第19話1/3 恩師の幻影、そして願い
(……む)
カン……カン……カン。
暗闇の中に金属を叩く音が響く。
(なんだ……この音は……)
次第に暗闇に一筋の光が射し込み、大きくなっていく。
光が一面に広がった後、ぼやけた視界に映し出されたのは見慣れた格納庫の天井。
ひどく、ひどく深い眠りからエインヘリアル=ゴズマ・イル・ゼンコージは目を覚ました。
「……」
雨音が聞こえる。
ゴズマは朧気な意識で、なぜ自分がここにいるのか追憶する。
(俺は確か、あの野郎を道連れに……)
自爆し、絶命したはずだった。
なのに……生きているのか?
「ゴズマ!目が覚めたの!?」
何が何だかわからない中、聞き慣れた声がした。
「……イル?」
駆け寄ってくるイルの姿が見え、ゴズマは身体を起こす。
だが、どこか違和感があった。
イルが大きいのだ。
以前は自分の膝ほどもない身長だったのに、今は顔がよく見える。
「お前、背が伸びたか?」
「……違うよ。ゴズマが小さくなったの」
小さくなった?
確かに、己の手や身体を見るとどこか丸っこい。
自分の指はこんなのじゃなかったはずだ。
「どういうことだ……?」
「ゴズマ、驚かないで聞いてね」
首を傾げるゴズマの前に、イルが姿鏡を持ってくる。
「これが今のゴズマの姿」
「……はぁ!?」
鏡に映った自らの姿を見て、ゴズマは驚愕した。
身体が二頭身ほどのちんちくりんになっていたのである。
「おい、なんだこれ!?なんでこんな……そもそも俺はなぜ生きてるっ!?」
「え、えっとね……」
イルはゴズマが自爆したあと、何があったのか説明し始めた。
ゲオルギウス諸共ゴズマが吹き飛んだ直後、飛散するゴズマの頭部を見つけたエクスがすぐに落下地点に駆け寄った。
そして創成能力を用いてゴズマの意識がなくなる前に、端的に言えば魂が失われる前にその生命活動を維持できる身体を急場しのぎで創り上げたのだ。
「……」
つまり自分はまた死に損なったのかとゴズマはうつむいたが、直後にもっと大事なことを思い出した。
「おい。俺が無事ならヤツは?ゲオルギウスの野郎は……!?」
「それなんだけど……」
――――
エクスがゴズマの肉体を創成した後、皆の視線は爆心地に向けられた。
「グオオォ……」
ゴズマが自身を犠牲にしたにも関わらず……ゲオルギウスは生きていた。
「そんな……」
壊滅的な被害を受けたカナリアたちにもう戦う力はない。
だが、ゲオルギウス自身もゴズマの自爆によって激しいダメージを受け、装甲のあちこちが損壊している。
さらにカナリアにとって衝撃的な事実が突きつけられた。
半分砕けたゲオルギウスの顔の下から覗いていたのは……骸骨だった。
それどころか、装甲が砕けた箇所からは全て骨が露出している。
龍狩りの騎士ゲオルギウス。
その身は既に朽ち果て、完全にニーズヘッグの傀儡となっていたのだ。
「あ、あ……」
これでは救うこともかなわない――。
カナリアが落胆し、一同がゲオルギウスの動向に神経を尖らせる中、黒き竜人は飛び去っていった。
――――
「ヤツはまだ生きてるわけか……」
「みんなの怪我はエクスさんとシニューニャちゃんが治したんだけど、エクスさんは力を使いすぎて倒れちゃって……いま寝込んでる。力が戻ったらゴズマの身体をちゃんと創り直すって言ってたよ」
「新しい身体ねぇ。それまでこの姿で生き恥を晒せってか」
「私は、ゴズマが生きててくれて……嬉しいよ」
「……」
生きててくれて嬉しい。
ゴズマにとっては複雑な気分になる言葉だった。
「それで、ひよっこどもは……?」
「……みんな、どこかへ行っちゃった」
ゴズマの問いに、イルは俯いて答えた。
――――
「はっ!」
降りしきる雨の中、震えた切っ先が空を切る。
誰もいない森の中で、カナリアは無心に剣を振り続けていた。
あれからヒョウガもクライオーネも姿を消した。
無理もない。
自分だって1人になりたくて、こうして人気のない場所に来たのだから。
「おおぉっ!」
剣を振る。
幾度も、幾度も。
己の心に刻まれた恐怖を振り払おうと斬りつける。
だが、それは決して消えることはない。
己の死力を尽くしても、仲間たちと力を合わせても敵わなかった。
完全なる敗北――。
「うあああああぁっ!」
悔しさがこみ上げ、地面をがむしゃらに殴る。
身体の傷は癒えても、心に刻まれた敗北と恐怖は拭い去れない。
どうすればいい?
どうすればやつに、ゲオルギウスに勝てる?
どうすればみんなを守れる?
わからない――。
泥混じりの拳を握りしめ、泣き崩れる。
「師匠、俺はどうしたら……」
カナリアは縋った。
かつて自分を教え導いた恩師に……。
――――
マスター・ファルコニウス。
カナリアと同じく鳥の意匠を持った最古参のエインヘリアル。
冴えわたる二刀流の達人であり、その腕前と思慮深い人格から、軍団長プレマテスにも一目置かれていた。
そんな彼の前に、人の記憶を持ったまま転生し、右も左もわからない新米のエインヘリアル・カナリアが現れた。
「どうした。なぜ翼を使って戦わない!」
「あるものは全て使え!お前の背に、脚に備わっているものはなんだ!」
「地上の調和を保つ事こそ我らの使命!」
その素質を見抜いたファルコニウスはカナリアを鍛え始め、やがて2人は師弟と呼べる間柄となった。
ファルコニウスはカナリアに期待し、カナリアはファルコニウスを誰よりも信頼した。
師弟はともに数々の任務をこなし、その度にカナリアはエインヘリアルとして成長していった。
――――
「う、うぅ……」
雨に打たれ、カナリアは泣き続ける。
自分に剣と戦士の心を教えてくれた師。
もし師匠が生きていれば、ゲオルギウスに勝てる秘策を伝授してくれるかもしれない。
いや、指南なんてどうでもいい。
ただ、声を聞きたい。
会って話がしたい。
託してくれたのに、ゲオルギウスに勝てなかったことを謝りたい。
カナリアが懺悔していると雨は上がり、雲間から差した光に辺りが照らされる。
(まだまだ未熟だな……)
「……!?」
声が聞こえ、顔を上げたカナリアは驚愕した。
夢か幻か。
亡き師、ファルコニウスがそこにいたのだ。
「師匠……!?」
カナリアは思わず立ち上がる。
いや、本物のはずがない。
だって師匠は自分を庇って、ゲオルギウスに……。
きっと、自分を笑いに化けて出たのだろう。
ファルコニウスは何も言わず、じっと見つめてくる。
「師匠、俺は……」
己の不甲斐なさを吐露しようとした時、ファルコニウスがすっと空を指差した。
「え……?」
指差した先には、夕暮れの空に光る一番星。
何を伝えようとしているんだ?
意図を掴めずにいると、一番星の周りに次々と星が輝き始める。
その光景に、カナリアはかつてファルコニウスが語ったことを思い出した。
――――
「カナリア、あれを見ろ」
満天の星空のもと、ファルコニウスが一際大きく輝く星を指差す。
「あの星がどうかしたんですか?」
「あれが極星、主神オーディンを司る星だ。そして、極星を守護するよう無数に点在する小さな星が我らだ」
極星の周りには大小さまざまな星が、それぞれ違った色で瞬いていた。
「小さいですね。俺たち……」
「そう。我ら1人1人はただの小星にすぎん。だが、星と星が繋がれば星座となり、大きな形を成す」
「星と星が繋がれば……」
――――
星と星が繋がれば……仲間と力を合わせればより大きな力になる。
師が言いたかったのはそういう事だろう。
「だけど……みんなと一緒に戦っても、ゲオルギウスには勝てなかった……」
先の戦いでは全員が力を合わせゲオルギウスと戦い、それでも惨敗した。
これ以上、何が出来るというのか。
(……)
カナリアの弱音に、ファルコニウスは静かに首を振る。
(お前たちはまだ、本当の意味で力を合わせてはいない)
「……っ!? それはどういうことですか!?」
カナリアの疑問に応えぬまま、ファルコニウスの幻影は消えた。
「待ってくれ師匠! 師匠ー!」
まだ本当に力を合わせてはいない。
どういう事だ。
星と星が繋がれば――。
師の言葉を思い返す。
今、自分にとって周りの星は……。
「こんなとこにいたのか」
声に振り向くと、ヒョウガがいた。
「ヒョウガ、戻ってきたのか!」
「あれからずっと走ってたんだよ。……尻尾巻いて逃げたと思ったか?」
「あ、いや……」
「……そうしようかとも思ったさ。でも、アイツが見逃してくれるわけないからな」
軽口を叩きつつも、ヒョウガは真剣な面持ちで言葉を続ける。
「俺さ、エインヘリアルとして戦って死ぬ覚悟は出来てたつもりだった。でも、走ってるうちに気づいちまったんだ。死にたくねえって。この景色を、まだ知らない景色をもっと走って、もっと見ていたいってな」
「ヒョウガ……」
「おかしいよな。俺たち、一度死んじまってるはずなのによ。死ぬのが怖えなんて……」
ヒョウガが己の矛盾を自嘲する。
エインヘリアルは勇敢に戦い死んだ人間の魂が神に選ばれ、転生することで誕生する。
いわば生まれた時から死んだ存在なのだ。
はなから死人なのに死を恐れる。
こんなおかしいことがあるだろうか。
「何もおかしくないわ」
ヒョウガの言葉を否定するように、空からクライオーネが降りてくる。
「クリオ姐!」
「姐さん……」
「私も死ぬのが怖い。でも……まだ死ぬつもりはないわ。魔術を世界中に広める夢があるもの」
「夢……」
「ゲオルギウスに負けてもう駄目だと思った時、私の心に残ったのはエインヘリアルの使命じゃなく、自分の夢だった。あの時、私は自分の本当の願いに気付いたの。だから次は……絶対に負けない!」
杖を固く握りしめるクライオーネの瞳には、強い決意が宿っていた。
「俺も姐さんと同じだ。次はかならず勝つ。戦士としてそれは揺るがねえ」
ヒョウガも決意を新たにし、ガッと拳を突き合わせる。
「カナリア、あなたは?」
「え?」
「あなたに夢はある?」
「俺は……みんなを守って……この世界の調和を……」
「ううん、そうじゃない。あなた自身の、本当の願いは?」
エインヘリアルとしてではなく、個人としての願望をクライオーネはカナリアに問う。
「俺の……夢……」
カナリアは答えられなかった。
人としての生を終え、エインヘリアルとして転生してからずっと地上の調和を守るために戦ってきた。
それがエインヘリアルになった者としての使命だと信じて……。
心残りがなかった訳ではない。
故郷の村に遺した家族と、想い人を守るためにも戦った。
だけどそれも、数百年経った今では跡形もなく消えてしまっている。
今の自分に残っているのはエインヘリアルとしての使命だけだ。
でも、それじゃきっと足りないのだろう。
『カナリア。きっとクライオーネの言うとおりだ』
「エクス?」
突然、耳の通信機からエクスの声がした。
『ごめん、通信機越しに話を聞いてた。カナリア、エインヘリアルとして戦ってもきっとゲオルギウスには勝てない。死者に勝つには、君たちの生きる意志と力をぶつけるんだ』
「でも、俺には夢なんて……」
『君は気づいていないだけだ。君には何か無意識に蓋をしている想いが、諦めてしまっている事があるんじゃないかい?』
「俺が……諦めていること?」
――――
ヒョウガとクライオーネが去った後、カナリアは1人で己の願いを考え続けていた。
(俺の……本当の願いか――)
草っぱらに寝転がると、戦いの日々すら忘れるような美しい星空が広がる。
「本当に色んな星があるな……」
赤く光る星、緑に光る星、様々な大きさと色で輝く星たちを指でなぞり、線で繋ぐ。
自分に見立てた星から、小さな赤い星へ線を繋いだ時、声がした。
「あ、いた」
ランタンの灯りとともに、草むらから1機のワルキューレが歩いてくる。
エルダのものだ。
「エルダ?」
「カナリア様、ここにいるって聞いて……お夕飯持ってきました」
ワルキューレの背中の籠から、小分けになった料理が取り出される。
「え、ありがとう。わざわざ……」
カナリアは手渡された料理を食す。
「うん、美味しいよ」
「よかったぁ」
――――
「あの……カナリア様」
食べ終えたカナリアに、エルダが恐る恐る質問する。
「エクスさんから聞いて驚いたんですけど、元は人間だったって……本当ですか?」
「あ、エルダは知らなかったっけ。そうだよ、俺は人間だった。と、言っても何百年も前の話だけど」
「人間だった頃のカナリア様って、どんな人だったんですか?」
「どうって言われても……」
「エクスさんから言われたんです。カナリア様が人間だった頃の話、いっぱい聞いてあげてって」
「まいったな……」
「ダメなら、いいんですけど……」
「構わないさ。俺も、自分のことをもう一度考えたいから」
カナリアは己の人生を振り返るように、過去を話し始めた。
「この国がまだ小さな村だった頃に、俺は生まれた。家族は母さんと姉さん。父さんは俺が生まれた時にはもう死んでた。まさか死んでから会えるとは思わなかったけど……これは今はいいか。村は過去に何度か巨人に襲われてて、対抗するための戦士団があったんだ。俺はそれに入った。親友と一緒に剣の腕を磨いて、村を襲ってきた巨人に立ち向かったけど……死んでしまった。でも戦いぶりを神に認められて、こうしてエインヘリアルになれたんだ」
「神に選ばれた……すごいですね!じゃあ、ゴズマさんやヒョウガさん、クライオーネさんも?」
「あぁ、みんな元は人間だよ」
「へぇー」
カナリアの話を目を輝かせて聞くエルダに、カナリアはかつての大切な人を思い出していた。
「村に、仲の良い女の子がいたんだ。幼馴染でさ、いつも一緒に遊んでた」
「……?」
突然、話が横道に逸れたような感覚にエルダがきょとんとする。
「……好きだったんだ。その娘のことが」
「え?」
「それに気づいたのは、エインヘリアルになった後だったけど……」
「カナリア様にも、そういう人がいたんですね」
カナリアに好かれるような女性とはどんな人だろうと、エルダは考えていた。
「笑ったら可愛くて、赤い髪で……君によく似てた」
「……え!?」
いきなり自分に話題が向き、エルダは驚く。
「気を悪くしたらごめん。君を初めて見た時、彼女にそっくりだと思ったんだ」
「え、あ……! あれってそういう意味だったん……ですね」
エルダはカナリアに迫られた時の事を思い出し、納得した。
同時に、カナリアはエルダのよそよそしさが気になった。
「エルダ。俺を慕ってくれるのは嬉しいけど、様付けはしなくていい。敬語もいらない」
「え、でも……私にとってカナリア様は神様も同然だから」
エルダは躊躇した。
カナリアは物心ついた時からあの広場に鎮座していた、この国の守り神だ。
そんな相手にタメ口で話すなど、あまりにも畏れ多い。
「うーん……。じゃあ、神様として君に命じる!」
「え……あっ、はい!」
「俺と、友達になってくれ。互いに気を使わない、対等の友人として……」
「で、でもカナリア様は何百年も前から生きてて、私なんかが対等なんて……」
エルダはなおも渋る。
守り神カナリアと自分が対等など考えられない。
いくら元人間とはいえ、自分とは天と地ほどの差が……。
そう考えていたエルダだったが、カナリアの次の一言で頑なな心は一気に氷解した。
「いやいや、俺が死んだの15の時だぞ?エルダと同じくらいだろ?」
「15……えっ、じゃあ歳下!?」
「え、そうなの?エルダって何歳?」
「16……」
「そっかぁ、歳上かぁ……」
「……ぷっ、ふふ」
「ん?」
「こんなに大きいのに歳下なんて、なんだか面白いなって」
「ははは、そうだな」
「あはは」
2人はしばし笑いあった。
カナリアは自分より歳下、それだけでエルダにはカナリアがとても身近に感じられた。
神ではない――。
この大きな身体に宿っているのは、自分と同世代の少年の心なのだと。
「ソラだ」
「え?」
「ソラリス・スキールニル。それが……俺が人間だった時の名前だ」
「ソラ……。良い名前だね」
笑顔で自分の名を誉めるエルダに、カナリアは気恥ずかしくなって頬を掻いた。
「綺麗だね……」
「ああ……」
2人の星を繋ぐように、夜空に流れ星が瞬いた。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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