第09話1/4 潜入・アドラー①
「ふざっ……けるなぁ!」
怒声とともに机の上に置かれた小物が宙を舞う。
アドラーは自室で抑えきれない怒りと不快感を周囲の物にぶつけていた。
負けるはずのなかった侵攻の失敗。
原因はあれだ――光の柱から現れた天人ども。
かなり改造されているが、あれは明らかに冥鬼兵を元にしたものだ。
しかも、冥鬼兵には無い飛行能力まで備えている。
いったいどうやって作った?
どうやって動かしている?
「あんな奴らに、冥鬼兵を動かせるはずがない!冥鬼兵を動かすにはボクの術と……こいつの力が必要なのに」
アドラーは仰々しい装置に組み込まれた、白く輝く球体に目をやる。
ギヌンガカプ――。
この地の地下から発掘されたこの球体からは、泉のようにエネルギーが止め処なく湧き出している。
そのエネルギーを糸のように編んで抽出し、転移門を通しそれぞれの冥鬼兵に送る。
流れ込んだエネルギーは各部に刻み込まれた梵字にチャージされ、搭乗者の操作に合わせて糸で吊った操り人形のように巨人の骨を動かす。
これが冥鬼兵の仕組みだ。
(あれのエネルギー源はなんだ?こいつが複数あるのか?ボクと同じような術者がいるのか?)
冥鬼兵のエネルギーは術を解くことで無効に出来る。
その際にはエネルギーを保持する梵字自体が消滅し、再び術を施さなければ動くことはない。
つまりあちら側が冥鬼兵を動かすには自分と同じ魔術師と、ギヌンガカプのような強力なエネルギー源の2つが揃わなければならない。
故にあり得ない。
自分と「同じ」魔術師なんて存在するはずがないのだ。
だが……現にああして動いている以上、王国は別の方法で冥鬼兵を動かしていることになる。
「生意気な……!」
あの天人どもがどうやって動いているのか確かめなければ。
と、部屋を出たアドラーを大臣たちが待ち構えていた。
「どういう事だアドラー殿!大敗ではないか!」
「必ず勝てると言ったのは貴殿だぞ!」
「あちらも冥鬼兵を使えているではないか!」
うるさい連中だ。
責め立てる大臣たちにアドラーは冷めた目を向けた。
何の力もなく、自分が発明した通信鏡が無ければ戦況を知ることすら出来ない分際で、偉そうにまくし立ててくる。
「なんとか言ったらどうなのだ!?」
「お前たち、口が過ぎるぞ!」
アドラーが何も言わず俯く中、大臣たちの後ろから飛んだ皇帝の声が一瞬にして彼らを黙らせた。
「陛下、申し訳ありません。このアドラーの不徳の致すところであります。まさに痛恨の極み」
大臣たちへの態度とは打って変わって皇帝へ跪き、謝罪を述べるアドラー。
皇帝はアドラーへ近づくと、労うように肩に手をかけた。
「過ぎたことはもうよい。お前のこれまでの働きを考えれば小さなことじゃ」
「陛下、私は次の手を打ちます」
「うむ、任せる」
「アドラー殿っ……!」
「やめい」
立ち上がりその場を去ろうとするアドラーを大臣たちが引き留めようとするも、皇帝が再び制止する。
アドラーを糾弾しようにも、皇帝がそれを許さない。
去っていくアドラーを大臣たちは苦虫を噛み潰したような顔で見送った。
夜になり、王国は戦勝祝いで盛り上がっていた。
広場には勝利の立役者たる4体のワルキューレが並び、人々は4人の操者に盛大な拍手と歓声を贈っている。
「いい気になっちゃってさ……」
その様子をアドラーは物陰から苦い表情で伺っていた。
ここで彼らを始末してしまおうか。
苛立ちのあまりそんな考えが頭をよぎり掌に怒りの炎を灯すアドラーだったが、すぐにそれを抑え込んだ。
それでは技術で負けを認めたのも同じだ。
己の術であの天人どもを超えなければ意味がない。
まずはあれに近づき、どういう作りなのか調べなくては。
それとパイロットか、開発者に近づいて術で秘密を聞き出す。
しかし、自分の顔は奴らに知られている。
のこのことこのままの姿で出ていくわけにはいかない。
「こんなものか?」
アドラーは自らに術をかけ、庶民的な服に身を包んだ片目隠れの女性の姿へと変身する。
これはある物を手に入れてから彼に備わった能力だ。
なりたい姿を想像するだけで、それに化けることが出来る。
アドラーはそのまま人混みへと紛れていった。
「皆さんもどうぞ」
同じ頃、エクスの指示で捕虜となった帝国兵たちの下へ料理が運ばれてくる。
今日の戦いで40名ほどが新たに捕虜となった。
彼らは今、祭りから少し離れた区画に収容されている。
区画の周囲はこの国に張り巡らせたのと同じ防御シールドの小型版で囲まれており、逃げ出すことはできない。
「い、いいのか……?」
食欲をそそる香りが鼻孔をくすぐり、腹をすかせた若い捕虜たちがぞろぞろと集まってくる。
「敵であっても同じ人間。お腹が満たされれば、心に余裕も生まれます」
エクスは鍋の料理を皿に盛り、スプーンとともに捕虜に手渡す。
先頭の捕虜が料理を受け取りその場で口に含もうとした瞬間、彼の手が止まった。
「ど……毒なんて入ってないよな?」
「もちろん」
親切を装って、自分たちを毒殺する気ではないか?
そう心配する兵士の疑念を晴らすように、エクスはスプーンで彼の皿からひとくち口に含み、呑み込んでみせた。
「ん~おいしい!……食べないなら私が食べてしまいますよ?」
「た、食べる!」
エクスが再びスプーンを皿に伸ばそうとすると、彼はこれは自分の分だとばかりにテーブルに座り食べ始めた。
その様子を見て他の捕虜たちの疑念も晴れたのか、次々と料理を受け取っていく。
「どうして、我々にここまで……」
列の最後に並んだ男がエクスに問う。
今回の侵攻部隊の隊長だ。
彼には彼女が……いや、この国が自分たちをここまで厚遇する理由がわからなかった。
これは聖戦だと出陣式の際に陛下は仰られた。
過去に自分たちの先祖を追いやった悪しき国に神罰を下すのだと――。
自分自身も、敬愛していたガレス将軍の敵討ちだと意気込んでいた。
部隊全員、陛下のために死ぬ覚悟は出来ていた。
だが、実際はどうだ。
怪我人はいても、戦死者はいない。
彼らは明らかに自分たちを殺さないように戦っていた。
彼らにとっては平和を脅かす侵略者である我々をだ。
それを考えれば、捕虜は即刻処刑されてもおかしくないはずだ。
「ガレス将軍から帝国の内情はお聞きしました。皆さんは宰相のアドラーに誑かされていただけです」
「あ……」
その言葉は彼の胸に突き刺さった。
俯かせた顔に脂汗が滲む。
「そう、なのだろうな……」
今日の出来事だけでも、彼女の言葉に説得力を持たせるには十分だ。
撤退しようとする自分たちから操縦を奪い、無謀な突撃をさせた。
ガレスと同じように、アドラーに対する疑念が彼にも生まれていた。
「そうだ!宰相はいったい何を考えてるんだ!」
「俺たちを使い捨ての駒だと思ってやがるんだ!」
テーブルについていた捕虜たちからも次々に批判の声が上がる。
その声を聞いていた隊長はあることに気づき、顔を上げた。
「待ってくれ。さっきガレス将軍と話をしたと言ったが、もしや……」
「……ガレス将軍は生きています」
「なんだって!?」
ガレス生存の報を聞き、捕虜たちがざわつく。
死んだと聞かされていたからだ。
「将軍は今どこに!?」
「それが……アドラーを倒すと何日か前に牢を抜け出し、それ以来行方は知れません。その様子だと、帝国にもまだ戻ってもいないのですね?」
「あ、あぁ……」
将軍はいったい何処に……。
「ところであんたら、こんな美味いもんいつも食べてるのか?」
両者が考え込んでいると、早くも食べ終え皿を空にした捕虜の質問が飛んだ。
「ふふっ、おかわりもありますよ」
エクスが肯定するように微笑むと、質問した捕虜だけでなく完食した他の捕虜たちも再び鍋に群がった。
「良いとこだな、ここは……」
祭りで賑わう広場を遠目に見ながら、捕虜の1人が呟いた。
自分たちはどうして争っているんだろう?
エクスの言葉通り、空腹を満たされた彼らの心にはそれを考える余裕が生まれていた。
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