第13話2/2 白麗巨獣ジュナベーラ
海から現れた巨獣はそのまま上陸し、内陸へ歩き始めた。
進路上にあった組み立て中の住居が粉々に踏み潰されていく。
「エクスさん!どうしたらいい!?」
「ええっと、あれはあくまで野生動物。ただ歩いてるだけかも知れないから……今はとにかく皆の安全を確保して!」
ワルキューレ隊は人々を避難させ、ひとまず巨獣の動向を見守る。
巨獣は依然として、内陸に向かって歩き続けている。
「何の騒ぎかと来てみれば、ありゃあジュナベーラじゃねえか」
騒ぎを聞きつけたゴズマが酒を片手に現れる。
「ゴズマ!あれのこと知ってるのか!?」
「あいつはジュナベーラつってな。海の白水晶とも呼ばれてるやつだ」
「白水晶……」
「確かに綺麗だけど……」
「なんでそんなのがここに!?」
不意に立ち止まり、また匂いを嗅ぐような動きを見せるジュナベーラ。
何かを感じたのか進路を変え、今度は街を目指し始めた。
「おい、街に行こうとしてるぞ!」
「止めるんだ!」
「止めるってどうやって!?」
「デシレアさん!」
「え、ちょっちょっと!?」
エスペランサがガルディエーヌの手を引っ張り、ジュナベーラの前に出る。
「ひいい……でかすぎぃ!」
エスペランサもガルディエーヌも今は武装を持っていない。
腕を広げ、制止をアピールするもジュナベーラは意に介さず進み続ける。
「行かせるかぁ!」
ランヴェルスが脚に蹴り込むも、固い外殻はビクともしない。
先のヴィグネシヴァより硬く、重い印象だ。
「ゴズマ!助けてくれよ!」
「仕方ねえな……おらよっとぉ!」
「キャウー!」
ゴズマが脛にタックルを食らわせると、ジュナベーラは膝をかばい悶えた。
「よし、効いてる!」
手応えに皆が歓喜したのも束の間――。
「キュアー!」
「うわああぁ!」
ジュナベーラの口から放たれた水流がゴズマとランヴェルスを直撃した。
着弾点から巨大なシャボン玉が飛び散り、辺り一帯に舞い上がる。
「なんだよこれ!?」
びしょ濡れになったゴズマとランヴェルスが立ち上がる。
もろに食らったが、ダメージは大した事ない。
「怯むんじゃねえ。いくぞ小僧……うおっ!?」
駆け出そうとしたゴズマが脚を滑らせ転んだ。
泡立った足元が石鹸のようにぬるぬるし、まともに立つことが出来ない。
「うおあっ!?」
「キャウッ!キャウッ!」
ゴズマとランヴェルスが何度も転ける様を見て、ジュナベーラは楽しむように手を叩いて笑っている。
「あんにゃろう……」
「なぁゴズマ?なんか固まってきてないか!?」
「あぁ!?」
ジュナベーラにかけられた液体が時間経過と主に粘性を増し、ゴズマたちの動きを鈍らせる。
「う、動けねえ……!」
やがて液体がカチコチに固まり、ゴズマとランヴェルスは身動きが出来なくなってしまった。
そんな2人に対してゆっくり歩を進めるジュナベーラ。
「おい、こっち来やがるぞ!」
「まさか、俺たちを踏み潰すつもりなんじゃ……」
『2人とも掴まって!』
エスペランサとガルディエーヌが2人の腕を引っ張り動かそうとするも、ガッチリ固定されていて動かない。
焦る4人になおも迫るジュナベーラ。
「キャウ?」
だがその時、ビフレストが降り注いだ。
光の中からカナリアと、山積みにされたハツラツの実が現れる。
「おーい、ゴズマ。酒あったぞ……って、うぉぉ!?ジュナベーラ!?なんでここに!?」
「キューン!」
カナリアの姿を見たジュナベーラは両腕を振り上げ、猛烈な勢いで彼に向かい始めた。
「うおおっ!?ちょっ……」
慌てて空中に逃げたカナリアをジュナベーラは追いかける。
「どうしたんだあいつ?さっきまで街に行こうとしてたのに……」
「ずっとカナリアを追いかけてる」
まるで犬と飼い主のようだ。
しつこくカナリアを追い続けるジュナベーラ。
腕を伸ばすが、空中にいるカナリアには手が届かない。
「キューン……」
突然ジュナベーラが立ち止まり、身を屈める。
すると背中の甲殻の隙間に光が灯り、大きくなっていく。
どうしたんだ?と皆の注目が集まり、カナリアも動きを止める。
「キュウーン!!」
次の瞬間、甲殻からエネルギーがブースターのように放たれ、ジュナベーラは空中へ飛び上がった。
「えぇっ!?」
「おわぁっっ!」
見るもの全てが仰天し目を見開く中、カナリアがジュナベーラの掌に挟み込まれるように捕まる。
「カナリア!」
「くそっ、離せ!」
掌の中でカナリアはもがく。
このままでは潰されるか、食われるかだ。
頭上からジュナベーラの口が迫る。
「うおおおおぉ!」
食われる方だったか!
カナリアも、彼を見ている皆も絶体絶命だと思ったが、事態は急展開を迎える。
「キュウン……♡」
「えっ?」
ジュナベーラが捕まえたカナリアを舌でちろちろと舐め始めた。
それも優しく、愛おしむように……。
そこに攻撃の意思は全く見られない。
「なんだ?大人しくなったぞ?」
「もしかして……」
天霊装になったエクスはジュナベーラの頭上に移動し、特殊システムを起動する。
「Empathy Impulse、起動!」
エクスの纏っていた甲冑がいくつものパーツに別れ、弾け飛んだ。
それぞれがジュナベーラを囲むように周囲に展開し、球状のグリッドを形成する。
Empathy Impulse――。
言葉が通じない相手でも、記憶や感情を共有可能にする特殊空間。
その作用により、カナリアにジュナベーラの記憶が流れ込んだ。
――
「あ~、あといくつ植えればいいんだよ」
数百年前――エインヘリアルの駐屯地となる場所にハツラツを植えるため、新米のカナリアは各地を飛び回っていた。
「……ん?」
海岸沿いの崖で、岩の割れ目を見つめて鳴き続けるジュナベーラを見つける。
気になって近づいてみると、岩の割れ目に子供が落ち、身動きが取れなくなっていた。
助け出そうにも親の手では大きすぎて入らない。
「キューン……」
親と子は互いを呼び続ける。
助けを求める声にカナリアはいてもたってもいられなくなり、割れ目に近づく。
「キュアー!」
すると親が敵と思い威嚇してきた。
「大丈夫。助けるから、落ち着いて」
カナリアは親を刺激しないよう、敵意がないことをアピールし、ゆっくりと割れ目の中に入っていった。
「いま助けてやるぞ」
「キューン……」
ガッチリと岩の隙間にハマってしまった子供を下から押し上げ、助け出す。
「キューン!」
親の側に子供を置くと、すぐに母親の元へ駆け寄っていった。
仲睦まじい親子の姿にカナリアは安堵する。
「そうだ。これ食えよ」
「キュン?」
ハツラツをひとつ、子供の方へ転がす。
子供がハツラツを食べ始めたのを見て安心したカナリアはその場を後にした。
「キューン……」
飛び去るカナリアが見えなくなるまで、子供はその姿を見つめ続けた。
それから数百年、子供はすくすくと大きくなった。
親との別れも経験し、立派な大人となった。
その脳裏には、あの日助けてくれた彼のことがずっと残っていた。
また会いたいと――。
そして、カナリアが激昂した際に生じた波動を海の底でキャッチしたジュナベーラは、発信点である王国を目指し始めたのだった。
――
「お前、あの時の……」
「キュウン」
「こんなに大きくなったのか……」
ジュナベーラに触れながら、カナリアの目から自然と涙が流れていた。
自分が眠っている間もずっと生きてきたんだ。
過去の自分の些細な善意が、こうして命を繋げている事がとても嬉しかった。
「ほら、ジュナベーラ」
「キューン♪」
カナリアがジュナベーラの口にハツラツをいくつも放り込むと、彼女は嬉しそうな鳴き声を上げる。
懐かしい味にご満悦のようだ。
「すごいなカナリア。あんなデカいのと仲良くなるなんて」
「優しさって……言葉が無くても伝わるんだよ」
人の心を持った巨大騎士と巨獣の絆。
エクスにとっても、それは好ましい光景だった。
その後、ジュナベーラは大人しくカナリアの言うことを聞き、海へ帰っていった。
「また来いよー!あ、でも家は壊しちゃダメだからなー!」
「キューン♪」
夕焼けの中、ジュナベーラは手を振り海中へ消えていった。
去っていく彼女を見つめるカナリアの心は、とても暖かだった。
「……ところでこれ、いつになったら溶けるんだ?」
「はやく助けろ!」
固まったまま、マグニとゴズマは叫んだ――。