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<魔術の塔>のアリエス   作者: なぎさん
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第68話 「狩人の策動」

 ミルキシュ、と名乗る若いオンナは、言い寄る男達を手玉に取りながら、ガランサンの酒場で笑っていた。


ああ、これでこそあたし。



アイツの城でちょっと客人として過ごしてみたが。


…あのように落ち着いた…とは言えないが優雅…とも言い切れないが、ハッピーな生活が魔族であるあたしに合うはずもない。


アイツをオトそうにも、妃達のガードが堅いのなんの。


夢では相手にしてくれないし。


ああ。夢での戦い方なんて教えるんじゃなかった。


この間なんか、あたしを虎の敷き革に変えて、上に乘って、夢の中で更に寝やがった。


あー!もっとアタシにチヤホヤしろ!享楽的に飲み食いしたい。オトコのエナジーを頂いて、ポイっと捨てたい。



というわけで、あたしは城をぽんと飛び出した。その時、アリエスはあたしを追いかけて、1つの指輪をほいっと渡してきた。


人間の習慣では、指輪を渡すってのはトクベツなんじゃ無かったのか?


もっかい言うけどほいっ、って投げて寄越して来た。


あたしは一応ポケットに入れて、プイっと城を出た。



 さて、酒場では。


言い寄る男たちは、ミルキシュを口説こうと酒を持って話をしている間に、強烈な疲労感を感じて、やがて意識を失ってしまう。ベッドでどうこうの話ではない。


酒を飲んで話しているうちに気絶するのだから、周囲は皆、「酒で女を潰そうとして返り討ちにあっている」としか思わない。


その内、誰が一番先にミルキシュを落すのかという下衆な話題が立つようになったが、彼女にはむしろ好都合。カモがネギ背負ってやってくる。生命力を吸われにやってくる。


オマケに奢ってくれるし、チヤホヤしてくれるし。サイコー。


男達は今夜も彼女を狙ってやってくる。もしもし運よくキスでも出来れば、その瞬間に老化でもしてしまう…かも知れないが。



 そんなある、昼間。


昼間っから怠惰に酒を飲んでいる。夜ほど必死ではないが、昼間からいる連中を相手に酒代を手に入れたり、おしゃべりしたり。



 ふっと、珍しく彼女の前から男が居なくなった時だ。


2人の男が、ミルキシュの横に立つ。


次のオトコが来たのか。さぁ、アタシを愉しませろ。酒を奢りたいでしょ?前に座って、この唇を眺めたいでしょ?熱い視線を浴びせたいでしょ?


男たちは、小声で言った。


「・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・」


ミルキシュはハッとした。


彼らは、“悪魔言語”で話しかけて居たのだ。


「ここで変身を解かれたくなければ、静かについて来い。サキュバス。良くもまぁ、昼間から堂々と酒場に居られるものだ。変わり種だな。」



 2人は、短剣を向けていた。


気付いた酒場の男…少し太めの、気の良い男、ゴルシュが叫ぶ。


「お前ら!モテねえからってミルキシュちゃんに剣を突き付けるたぁなんだコラ!」


「五月蠅いな、原住民…。“眠れ”」



 酒場の男達がバタバタと倒れて行く。


「何す…!」


ミルキシュが怒りの叫びをあげた時、彼女の二の腕には、深々とナイフが刺さっていた。


「ぐっ…!!」


「女の魔族は…生け捕りに限る。」



 ミルキシュはよろめきながら、呪文を唱える。


「“テ、テレポート”!」


ミルキシュが消える。男たちは舌打ちした。


「何だ?純魔法が使えるサキュバスだと?これは面白い。是非、お届けせねばならん。」


男達は、同様にテレポートを唱え消える。



 テレポートは、上位魔法であるが、一流どころにとってはメジャーな魔法だ。


ただ、便利過ぎることは無く、何と言っても、移動先を熟知している必要がある。言ってしまえば、ビジョン的に記憶している必要がある。その場を“見る”事が出来る例外は除き…。


又は、その代用として瞑想し、時間をかけ魔方陣を敷き、言ってしまえば記号管理する。


このどちらかである必要がある。



 だから、彼女は少し後悔した。アリエスにあてがわれた部屋に、ロクに居なかったことを。


夜な夜な遊びに来たヘンな吸血姫と飲み謳い暴れ、疲れて寝た3日間ほどでは十分な記憶が出来て居なかった。


…だから、彼女が飛べる場所は、1ヶ所しかないのだ。


何日も自分の部屋として居座ったここしかないのだ…。


この、小さく温かな農園以外には。



 昼間だ。きっと…家にはエリダしか、居ないはず。部屋には誰も、居ないはず…。


しかし、その目論見は、外れた。


ミルキシュがいきなり飛んだその部屋には、“次女”が居た…。


突然現れた血を流す美女に、少女は息をのむ。



 ミルキシュは、何というべきか迷った。夢は、醒めているはずだ。


ルーベルの…負い目もある。ミルキシュは目を逸らした。腕の痛みより、痛くて。


「…誰か知らないけど…酷いケガ…怪我どころじゃないよ、ナイフ…気色悪いナイフ…!ぬ、抜かないと…!」


ミルキシュの腕を取る。


どうやら覚えていないか。ほっ。とは言え、人が好過ぎる。いきなり現れた不審な女に。


そう思ったら、痛みが出て来た。



 貫通している細いナイフを見る。禍々しく、ギザギザして…。


腹立たしい。抜くのはムリだ。返しが付いている。幾つも!


前に突き抜くにも、短い柄がある。悪意しか感じない。


「なにこれ、酷い…」


「はぁ、これ、マーキングか…。分解するしかないなぁ。」


剣は、強い魔法を発している。


「“分解”!」


ミルキシュが唱える純魔法。


…壊れない。


「ち。アタシの力じゃ足りないか。」


アリエスの“知識”を吸収したミルキシュは、長年学んだ如く呪文を知っている。

ある程度、最高位魔法であろうとも、発動だけなら出来る。


しかし、技能的な力があるわけでは無い。術使レベルは低い、そう言えば早いが。



 ミルキシュは、窓から外を見た。遠くに、人影が見える。


ゆっくりと、歩いて来る。



ちぇ。早いな。このナイフを追っている訳か。


ミルキシュは窓を開き、背に翼を広げた。


「馬鹿親切な娘さん。いいかい?もし誰かに聞かれることがあったら、アタシが無理やり入り込んできたって言いなさい。まぁ、事実だし。」


「…あなたは、悪魔なの?魔物なの?」


「どちらかって言うと、悪魔かな…。じゃね…。」


ミルキシュを、後ろから抱きしめる、少女。


「死なないでね…”お姉ちゃん”。」


ミルキシュは振り返らなかったが、その体は一瞬硬直した。


振り返らなかった。振り返ったら、きっと泣いてしまう。


「覚えて…居たの?エリーザ…?」


エリーザは強く、背中から姉を抱きしめる。


「落ち着いたら、全て話す。アナタを抱きしめて謝る…だから。」


ミルキシュは翼を羽ばたかせる。腰のポケットを探り、指輪を…はめた。



 指環に向かい、囁く。


「アリエス…来てくれるかな…アタシの為に。」


それは涙声だった。



 正直、翼の動きでも腕に激痛が走る。


ミルキシュは早々に地表に降りた。



2人の男が近づいて来る。


悪魔言語で言う。


「大人しく捕まれ。生け捕りだ。殺さん。今はな…。」


2人の男は、笑った。



 当然、ミルキシュに、素直に従うつもりなど無い。


「何のつもりでアタシを捕らえるのか知らないけど。命を賭けろよ!?お前たち!」



 その時だ。


ひゅん! 男たちの近くに、弓矢が飛んで切る。


柵の近くで。少女が気丈に弓を引いている。


「離れろ!お姉ちゃんに近づくな!」


「馬鹿!何で出て来るの!馬鹿!」



 男達は、更に笑った。


「娘、魅了されているのだな。はは、さすがはサキュバス。」


男達は目くばせし、1人が少女…エリーザへ。


1人がミルキシュへ向かう。


「エリーザ!逃げなさい!」


エリーザは、弓を番える。



「無駄だなぁ、お嬢ちゃん。それじゃぁ当たらないよ。はは。」


その言葉はエリーザには伝わらない。知らない異国の言葉など。



 その時、雷鳴が轟く。


少女の真上、男が宙に居る。上空20m程。華奢な男だ。



 上空から、怒気が伝わるようだった。


「ミルキシュを泣かせたのは、お前か?」


手に、雷が宿る。



「魔術師か!?悪魔の味方とは恐れ入る!サキュバスに溺れたか!?」


「あの子は、人を襲わない。いや、そんなことはどうでもいい。ミルキシュを泣かせたな?」


「だから何だ!ご丁寧に上空か。堕ちて死ね!“汝の魔法は霧散する”」


「“ライトニング”!!」


男のいた位置に、轟雷。一瞬で、姿が消える。


逆に、アリエスの飛行呪文は何の影響も受けなかった。術者レベルがまるで違う。


「ミルキシュ!」


アリエスは叫んだ。そして指さす。


ミルキシュの腕のナイフは、突如消えた。


次の瞬間には、アリエスの手の中に在った。“物質転送”だ。


「ありがとう。アリエス。」



 ミルキシュは、男と対峙する。


「…とは言え、1人で戦えって言うのね。自分は見ているだけと。全く、女の扱いヒドイ!」


男が唱える。


「“光の球が汝を穿つ”!」


魔族にダメージのでかい、光属性呪文。


ミルキシュは翼で円を描くように飛び、避けながら呪文を唱える。


時間を止めても、魔術師相手に純魔法で勝てるとは思えない。


それなら…!


「“ディープ・スリープ”!」


男は、懸命に目を見開いたが、すぐに動きを止めた。立ったまま、眠った。


「“ドリームダイブ”!」



 少しして、男は、恐怖の叫びをあげる。


そして、突然燃え出す。まるで内側から炎が噴き出たように見える。


夢で殺された男の、断末魔が響いた…。



 エリーザは、自分の近くに舞い降りた、華奢な若者を見て、言った。


「あなたは、お姉ちゃんの、味方なの?」


「いや?味方じゃない。恋人さ。」


アリエスはそう堂々と言い放って、ミルキシュに近づいて行った。



 ミルキシュは、目の前に来たアリエスに文句を言う。


「お前は、もう少しオンナを大切にした方がイイ。戦ってくれたっていいじゃない。」


「キミを信じて勇敢に戦った子が見ているのに?」


「全く…ホントに…!もう少し!アタシを甘やかせ!」


ミルキシュを、アリエスは抱き寄せた。


ミルキシュは翼を消し、それに身を任せる。


「…僕の“親愛の指輪”は、僕にとって大切な親友や妃達にしか渡していないんだ。使い方を覚えてから出かけておくれよ。」


出かける?


家から、外へ。城から、そとへ。


オマエの城を…あたしの…家に?



「…遊びはしないんでしょ?」


「うん。遊びじゃない。」


「少し、待ってほしい。今は。今だけはもう少し、“妹たち”と一緒に居たい。」


ミルキシュは、そう言いながら、アリエスの襟のボタン辺りを意味なく弄っていた。


「とっておいて。あたしの部屋。」



 遠目にそれを見ていたエリーゼは、1人呟いた。


そう。お姉ちゃんの…好きな人。なんだね?


「お姉ちゃん!」


ミルキシュは振り返る。


そして、妹に向かって駆け出す。


「またね!アリエス!」


ミルキシュはアリエスに手を振った。




 ―――この日に前後して、世間で妙な噂が立ち始めたことを記しておく。


魔族を狩る集団が居るらしい。


無償で、街に潜む悪魔を。郊外に眠る悪魔を狩り取っていく。


なんと素晴らしい事だろう。我らの、力強き、新しき友。



…殺した悪魔の亡骸を、必ず持ち帰るらしいぜ。



そりゃ、趣味の悪いこったな…。


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