわけがない。
小説や漫画ならみんなそうなってるだろ? 常識だ。
覚醒した者は、自分のレベルとステータスを確認するウィンドウを呼び出せる。
まるでゲームみたいなシステムだ。
そして初期覚醒認定を受けた俺のステータスはこうなっていた――
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【名前】 与田 総司
【年齢】 5歳
【レベル】 Lv.6
【魔法適性】 C+
【力量補正】 C
【身体素質】 C
【精神強度】 B+
【速度補正】 C-
【スタミナ】 D+
【魔法】
なし
【スキル】
なし
【潜在ランク】
C
【祝福/バフ】
・善良の加護Ⅰ:
邪念を少し抑え、善意を呼び起こす。悪事の成功確率が少し下がる。
・邪悪なる指導者Ⅴ:
生徒を落第者に育てるとランクが一段階昇段し、レベル5アップ。
優等生に育てるとランクが一等級降級し、レベル10ダウン。
・???????:
■悪■■■に対■■■■■■■■■■祝■。■■■善■■導■■、■■真■■■■。
■■■■1■下■■■■■999■■■逆■■、■■■■■■■■■■ン■■昇■■■。
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初期覚醒レベルがLv.6のCランク。
ポテンシャルとしては中くらい。一番多くいる一般レベル。
魂が大人だから【精神強度】がB+なのか? これがなかったら普通に低スペックだぞ……。
おかしい。
小説と同じなら、主人公である俺はS+とかじゃないのか?
いろいろと文句を言いたいが、
それ以上に気になるのは【祝福】の欄だ。
《善良の加護Ⅰ》……これのせいか。毎回「いたずら」がバレるのは。
邪魔な加護だ。どうやったら解除できるんだ?
《邪悪なる指導者Ⅴ》……ちょっと待て、これチートか? いや、罠か? 情報量が多すぎる。
でもこれかなりの悪者だな。悪徳教師じゃねぇか。
そんなのより、だ……なんか怖いのがある。
一番下の、黒塗りのやつ。読めない。理解できない。
俺、一体何に祝福されたんだよ。
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動揺はしたが、びくびくしていても何も始まらない。
現状を受け入れて、俺は第二の人生を歩き出した。
魔法教育大学に合格し、少しだけ頑張って勉強もした。
元の世界とは違い、覚えた知識が現実に役立つという実感があったからだ。
ただ、周囲とはほどほどの距離を保っていた。
この世界に対する帰属意識がそこまで強くなかったからかもしれない。
それに、前世の自分――詐欺師だったという過去や、
転生者であるという秘密は、誰にも知られたくなかった。
将来、何かしら企む可能性があるなら、顔を知られている人間は邪魔だ。
そう思うと、親しくなる必要なんてなかった。
別に寂しくはなかった。
面倒な人間関係よりも、この世界を知ること、自分を高めることだけに集中する方が、ずっと楽だった。
そうして、友達もほとんどできないまま、俺は大学を卒業した。
同時に、教師の資格も手に入れた。
いよいよ人生のターニングポイント。
ここからどう生きるか、それを決めなければならない。
大学の卒業式を終えて、実家のアパートに戻ったその日――
俺を出迎えたのは、すでに知らない他人が暮らしていた部屋と、
大家が預かっていた俺の少しばかりの荷物、そしてメモ一枚だった。
『私は新しい人生を歩みます。探さないで。』
母の字だった。
あまりにも、あっけなかった。
俺はしばらく、そのメモをぼんやりと見つめた。
そして、静かに笑った。
「……結局クソみてぇな人生だな」
捨てられるのにも慣れた。
裏切られるのにも、慣れた。
だけど――心のどこかで、またひとつ、何かがすうっと冷えていくのを感じた。
カバンから、教員免許証を取り出す。
折れ曲がった角を、指でそっとなぞった。
「……なんで俺だけ、こんな環境で頑張らなきゃなんねぇんだ……」
誰に言うでもなく、つぶやく。
そして。
「――いいだろう。邪悪なる指導者、うまく使って強者になってやる」
そうだ。
落第者を量産して、俺はレベルアップする。
それが、今の俺の胸に空いた穴を埋める唯一の手段だった。
教師として、あるいは――別の何かとして。