第02話4/5 カナリアとエクス
王国に戻ってきたカナリアはすぐに群衆に取り囲まれた。
「守り神様だ!守り神さまが戻って来たー!」
「守り神様ー! エインヘリアル様ー!」
民衆が歓喜の声でカナリアを讃える。
熱狂という言葉が正しいだろう。
言葉の束が熱をもって飛んでくる。
「み、みんな落ち着いてくれ!」
カナリアが両手で静止のジェスチャーすると歓声が止み、片膝立ちになった彼は近くの人々に訪ねた。
「あれから巨人は現れていないんだな?」
「あ……あぁ、これも守り神様のおかげだ」
「はぁー、よかったぁー」
とりあえず一安心と胸をなでおろす。
「道をお開けなさい!女王陛下が通ります!」
女王の一行がカナリアの元へ到着し、民衆がさっと道を開ける。
親衛隊に周囲を護られ、カナリアへ歩を進める一行。
その中で、ただの庶民に過ぎないエルダはガチガチに緊張していた。
(わ……私ここに居ていいの?)
その様子を広場に来ていたシニューニャと母ソフィも見ていた。
「エルダがいるー」
「ど、どうしてあんなところに……?エクスさんも……」
動くエインヘリアルを初めて間近で見る女王はその大きさに圧倒される。
石像と実際に動いているのでは迫力が違う。
だが、ここは取り乱さず冷静になって協力を仰がなければならない。
女王は深呼吸し、凛とした態度で挨拶を始めた。
「守り神エインヘリアル様!私はこの国の王エレオノーラ・イーザヴォールと申します。この度は巨人を撃退し、今またこの国へ戻ってきて下さったこと国民一同感謝いたします」
「いや、気にしなくてい――」
「つきましては、ここにいる巫女と契約の儀を執り行っていただきたい!」
「……契約?」
なんのことだ?
と、話が飲み込めないカナリアの前に巫女のデシレアが名乗り出る。
「デシレア=アハマヴァーラと申します。偉大なるエインヘリアル様、私と契約を結んでください!」
「え……?」
カナリアを困惑させたままデシレアは言葉を続けた。
「あなた様はその昔、巫女と契約を交わしこの地を護られたと伝え聞いております。その際に契約の証として揃いのブレスレットを身につけたとも。 私はその巫女の血を引く者。そして、これが我が家に代々伝わる誓いのブレスレットです!」
宝石の散りばめられた綺羅びやかなブレスレットがカナリアへ向け掲げられ、民衆がざわめく。
「……え?」
「え……?」
双方がきょとんとする。
「契約って……なに?」
「……ちょっと失礼します~」
沸き立っていた空気が一気に静まり返り、デシレアはバツが悪そうに女王の元へ駆け寄った。
「ちょっと!話と違うじゃないのよ!?このブレスレット見せたら守り神様が言うこと聞いてくれるんじゃないの!?」
「し、知らないわよ!伝承だとそうなってるんだから!」
「じゃあこのブレスレットなんなのよ!先祖代々受け継がれてる物だって聞かされてたのに!」
ひそひそと言い争う2人。
「……俺が眠ってる間に随分話が盛られたみたいだな」
きっと自分とあの娘の話が脚色されてこうなったのだろう。
(それだけ長い時間が過ぎたってことか……)
カナリアはかつて己の左手にあった紐で編まれた彼女の手製のブレスレットを幻視する。
「大丈夫!契約なんかなくても俺はこの国を守る。それが俺の使命だ」
周囲の不安な空気を察したカナリアは、皆を安心させるようにグッと手を握ってみせた。
「そ、それではこれからも我が国のために巨人と戦ってくださるのですね?」
「あぁ、昔みたいにな」
女王が胸を撫で下ろし、民衆からは歓喜の声が湧き上がる。
「それと、俺のことはカナリアって呼んでくれ」
「カナリア?」
「エインヘリアルは俺達全体の名前。俺個人の名前はカナリアだ」
「で、ではカナリア様。何かお困りのことがあれば何なりとお申し付けください。 私をはじめ国民全員、喜んでカナリア様にご協力いたします」
「あぁ、ありがとう」
そう返すと、カナリアはエクスへ顔を向けた。
「元気そうでよかった」
「ありがとう。助かったよ」
自身の身を案じていたカナリアに、エクスは気さくな言葉で返す。
まるで知り合いのように話す2人を見て、女王はエクスが天の使いであるという誤解をさらに深めた。
「……っ!?」
少し視線を動かしたカナリアは、エクスの隣にいる少女の姿を見るなり、がっと前に乗り出しその少女の顔を覗き込んだ。
「うひゃあ!」
覗き込まれた少女――エルダは驚き仰け反った姿勢で固まっている。
(似てる……)
赤い髪に蒼い瞳。
かつて想い人だったあの娘もそうだった。
顔つきや佇まいもどこか似ている、ような気がする……。
「キミ、名前は!?」
その質問にエルダは自らを指さし、尋ねられているのは自分なのかと周りを見回した。
エクスがうんうんと頷く。
「エ、エルダ・フリームニル……です」
「エルダ……。すまない、人違いだった」
そう謝るカナリアの瞳には哀しみが宿っていた。
容姿が似ていても、その名前も、名字も違う。
それはそうだ。
いま自分がいるのは、あの娘が生きていた頃から数百年後の世界なのだ。
失った時間は戻らないが、いつまでも感傷に浸ってはいられない。
人々がまた不安げな顔でこちらを見ているのだから。
カナリアが顔を上げると、自らの打ち倒した巨人が目に入った。
「……よし!じゃあ巨人の死体を片付けるか!」
気分を変えようと立ち上がったカナリアだったが……。
「うっ、く……」
突然よろめき膝をついた。
「カナリア様!?」
「すまない。少し疲れたみたいだ。……あ、アレを分けてくれないか?」
カナリアが指差した先は、荷車に山盛りの大きな果実。
「ハツラツを?えぇ、いくらでも持っていってください」
「ハツラツ……今はそう呼ぶんだな。ありがとう。一休みしたら戻ってくるよ」
そう言うとカナリアは持てるだけのハツラツを抱えて飛び立ち、周囲一帯が見渡せる峰に腰掛けた。
「彼と話してきます」
「あ……よ、よろしく願いします」
女王にそう言うとエクスは変身し、極彩色の羽根が宙に煌めく。
「ほ、本当に飛んでる……!」
「だから言ったではないですか」
驚く女王に、侍女は冷淡な態度で返した。
――
「ふぅ……」
カナリアはハツラツをかじり、一息ついていた。
目覚めてすぐ戦い、その後は休まずにこの国と天界を往復。
疲れが出て当然だ。
「こいつさえ食っておけば……なんとかなる」
この果物がエネルギー補給に最適なのは昔から知っている。
カナリアは無心でハツラツを頬張っていく。
「おーい」
カナリアがハツラツを粗方食べ終わった頃、エクスの声が響いた。
カナリアの元へ向かう彼女の装備は昨夜の戦闘で大部分が喪失し、出力が不安定な2基の推進ウイングだけが残っている。
「うわっ」
「うおっ、とと……」
ふらつきながらなんとか飛行を続ける彼女を、カナリアは優しく掌で受け止めた。
「ハァ……ハァ……ありがとう」
「君はワルキューレなのか?それとも妖精?」
エネルギーを消費し、肩で息をするエクスに質問が投げかけられる。
妖精?ワルキューレ?
巨人やエルフだけでなくそんな種族もこの世界には存在しているのか?
「いや、どれとも違う」
「へぇー、似てるけど違うのか。なんていう種族?」
「自分でもよくわからない。けど、たまにヴァリアントって呼ばれる」
「ヴァリアント……」
カナリアには聞いたことのない名称だった。
「まだ名乗っていなかったね。私はエクス。色んな世界を旅している流れ者だ。行き倒れていたところをこの国の人に拾われて、昨日目覚めた」
「なら、俺と一緒か。俺も目が覚めたら、世界がガラリと変わってた」
「でも、君は私と違って過去を知っている。だから教えてほしい。この世界と君達エインヘリアルのことを」
エクスはそう言うとカナリアの掌から離れ、彼と目線の合う岩の上に腰掛けた。
「俺達の……」
カナリアの脳裏に、自分達の戦いを語り継げという父の最期の言葉が浮かぶ。
「あぁ……俺もそれを話したい気分だ」
カナリアは自身の事を話し始めた。
「俺達エインヘリアルは天界の神々によって造られた。天から遣わされる争いの調停者だ」
「調停者?」
「異なる種族が争ってる場所に行って戦いを収めたり、凶悪な魔物から弱い種族を守ったりするのが俺達の役割だ」
エクスは昨日のカナリアの戦いぶりと、彼の記憶を覗いた時の強さを思いだす。
確かにこの強さとこの大きさの存在が数を伴って現れれば、争っている双方を威圧できるだろう。
相手が小さければ、それだけで戦いが終わってしまうかもしれない。
「この国を守るのもそのため?」
「それもある。……でも何より、ここは俺の故郷なんだ」
「故郷?でもキミは天界の……」
ついさっき天界から遣わされたと聞いたばかりだが……?
エクスは感じた疑問を口に出した。
「俺、元は人間だからさ」
「え……?」
「エインヘリアルってのは天界が用意した鋼の肉体に、勇敢に戦い死んだ者の魂を入れる事で生み出されるんだ。んで、15歳の時に巨人と戦って死んだ俺は、神様に認められてエインヘリアルになった」
「じゃあ……君は人間の心を持っているのか」
人からエインヘリアルへの転生。
死者の魂すら自在に扱えるとは天界の技術力の高さが伺える。
「本当はエインヘリアルになると人間の頃の記憶を失うんだが、俺には……俺と父さんには何故か残ってた」
「君のお父さんもエインヘリアルに?」
「そうなんだよ!俺が小さい頃に死んだと思ったら、天界でエインヘリアルの軍団長になってたんだ。知らされた時は驚いたなぁ」
今までの静かでどこか影のある喋りとは打って変わって、楽しげに父親との思い出を語るカナリア。
エクスは彼らの親子仲を察すると同時に、これが彼本来の性格なのだと感じた。
「その神様達にこの国を守る助けを乞うことは出来ないのかい?」
「それは……もう無理なんだ」
カナリアはエクスに天界が既に滅び、自分とバルドルしか残っていないことを告げた。
「そうだったのか。それは……つらいね」
エクスが同情し、カナリアは寂しそうな表情で空を見つめる。
まるでそこに仲間達の幻影を見るかのように。
「安心して、力不足かもしれないけど私も君と一緒に巨人と戦う。だから悩みや、つらい事があれば何でも話してほしい。互いに見知らぬ世界に来た者同士、力を合わせよう」
「……ありがとうな」
エクスから差し出された握手に、カナリアは人差し指で応えた。
「それで、あの巨人は?」
「あいつら巨人は昔から天界と争ってきた乱暴な種族で、神々も手を焼いていた。さっき言った調停ってのも、大半が巨人と他の種族のいざこざだ。俺達がこの大きさなのも、巨人に対抗するためなんだぜ」
話を聞いている限り、骨と鎧だけで動く種族では無いように思える。
もし、カナリアの語る過去の巨人と今の巨人が違うものだったとしたら……。
もし、あそこに転がっている巨人が”誰かに造られた”ものだとしたら……。
「聞きたいんだけど、その巨人達は骨だけになっても動いたりするかい?」
エクスは確証を得るためカナリアに尋ねた。
「どういうことだ?」
「実はあの巨人は――」
ボン!
エクスが巨人の真相を話そうとした時、どこからか大きな音がした。
「何の音だ?」
2人が辺りを見回す。
「……あ、あれ!」
エクスは空に黒い玉が浮かんでいるのを見つけた。
「あれって……」
「ん?」
黒い玉はどんどん大きくなっていく。
まるでこちらへ向かってくるようだ。
(もしかしてあれって……)
ズガアァァァァン!
「おわぁ!」
「うわああ!」
大気の震え。
熱と衝撃。
2人の至近距離で"砲弾"が炸裂した。
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