第67話 「猫の一日」
その猫は、戯れに城に入ってみた。
イタズラ心が無かったと言えば嘘になるが、悪意はない。
この城には魔法的な様々な仕掛けがあるが、彼女にとって目新しいものではない。知り尽くしているし、意味もない。
ほう?この窓が少し開いている。するりと身をよじり中に侵入。猫は僅かな隙間でも入るのだ。
ほう、調理場だな。相変わらずイイ匂いだな。
…広くなっている。改築したのか。
…今夜はサカナか。沢山あるな。
…イタダキマス。
おおお、新しい味付けか。素晴らしい。
酒も並んでいる。強くないがオシャレな奴ばかりあるな。
「はひー、今日も忙しい!しかし頑張るよ!みんな!」
給仕長の声がする。変わらないな。
「は!猫が魚を!しかも調理済みを!!待てゴラァ!!」
にゃーん。
猫が逃げていく。
「ま、待ちなさい!あの猫は!!」
給仕長の声が猫に聞こえたかは分からないが、かって、猫は此処に住んでいたのだ。
住んでいたのは、遥か昔の事だったが、近年までは時折、この城を訪れていた。
主には、その権利があった。誰よりも、あった。王よりも。
この猫は、”緑猫”と呼ばれたものだ。
もう、真の名を呼ぶものはこの世に居ないけれど。
突然目の前に、天上から身をひるがえし着地する給仕のオンナ。
「ふ、一流の盗賊であったアタシから、猫ごときが逃げられるか?」
既に猫の姿は無かった。
「話聞けゴラァ!」
猫は久しぶりの追いかけっこに一気に体力を消耗している。
ああ、もうちょい走り込んでおくんだった。
背後から、殺意を感じる。
そんなにこの魚が大事か!女!?
「まてやあ!それがねえと妃の人数に足りねえんだよお!」
妃の人数だ?複数形か。今代の王は後宮でも作ったのか!?
しかし、こちらにも意地がある。
お魚をくわえた猫が止まると思うな。
ん、待て、何でこちらにまで部屋がある?
増築したのか!家族の間を!
げ!行き止まりだ!
「悪りぃな、猫ちゃん。そのタイはお子が食べる分もあるんだよお。バザールでお妃自らクソ高けえソレ買って来たんだよお~!」
ふうむ。それは少々悪いことをしたな。
だが。
「ふふふ、猫いじめはしねえぜ…。だがとっ捕まえて、モフるくらいはしねえとなぁ…。へへ…。」
いかん、ヘンタイか。
仕方ない。この女、面白いが少々懲らしめるとしよう。
後ろから、声が聞こえて来た。
「や、やめるんだ!デイジー!そのお方は!緑猫様だよ!」
「おふくろさん!気でも狂ったかい!猫に敬語とは!分らなくもないが!」
おお。良く追いついたな。給仕長バルバラ。
だが、既に遅い。
「“停止” “拘束” “召剣” ”念動“」
一瞬で、動きを止め、グルグル巻きにされる給仕のオンナ。
私の目の前には剣。宙を舞う剣。
「ひいいいい!使い魔だったかぁ!?や、やめてえ~!」
私の剣は、目に見えぬ速さで、光の奇跡を描く。
「ぎゃああー!………いや、痛くない!?」
目のまえのタイから、尻尾を切り落とした。
ふ、残りはくれてやる。
「“…透過”」
私は壁を抜けた。外に出る…。
ハズだったが、此処も改築されていた。ふざけるな。
私は、妃らしき、少女の前にいた。
女はひょいと、私を掴み上げ、じーっと見つめる。
紅い瞳。長い牙。白い顔。
なんで、吸血姫が王城に居る!?
「めずらカワイイ猫、発見のあたし…。」
なんだこいつは。
「なでなで~。」
やめろ。文句を言いたいが、呪文を使いたいが、サカナの尾を咥えているので口が開けん。
コンコン。どんどん! シャルロナ様!そちらに猫は居ませんか!?
「えー。美味しそうな猫ならいるけど~。」
仕方ない。サカナを一瞬口から離し…。
「“転移” “念動”」
ベッドの下へ瞬間移動し、サカナを引き寄せる。
吸血鬼は何も言わず、コウモリになってベッドの下に入って来た。
「血貰うかなぁ~。にゃーん。」
何この吸血姫。
…やめろ噛もうとするな!
ばたん。「失礼します!」給仕たちが入って来た。
失礼するな!妃の部屋に失礼するな!
てか、鍵閉めとけ!
あー!もうだめだこいつら!根こそぎ教育が必要だ!
「“タイム・フリーズ”!」
…詳しくは言えないが、彼女らは説説と教育されたらしい。
――――――――――
所は変わり、ファルトラント王国。“閉鎖領域”と言われる巨大な要塞。
此処には、“酒場の薔薇”こと妃メイフェアの母親、マルティアが責任者として常駐している。
巨大な、芝のアリーナのようなその中央に、今まさに、悲願がかなおうとしている。
次元の歪みが、閉じようとしている。
その瞬間を見届け、報告するために、近隣諸国の魔道士達も集まっている。
近隣諸国とは、ファルトラント王国、魔道国ツァルト、城塞都市群エリゴール、エルフの森。
歪みは白い波のようであり、小さな渦となっている。
もう、その大きさは1m位だ。
時折閉じ、また開きながら、その繰り返しは消えかかる電灯の如く。徐々に、消える時間が長くなっている。
この変調は数か月前から続いていたが、賢者たちの予想では今日明日には消えるだろうという。
これは、悲願であった。この空間の穴が閉じるまでに、数回は、世界に大打撃を与えかねないものが現れたりしている。勿論、大半は生物どころか、無機物であったりゴミであったりしたのだが。
メイフェアの母マルティアは、大陸最強の精霊術師と呼ばれている。
配下には、近隣諸国の有能な魔道士が30名、剣士が10名ほどいる。
「マルティア様。いよいよ、我らの使命も果たされますな。」
「ああ、最期まで気は抜けないが…。これで神祖の憂いは無くなるのだな。」
静かに、穴は、次元の穴が、その存在を失いつつある。
マルティアは、遠くの椅子に、小さな猫が乗っているのに気が付く。
マルティアは目を伏せた。
そうだろうな。悲しかろうな。人類にとっては悲願なれど、そなたにとっては悲しみ。
やがて穴は、完全に、消滅した。
魔法的なエネルギーの消滅が、そこに居る多くの者には理解できた。
歓声が上がった。
だが、マルティアは、違和感を感じた。
「いや。待て。動くな!」
「マルティアどの、何か…?」
「警戒しろ!」
「い、いや何も見えませぬが…?」
「悪意がある!そこら中に!いや、この一帯に!」
は。
「い、息をするな!」
マルティア自身も、叫んだ後息を止めた。硬質化した。
テレパシーで、仲間に危機を伝える。
「煙のような生物だ!初めて見る!息をするな!閉鎖領域の外へ出すな!」
此処に居る者は猛者ぞろいだ。剣士たちもパッシブでの魔法を受けている。
仲間達は、鉄になった。だが、4名ほどが、そのままだ。
「…貴様ら、何故硬質化しない!?」
「平気ですが?出口に行きましょうよ。どちらでしたかあ・・・・」
数名の男がフラフラと出口へ向かう。
「行かせん!石の精霊よ、“塞げ!”」
出入り口は巌に、塞がれる。
「無駄ですよ、魔術師い」
男達は、叫びをあげると、粉々に崩れ去った。崩れ去ると、更に小さく砕け散り、見えなくなった。
「眼に見えぬ程小さな侵略者!?」
だ、ダメだ!岩の隙間から、もう城塞内に入って居るのではないのか!?
「非常事態だ!城塞内の全ての壁を壊す!皆、硬質化を解くな!さもなくば死ぬぞ!」
マルティアは、精霊大魔法を唱える。メイフェアも使えぬ、恐るべき魔法を。
アリーナの中央に出現した竜巻は、周り中のモノを吸い込み始めた。風の中に捕らえ、全てを巻き込み捕らえる。半径200m。全て。壁も。硬質化した人々も。己以外、全て。
「粉であろうが!全て!捕らえ焼き祓う!」
「精霊王、イフリート召喚!」
獣と人の融合体のような、神々しい炎の塊がアリーナに顕現する。
風の中央に立ち、竜巻を炎で包む。
本来なら、鋼鉄でも溶かせるだろうが、マルティアの意図を組んで抑えている。
この日、閉鎖領域と呼ばれた要塞は、半壊した。
全て燃やし尽くした後。
マルティアは肩で息をしながら、言う。
「最後の最後の最後に、とんでもない奴が…許せ…犠牲を出してしまった…。」
テレパシーが飛んできた。
<馬鹿者。終わっていない。>
剣士の1人が、笑いながら、粉になった。
次々と、仲間達が粉になった。
ああ、既に、全員の体の中に居たのか。
…アタシも、か。
レトール。メイフェア。ゴメンよ。…孫の顔、見たかったなぁ。
「“タイム・フリーズ”。諦めるな。お前はまだ負けていない、盟友よ。お前が砕けていないのは、その鍛えられた体や精神が抵抗しているからだ。」
「“命名=ミスト”、“命令”、“体に潜む敵、ミストよ、この泡の中に一片残らず集合せよ”」
剣士の口から、魔道士の口から。そしてマルティアの口から。
煙、が出て来た。
そして、虹色の、シャボンのような泡に引き寄せられていく。
「“フィールド縮小”、“吸引”」
猫は、気体の敵を認識した瞬間から、直径2kmの巨大な閉鎖領域ごと球体フィールドで覆っていた。
それは、アリエス並みの魔力が無ければ出来ない芸当だ。
時は再び、動き出す。
マルティアたちの目の前に、猫が居た。
カラスの濡れ羽色の様に美しく。暗い緑の猫が。
「全て燃やす。溶かす。この大陸に仇為すもの、全て。“メルト・ファイアボール”!!」
イフリートが居たら、激怒したかもしれない。
地獄の炎を背に、猫が、座っている。
目を金色に輝かせて、マルティアを見る。
マルティアは、地に片膝をついた。
魔道士達も、また同様に、猫に跪いた。
「…次元の歪みが閉じても、ついに我が主はお帰りにならなかった。」
「しかし、貴方が居る。緑猫。真祖300年の使い魔にして、神祖の魔術を体現できる者。」
猫は、寂しく、でも誇らしく。顔を上げた。




