第01話1/3 エクスとエルダ
「はぁ……はぁ……」
風が吹き荒ぶ荒野をボロ布をまとった少女が1人歩いている。
その足取りは弱々しく、風によろよろと押されてしまう。
虚ろな目で彼女――エクスは考えていた。
この世界に投げ出されてからどれだけ時間が経ったのだろうか?
飲まず食わず、宛てもなく荒野を歩き続けている。
ケホッ、と空咳をする。
唾液に砂が混じり、気色が悪い。
身体が弱っている。
初めて訪れた世界では毎回こうなる。
いつもの事だと思いつつも、普段より激しい不調に彼女は歯噛みした。
通常なら時間経過や食事をすることで次第に身体が順応し、体調も回復する。
だが、この世界の空気は特に重く、一向に慣れる気配がない。
歩くのにも不自由するほどの状態はこれまで経験したことがない。
この回復の遅さは、きっとここに流れ着く前の出来事が関係しているんだろう。
何百と持っていたスキルも、そのほとんどが使用不能になっている。
「う……」
意識が朦朧とし、地面に倒れる。
体力だけでなく気力も落ちた身体では立ち上がるのも難しく……。
彼女はそのまま意識を失った。
──
「……ん」
次に彼女が目を覚ますと、そこはベッドの上だった。
木造の天井、肌に当たるリネンの感触、両開きの窓から差し込む陽の光と小鳥の囀り。
「ここは……」
まだ重たい身体を起こし部屋を見渡すと、着ていたボロ布が壁に掛けてあった。
洗濯されたのか、見つけたときよりも幾分綺麗になっている。
きっと倒れていたところを誰かに拾われたんだろう。
服はそのまま、手足も拘束されてない事から危機的な状況ではないようだ。
それにしても随分と古めかしい作りの部屋だ。
電球、電子機器の類は見当たらない。
歴史の資料にしか出てこないような家具の数々から、彼女がなんとなくこの世界の技術水準を察していると、階段を登る音が聞こえ赤毛の少女が部屋に入ってきた。
エプロン姿でくせ毛のあるショートヘアを揺らす少女の両手には、水の入った桶と布が抱えられている。
「あ……お母さーん!お姉さんが目を覚ましてる!」
少女が階段の下へ向け叫ぶと、少女の母親も顔を見せる。
「良かった。目が覚めたのね。行商の人が倒れてた貴方を見つけて運んできてくれたのよ」
「 3日も寝てたんだから」
少女と母親は目覚めたエクスを見て微笑むと、ここまでの顛末を説明してくれた。
「それで、貴方の名前は?」
「私はエクス。ありがとう。助けていただいて」
どうやら言葉は通じるようだ。
エクスは感謝の言葉と共に頭を下げた。
「私はソフィ=フリームニル。この子は娘のエルダ。お腹空いてるでしょ?いま食べる物を持ってくるわね。エルダはその間に身体を拭いてあげて」
「うん!」
母からの指示にエルダは元気よく応え、ソフィは階段を降りていった。
「よし、じゃあ身体を拭こ……拭きましょうか」
見た目からエクスを歳上だと判断したのか、エルダは途中で言葉を改めた。
「ありがとう。でも敬語は要らないよ」
「そう。じゃあ背中向けて」
「ん……」
背中を拭かれながら、エクスは気になっていることを質問した。
「ここはどこなんだい?」
「ここはね、イーザヴォール王国って言って綺麗な女王様が収めてる国なの」
エクスが窓の外に目を向けると、ここが山の麓にある町だとわかった。
山頂から大きな滝が流れこむ緑豊かな土地。
山の断崖には大きな水色の結晶が一対の翼のように生えており、その下には王城らしき建物が見える。
「エクスさんはどこか遠くから来たんでしょ?」
「わかるの?」
「青い髪の人なんて珍しいし、眼も宝石みたいに綺麗な緑色だし……。それにこんな変な服着てる人、初めて見たもん」
「……服?」
エルダが言っているのは、エクスが着用している一見すると水着にしか見えない多機能スーツの事だ。
「ピッチリして身体のラインが出てるし、なんかツヤツヤしてるし、お股はすごい切れ込みでお尻に至っては半分はみ出してるし……」
エルダがスーツの生地を摘むと、高い柔軟性を示すように伸び縮みする。
「あぁ、これは私が自分でデザインして作った物だ」
確かに生地は薄いがとても堅牢で、あらゆる環境で活動可能な汎用性の高い装備だ。
と、エクスは自身のスーツの性能に自信と誇りを持ちつつも、その見た目には何ひとつ疑問に思うこと無くエルダに見せつけた。
「へ、へぇー……。最初は身体に模様が付いてるのかと思ったんだよ。どうやって脱がせばいいのかわからなくて、結局こうやって服の上から拭いてたの」
「あぁ、脱がし方ならここをこうして……」
エルダに教えるようにエクスが首元のアタッチメントに手を掛けると、全身のスーツが一瞬にして収納された。
「わっ!ちょっ……脱がなくていいから!」
「そうか」
エクスの突飛な行動に驚いたエルダは思わず目を覆い、エクスは言われた通り再びスーツを着用した。
「が、外国は進んでるんだねぇ……」
外国――その表現は正しくないが、エクスはそういう事にしておいた。
自分がどうやってここに流れ着いたのか説明すると、話が複雑かつ長くなるからだ。
「エルダ、出来たから持っていって」
「はーい!」
母の呼びかけにエルダはドタドタと階段を下りていき、料理を持って戻ってきた。
「お待たせー♪」
盆の上に置かれた木製の食器にはそれぞれ、硬そうなパン、タレで焼いた魚、ぶつ切りの肉と野菜の入ったポタージュ、賽の目に切り分けられた黄色い果物が入っている。
その中で果物だけが妙に山盛りで、盆の半分ほどを専有している。
「さぁ、食べて食べて。うちは料理屋なの、味には自信あるよ!」
「あ、そういえばお金が……」
「いいのいいの。外国の人なんて珍しいしさ。 あ、でも元気になったら何日か店を手伝ってくれると嬉しいかも」
「ありがとう。 そうさせてもらうよ。……いただきます!」
厚意に感謝してありがたく頂くことにする。
体調を戻すにはその地の食べ物をたくさん食べるのが近道だ。
エクスはパンを、魚を、汁物を、がむしゃらに胃に送り込んだ。
その様子を対面に座ったエルダが少し驚いたような表情で見ている。
「よっぽどお腹空いてたんだねぇ」
エクスはパンを咥えたままエルダの方を見てうなづくと、硬いパンを顎の力を目一杯使って噛みちぎり、ポタージュを器ごと持って流し込む。
肉と魚は塩漬けにしたものだからか、塩気が強い。
主食を食べ終えるとデザートの果実を口に運ぶ。
甘さは控えめだが水分が多く、とろけるような食感で瑞々しい。
1つ4cmほどのキューブがするすると胃の中に消えていく。
他の料理は似たようなものを食べた経験があるが、この果物だけは違っていた。
「この果物は?」
「ハツラツって言うの。 昔からこの辺りたくさん生えてる木で、お肉やお魚が食べられなくてもハツラツさえ食べておけば餓え死にしないって言われてるくらい栄養豊富なんだよ。神様からの贈り物って言い伝えもあるの」
「それでこんなに沢山……」
「この量で実1つ分なの」
「随分大きいんだね」
皿に盛られた量から実の巨大さが容易に想像できた。
まるで巨人の食べ物だ。
スプーンを突き入れ、残った山を突き崩していく。
食べるついでに舌で栄養素を分析する。
炭水化物、タンパク質、脂質、各種栄養素がバランスよく入っている。
完全栄養食と言ってもいい。
確かにこれを食べていれば死なないだろう。
加えて、エクスはこの果実に今の自身にとって重要な”あるもの”が大量に含まれていることに気付き、多少無理をしつつも食べ尽くした。
「ふぅ……ありがとう。とても美味しかった。 この恩は必ず返すよ」
「よかったぁ」
「エルダ……。お母さんがお祭りの買い出しに行ってきて……って」
エルダが食器を片付けていると、ベージュがかった白い髪の少女が部屋に入ってきた。
「うん、わかった」
「その人、元気になった……?」
静かな口調で気遣ってくれた少女にエクスは「うん」と答えるように頷いた。
「よかった……」
「この子はシニューニャ。血は繋がってないけど私のお姉ちゃんなの」
紹介された少女、シニューニャがぺこりと頭を下げる。
「お姉ちゃん……?」
エクスは首を傾げた。
外見上はどう見てもエルダの方がシニューニャより歳上だからだ。
「見えないよね。お母さんが言うには、エルフみたいに成長の遅い種族の子なんじゃないかって」
「エルフ……?この世界にはエルフがいるのかい?」
「うん、居るよ。森の中に住んでるって」
エクスは驚いた。
エルフという言葉自体は聞いたことがある。
だが、それはあくまで御伽噺に出てくる言葉だ。
そのエルフが実在している。
彼女はこの世界がただの中世時代とは違うことを察した。
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