戦車
腹が立つ。
彼を馬鹿にして嘲笑う連中も、そんな奴らに何も言い返してやらない彼自身にも。
彼には何年も前から無謀ともいえる夢があって、その夢を叶えるために人知れず努力し、人知れず苦悩し、人知れずちょっぴり涙を流す事があるのをわたしは知っている。
……〝人知れず〟なのに何でわたしが知っているかって?
細かい事は気にしなくていいのよ。
今日も彼を馬鹿にした奴らを呪う。「痛いヤツだな」とほざいたチビデブ野郎は切れ痔になれ。「あたしああいう男って無理」と嗤った深海魚顔の勘違いブスは、胸がしぼんでその分の脂肪が腹まわりに付いちまえ。
ずっと前からわたしは信じている。
たとえウン十年掛かったって、彼が必ず夢を叶えるって。
ずっと前からわたしは知っている。
彼が何も言い返さないのは、気弱だからではなく、馬鹿共をいちいち相手にするのが面倒なだけだという事を。
表向きは平静を保ちながらも、その内面は闘志と復讐心でメラメラと燃え上がっているって事を。
そしてあっという間に月日は流れ……
とうとう!
ついに!
彼は夢を叶えてみせた!
やっほい!
わたしは自分の事のように大喜び。
勿論、一番喜んでいたのは彼自身だけど、彼はその感情をあまり表には出さず、いつもの彼らしく、人知れず喜びを爆発させていた。
……〝人知れず〟なのに何でわたしが知っているかって?
だから細かい事は気にしなくていいのよ。
彼が夢を叶えても、まだ馬鹿にする連中がいた。「どうせ長続きしない、売れやしない」とか何とかってね。大海原に沈めてやろうか。
コロッと態度を変えた連中もいた。「いつかやるって信じていた」「前々から応援していた」「努力する姿が輝いていた」……云々。大嘘吐き共め。針千本じゃ済まさねえよ。
彼だってきっと同じ思いに違いない。けれどあの性格だから、そんな奴らにも今まで通りに接してあげちゃうんだろうな。優し過ぎるよ、あなたは。
……と思いきや、彼は奴らを切り捨てた。バッサリと切り捨てた。「友人? 知人? あんたたちの事なんて知りませんよ」だって。
切り捨てられた奴らは呆然としていたけど、そのうち捨て台詞を吐いて去って行った……と見せかけて彼の活躍を逐一チェックするようになるか、往生際悪く必死に擦り寄ろうとするようになった。
これから先、彼はもっともっと活躍して、やがては完全に、わたしの手の届かない遠い存在になってしまうのだろう。
それでも構わない。彼が暗い地の底から、眩しいくらいに光が差し、花が咲き乱れる地上へと這い上がる過程を、じっくり見守れたんだから。
これからも色々あるかもしれないけど、頑張ってほしい。
わたしが心配するまでもないか。彼ならきっと大丈夫。
……あら? 向こうからやって来るの……彼だわ、彼。どうしてこんな辺鄙な田舎町に?
こっちに小さく手を振ってる。まさかわたしに用が? ううん、まさかね。
久し振りね。どうしたの、こんな所で。
え、わたしに会いに? どうしてまた。
……この赤い薔薇の花束は?