第06話2/4 帝国の内情
「んん~!」
朝日を浴びながら、カナリアが背伸びをする。
ガレスとの戦いから3日、傷はほぼ治った。
皆が毎日おいしい料理を振る舞ってくれたおかげか、治りが早い気がする。
洞窟近くの滝に身体を潜らせ、かさぶたや戦いで溜まった土汚れを洗い落とす。
冷たい水が気持ちいい。
滝から上がり、身体を震わせ水気を飛ばす。
「おはようカナリア。身体の具合は?」
「あぁ、もうバッチリだ!」
風を浴び身体を乾かしていると、エクスがやってきた。
身体を大きく動かして快復をアピールする。
「本当に攻撃がピタリと止んだな」
2人は丘の上から街の景色を眺める。
澄み渡る青空と静けさ。
まるで、これまでの戦いの連続が嘘のようだ。
「ガレス将軍が言ったことは本当だったみたいだね」
――
2日前――。
エクスはガレスから情報を得るため、彼が勾留されている客人用の部屋に赴いた。
「ガレス将軍、お身体の方はどうですか?」
「問題ない。捕虜には不相応なほどよくしてもらっている。……ここの食べ物は美味いな」
テーブルの上を見ると、完食された食器が置いてある。
食欲もちゃんとあるようだ。
「部下達はどうしている?」
「彼らは牢で大人しくしています。食事は将軍と同じものを」
「そうか……。彼らは私の指示に従っただけだ。悪いようにはしないでくれ」
「女王陛下も同じようにおっしゃっていました」
エクスは帝国に関する様々な事をガレスに問い、やがて話題はカナリアとの闘いに移った。
「あの時は驚きました。まさか自爆までされるなんて……」
「……いや、あれは私の意志ではない」
「え?」
「あれは宰相のアドラーによるものだ」
宰相アドラー、カナリアの記憶にあった仮面を付けた男だ。
「将軍が乗られたままの冥鬼兵を、遠隔操作で自爆させた……と?」
「邪魔な私もろとも、エインヘリアルを葬るためにな」
どうやら帝国も一枚岩ではないようだ。
エクスは質問を続ける。
「何者なのですか?そのアドラーという男は?」
「奴は……10年ほど前に帝国に現れた。城下に不思議な芸をする男がいると耳にして見に行ったのが最初だ」
ガレスの脳裏にその時の情景が浮かぶ。
人々が囲む中、仮面を付けたアドラーは手品と称して物を消してみせたり、糸を使わず人形を動かしたり、横に投げた玉が身体を一周して戻って来る不思議なジャグリングを披露し、歓声と拍手を浴びていた。
「当時は先帝陛下が崩御されて間もない頃で、陛下にはお元気が無かった。私は陛下を楽しまてあげようと、奴に御前で芸を披露するように持ちかけた……。二つ返事で了承した奴は芸を披露した後、こう言った。自分は代々続く魔術師一族の生まれで、自らの才能を活かせる場所を求めてこの地にたどり着いたと……」
「アドラーが魔術師!?」
「うおっ!?」
エクスが目を見開き、思わず身を乗り出す。
「私は……昨日の将軍の口ぶりから、帝国にも魔術師がいると感じていました。それがアドラーなのですね!?」
「む……そうだな」
「そこから先は!?」
魔術師の正体に確証を得たエクスが、食い入るように続きを催促する。
「う、うむ。魔術師だと知ってますます気に入った陛下はそばに置くように奴を取り立て、やがて政務まで任せるようになった。私をはじめ、急速に地位を高めるアドラーに反感を持つ者もいたが、奴はそれらを黙らせるほどの成果を次々に出し、やがて冥鬼兵を造り出した。城の地下に埋まっている大量の巨人の骸を見つけた時、奴が目を輝かせて興奮していたのを覚えておるよ」
「つまり、冥鬼兵はアドラーが1人で造り上げたようなものなのですか?」
「そうだ。あれがどういう仕組みで動いているのかは奴しか知らん。初めこそ1体だけだったが、奴が地下から発掘した何かしらのおかげで、大量運用が可能になったらしい。あの地には巨人の他にも、古代の遺物がたくさん埋まっているからな」
「その発掘された何かしらとは……?」
「確かギヌン……ややこしい名前だったから覚えておらん」
ガレスはその遺物の名前を必死に思い出そうとしたが、どうしても出てこなかった。
ただ、アドラーから回転する2つの輪の中に囲まれた、中心部が黒く、外縁が白く輝く球体を見せられたのは憶えている。
「ともかく、奴が作った冥鬼兵のおかげで随分と暮らしが豊かになった。そこまでは良かった。だが……その頃から陛下がこの国への復讐と戦争を強く主張するようになった」
ガレスの表情が次第に暗くなっていく。
あの頃からだ。
陛下が笑わなくなったのは……。
まるで人が変わったように怒りを表に出し、戦争の準備を急がせた。
「陛下の命でアドラーが侵攻計画を立案すると、私は前線の司令官に任命された。そして、君たちに敗れ、ここに居るという訳だ……。アドラーからすれば、体の良い厄介払いだったのかもしれぬ。私が居なくなれば帝国の実質的な権力は奴に集中する。だから、冥鬼兵を自爆させ、私もろともエインヘリアルを倒そうとしたのだろう。……くそっ!」
ガレスの中でアドラーの悪辣さを見抜けなかった悔恨の念が膨れ上がり、机に拳を叩きつける。
彼が水を飲み、気持ちを落ち着かせる中、エクスの脳内では点と点が繋がり始めていた。
魔術を操るアドラー。
その魔術によって動く冥鬼兵。
遠隔操作による動力の消失、もしくは自爆。
そして、何らかの外的要因によるカナリアの暴走。
カナリアの記憶から、アドラーもあの場に居たのは確認している。
それともうひとつ。
あれは自分の意志ではない――。
先ほどガレスが言ったこの言葉に、エクスはデジャブを感じていた。
まるでカナリアと同じではないか、と。
「将軍、これはあくまで仮の話として聞いてください」
「ん?」
「もし……アドラーが魔術を用いて皇帝陛下の心を操っているとしたら?」
「……なんだと!?」
「あくまで仮定の話です。そんな魔術が存在するかはわかりません。ですが、将軍は先ほど仰いました。あの自爆は自分の意志ではない、と……実はカナリアもそうだったんです」
「なに?」
仮定とはいえ、突拍子もない内容にガレスが困惑する。
それにあのエインヘリアルも同じとはどういうことだ?
「帝国へ行った彼は、戦争を止めるために皇帝陛下と交渉しようとしていました。その直後です。彼が暴走したのは……」
「交渉?奴からそんな報告は受けておらんぞ!?」
通信鏡でアドラーから報告を受けたとき、奴はエインヘリアルが帝都で破壊の限りを尽くし、皇帝陛下の命を狙ったとしか言わなかった。
まさか、わざと伝えなかったのか?
「伝える必要がないと思ったのか。それとも意図的に隠したのか……。ともかくタイミングが不自然です。まるで……戦争にならないと困る者がいるような」
「それが……奴だと言うのだな?」
そんな馬鹿な。
と、ガレスは否定しようとしたが、否定しきれないものがあった。
その場に居なかった自分には、どちらが真実を言っているのかわからない。
だが、彼女の話が本当だとして、何故アドラーは交渉の件を隠した?
この状況になって一番得をしているのは奴ではないのか?
もし、全てがアドラーの掌の上だとしたら……、自分はいったい誰のために戦っていたのだ?
ガレスの中で、アドラーへの疑念が膨れ上がっていく。
「あくまで状況から推察した仮定の話ですが……」
「……いや、恐らく貴殿の言う通りだ」
「え?」
ガレスは突然エクスの両肩をがしりと掴んだ。
「エクス殿!この身体が癒えたら、私を帝国に戻してくれ!」
「え?」
「貴殿の話が本当なら、アドラーにこれ以上国を……陛下を好き勝手にさせるわけにはいかぬ!奴を殺し、陛下の本当の心を取り戻す!あの子は本来、争いなど好まぬ優しい子なのだ!」
ガレスはまるで父親のように皇帝を語った。
もしや、奴が初めて陛下と顔を合わせたあの時から既に……?
自分が奴を陛下のもとへ連れて行ったのが、全ての始まりではないか……?
ガレスは自責の念にかられる。
「ですが……」
「奴は言っていた!私が敗れた場合はひと月後に数十体の冥鬼兵でこの国を攻めると!」
「それは本当ですか!?」
その情報にエクスは思わず椅子から立ち上がる。
「あぁ、だからそれまでに私が国に戻ってアドラーを殺し、攻撃を止めさせてみせる!こんな戦争に意味はない!」
ガレスは必死の形相でエクスに懇願する。
だが、エクスの口から出た言葉は――。
「……できません」
「なぜだ!?」
「もし貴方までアドラーに術で操られたり、暗殺されたらどうするんですか?」
「ぐ……しかし!」
確かにそうだ。
帝国の権力は、陛下を除けば自分とアドラーに集約されている。
もし自分まで奴の手に落ちれば、帝国の中で立ち向かえる者は居なくなってしまう。
そうなれば奴は陛下の威光を使い、思うままに帝国を操っていくだろう。
だが、理屈はそうだとしても納得がいかない。
ガレスは悶々とした表情で両手を握りしめた。
「……選択肢には入れておきます。それに先程も言ったとおり、まだ確証を得ているわけではありません。今はご自愛ください」
そう言ってエクスは部屋を去った。
もしアドラーが本当に全てを操っているにしても、彼の魔術に対抗できなければ捕まえることは出来ない。
不用意に帝国に行って、カナリアが今度こそ完全に操られたらどうする?
それこそ本当の終わりだ。
エクスは慎重にならざるを得なかった。
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