第04話2/5 カナリアの寝床
「そういえばカナリア、君の寝床は?」
日も落ちかけ、エクスは気になっていた事をカナリアに尋ねた。
緊急時に備えてカナリアの居場所は把握しておく必要がある。
それに野宿ならともかく、この巨体が寝泊まれるところは早々ない。
「あー……あそこまだ残ってるかな?」
そう言うとカナリアはエクスを乗せ、王城の裏にある岸壁のそばへ降り立った。
「お、あったあった。あれだ」
カナリアが指差した先には大きな洞窟が口を開けていた。
内部はドーム状になっており、カナリアが居住するのに十分な大きさだ。
倉庫として使われているのか、壁際には物品の入った箱や瓶が大量に並んでいる。
「ここが君の家?……あれ?」
振り向いたエクスはカナリアがいないことに気付く。
辺りを見渡すと、洞窟近くに生えている巨大なハツラツの根本にカナリアは居た。
「デカくなったな……」
樹に触れ、郷愁の眼差しで生い茂る枝葉と果実を見つめている。
「どうしたの?」
「この木、俺が植えたんだ」
「君が……この木を?」
「俺がエインヘリアルに成りたての頃、神様達の命令で拠点になりそうなところに植えるように言われてさ。1つここに植えたんだ」
カナリアは過去を思い出す。
植えた時は掌に乗るくらいの、ほんの小さな苗木だった。
それが今や自分の身長を超えるほど大きく育った。
この樹齢数百年の木は、彼にとって数少ない過去との繋がりを示すものなのだ。
「へぇー……えっ、じゃあこの木や果実って元々は天界のもの?」
「あぁ、神様達が俺達の栄養補給の為に創り出したって聞いてる」
実を1つもぎ取ると、カナリアは洞窟へ足を進めた。
「……すごいね」
エクスはそう言うしかなかった。
このバカでかい大きさも、完全食じみた栄養分も全て創られたもの。
エインヘリアルを生み出した事といい、天界の技術はかなり高いようだ。
「よっと……」
洞窟に入るとカナリアは巨岩の土埃を手で払い、その上に腰掛けた。
人の目線では巨大な岩にしか見えないが、どうやらベッドのようだ。
そのままカナリアは飾り羽根の先端を使い、ハツラツの実の皮を剥いていく。
「食べる?」
「うん」
カナリアの指先に乗せられた、自身の胸ほどもある実の欠片をエクスは受け取る。
「君があの樹を植えてくれたおかげで、この国の人達はずっと飢えずに暮らせている」
「……悪いことばかりじゃないな」
実を食べ終わるまで、2人は洞窟から見える街並みを眺めていた。
「じゃあ、私も家に帰るよ。ゆっくり休んでくれ」
「おう、また明日な」
――
エクスがエルダの家に帰る頃には日が沈み、これから戦争になろうというのに店は客で賑わっている。
カナリアが戻ってきたせいか、みんなどこか楽観的だ。
「ただいま」
「おかえりエクスさん!なかなか帰ってこないから心配したよ~!」
「エクス、おかえり」
「ただいまシニューニャちゃん」
自室に戻ったエクスは破損した装備の改修を始めた。
スキルがロックされている影響で装備の完全修復はまだ出来ない。
無事なパーツを組み替えてなんとか取り繕うしかない。
ARビジョンで網膜にパーツを投影し、組み替えていく。
カナリアとの連携を考慮するなら飛行能力は必須だ。
機動性を犠牲にしてでも、少ない推力で飛行状態を維持できるようにスラスターを組み替える。
「エクスさん、ご飯持ってきたよ……何してるの?」
食事を持ってきたエルダが何もない空間に向かって手を動かしているエクスを不思議に思うも、エクスは「気にしないで」と作業を切り上げた。
「女王様が言ってたよ。戦争になるんでしょ?」
「うん。でも私とカナリアが必ず守るよ」
「すごいよねエクスさん。カナリア様ともすぐ仲良くなっちゃうんだから。私は昼間のアレでもうビックリして……」
「私もエルダが話しかけられるとは思わなかったよ」
「人違いって言ってたけど、私を誰と間違ったんだろ。……もしかして女神様かな!?エクスさん何か聞いてないの?」
「あー……聞きそびれたから今度聞いておくよ」
カナリアに迫られた時の驚きが忘れられないのか、興奮した様子で捲し立てるエルダにエクスは苦笑した。
「あ、そうだ。私、明日は教会の子供達のご飯を作りに行くから朝から居ないよ」
「うん、わかった」
食器を片付けるエルダが明日の予定を告げる。
エルダが部屋を出た後、エクスは懐から古びた切れ端を取り出す。
それはカナリアが目覚めた時、彼の掌から崩れ落ちたブレスレットの破片。
カナリアは立ち直ったとはいえ、きっと心の奥底はまだ揺れ動いているんだろう。
特に暴走してしまったことに対しては……。
なんとか彼を勇気づけてあげられないだろうか。
考えるエクスの脳裏に先程のエルダの言葉が思い起こされる。
明日は教会の子供達のご飯を作りに行く――。
「子供達の……」
次の瞬間、あるアイデアを閃いたエクスは部屋を飛び出し、階段を登り終えたエルダと鉢合わせする。
「わぁっ!?」
急接近に驚き、階段から落ちそうになるエルダを力強く引き寄せ、エクスは言った。
「エルダ、頼みたいことがある!」
「……え?」
その頃、洞窟で眠るカナリアの瞼には涙が浮かんでいた。
彼が目を覚ましてから、まだ2日しか経っていない――。
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