第04話3/5 エルフのシルヴィ
次の日、エクスは鹵獲した冥鬼兵に乗り込み内部を調べていた。
全身が骨と甲冑で構成された冥鬼兵だが、頭部は下顎を除き金属製のフレームで覆われている。
搭乗席から見える数々の計器、液体の入ったシリンダーなど、明らかに人工的に作り上げられた内装だ。
「いったいどうやって動いているんだ……?」
操縦桿やスイッチに触れてみるが反応がない。
胴体は空洞、頭部にも動力源が無いとしたら一体どこからエネルギーを得ているのか?
「やっぱりあの文字に秘密が……」
鹵獲の際、搭乗していた兵士が投降すると頭部の光輪と甲冑の文字が消え、糸が切れたようにこの冥鬼兵は動かなくなった。
状況から考えて、頭上の光輪はエネルギーの転送装置で、各部の文字に冥鬼兵が動くためのエネルギーを蓄積しているのかもしれない。
さながら糸で吊られ動く人形のように……。
それがいかなる仕組みで成立しているかわからない以上、動力源はこちらで独自のものを用意するしかない。
いや、それだけでは足りない。
動力源が確保できても、関節を動かす駆動機構が無ければ意味がない。
それにそれらを制御する演算装置。
これら3つをこの世界で探すか、造り出さなければならない。
とは言うものの、高度な科学技術が期待できる世界ではない。
唯一、希望がありそうな天界も既に滅んでしまったとカナリアに聞かされた。
森にいると聞く魔獣の素材を使ってみる手もあるが、使い物になるかどうか。
「アレがあればなぁ……」
エクスには動力源と演算装置に心当たりがあった。
どんな世界でも存在しているはずのその物質を見つけられれば、目標に大きく前進できるのだが……。
「エレオノーラ。……エレオノーラはいるかしら?」
エクスが搭乗席から見える空を見つめていると、外から澄んだ女性の声が聞こえてくる。
冥鬼兵から降りると、そこにはブロンドの長髪と長く尖った耳を持った、白い服装に身を包んだ女性が城へ呼びかけていた。
その後ろには2人の男が触手のように動く樹木で絡め取られている。
「シルヴィ!? その者たちは?」
「森で怪しい動きをしていたから捕まえたの」
城から出てきた女王にシルヴィと呼ばれた女性は軽い口調で返す。
どうやら旧知の仲のようだ。
兵士が捕らえられた男達の衣服を探ると、あのペンダントが出てきた。
「間違いない。帝国の密偵です!」
「誰か縄を!」
恐らくこの2人はあの鹵獲された冥鬼兵を取り戻しに来たのだろう……と、エクスは考えたが、それよりも彼女はシルヴィの操る触手のように動く樹木に興味津々だった。
男達が牢へと連れて行かれると、エクスはすぐさまシルヴィに話しかけた。
「あ、あの……!私にそれ、教えてください!」
掌をがっと掴まれ、キョトンとするシルヴィにエクスはいきさつを話した。
清涼な空気に満ちた森の中を、エクスはシルヴィとともに歩く。
彼女は今、森の中にあるシルヴィの家へと向かっている。
あの後、女王にシルヴィの事を紹介され色々な事を知った。
シルヴィはこの森に200年以上住んでいるエルフで、王国周辺の森は彼女が管理しているため常に様子がわかるらしい。
そして、どうやって樹木を触手のように動かしているのか尋ねた時、彼女はこう答えた。
「これは魔術」だと――。
魔術とは、限られた種族だけが得意とする特別な技能。
念じるだけで物を動かす、大きさを変える、増やす、柔らかくする等、行使できる力は多岐に渡る。
魔術を発動すると、発動点には紋章が浮かび上がる。
浮かび上がる紋章は行使者毎に違い、シルヴィの場合は植物の葉を模したものだ。
魔術自体は才能のある者なら種族に関係なく鍛錬次第で使う事ができ、実際に昔は魔術を使える者が多くいたらしい。
だが、現在に至るまでにそのほとんどは失伝され、今ではエルフやドワーフのような限られた種族が専門的な分野でのみ使えるのだという。
それで何故、エクスがシルヴィの家へ向かっているのかというと、魔術を習うのとは別にある物を探すためだ。
エクスはシルヴィの操る植物を見て、冥鬼兵の駆動機関として使えないかと考えた。
巨人の骨に人間の筋肉を再現するように植物を纏わせ、それを操ることで冥鬼兵を動かそうというのだ。
その事をシルヴィに伝えると彼女は少し考えた後、「それならもっと良いものがある」と笑顔で答えた。
森に入ってから15分ほど経っただろうか。
木々と蔦で形作られたドームの中に入っていく。
ここからがシルヴィの家の敷地ということなのだろう。
中は明るく、木漏れ日の中に小さな家が建っている。
綺麗な水が流れる沢もあり幻想的な空間だ。
家の前では小さな女の子2人が遊んでいる。
「あっ、ママおかえり。お客さん?」
「ドゥーエ、トーレ。ママはお客さんと一緒に泉へ行ってくるわね」
「はーい」
沢を上流へ少し歩くと、木々で囲まれた泉があった。
「あれよ」
「あれは……腕?」
シルヴィは泉の中央に生えている大きな木を指差した。
その幹は細いものが何重にも絡まるようにして一本の大きな樹形を形成しており、表皮にはドクンドクンを脈打つ血管のような管がいくつも走っている。
枝葉は少なく、頭頂部が塊のように膨らんでいるその姿は、突き上げた筋骨隆々の腕を彷彿とさせる。
この植物こそシルヴィが見せたかった物のようだ。
「これが筋肉樹、子供達はムキムキって呼んでるわ」
「ミュスクル……」
「少し離れて、濡れるわよ」
「え?」
シルヴィが掌から光の玉を飛ばし、それがミュスクルに届くと幹はグググと動き出し……。
バァーンッ!
「うわっ!」
勢いよく折れ曲がり、水面を殴るようにその頭頂部を叩きつけた。
破裂音とともに大きな水しぶきが上がり、2人のいる場所まで降り注ぐ。
「どう?すごいでしょ」
「え、えぇ……」
樹はゆっくりとまた元の形に戻り始めた。
収縮・弛緩による変形、まさに筋肉だ。
しかも、かなりのパワフルさだ。
「あなたの言っていたことに使うならこっちの方が良いんじゃないかしら?」
「はい、理想的です。でも、この木はここにある1本だけなんですか?これだけだと巨人に使うには量が……」
「え?……あぁ大丈夫よ。私が魔術で増やしてあげるから」
「出来るんですか!?」
「えぇ、植物の事ならエルフに任せておきなさい」
「ありがとうございます!その時が来たらお願いします!」
これで冥鬼兵の駆動計画へ大きな一歩を踏み出せるとエクスは大いに喜んだ。
「じゃあ、次は魔術の使い方ね」
「は、はい!」
泉から戻った2人は、家の隣にある小屋へ入った。
シルヴィは木箱の中の小袋を開け、中身を取り出した。
「はい、これ」
「これは……」
エクスが掌に乗せられたものを凝視する。
艶のない黒くて小さい球体。
「花の種よ。今からこれを魔術を使って芽吹かせるの」
シルヴィが植木鉢の土に種を置き、掌をかざすと紋章陣が現れる。
「いい子いい子……」
種を慈しむようにゆっくりと手を円に動かしていく。
すると種が割れ、白い芽が伸びていき、まるで早送りをしているようにあっという間に2つの葉を持つ苗へと成長した。
「はい、出来ました」
「すごい……いったいどうやって……?」
エクスが苗をまじまじと見つめる。
生体組織の操作?それとも時間に干渉でもしたのか?
科学では説明できない現象が起きたことだけは理解できた。
「想像するの」
「想像?」
「魔術にいちばん大事なのは想像力。種が苗に育つ様を思い描いて、強く願う。さぁ、やってみて」
「う~……」
エクスは先程の光景を思い返しながら手をかざす。
力んでみるものの何も変化は起こらない。
「何も起きない……」
「そのまま何度もやってみて」
その後もチャレンジを続けてみたが……。
「ダメだぁー」
「やっぱり難しいわねぇ」
気の抜けたエクスが肩を落とす。
シルヴィもそう簡単に出来るとは思っていなかったようだ。
「なにかコツとか、無いんですか?」
「そうねぇ……。まず、それが出来て当然と思う事。それと今みたいに生き物が相手の時は、相手と気持ちを1つにすること……かしら」
「気持ちを1つに……?」
「この種は苗となり立派に育つのを望んでいた。私はその後押しをしたの。こうなりたいという想いと、こうしてあげたいという想い……。それが互いに同じだと成功しやすいんじゃないかしら」
「出来て当然……相手と1つに……」
エクスはシルヴィの教えを意識して再び手をかざすも、やはり何も起きなかった。
自分には才能がないのだろうか。
「はぁ~……」
「出来ないのが当たり前だから気にすること無いわ。それよりもうお昼だから、ここまでにしましょう」
しょんぼりとした表情を浮かべるエクスにシルヴィが慰めの言葉を送る。
気が付けば森に入ってから2時間近く経っていた。
エクスはシルヴィの家で昼食を頂いたあと、帰路についた。
魔術は使えなかったものの、ミュスクルを見つけられたのは大きな収穫だ。
エクスはルンルン気分で森を歩いていった。
「あら?あらあら?」
エクスが帰った後、片付けのため小屋に入ったシルヴィは植木鉢を見て驚いた。
エクスが魔術をかけた種が、かすかに芽吹いていた……。
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