第08話6/6 聖女エクス
「聖女……?」
ガレス将軍の脱走から数日後、エクスは女王からある申し出を受けた。
「えぇ、貴方はこれまでカナリア様と共にこの国を守ってくださいました。そして、来たる帝国の再侵攻に備えて、民の団結を深めるためにどうか聖女になってくださらないでしょうか?」
「えっと、その聖女というのは……?」
「かつて戦乱の折にカナリア様を信仰し、戦に勝利する原動力となった戦乙女のことをそう呼んでいます」
女王が壁の絵を指し示す。
そこには片翼の戦乙女が旗を掲げ、民を率いる様子が描かれていた。
聖女スルーズの勇姿――と題名が付いている。
「スルーズ?」
知った名前にエクスはカーラの方を向いた。
「えぇ、うちの子の名前は聖女様からとったんです」
歴史上の偉人にあやかったということか。
「戦乱というと……帝国が生まれる遠因になったという?」
「えぇ……。因果なものを感じますが、今は希望が必要です。カナリア様とともに伝説の聖女が蘇ったとなれば、間違いなく民は団結し士気も上がるでしょう」
つまり、皆の心の支える偶像になれということだ。
「……わかりました。お役目、引き受けます」
「ありがとうございます。本来はデシレアが聖女も兼ねるはずだったんですが、彼女には荷が重いでしょうから……」
聖女をお願いされた本当の事情を明かされるも、エクスに異論はなかった。
確かに、彼女には向いてなさそうな仕事だ。
「それで、明日の式ではこちらの衣装を着ていただきたいのです」
女王が手を挙げると何人もの従者が服を持ってくる。
用意がいい……というより、初めから断らないと思っていたのだろう。
実際その通りだと感じながら、エクスは従者達に服を着せられていく。
「少々サイズが合わないかもしれませんが、式の間だけ着ていただければよいですから」
随分と凝った衣装で、部位ごとに着る順番も決まっているようだ。
数百年前の服にしては保存状態がいい。
いや、この感じは古くなったら仕立て直しているのか。
カナリアに似せたであろう純白の生地に金の装飾。
最後に羽根の意匠のある頭飾りを付け、鏡を見ると確かに聖女と呼ばれるに相応しい風体となったエクスが写し出される。
「まぁ!よくお似合いですよ!」
女王が手を合わせて喜ぶ。
だが、エクスは涼しい顔を保ちながら苦しんでいた。
腹回りがコルセットでギチギチに固めてあり、非常に動きにくい。
胸も圧迫されて呼吸も苦しいほどだ。
生地に高性能な化学繊維が使われているはずもなく、重く、伸びず、蒸れる。
その戦乙女というのは、自分より随分と小柄だったのだろう。
「じょ、女王様。この衣装、持ち帰って自分なりに仕立て直してもよろしいですか?」
「え……えぇと、まぁ大まかに変えなければ……。あと、露出はなるべく控えてくださいね?」
ギチギチに締め付けられたぎこちない動きでエクスは女王にお願いする。
せっかく用意してくれた衣装だ。
特別な意味もある。
どうせなら装備として取り入れたいと思った。
「聖女様かぁ……」
家での夕食、エクスから事情を聞いたエルダがつぶやく。
行き倒れていたエクスが運び込まれた時、こんな事になるなんて思いもしなかった。
エクスが目覚めたあの日から、全てが始まった。
「大変な役目を与えられちゃった」
「エクスさんならできるよ」
「エクス、できる」
エルダは素直な気持ちで応え、グングニルにハツラツをあげていたシニューニャも同意する。
「ありがとう」
「そういえば、昔の聖女様は金髪だったらしいよ」
「金髪……」
確かに見せてもらった絵にはそういう姿で描かれていた。
それと、エクスには聖女の背中に描かれていた片翼が気になっていた。
もしかすると……。
夕食の後、エクスはカナリアの元を訪ねた。
「あぁ、いたよ。スルーズって名前のワルキューレ……なんでそんなことを?」
エクスはカナリアに事情を話した。
「そうだったのか……」
「もしかしたら、ラグナロクを生き延びたワルキューレがこの国に流れ着いて聖女になったのかもしれない」
天界の神々の寿命は長い。
ありえない話じゃないと、カナリアは感じた。
なによりあの戦いを生き延びた者がいた。
そう思えることが希望だった。
「そうだったらいいな……」
「それで明日のことなんだけど」
2人は明日の式典について打ち合わせを始めた。
式典当日。
広場には多くの人々が集まり、ごった返している。
人々が剣を構え仁王立ちするカナリアと、その足元にある御立ち台に注目していると女王がエクスを連れスピーチを始めた。
「まずは、皆さんの今日までの働きに感謝を申し上げます。奉納祭のあの日から、我々の困難は始まりました。古の巨人の復活、それを操るナグルファー帝国。カナリア様の御活躍でなんとか、今日までの勝利を得ることができました」
「女王様の声、よく響くな」
スピーチを聞いていたマグニがスルーズに呟く。
「あれだよ、エクスさんのドローン」
スルーズが指差す先にエクスの球体ドローンが浮いていた。
広場の上空に複数配置され、スピーカーの役目を担っている。
「上にはナビもいるよ」
スルーズが今度は真上を指差す。
マグニが目を細めると、球体ドローンよりさらに上空にナビが滞空していた。
「目がいいな姉ちゃん」
でも、なんのためにナビやドローンがあそこにいるのか。
マグニには見当がつかず、また深く考えることもしなかった。
「危機はまだ去っていません。帝国の最侵攻はすぐそこまで迫っています!」
スピーチは続き、真剣な表情で訴える女王に皆の表情も険しくなる。
「……ですが心配はいりません。かつて、この国を滅亡の危機から救った聖女。その聖女が今、ここに蘇るのです!」
女王が道を開け、エクスを壇上へ迎え入れる。
「あの娘は……」
「あの時のお姉ちゃんだ」
静かに壇上へ立ったエクスに、今まで彼女の活躍を見ていた人々がざわめく。
「皆さん、私はエクス。この度、女王陛下に聖女の役目を仰せつかりました」
エクスがスピーチを始める。
静かな語りだが、ドローンのスピーカーによって全ての人々に声が届く。
「……私はこの国の人間ではありません。巨人が襲ってきたほんの数日前に、この国に流れ着きました。この国に来たのは偶然でした。でも……今は運命を感じています」
エクスは過去を追憶する。
事故で力を失い、この世界に投げ出され何日も荒野を彷徨った。
エルダの家に拾われ、目覚めたその日に巨人の襲来、カナリアの復活。
カナリアをサポートしてガレス将軍を打ち破り、今はワルキューレを作り若者を鍛えている。
「こんな私を受け入れてくれた人たちと、このような大役を与えてくださった女王陛下の信頼に応えるため、私はここに誓います。私はこれからも彼とともに、人々を帝国の脅威から守り抜くと!」
エクスはこの世界で親しくなった人たちの顔を見る。
この先、予想を超える困難が襲い来るかもしれない。
でも、カナリアと新たに出会った仲間たちとならきっと……必ず乗り越えられる。
「守護神カナリア様!さぁ、私と契約の儀を!」
エクスは演劇じみた言い回しでカナリアの方へ振り向き、両手を広げた。
『剣を掲げて』
カナリアの耳にエクスが囁く。
「むんっ!」
打ち合わせ通りに、カナリアは剣を天高く掲げた。
するとエクスの身体が光って宙に浮き始め、人々がどよめく。
人々へ向き直ったエクスにカナリアの剣から光が集まっていく。
光が弾けると、白と金の綺羅びやかな衣装に身を包んだエクスがそこにいた。
その髪は青から金に染まり、まるで別人のようだ。
白い羽根が散り、人々が驚き目を見開く中、舞い降りる輝く杖を携えた金髪の聖女。
ひるがえるロングスカートの先端には、極彩色の羽根があしらわれている。
昨日、エクスはカナリアの元を訪れた後、預かった衣装を自身の装備として再構築。
さらにラーニングしたカナリアの能力を組み込んだ新装備を創り上げた。
これこそエクスの新たな姿、天霊装だ。
エクスが壇上に降り立つと拍手喝采が起こった。
聖女の誕生を皆大いに喜び、泣いている者もいる。
実はカナリアの剣の光も、辺りに舞い散る羽根も、全部ナビとドローンが映し出した立体映像だ。
エクスがこのような派手な演出をしたのには理由があった。
人間は自身と似た姿でありなが、特殊な力を持つ存在を恐れる傾向がある。
それと同時に、「初めからそういう力を持った存在だとわかる見た目」をしていれば、無闇に恐れたりはしなくなることも知っている。
だから必要なのだ――こういう衣装も。
エクスは自信に満ちた眼差しで、民衆の歓喜の声を受け入れた。
帝国の再侵攻が起きたのは、それから数日後だ。
そして、現在――。
「帝国兵の皆さん。投降すれば貴方がたを捕虜として、その身の安全を保証します。」
エクスは聖女として、敗残した帝国兵を優しく受け入れた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
感想・高評価をいただけるととても励みになります。
完結できるように頑張ります。




