第8話 協力関係
翌朝。
あたたかい寝巻の中で目を覚ます。
「んぅ……。」
昨日は確か、カヲル君が持ってきてくれた寝巻きに入ってすぐ寝ちゃったんだっけか……。
そうだ。
カヲル君はちゃんと眠れていたのだろうか。
そう思い、カヲル君の方を見れば壁に背をつけて俯くカヲル君の姿がある。
寝てる…のかな?
寝袋から静かに這い出て、ゆっくりと近づく。
どんな顔で寝ているんだろうか。
そもそも、こんな寝かたで苦しくないのだろうか。
そう思って、そっと顔を覗こうとしたその時だった。
「そんなんで静かに近づいているつもりか?お前。」
「きゃぁ!?」
いきなりの声につい大きな声を出してしまう。
見れば、カヲル君がいつも通りの目つきの悪い目でこちらを見ていた。
「え、あ、いつの間に起きてたの……?」
「お前が寝袋から這い出てきたくらいからだ。何をしようとしてんのかと思えば…ふぁぁ……俺の寝顔なんてみたって何の得にもならないだろう。」
「だって…そんな寝かたで寝づらそうだったから……。」
「お前、俺が寝安い形でなんて寝てたら、襲われた時どうすんだ。ったく……起きたんなら朝飯食って、さっさと支度をしておけ。だいたい8時頃にはここを経つつもりだ。」
そう言ってカヲル君は立ち上がり、目を細めてドアの隙間から外を眺めている。
多分、外に敵がいないかとかを見ているのだろう。
一体カヲル君は何年、このスラム街を1人で生き抜いてきたのだろうか。
私は、小さい頃は両親もいて、姉や蓮くんがいた。
だから、今のこの歳まで生きている。
でもこの人は多分私とは違う。
私なんかよりもこのスラム街を知っていて、生き抜き方や戦闘まで手馴れている。
きっと私以上に1人で苦しんできたのかもしれない。
そう考えれば今の私の状態はあまり良いとは言えないものだ。
この人に全て任せて、おんぶに抱っこの状態なのだ。
この人にとってはとてつもない負担を背負わせることになっているだろう。
利用すると決めたあの日からそれだけが気がかりだった。
多分、こんなことを言えば、カヲルくんは馬鹿なんじゃないのかとか言ってくるだろう。
いや、でもそれはそれで腹が立つけど。
普通自分を心配してくれてる相手に対して、そういうことを言うだろうか?
あーもう!考えただけで腹が立つ!!
……でも、彼も彼なりに色々とあるのだから仕方ないと頭では理解してる。
だから、強く何も私は言えない。
はぁ……困ったなぁ。
と、悩みに悩んでいると前の方から声がした。
「……何、百面相してんだ馬鹿。早く用意しろって言ったろうが。俺は一旦外に出るぞ。戻ってくるまでに全部終わらせろ。それと。」
すっと私の隣を指さして、カヲル君が言った。
「そいつも起こしておけ。戻ってきたら話もある。」
そして、そのまま小屋を出て行くカヲルくん。
多分話というのは、今後のことだろう。
多分、あの人はきついことを言うが、心の底は優しさが固まっていそうだ。
だって……私の事も坂井さんのことも見捨てられるくせに見捨てないんだから。
これを優しくない以外になんて言葉で表せばいいんだろうか。
◇
……俺は、昔よりも甘くなった。
なってしまった。
本来、あんな雑魚共を守る責務も必要も無いというのに……。
これは俺にとって弱点が増えたということだ。
この弱みはいつか自分にとって、俺の事を苦しめる。
この弱さはダメなんだ。
これじゃぁ……ダメなんだよ……。
俺はあの時、何を学んだというのだ……!
「はぁ……。」
雲ひとつない青空を見上げてひとつため息をついた。
思えばあの時から、俺の人生において変化が起きたのか。
神奈と出会ってしまったあの時から。
「本当、このままじゃまた2度目の失敗をすることになっちまうなぁ。」
そう言って、歯ぎしりをしたその時だった。
「2度目の失敗?何を失敗したのかしら。ぜひその失敗について、詳しく聞いてみたいわね。」
後方からよく通る女の声が聞こえた。
全く背後に気がつけなかった。
そもそも、俺の後ろを取る手練がここの近辺にいたとは。
「誰だ?随分と尋常じゃない強さを持ってるようだが。まさか……〝奴ら〟の手先か?」
「〝奴ら〟……?あぁ。違うわよ。そもそも、私からそんなの願い下げよ。あんな野蛮な連中と一緒にしないで頂戴。」
心底嫌そうな声でそんなことを言っている。
随分と絶命会を嫌っているようだ。
さて、どんな奴なんだろうな。
俺の背後を取った奴の姿ってぇのは。
そうして後ろを振り向く。
そこには……1言目に可憐という言葉が似合いそうな俺より少し若く見える女が立っていた。
だが、こいつは只者では無さそうだ。
見たからこそ、それがよく理解できた。
少し身構える。
「何の用だ。俺は忙しいんだが?」
「ふふ。そう身構えなくてもとって食ったりはしないわよ。……でも、あなたにひとつ聞きたいことがあるの。カヲル君?だったかしら……あなた、田中弦斗って人間知ってるかしら?」
「……知らんな、誰だそれ。」
「そう……それは残念。彼の死について、あなたなら何か知ってるんじゃないかって思ったのだけれど。永一 蓮と繋がりのあるあなたなら。」
その一言でより一層の警戒心と殺気をそいつに向ける。
すると、クスクスとその女は笑いだした。
「そんなに殺気を漏らしたら、私に気づいてくれと言っているようなものじゃない、カヲルくん?」
「一体何が目的で俺に接触してきやがった。」
「私はあくまであなたに情報を聞きたいだけよ?特にタイは無いわ。あなたが知っていることを教えてくれれば、問題ないのよ。」
少し口角を上げて、薄ら笑う女。
恐らく、半分は嘘だろうな。
言えば、確実に何かしらあるだろう。
こいつが、情報を話すだけで納得するとは思えない。
絶命会の幹部を倒せる人間なぞ、いくらスラムであろうと、ほぼいないのだから。
まぁ、俺もあの時倒せたのはまぐれだと思っているが。
俺にそれほどの力はない。
「俺がお前らに何かを話す義理なんてあるか?そもそも、俺はただスラムで生きているだけだ。この無法地帯じゃ、明日生きるのも俺らは大変なんだ。何されるかわからん連中に情報を易々と話すわけが無いだろう。」
「あら、そう。それは残念ね。なら、あの小屋に入っているあの子たちは、どうなってもいいのかしら?」
「.........!おまえ、あいつらに何を.........!」
「動かないでください。動けば、このまま喉を掻き切ります。」
動こうとした体を止めれば、いつの間にやら俺の背後は取られていた。
ググッとナイフを押し当てられている。
「さて、もう一度聞くわ。あなたは田中弦斗について、何を知っているのかしら?カヲル。」
「くく.........腐っても警察が、ここまでするとは、だいぶそちらは切羽詰まっていると言えるな?いい気味だ。」
「.........もう一度聞くわ。あなたは何を知っている?これが最後よ。」
「っ!」
これだから、弱みが増えるというのはやなのだ。
こういう時、俺一人ならば逃げきれたものを、あいつらを出されればこうまで弱い。
「..................わかった。話す。だから、あいつらには手を出すな。もし何かあれば、お前らを殺すからな。」
「あら怖い。でもいいわ。あなたが答えてくれるなら、あの子達には一切手を出さない。その条件で聞くわ。」
よく怖いとも一切思ってないくせに、言えたものだ。
という、文句は心の内に秘めて、そいつらに田中弦斗との交戦とその後についてを隠せるところを隠して、話していく。
そうして、全て話し終えると同時に俺の拘束が解かれた。
「情報提供ありがとう。おかげで少しでも進歩できそうだわ。」
「そうか。なら俺は.........。」
と言いかけたが、警察であろう他のものたちが俺の事を取り囲んでいた。
「もう1つのあなたの力を見込んで頼みたいことがあるのよ。カヲル君?」
「だろうな。今のを聞いて、俺を逃がすわけもないだろうとは思ってたよ。橋本 叶江。」
その女に向き直り、睨む。
それに対して、ずっと薄らと笑みを浮かべる女。
あの笑顔に無視図が走る。
「それで?俺に用ってのはなんだ?言ってみろ。」
「ええ。単純な話よ。私たち警察と絶命会を潰すために手を貸してほしいのよ。あなたにとっても悪い話では無いはずよ?」
そう言いながら、俺の目の前に来て、俺の事を指さす。
「あなた、1人で絶命会を潰しているようだけど、今の絶命会の戦力は理解しているかしら?もし一人でやっているとして、多分今は相手の戦力を調べるための下調べってところじゃない?それをやっていて、いつまでかかるのでしょうね。その点、私たちに協力すれば、情報なんて簡単に手に入る。相手の戦力も、主要拠点なんかも色々様々。この交渉はあなたにも損は無いし、私たち警察側にも損は無いもの。でしょう?」
「それはどうだかな。お前らポンコツ共と協力してやり合うか、俺一人でやり合うかなら俺一人でやった方が、まだ確実に仕留められそうな気もするが?」
「ふふ。じゃぁ、今そのポンコツに捕まってるのは、どこの誰かしら?」
にこやかな笑顔で、そう圧をかけてくる。
ちっ、本当に面倒なものに目をつけられてしまったものだ。
警察となんてあまり関わりたくはなかったのだ。
別に特別強い訳でもないものたちが集まる奴らの中に入ったところで、何か解決するとは思えないから。
だが、今のこの状況で俺にそこまでの力はない、か。
「.........わかった。協力しよう。だが、条件がある。」
「何かしら?」
「あいつらの安全の保証をしろ。確実にあいつらに傷一つつかないようにな。」
「そんなことならお安い御用よ。確実に保証するわ。あの子達の安全を。警察という組織の名にかけてね?」
「それならいい。俺はあいつらに伝えてくる。その間に邪魔な奴らは帰らせて、道を通りやすくしておけ。」
言い捨てて、俺は神奈達がいる小屋に向かうのだった。
◇
「……という訳だ。お前らはどうする。俺は別に着いてこなくても、着いてきてもいいと思ってる。どちらにせよ俺は行くし、危険性は今更変わらんと思ってるからな。」
小屋にいた神奈たちにある程度の話を説明する。
「もちろん私はついて行くよ。それでお姉ちゃんのこととかも分かるかもしれないし。」
「お前はどうする?坂井。」
「私は……。」
坂井は、顎に手を当て思案し始める。
そうして待つこと数秒。
「私も行くことにするわ。その方が、弟の足を追えるだろうし。」
「わかった。なら準備しろ。すぐ出発になる。」
にしても、まさかこんな早く警察の手が伸びてくるとは思わなかった。
何よりも、俺の事を警戒してるはずの警察が協力関係を求めてきたのは意外だった。
今の警察の上は変わり者だと聞いたことがあるが、その噂は本当のようだ。
普通、警戒してる相手を自陣営に招こうとは思わない。
だが、あの女は俺を今招こうとしている。
本当に何を考えているのやら。
「カヲルくん、準備できたよ。」
「私も準備が出来たわ。」
「わかった。なら行くぞ。」
そう言って、外へ出ようとドアに近づけば、勝手にドアが開いた。
そこには先程の女……橋本叶江がたっていた。
「準備は終わったようね?早速向かおうかしら。」
「あぁ。お前らのアジトまで連れて行け。」
……さて……ここからは色々不自由になりそうである。