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<魔術の塔>のアリエス   作者: なぎさん
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第65話 「夢魔、2人」

 この農場の主は、働き者のよい男だ。名をホラント。メロンを主に、季節の果物を城塞都市ガランサンに運び、金に換えている。


 冬は、城塞都市に働きに出ることもあるが、秋までの稼ぎは中々のモノで、彼の作る果物は高級品になっているため、ヤギの乳を売る程度で何とかなる年が多い。ありがたいことだ。


 馬車に果物を積んで、商人に卸すのが妻、イルアミの役目。直接売り裁くのは長女エリーザの役目。妹のエリダはヤギのエサやら掃除やら、とにかくヤギを守っている。


 ガランサンの北西にあり、以前に魔族がエルフの森や(場所は知らないが)、城塞都市に東から迫った時も、押し寄せてくることは無かった。都市の西で良かった。



 そして、今日もまた、無事に出荷を終え、5人はテーブルを囲み、豊穣の神に祈りを捧げた。


「ねえ、エリーザ姉ちゃん。街にカッコいい人居た?」


「結構居た。イケメン。」


「お前らにはまだ早い。ヘンな男に騙されるのがオチだ。なぁ、イルアミ。」


「アタシはアンタんとこに21で嫁入りしたけど。」


「まだ全然遠いだろ。えっと、一番気を付けるべきミルキシュで…あれ?オマエ何歳だっけ?」


「お父さん、あたしの歳忘れるってひどくない?19よ19!」


「そ、そうだった。すまんすまん」


「まぁ、ミルキシュ姉ちゃんが一番モテそうだし気を付けたら?あーでもあたしは妹なんだしミルキシュ姉ちゃんに似て来るかも?」と13歳のエリダ。


「はぁ?アタシだってモテるし。アンタがミルキシュ姉ちゃんに似るわけないでしょ!」と姉のエリーザ。17歳。


「2人とも気を付けてね。男はバカしか居ないからね。」とミルキシュ。


「パパもか?」


「当然でしょ。」母が言う。


一家は笑いに包まれる。この家は、平和なのだろう。何故、2人のはずの娘は3人なのか、そんな事は実に些細なことだ。



 そんな、ある日のことだ。


その日はひどい嵐で、殆ど仕事にもならなかった。


その夜に。家族だけで営む小さな農家に、男が尋ねて来た。


イイ男だ。髪は蒼く、瞳は薄い茶色に透き通り、長い髪。背は高く、やや筋肉質だ。



「誰だ…吟遊詩人か?」


男はせき込み、旅の詩人だ。馬小屋で良いので泊まらせてくれ、そう言った。


ここは、父親を除けば女ばかりだ。断りたかったが、後ろから覗き込んだ長女と次女が、「入れてあげなよ。可哀そうじゃん。」と、父の心配をよそに、口をそろえて言った。


…父親は渋々、彼に居間の一角を貸した。


暖炉は、彼を温めた。



 翌朝、彼は颯爽と去って行った。


「オレの名はルーベル。お礼をしに必ず戻る。」


去り際、彼は2階から覗く美しい長女と目を合わせ、微笑んだ。


2階の長女、ミルキシュは苦虫を嚙み潰す様な顔で男を見た。



 さて、1週間ほどして。その男、ルーベルは馬でこの家を訪れた。


「あなた方は命の恩人だ。この礼を受け取ってくれ。」


ルーベルはそれぞれに見繕ったお礼の品を持って来た。父親に、丈夫な皮のマントと、都の酒を。母親に、美しい銀のブローチを。長女に、美しい銀細工を。侍女に、素敵な刺繡の入ったマフラーを。3女に可愛らしい靴を。


彼はダッカーヴァ貴族の末席だという。


こんなものは貰えん、そう父親は辞退したが、彼はそれを扉の前に置くと、「このような素性も判らぬ男が何度も家に上がるのは宜しくないでしょう。」そう言って、颯爽と去って行った。


今日も、次女エリーザは影から覗き、ため息をついた。



 また一週間ほどして、また彼はやって来た。


「お忙しいお父上をお手伝いしに参りました。汚れ仕事でも結構です。手伝わせてください。」


当然父親は断ったが、まだまだ命のお礼には足りぬと、彼は押し切ってヤギの小屋を掃除した。そして、夕食を一緒に取ると、去って行った。



 翌週、彼はまたやって来て、仕事を手伝い、食事を戴いて、去って行った。


食事の際も、次女は突然やって来たこの男性を、熱く見つめていた。


長女ミルキシュは、普通に接しているように見えるが、どこか冷たかった。



――――――――――


 後日。ツァルト王城、王の寝所。


華美過ぎず豪華な寝具、絵画。美しい装飾で彩られた机に家具。色は主に茶色と黒と銀。金は好きじゃ無いらしい。


ベッドの横にある洋服掛けの上には、フクロウが居る。使い魔、フーゴ。


部屋に掛けられた絵画の1つは“シェルター”になっているし、扉も壁も鉄より硬い。


そもそも、床に描かれた魔方陣は、敵意あるものを寄せ付けない。


ツァルト王、“魔術の塔”アークマスターの寝室。此処だけでも、要塞の固さを誇る。



 「アリエス。起きてよ。」


揺すり起された気がする。


「ん…何?イア?」


上半身を起こす。しかし、妃は眠ったままだ。


左を見る。


椅子に座った、女が居る。


「…ミルキシュ!?ど、どうやって!?」


「また会いに来ると言っただろう。」


ミルキシュ。アリエスが名を付けた、生まれたてのサキュバス。


今日は、町娘のような可愛らしい洋服を着ている。髪を後ろで編み込み、清楚なイメージすらある。サキュバスなのに。


というか、こっちの方が素敵に見えるのは何故だろう。どっかんと裸で、背中に羽があるあの姿よりセクシーですらあるのは何故だろう。



 「うーん。僕の防御態勢に問題でもあっただろうか。」


「いやいや、これは夢。安心して。」


「どうやって安心しろと。」


「夢だから、…しても浮気にならない。」


「横にイアが居るのにできるわけ無いでしょ!」


「…とまぁ、それは冗談で。」


「冗談なんだ。」


「今日は質問が在って来た。一般的な、人間の幸福感と言うモノについて。」


「一番不得意な分野で来たなぁ。」


「えっとねえ。家族の、そうね、妹とか、姉とかが、恋をして。」


「ホウホウ。」


「恋バナは好きなわけか?」


「いや、そうでもない。」


「まあいい…。相手が真のクソだと知ってた場合。」


「ホウ。」


「どうする?」


「どうするって、事実を知ってても惹かれるなら、仕方ないかなあ…。」


ミルキシュは腕を組み言った。


「何人も妃が居る男に娘を嫁がせる親も、そんな感じで送り出したんだろうね…。」


「ハイすみません。」


「絶対に不幸になると知っていても?」


「…うちの姉…パイシーズが未婚なんだけど。僕より1個上ね。奔放な人で。」


「ふうん。」


「父サウズ…先王は”銅”の称号を持つ魔術師だ。嘘ついても、地位狙いだとか財産狙いとかだとバレバレ。」


「でしょうね。」


「で、いっつも破談になっている。」


「つまり、本人は気付いていないと。」


「姉さんも魔術師なんだけどねえ…。“真実”の呪文、使わないのか使いたくないのか…。」


「ま、女心としてはそうかも。」


「…それはキミの方が詳しいのでは。」


ミルキシュは、アリエスから目を逸らし、横で眠る妃を見た。


「綺麗なコ…。腹立つ。魔力つよ。腹立つ。」


「ちょっと。起こさないでよ?イアとキミのバトルは壮絶そうだからやめてよ?」


「起きないよ。夢だもん。」


「…夢の中なら、入って来れるのか?いつでも?」


「強い“縁”、が在ればね。」


アリエスは、自分とミルキシュを代わり番に指さし、??のジェスチャーをする。


「名付け親でしょ?キスも何度もしてるのに“縁”がないとか、ひどくない?」


「ハイスミマセン。」


「許さん。腕でも、もぎ取っちゃうかな。」


「ははは、そん…。」


アリエスは、腕が無いのに気が付いた。


真面目な顔になって、聞いた。


「夢の中なら、全てキミの思うままか?」


ミルキシュは、微笑んで言った。


「本人が夢と気付いて無ければね?」


「というと?」


「これはオレの夢だ。オレの腕はある!そう思ってみて?」


アリエスは気付く。腕は…ある。


「知らなかったら?」


「殺すことも出来る。」


「何で、対処法を教えてくれる?」


「…さぁ…。」


「………」


「お礼は貰ってくけどね。」


ミルキシュとアリエスは、夢の中で暫くキスをした。


「…オマエ、変わって来てる…?。アリエス。」


「何のことだ?でもまぁ、違うさ。変わって来てるのは、きっとキミの方。」



 ミルキシュは消えて行った。


世界は何となく灰色がかって、ガラスが割れるように消えた。


現実の色…。


横には眠るイア。


色づく、世界。



いや、確かにキミは変わってきている。あまり吸われてない気がする。僕の魔力。



――――――――――


 その日は、しばらく後に、来てしまった。



 あれから。男は毎週来るようになった。


働きながら、次女エリーザと話すことが多くなった。


でも、ひと月もそんな日々が続いた後、いきなりプつっと糸が切れたように来なくなった。


次女は塞ぎ込むようになった。



 そして、それからまた、ひと月ほどして。


ミルキシュは見た。その男、ルーベルが現れると、次女エリーザは飛び起きて、彼の許に駆けて行った。


男は何事も無いように、その日も働いたが違う事は1つだけ。


前と違うのは、ヤギ小屋の裏で。2人がキスをしていたことだ。



畑では、もうじき、イチゴを収穫する時だった。



 その夜―――。月のない、真っ暗な夜。


「エリーザ…。起きてくれ。愛しいエリーザ。」


エリーザは、何処からか聞こえた声に目を覚ます。


窓に腰を駆け、愛しいルーベルがそこに居た。


エリーザは跳ね起きた。


「キミを奪いに来た。」


ルーベルは近づき、エリーザの薄着に手をかけ、少し、肩からずらしていく。


だ、ダメです!エリダが!


横を見る。横に寝ていたはずの妹…隣のベッドは、無かった。



 俺たちを邪魔する者は何もない。愛しているよ。愛し合おう?


横から、岩のような手が出て来て、ルーベルの腕を掴んだ。


「邪魔する者は居ない?残念だけど、アンタは妹の相手に相応しくない!」


「ね、姉さん!?」


ミルキシュ。ごく普通の町娘そのままだが、腕だけは魔物に変わっていた。


「邪魔するな!何故サキュバスが邪魔をする!?応援しろよ?お前だって、あの父親が狙いなんだろう?」


「この子を淫夢に踊らせて、生命力を食いつくしたら次は母親か?妹か!?」


「どっちも喰うに決まってるだろう!いい夢の中でなぁ!」


「させるか!」


ルーベルの胸を吹き飛ばそうとしたミルキシュの拳を、それより大きな掌が受け止めた。


ルーベルの姿が変わる。赤黒く筋肉粒々の裸身、醜い角、背中にコウモリの羽。手足は狼のように毛むくじゃらになり、鋭い爪がある。顔は…鬼と言っていい。口が裂け。牙をむき出している。


ミルキシュの腕を振り払い、笑う。


「女のオマエが、腕力でインキュバスに敵うとでも思うのか?暫く待ってろ!オマエの“相手”もしてやる。」


妹の、エリーザの悲鳴。


「“夢”の力もオレが上だ!いい子にしていろ!」


カーテンが不自然に伸びて、ミルキシュに巻き付く。グルグル巻きにする。


インキュバスはエリーザの腕を掴んだ。


「時間をかけて、種を撒いたんだ…収穫の時だ…はは。」


「エリーザ!これは夢よ!悪夢!目覚めたいと!願いなさい!こんなヤツ、吹き飛ばせると、思いなさい!」


鉤爪でカーテンを引き裂いたミルキシュが叫ぶ。


インキュバスは、瞬時に歩み寄り、ミルキシュの両肩を掴んだ。


「ウルサイな…オマエから先に貰うか、サキュバス。」


「…お断り。それに、強さは腕力だけじゃない。」


「無駄な…」


「“ブラスト”!」


衝撃弾。インキュバスは吹き飛び、壁に叩きつけられる。


「な、何故、魔術を…!?純魔法を!?」


「あたしは、お前らと違うものを喰って育ったんで。」


ミルキシュは、両手を動かし、誰かによく似た大魔法を準備する。


そのミルキシュの前に、エリーザが立ちはだかった。


…!?


「どきなさい!エリーザ!コイツはお前を騙し、犯し、生命力を喰おうとした悪魔!」


エリーザはどかなかった。


「だって!だって!」


「邪魔よ!どきなさいバカ!」


「だって!だって好きだったんだもん!」



ねえアリエス。オマエなら、こんなときどうするんだろう?


この子の涙を、想いをどうしよう。



「“タイム・フリーズ”…」


アタシが止められるのは、ほんの少しだけど。


ミルキシュは、エリーザの後ろに回り。インキュバス…ルーベルの前に立った。


「焦げ落ちろ!“ライトニング”!」


エリーザがハッと後ろを振り返った時。そこには、いつの間にか羽を生やした女の背中しか見えなかった。


黒焦げになって崩れ落ちる夢魔の姿は、見えなかった。


でも、何が起きたのは、ハッキリわかる。



「嫌い…!」


「…愛してたのに!殺さなくてもいいじゃない!大っ嫌い!!」



背中越しに、姉だったものは答える。


「嫌っていい。アタシは、所詮は、夢。夢は醒めるもの。エリーザ。あなたの、その胸の痛みも何時か薄れる。」


夢は消えるだろう。あの男がプレゼントした品々も、ゴミや木くずに…元の姿に戻っていくはず。


「それでも…お姉ちゃんと呼ばれた日々は、楽しかった。エリーザ。アナタを守れて良かった…。」



 朝の陽に、小鳥たちの声に起こされるより早く。


エリーザは自分の泣き声で目が覚めた。


横で眠っていた妹は、姉の悲しい声に驚いて跳ね起きた。


「お姉ちゃん!ルーベル!戻って来て!戻って来てー!」


「お姉ちゃん、“お姉ちゃん”って誰?夢でも見たの…?」



 朝早く動き出した家族の食卓には、4人分の卵やパンが並んだ。


「食器…足りなくないかしら…?」


「何言ってんだ。オマエ。ミルキ………。あれ、あ、ああ。何言ってんだ…オマエ…。」



――――――――――


 朝。まだ暗い早朝。


多くの者はまだ夢の中。



「ねえ。アリエス。起きて。」


「ん…んんん…その声はミルキシュだな…ふぁああ。」


「声で判ってくれるの嬉しいけどさ。」


アリエスは、ミルキシュの横顔を見るや、その頬を撫でた。


「何か…あったのかい?」


「…嫌な奴だな。なんで判るの。」


アリエスは、ミルキシュの頭を自分の胸に、押し当てて抱きしめた。


ミルキシュの、すすり泣きが聞こえる。


「…ここは夢だ。誰も見ていないから。大丈夫だよ。ミルキシュ。」



やがて、照れ笑いをしながら、ミルキシュはアリエスの胸から頭を離し、言った。


「あのさぁ。行くとこないから、暫くオマエの城で泊めてよ。オマエのベッドでも良いけど、殺されるだろうから普通の部屋でイイ。」


「は!?城はムリ!魔族が入ろうなんてしたら…!?」


「“ドリーム・ブレイク”」


「や、やめ!」


アリエスの横に、町娘風の服を着て、角と翼と鉤爪を隠した美しい魔物が実体化する。


「ま、待て!“フーゴ”!呪文はいい!け、警戒が………あれ?」


2人はキョロキョロしている。


「反応しない…“敵意と悪意”、そして“邪悪”に反応する魔方陣が…警報が…ならない。」


ミルキシュはVサインをしている。


キミは何なんだ?ミルキシュ?



 ……アリエスは背中から、突然、鉤爪に首を掴まれた。ミルキシュではない。彼女は前。


「わたしが居ながら…他のオンナが…知らないオンナが寝室に居る…!どういうことか!どういうことか納得のいく説明をしてもらおうか…!!」


魔女イアの変化した鉤爪はアリエスの首筋でプルプルと震えていた。



「アタシか?アタシはサキュバスのミルキシュ。宜しくね。」


サキュバスだとお!性愛好きの夢魔かー!吸血姫に飽き足らずそっちまで!!


待ってー!聞いてー!誤解だから!違うから!!


わたしが横に居るのにぃぃぃぃい!!



 …なるほど。浮気しない理由の1つはコレか。ふむふむ。ま、必ずオトスけどな。


アリエスの悲鳴を聞きながら、ミルキシュは1人、頷いていた。


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