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天霊戦騎エインヘリアル  作者: 九澄アキラ
第02話「エインヘリアル」
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第02話2/5 天界へ

 記憶を頼りに夜空を駆け、カナリアは天界を目指す。

 雲の上へ出ると月明かりが雲海を青く照らす。

 以前は1つだった月も今は2つある。

 まるで眠っている間にどこか別の世界に来てしまったようだ。

 星空を見つめながら、カナリアは己の過去を振り返る。

 エインヘリアルとなる前、まだ一人の人間だった頃の自分を──。


 

 ――


 

 あの日、巨人は空飛ぶ帆船でやってきた。

 遊び半分で村を破壊する巨人に、人間の少年ソラは勇敢に立ち向かった。

 

「やるぞソラ!」

「おう!」

 

 仲間と力を合わせ、偉大な戦士であった父から受け継いだ巧みな戦術と、類稀なる身体能力でこれまで何人もの巨人を倒してきた。

 だが、それも終わりを迎える……。

 

 仲間が巨人の脚を攻撃し膝を付かせると、ソラは巨人の身体そのものを足場にして駆け上がり、頭に飛びついた。

 

「もらった!」

「アギャアアア!」

 

 剣で目を抉られた巨人が苦悶の声を上げる。

 勝利を確信したのも束の間、巨人はソラの身体を掴み、強く握り締めた。

 

「がはっ!」

 

 全身の骨が砕ける音がした。

 放り投げられ、地に伏したソラへ巨人は怒りの形相で近づいてゆく。

 片目を奪った怨み、人としての形すら残さないという意思を示すかのように巨大な棍棒を振り上げる。

 逃げたくとも身体はピクリとも動かない。

 

 その時、天から虹色の光が柱のように降り注いだ。

 柱の中から現れたのは巨人……。

 いや、巨神と形容すべきだろう。

 鋭利に尖った漆黒の甲冑、竜の翼のようなマント、緑色に光る鋭い眼光はひと目で巨人達とは別の存在だとわからせる。

 天から舞い降り、巨大な戦斧で巨人を次々と屠り去る姿はまさに神の戦士と呼べるものだった。

 それに続くように柱からは姿の違う巨神が次々と現れ、巨人を容赦なく蹂躙していく。

 

 彼らの噂は聞いていた。

 この世界の調和を保つ存在。

 勇敢に戦い死んだ者だけが天に召され、彼らのようになれると。

 

(なら、俺は失格か……)

 

 視界がぼやけていく。

 自分はこのまま死ぬだろう。

 だけど彼らが来てくれたことで村も、母も、姉も、あの娘も救われた。

 安堵し、ソラは自らの意識を手放す。

 意識が消える直前、髪の長い女性が自分の前に立った。

 ような気がした……。

 

 

「目覚めなさい……」

 

 誰かが呼ぶ声がする。

 重い瞼を開けると、視界の全てが金色に包まれた。

 目に映るは荘厳な彫刻の施された黄金の空間。

 階層に分かれた、円形の空間が塔のように高くまで広がっている。

 どこだここは……?

 自分は死んだはず。

 もしかして……ここは天国〈ヴァルハラ〉なのか?

 寝ぼけ眼のソラに再び呼びかける者がいた。

 

「目覚めましたか。新たなエインヘリアル、カナリアよ」

 

 声の方向を見ると二人の女性が立っていた。

 2人とも赤みがかった頭髪に煌びやかな装飾品の付いた服を着ている。

 顔も似ていて違うのは、髪の長さくらいだ。

 

「私は女神のフレイ。こっちは妹の……」

「フレイヤよ」

 

 ……女神?

 御伽話でしか聞いたことのない言葉を口にする2人だが、その美しい風体は女神に相応しいものだ。

 

 だけど、その姿はとても小さい。

 随分遠くにいるのか。

 もしくは小人なのかと錯覚する程だ。

 それに、エインヘリアルとは?

 カナリアとは誰のことだ?

 名は違うが彼女達は明らかに自分のことを言っている。

 状況を飲み込めないソラが身体を起こすと、すぐに自身の異変に気付いた。

 

「え……?」

 

 白い甲冑を纏ったような己の脚。

 爪先は鳥のように3つに分かれ、大きな爪が生えている。

 腕も同様に甲冑で覆われ、掌は黒く、鋭利な爪が生えている。

 明らかに人間のものではなかった。

 

「なんだ、これ……?」

 

 困惑し辺りを見渡すと巨大な鏡を見つける。

 ガシンガシンと彼にとっては聞き慣れない、金属の擦れるような足音を響かせながらそれに駆け寄っていく。

 

「なっ……!?」

 

 鏡に映し出された自身の姿に彼は驚愕した。

 全身を包む、所々に金の装飾が施されている純白の甲冑。

 顔も人間のそれではなく、大きな鶏冠に緑色の眼、啄むような形の口に変わっていた。

 夢かと思い顔に触れる。

 触った感触と触られた感触の両方が同時にくる。

 間違いなく自分の身体だった。

 何よりも大きな変化は、背中と腰に翼が生えていることだった。

 

「えっ?えぇっ?」

 

 翼を先端を掴み、目の前に引っ張る。

 どう見ても羽毛だ。

 たくさん生えている。

 次の衝撃は鏡の隅に映り込んだ女神達を見た時だった。

 

「はぁ!?」

 

 彼女達が小さかったり遠くにいるのではない。

 自分が人間より遥かに大きいのだ。

 

「落ち着いてカナリア」

「ど……どういうことだ!?俺に何をした!?それに俺の名前はソラだ!カナリアじゃない!」

「あ……貴方、記憶があるの?」

 

 自分の身に何が起こったのかわからず、女神達に詰め寄る。

 感情とともに、翼の広がる感覚が走る。

 

「落ち着け!」

 

 女神達とは違う低い声が轟き、ズシンと何かが落ちた──いや、降り立った振動が背後から響く。

 肩を掴まれ振り向かされると、そこにいたのは――あの黒い巨神だった。

 

「あ……」

 

 死に際に見た巨神は遥か巨大だった。

 だが、今は自分より頭2つ分ほどの差しかない。

 その姿を見てソラは、カナリアはようやく状況を理解した。

 自分も彼らと同じ存在になったのだと……。


 

 ――


 

「う……」

 

 雲海から顔を出した朝日がカナリアを追憶の世界から呼び戻す。

 王国を飛び去ってからもう数時間が過ぎていた。

 眩い朝日に照らし出され、雲の上にまで突き出た巨大な柱が姿を現し、その傍らに浮かぶ大小の島々も見えてくる。

 

「あった!」

 

 あれが神々の住む空の大地、天界だ。

 今も変わらず存在していたことに安堵し、カナリアは飛翔速度を上げる。

 だが様子がおかしい。

 以前の天界はこの距離からでも分かるほどの眩き金色の輝きを放っていた。

 今はそれが感じられない。

 

「痛っ」

 

 天界に近づくにつれ、浮いている破片や小石が多くなり、次々と身体に当たり始める。

 腕で頭を守り突き進んでいくと、やがて眼下に浮島が見えてきた。

 

「そんな……」

 

 立ち止まり周りを見渡すと、廃墟となり朽ち果てた天界がそこにあった。

 かつては黄金の宮殿や館がいくつもそびえ立っていたが、今は見る影もなく荒れ果ててしまっている。

 人の気配も感じられない。

 

「誰か! 誰かいないのか! いるなら出てきてくれ!」

 

 中央にある1番大きな浮き島へ降りる。

 ここはかつて主神オーディンを始め、多くの神々が暮らしていた神殿グラズヘイムとヴィーンゴールヴの館があった島だ。

 だが、そのどれもが今は見る影もなく廃れ、崩れている。

 

「頼む、誰か返事をしてくれ!」

 

 叫んでも叫んでも、人どころかネズミ一匹見つからない。

 あるのは雑草だけ。

 あの時の炎でみんな死んでしまったのか……。

 カナリアが沈んだ心で空を眺め、仲間達の顔を思い出し昔を懐かしんでいた時だった。

 

「んぅ……。うっせーな、 誰だ……?」

 

 廃墟の影から一人の男が出てきた。

 ボサボサの髪とヒゲを蓄え、着崩れた天界の服を着た男が、酒瓶を手にフラフラとおぼつかない足取りでこちらに歩いてくる。

 

 「お……おっちゃん? バルドルのおっちゃんじゃないか!」

 

 カナリアはその男を見て歓喜した。


 光の神バルドル。


 エインヘリアルが生まれる以前から、天界の戦士として戦っていた神だ。

 大きさは人間と変わらないがその実力は神に相応しく、エインヘリアルを凌駕する。

 カナリアの脳裏に稽古で何度もバルドルに投げ飛ばされた記憶が蘇る。

 最後に会った時よりかなり太り、かなり酔っ払っているが間違いなくバルドルだ。

 

「おっちゃん! 俺だ!エインヘリアルのカナリアだ!」

「んぅ……呑みすぎたか……? 白鳥坊やの幻覚が見えやがる……おわっ!?」

「俺は幻じゃない! ここにいるって!」

 

 あくびをしながら目を擦るバルドルの身体をカナリアは両手で掴み上げる。

 

「……お前、本当にカナリアか!?」

「そうだよ、俺だよ!」

「ハッ……ハハッ、まさか生きてたとはな! 今までどこに居た!?」

「あの戦いの後、ずっと眠ってて……あれ? おっちゃんってあの戦いが起きる前に死んだんじゃ……」

 

 バルドルは昔ミストルティンの矢によって命を奪われた。

 バルドルが殺害された事を契機に、神々と巨人を始めとした各種族間の不和は増大し続け……結果、あの戦い──ラグナロクが起きた。

 

「俺は黄泉返りの術をかけられてたんでな。 太陽が沈んでもまた登るように俺も蘇った。 だが、蘇ってみたらご覧の有様だ。 みんな死んじまった……俺とお前以外はな。 俺は運良く焼け残った酒蔵を見つけて、以来何百年もこの調子よ……ヒック」

「そうだったのか……」

「……そろそろ降ろしてくれ」

「あぁ、悪い」

 

 地面に降ろされたバルドルは建物に向かって歩き始めた。

 

「来い。 見せたいもんがある」

 

 バルドルに案内され、カナリアは室内へ入る。

 瓦礫が散乱している通路を抜け、天井の高い大広間に出るとバルドルが中央にある装置を触り始めた。

 

「ここの物はほとんど壊れちまってるが、記録装置だけは生きててな。 これで俺が死んでる間に起きた事を知った」

 

 装置からホログラムが放たれ、空中にいくつものスクリーンが映し出される。

 その全ては戦いの映像。

 

「俺が死んでから、あちこちで戦争が起きたようだな」

「あぁ、俺も色んな戦場に駆り出されたよ」

「それがお前達の使命だったものな」

 

 天界と巨人、巨人と人間、天界の神々同士での争いの歴史。

 そこで神々と共に戦うエインヘリアル。

 懐かしい仲間達の姿にカナリアの瞳が潤む。

 

「そんで最後の戦いがこれだ」

「あぁ。……ラグナロクだ」

 

 天界の軍勢は主神オーディンを始めとしてトール、フレイヤ、フレイ、ヘイムダル、テュール等、名だたる神々とワルキューレ達、そしてエインヘリアル軍団。

 対するロキ率いる巨人達も総力を集結させ、両軍がヴィーグリーズの野で激突した最終決戦。

 

「お前、この時どこにいたんだ。 姿が見えん」

「俺はみんなと別れて故郷を守ってたんだ。 だから決戦の様子は俺も初めて見る」

「そうか……。なら、あれを見てみろ」

 

 おっちゃんが指差した映像を見ると女神フレイが巨人と戦っていた。

 

「フレイのやつ、剣をお前に渡しちまったから鹿野郎の角で戦ってんだよ」

 

 女神フレイが討ち倒された鹿の特徴を持つエインヘリアル、ケリュネイアの頭から角をもぎ取って巨人と戦う様子が映し出される。

 

「フレイ様、ケリュネイア……」

 剣を取り出したカナリアの胸中に、女神への感謝と申し訳無さが湧き上がる。

 

「気に病むな。もうずっと前に終わった話だ」

 

 ラグナロクの映像が次々と映し出され、フェンリルに呑み込まれるオーディン。

 そのフェンリルを討伐するエインヘリアル軍団。

 トールとヨルムンガンド、テュールとガルム。

 神々と巨人が次々と相討ちになり倒れていく。

 そして、最後にあの炎の魔人が現れた。

 

「スルトル……」

「プレマテス達がいなきゃ、こいつがラグナロクの勝者になっていたろうな」

 

 ジ・インペラーテ・プレマテス――エインヘリアルとなった父の名だ。

 

「あぁ、遠くから見てたよ。 父さん達が命を賭してスルトルを倒したのを」

 

 ラグナロクの終わり、世界が焼き尽くされたところで映像は途切れた。


「生き残ったのは俺とおっちゃんだけか……」

「お前、これからどうするんだ?」

「俺はこれまでと一緒だ。 巨人共から人間を守る」

「巨人? あいつらも生き残ってるってのか?」

「あぁ、俺が目覚めた時も巨人が人間達を襲っていた」

「しつこい連中だな」

「……そうだ!早く戻らないと! またあいつらが襲ってくるかもしれない。 なぁ、おっちゃんも俺と一緒に戦ってくれないか?」

「いや……それは出来ねえ」


 差し出された手に、バルドルはそっぽを向いた。


「どうしてだよ?」

「今の記録を見ただろ。俺はもう戦いはこりごりなんだよ」

「そんな……」

「悪いが、1人で頑張れ」

「……わかった」

 

 カナリアが意気消沈し立ち去ろうとすると、バルドルが話を切り出した。

 

「……あー、戻るなら1つ頼みがある」

 

 外に出ると、バルドルは少し先に浮いている島を指差した。

 

「俺をあそこに運んでくれ。 ビフレストがあった島だ」

 

 虹の橋ビフレスト。

 天界と地上を一瞬で行き来できる通路だ。

 どうやら天界の崩壊とともに壊れたらしい。

 ビフレストを生み出す装置がボロボロに崩れている。

 

「行ってどうするんだよ」

「治すんだよ。 俺は飛べないから、今まで行きたくても行けなかった。 かなり壊れちまってるが、時間をかければきっと治るはずだ。 治れば巨人どもがどこに現れようがひとっ飛びで行けるだろ?」

「戦いはもうしないんじゃなかったのか?」

「戦うのは俺じゃなくお前だ。 それに協力しないとは言ってない」

 

 素直じゃないな、とカナリアは思った。

 

「また来るよ」

「気をつけてな」

 

 カナリアはバルドルと酒をビフレストのある島まで運ぶと、天界を後にした。

最後までお読みいただきありがとうございます。

感想・高評価をいただけるととても励みになります。

完結できるように頑張ります。

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