第09話4/4 カナリアvsゴズマ
「はぁ~、みんなおっ死んじまった訳か……」
カナリアとバルドルから伝えられたラグナロク後の顛末。
それを聞いたゴズマは大きなため息をつき、亡くなった同胞を想うかのように夕暮れの空を見つめた。
「綺麗に逝きやがってよ……」
悲しんでいるのではない。
羨ましいのだ。
彼らは最終戦争ラグナロクで、華々しく散ることが出来たのだ。
「それで、生き残った神はアンタだけと」
「……トールじゃなくて悪かったな」
ゴズマの落胆を含んだからかいに、バルドルも軽口で答えた。
トールの名を聞いたゴズマの頭がまたガクリと下がり、一際沈鬱な表情を浮かべる。
雷神トール――自身と特に関わりの深い神だった彼の最期が脳裏をよぎる。
――
黄昏の中、広大な戦場をぐるりと囲むほどの巨躯を誇る、世界蛇ヨルムンガンドが倒れる。
それを討ち倒したトールも、ヨルムンガンドの猛毒を浴びたことで地に伏した。
「雷神殿ォー!」
「ゴズマか……」
異変を察知し駆け寄ったゴズマは、毒に冒された彼の身体を見てもはや助からない事を察した。
彼の象徴たる魔鎚ミョルニルも砕け、周囲に散乱している。
「先に……逝ってるぞ」
死にゆく身ながらも、トールは笑みを浮かべながらゴズマに別れを告げる。
「あぁ、俺もすぐに逝く……」
最期まで神としての威厳に満ちたその姿に、ゴズマは哀しみと敬意をもって応えた。
立ち上がった彼の瞳に映るのは、未だ趨勢の定まらぬ最終戦争。
「おおおおおおぉ――!」
神の……友の骸を背に、ゴズマは雄叫びを上げ敵陣へ駆け込んでいった。
神の尖兵エインヘリアルとして勇ましく戦い抜き、華々しく散るために――。
だが、彼の願いは叶わなかった。
あの戦いの最終盤に現れた巨人族の長、炎の魔神スルトル。
天を衝くほどの巨体が振るう棍棒が、大地そのものを薙ぎ倒していく。
その一撃を受け、ゴズマは彼方へと吹き飛ばされた。
「ぬああああああっ!」
凄まじい勢いで遠のいていく戦場。
待ってくれ。
まだ自分は戦える。
神々と仲間たちに置いていかれるような感覚。
やがてスルトルに立ち向かうように現れた金色の龍。
それが何かを理解する前に、激しい衝撃とともにゴズマの意識は途切れた。
――
自分は死に損なった――。
あの戦いから数百年、蘇ったゴズマの胸中に去来するものは喜びではなく落胆と後悔だった。
黄昏れる彼の顔を、何百年経っても変わらぬ陽の光が照らす。
「……それで。ラグナロクから逃げ出したひよっこ坊主は、相変わらず人間どもと仲良しごっこしてるってか」
追憶の世界から戻ったゴズマは、呆れたような口ぶりでカナリアへ語りかける。
「俺は逃げた訳じゃない!」
その言葉をカナリアはむっとした顔で否定する。
「団長にわがまま言って、激戦区から外してもらったじゃねえかよ」
「故郷を守ろうとしただけだ!」
ラグナロクの直前、巨人たちが故郷の村にも侵攻しようとしているのを知ったカナリアは1人、エインヘリアルの本隊から離れた。
戦場で勇敢に戦い、死ぬのがエインヘリアル。
その信念を持つゴズマにはカナリアが怖気づき、逃げ出したようにしか思えなかった。
「変わってねえなぁ。……お前、"激昂"は?」
「いや……まだだけど」
ゴズマの問いかけにカナリアはバツが悪そうに答える。
激昂――歴戦の戦士だけが到達できる力の領域。
その発現には強い感情と心身が伴わなければならず、彼はまだその域に達していない。
激昂が出来てこそ1人前のエインヘリアル。
昔、そう聞かされた。
「やっぱりひよっこじゃねえか」
「俺だって、少しは強くなったさ!」
「なら、どれだけ成長したか見てやる。俺もこの身体の慣らしが必要だしな」
「わかった。やろう」
2人は闘技場に移動し、向かい合う。
エクス、バルドル、アードルフ親子も観客席に座り、試合を見守っている。
特にエクスはゴズマの戦いぶりが非常に気になり、既にデータ収集を始めていた。
「どっちが勝つの?」
「以前ならカナリアに勝ち目はなかったが、今のゴズマだとどうだろうな」
イルの質問にバルドルが答える。
ラグナロク以前の五体満足なゴズマとカナリアの力量差は明白であり、カナリアはいつもゴズマには敵わなかった。
歴戦のエインヘリアルと、カナリアのように激昂も出来ない新米エインヘリアルにはそれほどの差があった。
だが、欠損した半身を義肢で補っている今のゴズマがどれほどのモノなのかはバルドルにもカナリアにも、ゴズマ自身にさえわからない。
「来い!」
「おお!」
ゴズマの合図でカナリアが駆け出す。
腕を広げた双方の掌が衝突する。
まずは互いに武器を持たず、手4つで力比べだ。
カナリアが足を踏ん張り、全力で押すが、彼よりひと回り大きな体躯を誇るゴズマはビクともしない。
「力は変わってねえ。むん!」
「ぐぅっ……!」
ゴズマが上から押し付けるように力を込めると、押されたカナリアの身体が徐々にのけぞっていく。
「どうしたぁ」
「まだ……まだぁっ!」
カナリアは翼から推力を発し、ゴズマの腕を押し戻す。
「むうっ!?」
「おおおおっ!」
高まる推力についにゴズマの足が下がり始め、闘技場の端へ押し込まれていく。
このまま壁に叩きつける勢いだ。
「くう……っ!」
押し込まれる中、ゴズマは右足に違和感があった。
生身の左足に対し、義足の右足は踏ん張りが少し弱い。
以前ならカナリアが翼の推力を駆使しようが、こうまで動かされる事はなかった。
義足のせいか、それともカナリアが言葉通りに強くなったのか。
どちらが原因かはわからないが、このまま半人前相手に壁に叩きつけられるのはプライドが許さない。
ゴズマの角に赤い闘気が満ちる。
「むん!」
「おわっ!?」
ゴズマの気合を入れると周囲の床が円形にめり込み、カナリアの勢いを完全に止めてしまった。
「おりゃあ!」
「うおおおっ!?」
そのままカナリアの推力を逆に利用するように身体を翻し、ゴズマは彼を宙へと放り投げた。
「今のは何!?」
驚いたエクスがバルドルに尋ねる。
ゴズマの足元が沈む一瞬、エクスには彼の周囲の空間が歪んだように見えた。
「あれがゴズマの得意技だ。闘気を使って自分の重さを増したり、逆に相手を軽くすることも出来る」
闘気――。
初めて聞く言葉に、エクスは先ほどゴズマの角に集まったエネルギーの解析を始める。
「やっぱり力じゃ敵わないか」
空中で体勢を立て直したカナリアは再びゴズマに挑む。
今度は正面からのぶつかり合いを避け、殴り、蹴っては避けるのヒットアンドアウェイ戦法で矢継ぎ早に攻め立てていく。
「速さなら負けない!」
カナリアの3次元的な攻撃をゴズマは義手と義足で捌いていく。
まるで義手と義足の性能を確認しながら戦っているようだ。
エクスとともに義肢を開発したイルが、心配そうに彼を見つめている。
「てりゃあっ!」
側面からカナリアの蹴りが迫る。
素早い動き――ゴズマはカナリアの姿を捉えられていない。
だが、攻撃の気配は察した。
「むうううん!」
直後、ゴズマは闘気を集中させた左腕を強く、拳が床にめり込むほどの勢いで叩きつけた。
「おわっ!?」
「きゃあっ!」
走る亀裂、地震のような激しい振動が観客席まで轟く。
「どわあっ!?」
そして、左拳を中心に発生した衝撃波がカナリアの身体を打ち、床に落とした。
「おっかねぇ……」
ゴズマの膂力の凄まじさにアードルフが息を呑む。
観客席からはカナリアとゴズマの姿が見えているが、カナリアの視界は振動により壁や床から巻き上がった土埃で遮られていた。
そこにガシンガシンと重い足音が聞こえてくる。
「そこかあっ!」
「あぶなっ!」
土埃の中から現れる巨大な足裏。
ゴズマはカナリアが床に落下した時の音から、その位置をおおよそ把握していた。
踏みつけをかろうじて回避したカナリアはたまらず宙へ舞い上がる。
空中ならいくらゴズマといえど追撃は出来ない。
「はぁ……はぁ……」
「ちっ、ちょこまかと。俺にこういう事したらどうなるか、忘れちまったか?」
攻撃をかいくぐるカナリアに業を煮やしたゴズマの角に、再び闘気が溜まっていく。
「牛頭・豪掌角!」
角から放たれた闘気がカナリアへ向かい、その脚を掴む。
「しまった!」
まずい。
ゴズマにはこれがあった。
飛び回ったり、逃げ回る相手を捉えて引き寄せて自身の得意な肉弾戦に持ち込む技だ。
この技に捕まったら次は引き寄せられるか、地面に叩き落とされるか。
カナリアは過去に味わった痛みを思い出し、身構えた。
「ふん!」
カナリアを引き寄せようと、ゴズマが頭を強く振る。
しかし――。
「……ん?」
「え……?」
引き寄せるどころか、闘気はカナリアの脚から霧散してしまった。
「牛頭・豪掌角!」
ゴズマは再び闘気を放つも、今度はあらぬ方向へと飛んでいった。
「どういうこった……!?」
技がうまく出ず、困惑するゴズマ。
カナリアも何故闘気が霧散するのか不思議だった。
だが、ゴズマの頭部に集まる闘気の流れを見てその原因に気付いた。
「あ、おっさん!右の角が無くなってるの忘れてないか!?」
「……あぁんっ!?」
カナリアの指摘にゴズマは右角を触る。
根本から折れた右角には闘気がうまく集まらない。
つまり、牛頭・豪掌角は両方の角が健在な状態でないと闘気を上手くコントロール出来ないのだ。
「ちっ!」
これまでこの自慢の両角が折れたことはない。
ゴズマにとっても初めて知る事実だった。
「なら、こいつだぁ!」
ゴズマが義手に内蔵されたチェーンナックルを放つ。
しかし、直線的な軌道のためカナリアには容易く避けられる。
距離を詰めるカナリアに対し、ゴズマはチェーンナックルを頭上で振り回し、鞭のように振り下ろす。
縦に横に振り回される鎖をカナリアは身軽な動きで避け続ける。
攻撃は当たらずともゴズマは一射ごとにチェーンナックルの弾速や射程、クセを把握していく。
「そんなんじゃ当たらないぜ!」
カナリアもゴズマの新武装を把握するために反撃はせず、回避に専念する。
次に鎖を巻き取ると、ゴズマは右拳で折れた角に触れ、拳に闘気を纏わせた。
「むんっ!」
空中のカナリアへ向け、再び撃ち出されるチェーンナックル。
今度もカナリアは華麗に回避した。
だが――。
「そら!」
ゴズマが頭を振ると、打ち出された拳は円を描くようにゴズマに引き寄せられていく。
そして、鎖の輪の中にいるカナリアへ引っかかると、身体へ絡みついた。
「なにっ」
「おりゃあ!」
「あっだぁっ!」
ゴズマが右腕を振り下ろすとともに、カナリアの身体は床へ激しく叩きつけられた。
「なるほど、ゴズマのやつ考えやがったな」
「どういうこと?」
先ほど起きた不可解なチェーンナックルの動き。
そのカラクリにバルドルは気付いていた。
「ゴズマは闘気で拳の軌道を操ったんだ。上手くコントロール出来ないなら、始めからくっつけとけばいいってことだ」
単に粗暴で力が強いだけではない。
知恵を駆使し、初めて使う武器でもすぐに応用を利かせる。
歴戦のエインヘリアルとはこういうものかと、エクスは興奮と興味を掻き立てられた。
「ふん、なかなか使えるじゃねえか」
「いってぇ……」
勝負ありだ。
ゴズマは自身の新しい武器に納得すると、カナリアに巻き付いた鎖を解き、拳を収めた。
「ちったぁ強くなったようだが、まだ半人前の域は出てねぇ」
「やっぱ強えな……おっさん」
「自慢の剣も持たないやつに、負けるわけにはいかねえよ」
ゴズマはカナリアが蘇ったばかりの自分を気遣い、素手だけで戦っていた事に気付いていた。
剣を抜かせていたら、負けることはなくとも自分もいくつか手傷を負っただろう。
一方でカナリアは、仮に剣を用いてもゴズマにはまだ敵わないと感じていた。
だが、それは同時に頼もしくもあった。
「……おっさん、頼みがある。俺たちと一緒に戦ってくれ」
立ち上がったカナリアはゴズマの瞳を真っ直ぐ見据え、頼んだ。
アドラーを討たない限り、帝国との戦いはまだ続くだろう。
ゴズマが仲間になってくれれば、これほど頼もしいことはない。
エクスたちも同じ想いでゴズマを見つめている。
「……仕方ねえな」
ゴズマは少し考えるように頭を掻いた後、ため息混じりに承諾した。
どのみち他にやることはないのだ。
ラグナロクで死に損なった自分に出来るのは、戦い続けることだけなのだから……。
「ありがとう」
「だが勘違いするな。お前に協力するのは、俺の死に場所を探すためだ」
「せっかく蘇ったのに、死ぬなんて言うなよ」
「だから半人前なんだよお前は……」
ドン、とカナリアの胸をどついたゴズマは夕陽に向かって力強く叫ぶ。
「血湧き肉躍る戦場で強敵と死力を尽くして戦い!果てる!それこそがエインヘリアルの本懐!あるべき姿だ!」
己が求めるものは、そのための死に場所。
「つっても、お前でも勝てるくらいの奴しかいないんじゃなあ……」
「半人前で悪かったな。……でもこれから先、もっと強い相手が現れるかも知れない。その時、おっさんの力が必ず必要になる」
「ふん……。よし、酒だ!」
「え?」
「闘いの後は酒に決まってんだろ。おいバルドル、酒はどこだ?出せよ。あるんだろ?」
「ちょっ、待ってくれ!ここの酒は残り少ないんだ。お前に飲まれたらあっという間に無くなっちまう!呑むなら地上で呑んでくれ!」
「ちょっとくらい良いだろうが?」
「お前のちょっとは俺の半年分だ!」
「あー、仕方ねぇ。おい、地上に酒はあるんだろうな?」
「た、多分……」
「ならさっさと降りるぞ!」
「ほう……」
王国に虹の柱が降り注ぎ、柱から出たゴズマの視界に広大で、優雅に造り上げられた街並みが広がる。
人間が造ったにしては悪くない。
かつてのみすぼらしい、土や木で作った茶色ばかりの家に住んでいた種族とは思えないほどの進歩ぶりだ。
これなら美味い酒にもありつけそうだ。
「いいかおっさん。絶対に人間に危害を加えるなよ?踏んだりしたら駄目だぞ!?」
「わかってるって」
カナリアの忠告を軽くいなすと、ゴズマは前へと歩き出し叫んだ。
「人間どもォー!」
突然、街中に鳴り響いた大声に人々の注目が集まる。
「俺はエインヘリアルのゴズマ・イル・ゼンコージ!人間達よ!命が惜しくば俺に酒をもってこーい!」
両手を振り上げ高らかに酒を要求するゴズマの背後で、カナリアはあちゃあ……と頭を抱えた。
あけましておめでとうございます。
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