第66話 「邂逅」
私は、ほぼ黒と濃紺の男物で身を包み、侍女2名と共に、この初めての街へ降り立った。
2000千年経とうが変わらない城の中に辟易し、ここ数日は徐々に範囲を広げ、新しき国々を見て回っている。
ここはツァルトと言う国らしい。魔道国ツァルト。大陸で唯一、全面的に魔法を生活に波及し豊かさを成し遂げているという。
…魔道国。笑える。
しかし、街に入ってその活気に押される。
魔道国を名乗るだけあって、街行く人々にも魔力を感じる者が多い。服装的には魔術師もかなりの人数で、確かに、この国を相手にしようと思えば一筋縄では行かないのだろう。普通の国ならば。
私は、更に歩き回ってその風景を目に焼き付ける。
いや、勝手に入ってくる。
そうか、今はこのような石組みをするのか。理にかなっている。
へえ、このように役割を決め互いに利益を得るのか。
硬貨鋳造の技術。美しい。繊細で完全な円形。よくぞ造り上げたもの。
…女たちの服も随分と…華美になったものだ。桃色までふんだんに…如何なる染料を使っているんだろう。魔法で染めた色ではない。
泉は魔法の力で流れを作っている。
流れの力を利用し、様々物が動く。
至る所に、テレポートの魔方陣。ご丁寧に行き先が記されている。はぁ、これで田舎まで商品を届けると言うのか。
…驚きだ。驚きに満ちて…全て…素敵…。
これが、人の営みの、果て。
魔法と、知恵と、工夫と。そんなものが積み重なって出来た街並みか。
私は、左右に商店の並ぶ道をキョロキョロしながら歩く。
魔法の品に興味はない。でも。華やかな色合いの、見たことも無い繊細な絹の織物に次々と足を止められてしまった。
…気が付けば、侍女2人の両手は買い物で膨れ上がる。
ご丁寧に、商品を入れる絹の袋までついて来る。ヤラレタ。
私は、久しぶりに、笑ってしまった。
侍女2人も、同様だ。
…向こうから、何やら人だかりが移動してくる。
何だろう。大道芸でもやっているの?
人だかりはまだ50mも先だろう。
でも…どうやら。注意しなければいけないみたい。
「ネリオ。マリッサ。魔力。」
私は、注意深く、そちらを見守った。
徐々に。近づいて来る。強大な、魔力の持ち主。
「フランジ様、逃げましょうか?」
「いや。敵とは限りません。自然で在りましょう。」
「…はい。」
…あれか。
近づいて来る。我が夫にも劣らぬ魔力。まさに魔王。
こんな者が居るのか!?
…だけど、その姿が見えるようになって、少々、拍子抜けする。
笑っている。馬鹿みたいに笑っている。胸に、小さな子を抱いて。
お澄まししたら、大層、綺麗な顔なのだろう。崩れる程笑っているが。
背もそれほど高くない。勤勉そうにも見えない。ひ弱にすら見える。
ただ、魔力だけが異常に膨れ上がっている。
服装は…おそらく貴族、王族の者だ。
しかし、周りを取り囲んでいるのは、街人だ。
何やら、一生懸命苦情を申し立てる男。
懸命に、アクセを売り込んでいる者。
チラチラ誘っている若いオンナ。
そんなことがあっていいのか?
不用心にも程がある。
仮に王族なら、その腕の子は、王子ではないのか?
馬鹿なのか!?
男が私の横を通り過ぎる。
こちらを見た。
ああ、そうだろう。私の魔力も見えているだろう?
この、王家の魔力が。
男は、何を考えたのか知らないが。
…ウインクして、去っていった。
「…ぶぶぶ無礼なヤツ!フランジ様に何たる破廉恥な…!」
私は笑ってしまった。
「…今日は、愉快だった。城へ帰りましょう。でも、気に入ったわ。また後日来るとしましょう。」
私達は、城へ飛ぶ。
あまり、帰りたくもない、あの城へ。
――――――――――
私は夕餉の間へ赴く。
勝手に開く重苦しい扉の先に、赤で敷き詰められたテーブルクロスの上に、隙間なく並べられた。食事。
一体、誰がこの量を食べると言うの。
私達2人で、この何十分の一を食べると言うの。
私は、とうに食事を始めている夫から、10程離れた席に座る。
「今日も忍んで外を見て来たのか。その、色気もクソもない男装で。さぞ面白かろう。お前に取っての2000年は大層、暇だったらしいな。」
冷えた眼差しで、夫が私に言う。
「ええ、面白いものが在りましたわ。ツァルトとか言う小国で、アナタと同等の魔力を持つ貴族の男を見かけました。」
「…くだらぬ冗談を言うな。」
夫は、立ち上がって私の背にやって来た。
「…下らん。男あさりでもして来たのか?だが忘れるな。お前は我が妻だ。例え、抱かれてもロクに反応しない、人形のような女でもな。俺に恥をかかせることだけはするな。」
夫は去って行く。
かと言って。皮肉を込めて、私の代わりに侍女を寝所に引き入れるような男でもない。
むしろ、女は都合の良い時に時々あれば良いのだ。
彼が毎日必要としているのは、女ではなく。知識でもない。財宝でもない。
私が静かに立ち上がると、侍女たちが食事を何処かへ運んでいく。
…捨てる為に。
―――妃の寝所へ入った私は。鈴を鳴らした。
即座に、2人の侍女が姿を現す。
「お呼びですか?」
「ねえ、この地図のこの辺…ダッカーヴァ?っていうの?ここはどんな国かしら?」
「…知る限り。本日訪れましたツァルト王の妻が治める国。それなりに歴史があるようですが、魔道国ではありません。軍は剣に重きを置くとの事。」
「ふうん。かの赤竜王と手を打ったとか。よく赤竜王が盟約を結んだものです。それに関してはお見事というべきよね。」
「おっしゃる通りです。フランジ様。」
「他に、面白い話はある?」
「いえ…いや、1つ。フランジ様の好まれそうなお話が。」
「教えて?」
「はい。本日姫様が伺われたツァルト。とても大きな劇場があり、人気があるとか…。」
侍女は夫以上に。実に私を良く知っているらしい。
――――――――――
3日後、私はツァルトの大劇場にいた。
座席を決めるのに、値段が違うのだとか。中央席は、50Gなのだとか。札に席番号が刷られている。
ここでもカルチャーショック。
座席についた。2人の侍女と共に。
椅子が、革張り。それどころじゃなく、中に、柔らかいものが敷き詰められている。
柔らかな座り心地…ほしい。私の部屋に欲しい。
隣に、男性がやって来た。即座に買った中央席の、隣に。つまりは、貴族か大商人なのだろう。
…昨日の男だった。
私を見るなり、「やっ。」と手を挙げて軽く会釈する。
私も頷いて返した。
男は昨日とは違う、もっと幼い赤子を抱いている。赤子は微笑んで眠っている。
…可愛らしい。
あの人との間に子が在れば、私達はもう少し理解し合えただろうか。
大きな鈴の音が鳴って、幕が開いた。
座長が挨拶する。言うには、出産のため休んでいた花形が今日から復帰するそうだ。
座長が去り、華やかなダンスが始まる。
…中央で踊る、美しい女性。この辺りの女性とは違う、やや褐色の肌。悔しい程の、スタイル。美姫たちの中でひと際光る美貌。
それだけじゃない。踊りの素晴らしい事。音楽は随分と早く、宮廷楽師の音楽では聞いたことも無い。音楽も変わるものだ。そして…惹かれる。
嫌な予感はしていたが、そこで最悪の客が暴れ始めた。
隣の男である。
赤子が泣き出してしまったのだ。
男は慌てて、呪文でミルクの入った瓶を取り寄せた。
慌てて、温める。手を真っ赤な炎で包み、瓶を暖める。
…熱いんですけど?
馬鹿なのか。煮えたぎらせてどうする。
今度は、手が氷に包まれる。
ミルクを慌てて冷ます。
…寒いんですけど?
やっとミルクを作ったが、泣き止まない。周囲の視線が冷ややかだ。
男はまたまた慌てて、呪文を唱えた。赤子の泣き声は消えた。
馬鹿なのか?魔術師が自分を沈黙の呪文で包むとか!
その甚大な魔力も無意味!
影響はそれだけでは無かったらしい。
中央の女性は、そのやり取りが気になるらしい。チラチラ目線を送っている。
鉄の連携を保っていたダンスの流れに淀みが。
…女性は気を取り直し、努めて集中している。健気にも。
はぁ、理解した。ご出産のためと言っていたな。そのお子か。はは。
ダンスを終え、女性たちは、喝采を浴びる。
続いて、演劇―――。
お隣の男は、ダンスが終わると、再び私に小さく手を振って去って行った。
子に母の踊りを見せに来たのか。
…いずれにせよ、赤子に長い時間のお澄ましは無理だろうし。
私は、続く演劇を愉しむことにした。
――――――――――
演劇の日程は無事?終了した。私にとって余りに刺激的な一日だった。
帰り際、気付く。目に入る。
沢山の男女が、花束を持って裏口へ向かうのを。
「ネリオ、あれは何かしらね…?」
「ああ、姫、退場する”女優”や“歌姫”達に花束を贈る列ですよ。」
「“歌姫”?」
「演技やダンスを生業とする美しい姫たちの事らしいですね。王侯貴族とはまた別の権力があるとか?」
「…少し、興味があるわ。私も送りましょう。花を。」
「皇太子妃が…お花を…?」
「良いでは無いですか。此処では誰も私を知らない。この心地よさったら、ないわ。」
「…はい。では、お花を用意いたしましょう。お待ちを。」
「いえ?我が国、自慢の花を、差し上げましょう。」
私は呪文で、庭の花を手元に摘んだ。ごめんね。
…少し、並んだ。これも初めての経験。
目のまえに、あの美姫が来る。
「初めまして。私はフランジ。アナタの踊り、素晴らしかったわ。また見せてほしい。」
「ありがとう。前列に居た方ね。光栄です。また是非いらしてください。」
女性は、私から花束を受け取る。
「…ありがとう…初めて見る花…真っ青な花。すごく…綺麗。少なくとも、ツァルトとバルスタッドでは見た事が無いわ。」
「その花はフェリオアレドゥー。私の…故郷の花。」
「大切に飾りますね。ありがとう。」
私は、彼女の手を握った。
ああ、そのほんのり褐色の肌は、バルスタッド。そうか、“バイアルスタッド”。
…ゴメンナサイ。…いや、良かった。そうか。
滅んではいないのね。バイアルスタッド。
私は、彼女の笑顔に少々嫉妬しながら、手を振り離れる。
すぐに、次の客が彼女に花を渡す。
「今日も素晴らしい!プリンセス!アネモネ!」
アネモネ。か。
「dk****s haine****me***mage**?」
私は振り返ってしまった。反応してしまった。
アネモネ姫の近くに居た男…“あの男”が、私に話しかけて居たのだ。
「高位呪文用の魔法言語を会話で使う人、初めて見たよ。キミは誰?」
男は、私が言葉を“変換”して会話していることに気付いているらしい。
「僕はアリエス。アリエス・メイフィールド。この国の王。ぼ…」
王と名乗った青年は、私が何か答えるより早く。アネモネ姫に後ろへ引っ張られていった。
<アナタのダメな所はそういう所です!綺麗な人だとすぐ!>
<違うってばー!>
まぁ、素敵とは言い難い思い出だけど。私はこの男と、こんなふうに出会ったのだ。




