さよなら、わたしのルームメイト
なろうラジオ大賞6 投稿作品です。
私にはルームメイトがいる。
何かを話すことはなく、触れることもできない相手だけれど。
彼は最初から、ただそこにいた。私が寮生活を始め、この部屋に荷物を運び込んだとき、窓際に座り、膝をかかえて外を見ていた。
色素の薄い茶色の短い髪が、日に透けて溶けて消えてしまいそうだった。長い睫毛が、頬に影をおとす。
彼のその美しい表情に、透き通った瞳に、私は恋をした。
彼はその瞬間も、ただ窓の外を見ていた。
友人たちにも、誰にも彼は見えなかった。私は彼を独り占めした。
夜になると彼のとなりに座り、あたたかい紅茶を飲みながら、今日あった出来事を話した。
そして、彼の顔をじっと見つめた。
答えも視線も、返ってくることは無いけども。
ある日ふと思い立ち、私はベランダに出て、彼の視線の先を辿ってみた。
寮のはす向かいには、大きなお屋敷がある。
そのお屋敷の窓から、こちらを見ている女の人がいるのに気づいた。金色の髪を長く伸ばした、美しい人。
私と視線が合うと、彼女は部屋の中に入っていった。
私はすべてを理解した。
彼が見ているのはあの女の人だと。私は彼らの物語の中にはおらず、そこにいるだけの傍観者に過ぎないと。
ある日、私は彼に問いかけた。
「わたしに出来ることは無い?あなたが望むなら、あの女の人に一緒に会いに行ってあげるよ?」
彼は何も答えなかった。
1年後、私は隣国への留学が決まった。
努力が実り、嬉しくなった私は、いそいそと引っ越しの支度を始めた。
そして荷物がまとめられていく部屋の中で、時が止まった彼を見て、私は決めた。
勇気を出してお屋敷に行き、女の人に取り次いでもらった。信じてもらえないかも知れないけど、と事情を話すと、彼女は素直に部屋まで来てくれた。
彼女が前に来た時、初めて彼は顔を上げた。
「私には見えないのだけど、ここにいるのね?」
彼女はそっと、何もない空間を抱きしめた。
彼の目から、涙が一粒こぼれていった。
出立の日の夜、私は最後に彼に声をかけた。
「わたしはこれから幸せになるし、あの女の人も未来に向かって進んでいくよ。あなたもどうか、そうであってほしい。わたしの勝手な願いだけれど」
彼が初めて、私の顔を見た。
美しい瞳が私の顔を映すのを、夢にまでみたその瞬間を、私は――――――
瞬きをして、次に目を開けたとき、彼の姿はなく、そこには淡い光が残っていた。
そしてその光が、少しずつ闇に溶けていく。
さよなら、わたしのルームメイト。
ありがとうございました!