第02話3/5 一夜明けて
巨人の襲撃から一夜明け、王国では怪我人の救助や被害の確認で人が慌ただしく動いている。
「もう動いて大丈夫なの」
部屋から出てきたエクスの身体を心配してエルダが声をかける。
「もう大丈夫。朝食にハツラツの実をたくさん食べさせてもらったからね」
「1人で3人前食べるから驚いたよ~」
2人がエインヘリアルに討ち倒された巨人の所に行くと、兵士達が人を寄せ付けないように巨人を囲んでいた。
エクスは巨人を調べようと兵士に詰め寄る。
「すまないがこの巨人を調べたい。 入ってもかまわないか?」
「あぁ? 何言ってるんだ。 ダメに決まってるだろう」
あえなく断られた。
だが、それを聞いたエルダが割って入ってきた。
「ちょっと!エクスさんは昨日守り神様が目覚めるまで巨人と命懸けで戦ったんだよ!?調べるくらい良いでしょ!?」
「え?……あ、あれってアンタか!?ち、宙に浮いてた!?」
「ああ」
「だからいいでしょ!?」
「し、しかし……女王陛下の御命令で」
折れかかってはいるがあくまで譲らない。
任務に忠実な兵士は信頼できるが、こういう場合は面倒だ。
かといって力づくで入るわけにも……と、エクスが考えている時だった。
「入れておやりなさい」
「へ、陛下!」
「じょ、女王様!?」
他ならぬ女王本人から許可が下りた。
彼女も巨人の検分に来たのだ。
脇には位の高そうな軍服に身を包んだ女性が控えている。
後ろの馬車を見ると、昨日広場で踊っていた巫女が窓からこちらを見ていた。
近づいてくる女王にエルダは慌ててお辞儀をする。
エクスはそのままにしていたがエルダに頭を抑えられ、同じ様にお辞儀をさせられた。
「はじめまして、私はこの国の王エレオノーラ・イーザヴォールです。……貴方ですね。守り神様が蘇る前に巨人と戦っていたという青い髪の乙女は」
「はい。エクス……と申します」
エクスが偽ることなく名乗った次の瞬間、女王はがっと両手でエクスの手を掴んだ。
「お願い申し上げます!どうか守り神を呼び戻し、共にこの国を巨人の脅威から救ってくれませぬか?もはや頼れるのは守り神と同じ天の使いである貴方だけなのです!」
「えっ……?」
「えぇっ!?」
エクスとエルダが困惑の声を上げる。
女王の行動もさることながら、申し出の内容も何か誤解があるからだ。
何故、彼女がここまで必死になるのか。
時は数時間前に遡る――。
――
「起きてください女王!エレオノーラ様!」
「んぅ……なんです騒々しい」
今朝、女王エレオノーラは侍女の大きな声で目を覚ました。
「早く起きられてください!国中が大変なことになっています!」
「大変って……何が?」
頭が痛い。
祭りの場でたらふく酒を飲んだ事以外、昨日のことが思い出せない。
「ご覧ください!」
催促され、ベランダから城下を眺めた女王の顔があっという間に青ざめた。
「……え?……な、なんですかこれは!?ま、街がめちゃくちゃに!?」
「本当に覚えていらっしゃらないのですか!?巨人がこの国を襲ったのですよ!?」
「きょ、巨人!?」
言われてみると、朧気ながら昨日の記憶が呼び起こされる。
侍女の言葉が真実だと示すように巨人の死体が街に横たわっている。
「守り神様が蘇り巨人を撃退したから良かったものの……」
「蘇った……?守り神様が……?」
そういえば像がなくなっている。
つまり……あれは単なる石像ではなかったと?
巨人も、エインヘリアルも単なる伝承では無く現実の存在だと?
そして、それが再び繰り返されると……?
「そ……それで、守り神様は今どこに!?」
「巨人を倒した後どこかへ飛び去り、いまだ戻ってきておりません」
「あぁ……なんてこと」
もしまた巨人が襲ってきたら、この国はどうなる……?
守り神無しで巨人に勝てるはずがない。
酔っ払っていたとはいえ、緊急時に何もできなかったどころか、覚えてすらいない。
項垂れる女王に侍女は別の情報を伝える。
「それと、もう1つ興味深い人物がおりました。守り神様の蘇る前、不思議な衣装に身を包んだ青い髪の乙女が巨人に立ち向かったのです」
「青い髪?」
「その者は天使のように宙に浮き、その背中には光り輝く極彩色の翼が生えておりました。そして、巨大な光を放ち巨人を焼いたのです。奮戦虚しくその者が巨人に敗れた直後、守り神様は目覚められました。おそらく、青い髪の乙女は守り神様と関係のある人物ではないかと……守り神様を蘇らせたのも彼女かも知れません」
翼の生えた人間が巨人と戦った?
ならば、エインヘリアルと同じ神の使いに違いない。
見つければ守り神を呼び戻せるかも知れない。
「そ、その者はどこに!?」
女王は食い付くように侍女に訪ねた。
「わかりませんが、既にカーラ様の指示で兵達が動いています」
「すぐに見つけるのです!それと、私も巨人を見に行きます。デシレアは起きていますか!?」
「呼んだ〜?」
巫女のデシレアがキャンディを咥えながら姿を現す。
「すぐに支度をしなさい。青い髪の乙女を見つけて守り神様を呼び戻させるのです!」
「青い髪ぃ?」
女王は巫女と共に馬車に乗り、城下へ急いだ。
――
じっとエクスの眼を見つめ、脇目も振らず懇願する女王。
つまるところ、実際にエクスの戦いを見ていない彼女にとって、目の前にいる青い髪の乙女はエインヘリアルと同じくこの国に遣わされた救世主のように認識されていた。
平和なこの国に訪れた巨人の再来という未曾有の危機。
争いといえば大昔に起きた内紛が歴史に記されているのみ――。
この国の誰もが戦争とは無縁の生活を送ってきた。
守り神のエインヘリアルもどこかへ飛び去り、戻ってくる保証もない。
もはや彼女だけが頼りなのだ。
「そ、それなりの待遇も用意します!だから何卒……」
「えっと……」
女王は自分をエインヘリアルの仲間だと勘違いしている。
エクスは訂正を兼ね、先程と同じく素直に答えようとした。
自分はただの旅人であり、守り神とは関係無いと……。
だが、それを言ってどうなる?
わずかな希望に縋るこの人を落胆させるだけだ。
エクスは瞼を閉じ、思考をフル回転させ、いくつかの回答の結果をシミュレートした。
最優先事項はこの国の人々の平和、その為の防衛体制の構築。
わずか0.1秒にも満たない超高速演算により導き出された最適解は……。
エクスの眼がカッと開く。
「はい!私に任せてください!」
その言葉とともに、エクスは女王の両掌を握り返した。
「へっ!?」
清々しいほど自信満々に申し出を承諾したエクスに、エルダは驚きの顔を向ける。
「あぁ!それは頼もしい!それでは早速、守り神様を……」
「ちょ、ちょっとエクスさん!?」
エルダがエクスの腕を引っ張り、女王から距離を取ってひそひそと話し始める。
「え、エクスさんって本当に天の使いなの……?」
「違うよ。でもそうしておいた方がこの後の動きがスムーズになると思って」
「えっ!?じゃあ女王様に嘘ついたの!?バレたら大変なことになっちゃうよ!?それにどうやって守り神様を呼び戻すつもりなの!?」
「それについては大丈夫。彼は必ず戻ってくるよ」
「どうしてわかるの?」
「彼の像に触れた時、感じたんだよ。この場所を守るって強い気持ちを……」
エインヘリアルの記憶を覗いたエクスには確信があった。
「女王様、その前にこの巨人を見せてもらってもいいですか?」
はぐらかすのも兼ねて、エクスはここへ来た本来の目的へ話を切り替える。
「あ……あぁ、そうでしたね!カーラ、報告を」
「こちらへ」
女王が脇に控えた親衛隊長のカーラに声を掛けると、彼女はエクス達を案内し巨人の骸まで歩を進める。
「我々はこれが伝承にある古の巨人族ではないかと調べました。ですが不思議なことに、鎧と骨だけで中身がまるで無いのです」
「中身が……無い?」
「ごらんください」
エクスとエルダが破壊された巨人の胸部から中を覗くと、そこには骨格……以外は何も無かった。
心臓も、筋肉も、何も無いがらんどうだったのである。
強いて言うなら外装を骨格に固定するための棒のようなものが張られているだけだ。
「本当だ。何もないね」
「これでどうやって動いてたんだ……?」
「あちらの巨人も同様でした。最後の1つは川に沈んでしまっていて、引き上げるのは無理でしょう」
今度は外から巨人を見て回る。
硬質の甲冑は全体的に滑らかな曲線を描いており、関節など甲冑の切れ目は皮のような皮膜で覆われている。
甲冑と骨と皮だけの巨人。
駆動機構どころか動力部すら見当たず、どう見ても動くような代物には見えない。
だが、エクスにはふと思い当たるものがあった。
「あの文字……」
昨夜の巨人は頭部の上に輪のような物が浮かび、甲冑表面の文字が光り輝いていた。
だが、今はその痕跡を見つけることは出来ない。
あれが何らかのエネルギーを供給、もしくは操り人形のように巨人を動かしているのだとしたら……。
「……ん?」
思考を巡らすエクスの聴覚に、かすかに空を切る音が聞こえてくる。
空を見上げ、超視力によって飛来する”それ”を捉えた彼女は、自身の予感が的中した事に笑みを浮かべた。
「それでは女王様、今から守り神エインヘリアルを呼び戻してみせましょう!」
そう言うとエクスはその手にハンドガンを召喚すると、空へ向け撃ち放った。
光弾はある程度飛ぶと、紋章のような形の光となって広がっていく。
名目はエインヘリアルを呼び戻すための信号弾。
といっても、紋章は自身のパーソナルマークを転用したでっち上げなのだが……。
しかし、エクスの行為は意図した通りの効果を上げた。
紋章が消えると、王国の空を巨大な白い翼が駆けていく。
「あっ……あれが!」
風で乱れる髪を抑え、女王は守り神の……エインヘリアルの姿を初めて目撃した。
巨人を撃退した守り神の帰還に、街中がにわかに慌ただしくなる。
「ほら、言ったとおり」
「え……エクスさん、もしかして今のもデタラメに……?」
「どっちかというと計算だよ。さぁ、行こう!」
2人は広場に舞い降りたエインヘリアルの元へ急いだ。
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