第11話7/7 カナリア・激昂!
ヴィグネシヴァ撃破の爆圧は上空まで伝わり大気を揺らす。
「さすがおっさん!」
「ふふ……ははは。まさかエインヘリアルがもう一匹いたとはね。……面白い!本当に面白いよ君たちは!」
いまだ余裕を見せるアドラーだが、その口調には明らかに苛立ちが混じっていた。
「もうお前1人だ!諦めろ!」
「諦めろ……?君たちがこのスレンドラに……ボクの最高傑作に勝てるとでも!?」
アドラーの感情に呼応したかのように、スレンドラの炎がより一層燃え上がる。
「こうなったら、ボクが直々に全員葬り去ってあげるよ!ビジャリヤ・ビール!」
スレンドラが手を掲げると周囲にいくつもの紫の火球が現れ、そこから死霊が飛び出した。
「なんだ、コイツらは!?」
カナリアが迫る死霊を真っぷたつに斬り払う。
だが水が混じるように斬られた部分はすぐに結合し、組み付いてきた。
続けざまに何体もの死霊が殺到し、カナリアは身動きを封じられる。
「カナリア!……ぐっ!?」
助けに入ろうとしたトライアンフにも死霊が組み付く。
「オンリッシナマンギラ……」
アドラーが真言を唱えるとスレンドラの胸部が開き、暗黒の魔法陣にエネルギーが収束していく。
「これで終わりだ。希望・撃ち抜く・闇!」
「うわああああぁっ!」
放たれた漆黒の業火が死霊もろともカナリアを呑み込み、その鎧を、翼を、肉を焼いていく。
焦げた羽根が舞い散り、カナリアは墜ちていった。
――
「あぁっ!」
「カナリア様が!」
ヴィグネシヴァ撃破に歓喜したのも束の間、墜ちていくカナリアの姿に人々は顔を覆い、絶望の表情を浮かべる。
そんな中で、同じくその光景を見ていたシニューニャの心を何かが突き動かした。
行かなければ――と。
「ぐんぐ、行こう」
「シニューニャ!?どこに行くの!?」
シニューニャが呼びかけると、グングニルは彼女を乗せたまま走り出した。
エルダが呼び止めるも、あっという間にシニューニャとグングニルの姿は小さくなっていった。
――
「カナリア!」
「さぁ、次はキミだよ」
死刑宣告のごとく、スレンドラがトライアンフを指差す。
もはや万全に戦闘が可能なのはエクスのトライアンフのみ。
自身が敗れればもう誰もアドラーを止めることは出来ない。
追い詰められたエクスは最後の切り札を使う決心をした。
「……どうかな。アンプル・インジェクション!」
音声入力と共に、トライアンフの筋肉に取り付けられたアンプルから赤い液体が注入される。
赤く輝き始めたトライアンフが死霊の拘束を剥がし、閃光のような速さでスレンドラに肉薄する。
「なにっ!?」
「思い通りにはさせない!」
トライアンフが高速の剣戟でスレンドラを斬りつける。
思考速度を極限まで上げたエクスの精密な突きが鎌を打ち上げ、たまらずスレンドラが逃げる。
「くっ……やるじゃないか。こんな隠し玉を持っていたなんてね」
宙を舞う鎌を取り戻したスレンドラが、トライアンフの刃を受け止める。
『でもその力、かなり機体に無理させてるんじゃないかい?』
「ぐっ……」
アドラーの指摘通りだった。
トライアンフが激しく動くたび、筋肉から赤く染まった水が血のように吹き出し、時間経過とともにその量が多くなっていく。
アンプルから注入された薬剤はワルキューレの機体性能を一時的に大きく上げるが、当然ながら代償が伴う。
ワルキューレの駆動機構である神経刺激式伸縮有機体が負荷に耐えられず、破壊されていくのだ。
機体が動けば動くほどこの破壊は加速し、最後は機能を停止する。
そして、機体がこの負荷に耐えられる時間は……たった1分。
一度使えば終わりの、文字通り最後の切り札。
時間経過とともにエクスの焦りが大きくなっていく。
既に発動から30秒が経過していた――。
――
上空で繰り広げられるエクスとアドラーの戦いを、カナリアはただ見守るしかなかった。
全身を襲う痛みよりも、心の痛みの方が勝る。
みんなを守ってみせると言ったのに、スレンドラに手も足も出なかった。
自らの力不足が情けない。
自分はやっぱり半人前のエインヘリアルでしかないのか……。
ゴズマとマグニが心配する中、カナリアは虚しく空へ手を伸ばした。
「カナリア……!」
そんな彼の元に、駆け寄る者がいた。
「きみ……は……」
朧気なカナリアの視界に映ったのは、白銀の龍に跨った少女――シニューニャだった。
シニューニャはグングニルから降りるとカナリアに歩み寄り、その掌に触れた。
――
「くらえっ!」
「甘いっ!」
スレンドラが放った拡散ビームをくぐり抜け、トライアンフが悪魔の翼を斬り裂く。
「くぅっ……」
「これで!」
体勢を崩したスレンドラの首元へ向け、光の剣が振り下ろされた。
「……くそっ!」
だが、その刃がスレンドラを斬り裂くことはなかった。
光剣が首元を焼いたのと同時に鎌の柄がトライアンフを叩き、体勢を崩したのだ。
全身から赤い水を噴き出し、トライアンフの機能が停止する。
「限界……時間か……」
「今のはちょっと焦ったよ。……でも、ざぁんねん♪」
蹴り落とされ、地面に叩きつけられるトライアンフ。
「ぐあああぁっ!」
落下の衝撃でコクピットが破損し、飛び散る破片がエクスのスーツに食い込み、その身体を傷付ける。
血を流し、コクピットから這い出たエクスがスレンドラを見上げる。
「くっ……」
もうこちらにまともに戦える戦力はない。
このままヤツのなすがままになるしかないのか……。
悔しさで睨みつけていると、スレンドラが別の方向に視線を向けた。
同じ方向を見ると、そこには淡い光が輝いていた。
その輝きを発していたのは……。
「カナリア?」
──
シニューニャに触れられたカナリアの身体が淡く輝く。
暖かい光の中で痛みが消え、傷が癒えていく。
「これは……」
「どうなってんだ?」
あっという間にカナリアは全快し、その身体に力が漲った。
「カナリア、なおった」
「シニューニャ。君は……いったい?」
カナリアも皆も、何が起きたのかわからなかった。
何故この少女にこんな力がある?魔術なのか?それとも別の……。
問われたシニューニャ自身も首を傾げ、わからないといった様子だ。
「あいつ……いったい何をしたぁっ!?」
理解不能な光景を目の当たりにし、アドラーは怒りにまかせて引き金を引く。
「!?……シニューニャ───ッ!」
カナリアの眼の前で、スレンドラから放たれた光弾がシニューニャを吹き飛ばした。
力なく宙を舞う少女の姿が瞳に映る。
その時――カナリアの中で何かが切れた。
「余計な真似を……ん?」
「ウァアアアアアアア!!」
叫びとともにカナリアの身体から、蒼い炎が嵐のように噴き出す。
「なんだ!?」
「カナリア……!?」
激しくうねり、閃光を放つ蒼炎にマグニもゴズマも目を覆う。
「こいつは……」
炎の正体にゴズマは勘付いていた。
これは闘気だ。
これまでのカナリアには出せなかった闘気が溢れ出している。
なら、この後に起こるのは……。
「オオオオオオォ――!」
カナリアがさらに強く叫ぶ。
怒りと哀しみが混じり合ったその叫びに呼応するように蒼炎は形を成し、カナリアの全身に次々と装着されていく。
最後の鎧が装着され、爆発のように炎が弾ける。
皆が眼を開けると、激昂を果たしたカナリアの姿がそこにあった。
「坊主……」
「あれが、カナリアの……」
水晶のように蒼い鎧に身を包んだカナリアの姿に、皆が息を呑む。
より大きくなった翼、より鋭くなった剣。
そして、より強くなった眼光がスレンドラを見据える。
「何が起きた!?いったいなんだ……その姿はっ!?」
狼狽えたままアドラーはスレンドラを急降下させ、飛び立ったカナリアを刃を交える。
「なっ……!?」
しかし、激昂カナリアの力はスレンドラを優に超えていた。
押し切られ、鎌が弾かれる。
「くっ……少しは強くなったようだけど、そんな速さじゃこのスレンドラには勝てないよ!」
スレンドラが超高速で周囲を飛び回り始めるも、カナリアは微動だにしない。
「もらった!」
カナリアの背後からスレンドラが迫る。
奴は全く対応できていない。
これで終わりだ。
アドラーは勝利を確信した。
ガキン――!
しかし、カナリアを真っぷたつにするように振られた鎌は、片手でやすやすと受け止められた。
「なっ……!?」
馬鹿な、見えていなかったはずだと驚愕するアドラー。
事実、カナリアにはスレンドラの動きが見えていなかった。
いや、見る必要がなかった。
カナリアに見えていたのは――魂。
アドラーがどう動き回ろうと、カナリアは彼の魂の位置をはっきりと掴んでいた。
動かぬまま、カナリアの眼光がジロリとアドラーを睨みつける。
「うっ……、今のはまぐれだ!ビジャリヤ・ビール!」
その圧に怯み、距離を取ったアドラーは大量の死霊を召喚しカナリアを取り囲む。
360度全てを完全包囲、逃げ場はない。
一斉攻撃、これで終わりだ。
「……」
迫る光弾に動じることなく、カナリアは剣を掲げる。
すると刀身から生じた渦が光弾を巻き込み、剣に吸い込んでいく。
「なっ……!?」
それだけではない。
周囲を囲む死霊そのもの、更にはスレンドラから吹き出す炎までが剣に吸われ始めたのだ。
「ウオォォォォ……」
死霊たちは逃れようと藻掻くも、あえなく吸収され消滅する。
「そ、そんな馬鹿な……!」
スレンドラのエネルギーが見る見るうちに減少し、炎が掻き消えていく。
アドラーが機体を立て直そうにもスレンドラの動きは著しく低下し、思うように動かない。
「こんな、こんな事が……はっ!」
焦るアドラーの瞳に眩しい光が射し込む。
カナリアの剣が吸収したエネルギーを解放し、天にも届くような巨大な炎の剣を成していた。
声を上げる間もなく、振り下ろされた光がスレンドラの半身を無に帰す。
「うわああああっ!」
片翼を失い、スレンドラが落下していく。
だが、カナリアはこれで終わりにするつもりはなかった。
終わらせていいはずがない。
「ウオオオオオォッ!」
カナリアは巨大な鳥へとその姿を変え、天へ羽ばたいた。
――
「おい、大丈夫か!?」
「シニューニャ!目を開けて!」
「シニューニャ!」
倒れたシニューニャにエクスとマグニ、彼女を追いかけてきたエルダが寄り添い必死に呼びかける。
衣服が焼け焦げ、微動だにしないシニューニャに3人が涙を流していると……。
グングニルに頬を舐められたシニューニャの瞳が開き、むくっと起き上がった。
「シニューニャ……!?大丈夫!?怪我してない!?」
「へーき」
「本当に……どこも痛くないのかい!?」
「うん」
まるで何事も無かったかのような様子に、3人は困惑を隠せない。
土埃や煤で汚れてはいるが血も流れておらず、目立った傷も無い。
強いて言えば、肌に擦れて白くなった箇所がある程度だ。
腑に落ちない気持ちはありつつも、とにかく無事だった事を3人は喜んだ。
「カナリア……きれい」
心配をよそに、シニューニャは蒼鳥舞い踊る空を見上げた。
――
スレンドラ目掛け突撃するカナリアの身体から闘気が発し、4つの幻影体を成す。
一体一体がスレンドラの四肢を啄むようにその動きを封じ、とどめを刺しにカナリア本体がスレンドラへ迫る。
「止まれ!止まるんだ!」
スレンドラからカナリア目掛け波動が放たれる。
それは攻撃ではなく、カナリアの感情を操り暴走させた時と同じ魔術の波動。
これでカナリアの戦意を削ぎ、止めようというのだ。
「なっ……!?」
しかし、術は弾かれた。
それも当然だった。
彼の催眠術が通じるのは、対象が行動の選択肢をいくつも持っている時だけなのだ。
しかし、今のカナリアにあるのは、透き通るほど純粋なアドラーへの殺意のみ。
他の選択肢など存在しなかった。
「うわぁぁ――――!」
全ての対抗手段を失い、アドラーは初めて恐怖に顔を引き攣らせる。
直後、カナリアの身体がスレンドラを貫いた。
「嘘だ……。スレンドラが……僕の最高傑作が負けるなんて、嘘だああああああぁ!!」
コクピットが炎に包まれ、アドラーの断末魔とともにスレンドラは爆発四散する。
討ち滅ぼされた悪魔の断片が降り注ぐ中、覚醒を遂げた天使は地に舞い降りた。
「俺は、いったい……」
人型に戻ったカナリアは己の身体をまじまじと見つめる。
怒りに身を任せ、半ば無意識で戦っていた彼はここで初めて己の変化に気づいた。
「これでお前も、一人前ってわけだ」
ゴズマの言葉に、カナリアは自身が激昂を果たしたのだと察した。
スレンドラを撃破して尚、身体の奥から湧き上がる力を感じる。
「カナリア、勝った」
「シニューニャ!無事だったのか!」
グングニルに乗った元気なシニューニャを見て、カナリアは歓喜した。
「でも、どうして……?」
「……わかんない」
シニューニャは再び首を傾げる。
ともかく生きていてよかったと、カナリアは安堵する。
やがて仲間たちが集まり、それぞれが全力を尽くして勝ち得た勝利に皆が笑顔を浮かべた。
が、その時――。
ズオォォ――と、スレンドラの残骸から闇が飛び出し、禍々しい仮面とマントを纏った漆黒の巨人となった。
それは怒りと悔しさを内包した眼差しと唸り声を上げ、カナリアを睨みつける。
恐らく、あれがアドラーの真の姿だろう。
巨人の掌に邪悪な波動が生じ、カナリアは攻撃の気配を感じとる。
だが、彼が剣を構えるより早く、エクスが銃を乱射し巨人へと走っていった。
「エクス!?」
血を滴らせながら、エクスは巨人へ一直線に向かっていく。
その表情は、彼女が今まで見せたことのない怒りに満ちていた。
漆黒の巨人はそんな彼女を一瞥すると、霧のように消えてしまった。
「待て!私の……私の身体を返せぇーっ!!」
膝をつき、嘆くように叫ぶ。
「エクス、身体ってまさか……?」
「あれは……奪われた私の半身だ!」
肩を震わせ、エクスは巨人が消えた場所を睨みつけた。
【次回予告】
エクスは自身の半身を取り戻すため、バルドルとともに帝国へ乗り込む。
次回、第12話「潜入」
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