第20話4/4 幽幻蠱毒
「こりゃまた、デカいな……」
不気味に蠢く巨影にヒョウガが呟く。
上半身だけ森から突き出た影は、大きさだけならスルトに匹敵するだろう。
「あれが……八闘士か!?」
アゾネは想像より遥かに巨大な敵に驚き、たじろぐ。
それとは対象的に、静かに剣を構えるカナリア。
彼はエクスがまとめた資料を思い出し、目の前の影の正体を掴んだ。
「あぁ、こいつは八闘士の1人、ヴァスキだ」
影が腕を大きく振りかぶる。
「来るぞ!」
振り下ろされた巨大な腕が森を薙ぎ払うように迫る。
飲み込まれた木々が腕を構成する無数の虫たちに食いちぎられ、伐採されるように粉々になっていく。
「くっ!」
避けきれないと判断したカナリアは盾を構えバリアを発生させる。
いや、正確に言えば避けてはならないのだ。
自分の後ろには巨人たちがいる。彼らを守らなければならない。
「各自防御態勢!」
カナリアの後ろでアゾネとクライオーネが氷の壁を作り、他の巨人たちも一箇所に固まり火の壁、木の壁とそれぞれの能力で防壁を張る。
次の瞬間、轟音と衝撃。
バリバリと音を立ててバリアが食い荒らされていく。
なんとか凌ぎきりバリアを解くと、周りの木々が完全に消滅し荒野と化していた。
「一箇所に固まるな!ちらばれ!」
アゾネの指示が響いたのち、今度は真上から押しつぶすように腕が迫る。
「ヒョウガ!彼を安全なところへ!」
「わかった!」
カナリアは負傷しているゴウカを背負い、里に向かって高速移動でその場を後にする。
散開する巨人とともに叩きつけられた掌を回避し、カナリアとクライオーネは反撃を叩き込む。
「烈翔斬!」
「スパークルアイス!」
飛ばした炎刃が巨影の身体を裂く。
だが分散した虫が欠損部位をすぐに再構成してしまう。
「スルトルみたいだ!」
カナリアの脳裏に灼熱の炎で傷を瞬く間に塞いでしまうスルトが浮かぶ。
巨人たちも攻撃するが同じようにダメージを与えられない。
「グオアアアアァ!」
カナリアとクライオーネを掴もうと掌が迫り、2人は回避しては反撃を繰り返す。
また迫る左腕をカナリアが回避しようとしたとき、掌は彼を囲うように無数の虫に分裂した。
「!?」
虫たちは再び腕となるため結合しはじめ、巻き込まれたカナリアはそのまま拳に握られてしまう。
「ぐあっ!」
巨影に掴まれる。
それは無数の虫に身体中を締め上げられることを意味する。
虫ではエインヘリアルの頑強な皮膚と甲冑をやすやすと食い破ることはできないが、じわじわと爪、角、牙が食い込む痛みをカナリアは感じていた。
「がああああっ!」
「カナリア!」
カナリアを掴んでいる手首を凍らせようとクライオーネが攻撃するが面積が足りない。
「アゾネ!あなたも手を貸して!」
助けを乞われたアゾネは一瞬ためらったが、すぐに角から冷気を放った。
天界への不信感など考えている場合ではない。
こいつは、八闘士は明らかに我ら巨人の敵だ。
2人の冷気により氷結した巨影の手首が千切れ、地面に落下する。
クライオーネは解放されたカナリアの手を掴み引き起こす。
「ありがとう。アゾネも」
「だが、どうする?」
「……姉さん、あいつ氷が弱点じゃないのか?」
物理や炎による攻撃では巨影にダメージを与えられなかったが、クライオーネの放った氷の連弾による氷結は残り続けている。
それに切断された手首の断面が氷結し、再生できていない。
「可能性は大いにあるわね」
「よし、力を合わせよう。アゾネ、俺たちと同時に攻撃してくれ」
「わかった」
「姉さん!俺にも冷気を!」
「はぁっ!」
カナリアはクライオーネが放ったの冷気エネルギーを自身の剣に吸収し、氷の刃を形成する。
「いくぞ!」
飛び上がる3人。
同時に放たれた攻撃が巨影の前でひとつとなり、絶対零度の竜巻が発生する。
「ギゃわわワー!」
吹きすさぶ風にその身を構成する虫が次々に吹き飛ばされていき、巨影は完全に消滅してしまった。
竜巻が収まった後、ゴウカが目撃し、彼に傷を与えた異形の虫たちが再結集し、本来のサイズのヴァスキが姿を表した。
「貴様ラ!よくもやってくれたな!」
仰向けで藻掻いていた状態から起き上がったヴァスキが癇癪を起こしたように地団駄を踏む。
「随分と縮んだな」
「んぐぬぅ、アナヴァダッタにお前たちの国を襲わせている間に俺が地獄を作るはずだったのに、まさかこっちを見つけてくるとはな!」
「王国と同時に……まさか!?」
「そうさ。俺を見つけた代わりに今頃お前たちの国はアナヴァダッタに焼き払われているだろうぜ!」
「なんですって!?」
「おっちゃん聞こえるか!?王国に敵が迫っている!すぐに――」
カナリアは即座に通信を開き、天界に待機しているゴズマたちに情報を伝えようとする。
だが、話終わる前にバルドルの声が入ってきた。
『おぉカナリア、俺も今それを伝えようとしていたところだ!王国に八闘士が現れた!』
「!」
『今ゴズマたちを降ろした!そいつを倒して早く戻ってきてくれ!』
「ヴァハハハハ!俺の言ったとおりだろう!」
ヴァスキの嘲笑いが響く。
ゴズマたちがいるとはいえ、相手は八闘士だ。
一刻も早く戻らなければならない。
「お前に時間をかけている暇はない……一気に仕留める!」
「やれるものならぁ、やってみな!」
その言葉とともにヴァスキが口から溶解弾を放つ。
「姉さん!」
回避したカナリアは再びクライオーネの冷気を剣に吸収し、氷の刃で斬りかかる。
ヴァスキが両腕から繰り出すムカデ鞭をかいくぐり、その右腕を斬り落とす。
「グギャア!」
やはりだ。
氷結させた部位は再生しない。
第二撃を加えようとしたとき、ヴァスキの身体から高温のガスが噴射された。
「なっ……くっさっ!」
そのあまりの悪臭にカナリアの攻撃が止まる。
同時にガスによって氷が融解したヴァスキは斬り落とされた腕を瞬時に再生し、ムカデ鞭でカナリアを吹き飛ばす。
「ぐあっ!」
さらにヴァスキは群体に分裂し巨人たちを襲い始める。
皮膚を食い破られ突き刺された管から生気を吸い取られ倒れていく巨人たち。
「みんな!」
「ふあぁ~腹いっぱい」
再び結集したヴァスキは両脇に卵を抱えており、それは即座に羽化した。
大量の虫が生まれ肉体の一部となり、ヴァスキはより刺々しい姿へと変化した。
「みんなに何をした!?」
「栄養を吸ってやったのさ。これが俺の虫地獄!貴様ら全員俺の栄養となり干からびて死ぬのだ!はぁっ!」
ヴァスキは爆弾ダンゴムシを繰り出し、クライオーネを吹き飛ばす。
「きゃあっ!」
「貴様も目障りだ!」
続いてヴァスキはアゾネにもダンゴムシを投げつけ、大きな爆発が起きる。
「貴様らに用はない!お仲間を干からびさせてやるぜ!」
ヴァスキは飛び立ち、里へ向かった。
「ぐっ……」
ヴァスキが飛び去った後、目を開いたアゾネが見たのは自分を爆弾から庇ったカナリアの姿だった。
「お前……なぜ?」
「俺は、みんなを守り……たい」
負傷したカナリアが肩で息をする。
天界の戦士が巨人である自分を身を挺してまで守った。
その行動にアゾネは、彼が里に来て言い放った言葉が嘘ではないと心で実感できた。
「追いましょう」
「あぁ……」
同じく爆弾を浴びたクライオーネも片腕を抑えながら姿を見せる。
いまだ膝をつくカナリアにアゾネは「立てるか?」と問うように手を差し出す。
敵意の消えた彼女の表情を見て、カナリアはその手を強く握り返した。
――――
再び森の虫を操り、巨人の里を襲撃するヴァスキ。
多くの者が栄養を吸われ倒れていく。
「てめぇ!」
ヒョウガが高速で何度も斬りつけるがヴァスキは身体を分裂させ回避を繰り返し、ブレードが命中したとしても切断面積の狭さ故にすぐにリカバリされてしまう。
「こいつ斬れねえ!」
スコーグの防壁から出たエクスもワルキューレで応戦するが、分裂したヴァスキに羽根や筋肉を食い破られてしまう。
「くっ……!」
「ヴフフフ!トドメだぁ!」
爆弾ダンゴムシがワルキューレに迫る。
だが、着弾する前に降りそそいだ巨大なつららが爆弾を瞬時に氷結させる。
つららはヴァスキを中心に円を描くように地面へ突き刺さり、円内の温度を一気に極寒まで下げる。
ヴァスキの身体の所々にも霜が付き、素早い分離合体を行えなくなる。
「こ、これは!?」
「貴方の悪行もこれまでです!」
ヴァスキが声の方を向くと、激昂したクライオーネが天高く杖を掲げていた。
「今よ、ヒョウガ!」
「しゃあっ!」
ヒョウガは足裏にブレードを装着し、氷上を滑るように脚技による高速攻撃でヴァスキをズタズタにしていく。
斬りつける度にヴァスキの肉体を構成する虫が数を減らし、確実に消耗させていく。
「ヴぐぅ、こうなったら……フン!」
追い込まれたヴァスキは爆弾ダンゴムシを持つと、ヒョウガではなく自身の足元に投げつけた。
爆発とともにヴァスキの身体はつららの効果範囲外に飛ばされ、分裂した。
「やつはどこだ!?」
「貴様ら動くなー!」
ヒョウガたちが辺りを見回していると物陰から怒声が響き、ヴァスキが空中へ姿を現した。
その腕にはキゾが捕まっている。
「このガキの命を救いたければ大人しくするんだな!」
ヴァスキは左腕の先を針のように尖らせ、キゾの喉元に突きつける。
これまでの襲撃で十分に負念は溜まった。無理してこいつらと戦うことはない。
このガキを人質にして撤退し、また次の場所で地獄を作ればいい。
ヴァスキはそう考えていた。
「卑怯なことしやがって!」
ヒョウガがヴァスキを指差し、罵声を浴びせる。
ヴァスキを逃がせば別の場所でここと同じような被害が出る。
それに彼ら八闘士の目的を考えれば、逃がしたところでキゾを殺すのは明白だ。
今ここでキゾを救い出し、ヴァスキを倒す以外に選択肢はないのだ。
だが一体どうやって?
空中に飛ばれたこの状況ではヒョウガの高速移動でも助け出せない。
激昂すれば空中移動もできるが、その時にヴァスキがアクションを起こすかもしれない。
一同が攻撃を躊躇う中、捕まっているキゾはアゾネがジェスチャーで自身にメッセージを送っているのに気づいた。
キゾを見つめながら両腕をガッと動かし、気合を入れるようなジェスチャーを繰り返すアゾネ。
「おいお前ら、何のやり取りをしている!?」
キゾはその意図を理解し、大きく息を吸った。
「スゥー……わああああ!」
キゾが全身に力を入れ叫ぶと、彼の表皮が氷を纏い、接触しているヴァスキの身体まで凍結し始める。
「ギ、ギャアアア!」
氷結した右腕がちぎれ、キゾが落下していく。
「なんてことしやがるこのガキャア!」
怒りに任せキゾを手に掛けようとするヴァスキだったが、その針は空を斬り地面に突き刺さった。
ヒョウガが高速移動で地面すれすれでキゾを助け出したのだ。
「うぬぅ、こうなればまた森に隠れて……なにっ!」
劣勢になったヴァスキは逃げて態勢を立て直そうとするも、アゾネとクライオーネが作り出した氷の壁に阻まれる。
「逃さん!」
「我らに手を出したこと、命を持って償え!」
2人がヴァスキに接近戦を仕掛ける。
ヴァスキは苦し紛れの攻撃で必死の抵抗を見せる。
「はっ!」
「あぶねぇ!」
クライオーネの突きを身体の中央に穴を開けて回避するヴァスキ。
だが――。
「氷結!」
「ギャピ!?」
杖から生じた氷の結晶がヴァスキの全身を串刺しにし氷結させる。
クライオーネはヴァスキを天高く放り投げ、詠唱を始めた。
「咲けよ氷華!極大氷結魔法!フロス・スティーリア!」
ヴァスキの周囲に巨大なつららが無数に現れ、次々に突き刺さっていく。
刺さり続けるつららは次第に氷の花を形作り、森の上空に巨大な花が咲き――。
「散華!」
そして、散った――。
「グガギャパアアアアアアアアアアアアア!」
氷華が砕けると同時に大爆発が起こり、ヴァスキの断末魔が轟いた。
それと同時にヴァスキの支配下となり暴れていた虫たちも解放され森へ戻り、カブタンも元に戻りキゾと戯れている。
「ありがとう」
「あぁ……」
氷の結晶が降りしきる中、カナリアはアゾネへ手を差し出しアゾネもその手を握った。
エインヘリアルと巨人。過去の因縁を乗り越え互いに信頼を築くことができた。カナリアはそう感じた。
「よし、急いで王国に戻るぞ!おっちゃん!ビフレストを!」
ヴァスキは倒したがまだ戦いは終わっていない。
八闘士に襲われている王国へ一刻も早く向かわなければ。
『すまねぇ!まだチャージが出来てない!』
「なんだって!?……そうか、ゴズマたちを降ろしたから」
かなり短縮されたとはいえ、ビフレストのチャージにはまだ片道分で20分はかかる。
悠長に待っている余裕はない。
「どうする……」
「おおーい!」
このまま飛んでいこうと考え始めた一同の元に空から声が響く。
里全体に影がかかり、見上げるとケートゥスがいた。
巨影状態のヴァスキよりさらに巨大な存在に巨人たちは驚いている。
「ケートゥス!」
「遅れてすまんであーる」
「いや、ナイスタイミングだ!カナリア、ケートゥスのビフレストを使おう!」
カナリアとバルドルの会話を通信で聞いていたエクスは、王国に八闘士が現れたのを知った時点でこの状況を想定し、ケートゥスに応援の要請を出していたのだ。
ケートゥスのビフレストなら距離制限はあるものの、天界に上がるより遥かに早く戻れる。
「そうか。よし!」
カナリアは飛べないヒョウガを抱え、クライオーネとともにケートゥスに乗り込んだ。
「アゾネ、もっと話したいことがあるけどすまない。必ずまた来る!」
「こちらのことは心配するな。行け」
残ったエクスがアゾネと別れの挨拶を交わす。
本当は負傷者を救護し、人間との友好や、ワルキューレと冥鬼兵に巨人の骨が使われていることについて話し合いたかったが、時間がない。
挨拶を簡潔に済ませ、エクスも急ぎケートゥスに乗り込み王国へと向かった。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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感想もお待ちしております。完結できるように頑張ります。




