第22話1/6 グングニルの異変
「シシシ……アナヴァダッタ、君までやられちゃうとはねぇ」
「ギャオオオオッッ!」
ニーズヘッグの身体へと還ったアナヴァダッタがマナスヴァインに煽られ咆哮する。
これで八闘士のうち5人がエインヘリアルに敗れた。
残っているのはタクシャカ、マナスヴァイン、ウトパラカの3人。
「タクシャカはなんで戻ってこないのさ。負けたのに」
タクシャカはあれから行方不明だ。
一体どこで何をしているのか……。
「あやつのことだ。何か考えがあろう」
タクシャカを擁護するようにウトパラカは諭す。
タクシャカは奪った肉体を喪失しただけであり、八闘士として敗れたわけではない。
ならば、今もどこかで地獄を生み出すために行動しているのだろう。
「じゃあ次はボクの番だね。どう遊んでやろうかな~」
「奴らを甘く見ないほうがいいよ、坊や」
「ボクには関係ないね」
危機感の感じられないマナスヴァインにサーガラージャが釘を刺す。
八闘士の中でも一目置かれる強さを持つアナヴァダッタまでが倒されたことで、エインヘリアルに対する彼らの警戒心は上がっていた。
だが、マナスヴァインは意に介さない。
「調子に乗るんじゃない」
「俺たちすら敵わなかった相手だぞ!」
ナンダとバーナンダがサーガラージャに続くも……。
「だってお前たち、ボクより弱いじゃん!」
その一言に八闘士たちは押し黙った。
マナスヴァインの強さ、それだけは認めざるを得ないからだ。
この小さい見た目は擬態であり、他の八闘士が霞むほどの巨大な狂気を秘めている。
「この世でいっちばん強い力を見せてあげるよ……」
マナスヴァインは不敵に笑い、闇に消えた。
――――
「お、戻ってきた」
「エクス、どうだった?」
カナリアとヒョウガがビフレストで帰還したエクスとクライオーネを出迎える。
アナヴァダッタとの戦いの後、エクスとクライオーネは共に巨人の里を再び訪ね、ヴァスキ戦での負傷者の治療や破壊された家屋を直しに行っていた。
「みんな治してきたよ」
本来の肉体を取り戻し、創造能力を無制限に使えるようになったエクスにとって村1つを修繕するなど容易いことだ。
その後は女王が通信越しにアゾネと挨拶を交わし、友好の証として地図やハツラツなどの交易品を譲渡、簡易的な友好条約を結んできた。
「マグニの様子は……?」
「まだ眠ったままだ」
――――
あれから2日――。
まだマグニの意識は戻らない。
エクス特製の点滴を打たれ、自室のベッドに寝かされている彼を母カーラとスルーズ、そしてアルティナが付きっきりで看病している。
身体の傷はほぼ治り、いつ目覚めてもいいはずだが、彼は一向に目を覚まさない。
(早く起きなさいよ……バカ)
アルティナが己の拳をぎゅっと握りしめる。
「すまない。私が心配性なばかりに3人の仲を引き裂いてしまった」
エクスが悔悟の表情で謝罪を述べる。
これまで自分やカナリアが王国を離れる際は、帝国や八闘士による同時攻撃を警戒するため、マグニたちを守備に残し警戒態勢を取らせることが多かった。
それがマグニ、スルーズ、アルティナ、彼ら3人の疎遠にし、仲違いさせてしまった。
エクスはまた自身の悪い部分が出てしまったと悔いた。
多くの世界、多くの人間との出会いを通して、人の感情は大分わかるようになった。
愛と呼ばれる感情の中で親愛、家族愛は自分も持っている。
だが、こと恋愛と呼ばれるものについてはいまだに疎い。
それはおそらく、自分が本能のある生き物としてではなく、知性のある機械として生み出されたからだろう。
恋愛は人間の肉体と本能に根ざしたものらしい。
なら、自分には永久に理解できないものかもしれない。
こんな事態を二度と引き起こさないためにも、それを理解したいとは思うが、そういった目的のためにやるものではないとも理解している。
「エクスさんは悪くないよ」
相反する想いを抱えながら頭を下げるエクスにスルーズが声を返す。
「私が悪いの……。私がわがままだっただけ」
自分を助けるために昏睡した少年を前に、アルティナは沈鬱な表情で涙を浮かべる。
タクシャカに唆されたとはいえ、あのまま暴れ続けていたらきっとスルーズまで傷つけていただろう。
「ううん、悪かったのは私たち。もっとアルティナの気持ちを聞いてあげるべきだった」
「スルーズ……」
「だから、アルティナもマグニのことを大切にしてあげて」
「それは……もう大丈夫……」
アルティナが視線を逸し頬を赤らめて言う。
自分の想いを全部受け止めると言った彼の姿を思い出す。
抱きしめられた感触が鮮明に残っている。
殴るなら自分の手で殴れとも言った。
(はやく起きて……殴らせなさいよ)
アルティナはマグニの手をギュッと掴み、彼が早く目覚めることを願った。
――――
「ところで……ゴズマはそこで何を?」
玄関を出たエクスが見上げて言った。
来る時も思ったのだが、ゴズマが家の側でずっと胡座をかいているのだ。
その表情は険しく、腕を組み押し黙っている。
誰も寄せ付けないような雰囲気を不思議に思ったが、カナリアが事情を知っていた。
「おっさんは今、大好きな酒を我慢して願掛けしてるんだよ」
「願掛け……マグニのために?」
「多分な」
話している間もゴズマは黙して語らず、否定する素振りもなかった。
ゴズマが他者のために祈る。
その光景にエクスは暖かいものを感じた。
反応がないのは、それだけ真剣に祈っているということなのだろう。
(マグニ、君は……沢山の人に支えられているよ)
微笑みを浮かべ、エクスは家を去った。
――――
「さてと……」
カナリアが住居にしている洞窟。
その更に奥にある巨大な空間を訪れたエクスは、集められたランヴェルスの残骸を前に思案を重ねていた。
ランヴェルスは先の戦いでの損傷が著しく、機体を廃棄するしかなくなった。
だがランヴェルスのコアであるコズミウムはこうして無事。
このランヴェルスも、自分も、彼を支える1人だ。
彼が目覚めた時のために新しい機体を作っておきたい。
問題はそれをどう創るかだが……。
「ミョルニル、キミはなぜマグニの元へ集ったんだ……?」
彼が倒れた時に握りしめていたミョルニルのコアを手にする。
アルティナ姫が言うにはこれを握ったマグニの身体からは稲妻が迸ったという。
ものは試しと、エクスは己の掌に電流を発生させコアに流す。
すると稲妻が身体を駆け抜け、エクスに"それ"を見せた。
意識に流れ込んだ大量の記憶。
持ち主の姿、数々の戦い、そして……今際の際に何を想ったのか。
全てを知り、エクスの頬を一筋の涙が伝う。
「なんだ……。そういうことか」
それは至極単純で、ありふれていて、だからこそ尊いものだった。
「よし……!」
エクスは力と意識を集中し、勢いよく足元に手をついた。
手のひらを中心に広がった波動が洞窟内の岩肌や地面を作り変えていく。
やがて遺跡のような神々しさを感じさせる広大な容積を持つ格納庫が形作られた。
そして、宙に浮いたミョルニルの破片を包み込むように巨大な結晶が聳え、弾けた。
「ふぅ……」
結晶の中から姿を現した巨大な”それ”を見て、エクスは満足気に微笑んだ。
――――
『マスター!た、大変ですぅ!』
作業を一通り終えたエクスにひどく慌てた様子のナビから通信が入る。
「ナビ、どうしたの?」
『と、とにかくこちらへ来てください!』
ナビから転送された映像を見たエクスはその光景に愕然とし、急ぎ現場に急行した。
ことが起きたのはワルキューレの格納庫。
駆けつけたエクスが目撃したのは地に伏し、苦しそうにうめいているカナリア、ヒョウガ、クライオーネ、ゴズマ……この場に居ないケートゥスを除くエインヘリアル全員だった。
「みんな、いったい何があったんだ!?」
「皆さん!大丈夫ですか!?意識はありますか!?」
「うぅ……」
ナビが呼びかけるも全員意識が朦朧としていて明確な答えは返ってこない。
「エクスさん!」
背後からの切迫した呼び声にエクスが振り向くと、更に衝撃的な光景が目に入った。
声の主――エルダが心配そうに見つめているのは、横たわり荒い息遣いで大粒の汗を浮かべている小柄な銀髪の少女、シニューニャだ。
「シニューニャちゃん!?」
「はぁ……はぁ……」
エインヘリアルたちと同じように昏睡状態でうなされている。
「いったい何が……」と呟くエクスにエルダは伝えた。
「グングニルがみんなを噛んだ」と――。
エルダがシニューニャの額に濡らしたタオルを宛行う傍ら、エクスはナビが記録していた映像を確認し、何が起きたのかを確認する。
まず格納庫の中でエインヘリアルたちが雑談しているところに、グングニルに乗ったシニューニャとエルダが現れる。
しばらくして、シニューニャがグングニルを撫でていると、パクリ――とグングニルがシニューニャの手に噛み付いた。
噛まれてすぐシニューニャが倒れる。
それを見て慌てたエインヘリアルたちも次々とグングニルに噛まれ昏倒していった。
この事態を引き起こした当のグングニルはというと――いつも通りシニューニャのそばに座り、自らが昏倒させたにも関わらず主人の顔を心配そうに舐めている。
「でも噛まれただけでこうなるなんて……」
噛まれたシニューニャの掌にはほんの少しだけ、小さな穴のような傷がついている。
噛むことで何かを注入したとすれば毒の類いか?それともウイルス?
それになぜシニューニャとエインヘリアルにだけ噛み付いた?
原因を突き止めようにも手がかりがない。
ならば――。
「グングニル。私も噛んでくれ」
ともかく、命に関わるかどうかだけでも調べなければと、エクスはグングニルへ掌を差し出した。
「エクスさん!?ダメだよ!もしエクスさんまで倒れたら……」
「調べるにはこれしかない」
エクスの脳裏にはある仮説があった。
みんなと同じ場所にいたにも関わらずエルダだけは噛まれなかった。
もしグングニルが噛む相手を選んでいるのだとしたら、この毒?は特定の対象にしか効果がないのかもしれない。
タクシャカから肉体を取り戻し、完全に復調した今の自分なら体内に混入した異物を特定できる。
「さぁグングニル、噛んで」
「グルル……」
掌を差し出されてもグングニルはなかなか噛もうとしない。
やはり相手を選んでいるのか?
だが、指先が口に触れたところでグングニルはようやくエクスの手を噛んだ。
噛まれた直後「う……」と呻いてエクスが倒れる。
「あぁ!え、エクスさんまで!どどど、どうしたら……」
シニューニャたちと同じように倒れたエクスに慌てふためくエルダだったが、「大丈夫」と声がかかる。
エクスが倒れたのは噛まれたからではなく、注入された異物の特定に全能力を集中させるためだ。
そのため不要な機能を停止させ意識を噛まれた傷口へと、血管へと向ける。
(見つけた……)
己の血中を流れる未知の異物を発見し解析を開始する。
(これは……なんだ……?)
見た目は正六面体が複数結合したハニカム構造。
(抗体プロトコル……例外指定……防護プロテクト?)
断片的な情報しか掴めないが、あえて形容するならば――ワクチン?
シニューニャたちが噛まれて昏倒するまでの時間から推察してもう症状が現れてもいいはずだが、エクスの体内に入った異物に変化は見られない。
やはり特定の対象にだけ効果が出るものだとエクスは確信を得た。
むくりと身体を起こしたエクスにエルダが「何かわかった?」と声をかける。
「詳しいことはわからない。でも……大丈夫だと思う」
グングニルが何をしようとしたのかはわからないが、今もシニューニャの隣に付きっきりで寄り添っているところからして、害意があったわけではないようだ。
注入された異物からも殺傷性のようなものは見つからず、むしろその逆という印象を受けた。
仮に異物の正体がワクチンだとすれば、みんなのこの状態は何らかの副作用が出ているのかもしれない。
予断は許さないが、今の状況では寄り添う以外に何か出来るわけでもない。
その後、エクスはシニューニャを自室のベッドに移動させ、「私は寝なくても平気だから」と寝ずの看病を続けた。
――――
次の日――。
「なおったー」
シニューニャが両手を上げ快復をアピールする。
昨夜、エルダが寝る頃にはシニューニャの呼吸は落ち着き、朝にはすんなり治ってしまっていた。
「よかったぁ〜」
「治ってよかったわねシニューニャ」
「シニューニャ、げんきー」
エルダがほっと胸を撫で下ろし、ソフィがシニューニャを優しく抱きしめる。
カナリアたちも同じように快復したが……。
「こ、こっちに来るな!」
ヒョウガはグングニルを怖がるようになってしまった。
「結局、なんだったんだ?」
グングニルから逃げ回るヒョウガをカナリアと眺めながら、エクスは考えていた。
太古に地球を襲ったニーズヘッグ。
それを封印した天高くそびえる巨大な槍の中で発見されたグングニル。
ニーズヘッグの眷属であるマハーナーガから生み出されたエインヘリアル。
無関係とは思えない。
「……きっと、グングニルにも使命があるんだよ」
そうエクスは結論づけた。
そして、同時にある疑問が残った。
――なら、シニューニャは?
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