第20話2/4 巨人たち
巨人――。
人間の数倍の巨体を持ち、ひとたび歩けば大地すら揺らす。
頭部に禍々しい角を生やしたその身から繰り出す業火や吹雪は大自然の脅威を彷彿とさせ、人間からは鬼や悪魔と呼ばれ恐れられた。
やがて天界の神々と巨人は衝突、エインヘリアルはその尖兵として巨人と戦い、ラグナロクで諸共に滅び去った――はずだった。
それから数百年――灼熱の火山と極寒の氷山に挟まれた地で両者は再び出会った。
「う……うわああああぁ!」
突如現れたカナリアたちを見るやいなや、巨人たちは悲鳴を上げて逃げ始めた。
ドタドタと大地を揺らし、物陰や森の中へ隠れていく。
「え……巨人!?」
「本物か!?」
「生き残っていたの!?」
カナリアたちが困惑している間に巨人の姿は見えなくなってしまった。
周りを見渡すと家屋があり、畑があり、家畜もいる。
見覚えのある意匠の工芸品もあり、明らかに生活と文化を感じさせる光景だ。
「どうやら、本当に巨人のようね」
「あ、あぁ……」
本物の巨人が生き残っていた事実に呆然としていると、里の奥から今度は槍や弓を携えた巨人たちが現れた。
水晶のような2本の角と、凍てつく氷のような青い肌をもつ黒い瞳の氷の巨人、ヨトゥン。
獄炎を纏った3本の角と、灼熱のマグマのような赤い肌をもつ炎の巨人、ムスペル。
樹木のように湾曲した4本の角と、新緑を思わせる浅緑の肌をもつ山の巨人、ベルグリシ。
種族ごとに統率された動きで自分たちの周囲を取り囲み、切っ先を向けてくる。
「やるってか!?」
空気がひりつき、ヒョウガが腕にブレードを装着し構えをとる。
「待てヒョウガ!俺たちは八闘士を探しに来たんだ!」
カナリアがヒョウガを諌めている間に、巨人たちの包囲は完璧なものとなった。
しかし、数の上では圧倒的優位にも関わらず、巨人たちの表情にはまるで余裕がない。
まるで自分たちの天敵が現れたかのように歯を食いしばり、怯えたような顔すらしている。
それも当然のことだった。
彼らにとってエインヘリアルとは、古い伝承に出てくる自分たちの先祖を殺戮した悪鬼羅刹の如き存在なのだ。
「全員、そのまま!」
膠着した場に凛とした声が響き渡る。
道が開き、3人の巨人がカナリアたちの前へ現れる。
「我はこの村の長、アゾネ!貴様たち、天界の者か!?」
中央、青い肌に濃紺の長髪を靡かせた氷の巨人が問う。
「……そうだ。俺たちはエインヘリアル」
問いに答えた途端、彼女の目つきが厳しく鋭いものに変わり、周りの巨人たちからの圧も一層強くなる。
「やはりそうか。貴様ら……我らが祖先を散々いじめ抜いておきながら、今また我らを根絶やしにしようというのか!?」
「ま、待ってくれ!君たちと戦う気はない!ニーズヘッグ八闘士を探しに来たんだ!」
「なんだそれは!?」
「人々を襲い、この世を地獄にしようとしている連中だ。俺たちは奴らの反応を追ってここに来た。なにか普段と変わったことはないか?」
「何もない!下手な嘘をついて我らを騙す気か!?」
「違う!信じてくれ!」
「信じる……?貴様らをどう信じろというのだ!?貴様らは我が祖先たちを理不尽に虐殺し、あまつさえそれが調和と嘯いた!貴様らが過去に行った蛮行は全て、怨みとして我らに伝わっている!」
「あ……」
アゾネの言葉に、カナリアの過去の記憶がフラッシュバックする。
はるか過去――天界の命を受けエインヘリアルたちは天界に仇名す巨人の一派を征伐した。
指導者が捕らえられ、処刑が執行される直前、彼はこう言い放った。
「お前たちの言う調和は……お前たちだけのものに過ぎない!」
当時のカナリアはその言葉の意味が分からなかった。
だが、エインヘリアルとして戦い続ける内に彼は気づいた。
巨人との戦いは勢力を伸ばそうとする彼らを抑えるために、天界の都合で行われたものだった。
天界の神々にとって都合の良い世界――目障りな種族を弾圧し、天界を神聖視する種族だけ庇護する世界のため。
それが「調和」の正体だった。
今ならわかる。
あの言葉がどんなに理不尽なものだったのか。
カナリアの心に、知らないまま不条理な暴力に手を貸した後悔と懺悔の感情がわきあがる。
過去はそうでも今は違う。そう言うのは簡単だ。
だが、彼らに染み付いた怨みと不信感は言葉でどうにか出来るものじゃない。
だったら……。
「……すまない!」
「カナリア!?」
いきなり膝をつき、頭を下げたカナリアに一同が驚く。
「確かに俺たちは天界の騎士として君たちの祖先と戦った。だがもう違う。天界は滅びた。俺たちを始め数えるほどしか残っていない」
「滅びた……?」
「だから俺たちには君たちと争う気も、暮らしを脅かす気もない。八闘士が見つからなかったら大人しくここを去る。だから少しの間でいい。辺りを調べさせてくれ」
過去の遺恨を乗り越え本当の調和を実現すること。
それはカナリアにとって、エインヘリアルとして乗り越えなければならない課題だった。
だが……。
「必要ない」
返ってきた答えは冷たいものだった。
「左様。この一帯の森、山、あらゆる大地は我らが味方」
「その八闘士とやらが現れても、我らだけで対処できる」
山の巨人がアゾネに追従する。
「待ってくれ!八闘士の力は強大だ!俺たちでも一筋縄ではいかないほどに!」
「おうおうおう!さっきから聞いてりゃ、まるで俺たちが弱いみたいに言いやがるじゃねえか!?」
大きな斧を担いだ炎の巨人が声を荒げる。
「そんなつもりじゃ……」
「なんなら手合わせするか?このゴウカ様と!」
炎の巨人、ゴウカは悠然と歩を進めカナリアの前に出る。
その背丈はカナリアよりひとまわり大きく、以前の肉体のゴズマに匹敵するだろう。
睨み合う2人、双方に緊張が走る。
「待った!」
一触即発の中、エクスの制止の声が響いた。
周囲の視線がワルキューレへ向くと、エクスはワルキューレでゴウカの前へ歩み出る。
「エクス……?」
そしてコクピットを開き、小さき身体をさらけ出した。
「に、人間……!?」
ゴウカが眼を丸くし驚きの表情を見せ、取り囲んでいる巨人たちもエクスの姿を見てざわついている。
外界と隔絶されたこの森の中で過ごす彼らにとって、人間はエインヘリアルと同じように伝承の中の存在なのだ。
初めて見る人間。
ましてや人間が巨大な人形を操っているなど彼らの誰も想像しえないことだった。
そんなのは伝承にも書いていない。
エクスは考えていた。
天界の映像資料やカナリア達から聞かされた巨人のイメージ。
そして蘇ったスルトルとの戦いで、巨人は原始的で野蛮な種族といった印象を持っていた。
だが目の前にいる彼らは非常に理性的であり、言葉も通じる。
巨人とエインヘリアル。
互いに過去の軋轢を乗り越えられれば、必ず良い関係を築けるはず。
ならば、自分がすべきことは……。
「私が人質になる」
「エクス!?」
自分が緩衝役になり、2つの種族の仲を取り持つこと。
動揺する周りをよそに天霊装となったエクスはコクピットから飛び立ち、アゾネに向けてふわりと飛行する。
その美しさに見惚れたアゾネは思わず武器を手放し、両掌でエクスを受け止めた。
「もし彼らが君たちに危害を加えるようなことがあれば、私を好きにして構わない」
「……」
「おい、エクス!?」
アゾネはカナリアたちの動揺ぶりから、己の掌に乗るこの小さな人間が彼らにとって大切な仲間であることを感じ取った。
「お前は信じているのか?あいつらのことを……」
「命を懸けられるくらいにはね」
アゾネの問いにエクスは堂々と、曇りのない表情で答える。
その勇気と覚悟が、アゾネの冷たく固まった心を少しだけ溶かした。
簡単に握りつぶせてしまいそうなこの小さな存在が彼らと信頼で結ばれている。
伝え聞いていたエインヘリアルのイメージとは違う現実がそこにはあった。
「……キゾ!」
「な、なに?」
アゾネが深く息を吐き、名前を呼ぶと物陰から彼女と同じ氷の巨人の少年が顔を出した。
少年とはいえ巨人だ。身長は5mほどある。
隠れて様子を伺っていたのだろう。
「お前、虫かごを持っていたな」
「え、うん。あるよ」
キゾは脇に置いていた、木の蔦を編んで作られた丸い虫かごを頭上に掲げる。
「この人間をそれに入れておけ」
「わ、わかった」
アゾネの元へ走り寄ったキゾが虫かごの蓋を開くとエクスは自ら中へ入った。
虫かごの底には葉っぱが敷き詰められており座るのに十分なスペースがある。
「逃げないように見張っていろ」
「う、うん」
初めて見る人間。
キゾは興味津々な目つきで虫かごの中のエクスを見つめる。
キラキラとした純真で巨大な瞳が迫り、少し緊張した様子でエクスは彼に手を振る。
「みんなー!」
面白いものを手に入れたとキゾは猛ダッシュで里の方へ向かい、彼と同じように様子をうかがっていた子供たちがワーっと追いかけていく。
「お、おい!あいつにヒドいことするなよな!」
心配のあまり一歩踏み出したカナリアに槍が突きつけられる。
「それはお前たち次第だ。彼女の覚悟に免じて里に入ることは許すが、我々はお前たちを信じたわけではない」
「……わかった。だけど俺は君たちを信じる」
互いに信頼を築くにはまずこちらが相手を信じなくてはならない。
あとは相手に信じてもらえるよう、言葉ではなく行動で示すしかない。
カナリアの言葉に、アゾネも少し思うところがあるようだった。
「……スコーグ、お前は子供たちが人質にいたずらしないように見ていろ」
「あいわかった」
アゾネは山の巨人スコーグに命じ、スコーグもそれに素直に応じた。
「探索ルートはこちらで決めさせてもらう。お前たちが先を歩け」
監視のためカナリア達は先頭を歩かされ、その後ろにアゾネとゴウカ、彼らの部下たちが付き従う。
「後ろから刺したりすんなよ」
「それもお前たち次第だ」
ヒョウガが警戒心をあらわにするも、軽くあしらわれ、言われるがまま森の中へと入っていく。
「先程も言ったが、八闘士とやらを倒したらすぐにここを出ていけ。我々はお前たちの戦いに関わる気などない。この地で……皆と穏やかに暮らしていければそれでいい」
「……わかった」
「ところで、巨人の皆さんは魔術を使えますか?」
後ろ歩きしながらクライオーネは巨人たちに質問する。
「いや、使えない。大昔は使える者がいたと聞く」
「そうですか。んふぅ……」
教えがいがありそう――とクライオーネはにんまり笑った。
確かに昔は巨人の中にも魔術を使える者が少なからずいた。
というより、天界から離反したある神が巨人たちにそれを教えたのだが……。
「姐さん、もしかしてこいつらに教えようとか考えてるのか?」
「できたら面白いわねぇ」
一同は森の奥へと歩を進めていった。
最後までお読み頂きありがとうございます。
少しでも面白いと思っていただけたら
↓の★★★★★を押して応援してくれると励みになります。
感想もお待ちしております。完結できるように頑張ります。




