第64話 「ルピナス」
「アネモネ、具合はどう?」
アリエスが部屋入ると、ベッドで横になっていたアネモネが身を起こす。
「うん…大丈夫。お母様が付いてくれているし。」
「そか。良かった。アネモネ。」
「アリエス様…。」
「はい。」
「名前は…決まった?」
「キミが気に入ってくれるかどうかだけど。<ルピナス>。綺麗な花の子供に、逞しい花の名を。嫌がるかなぁ?男の子に花の名前。」
「いいえ…きっと。素敵。」
アネモネは静かに微笑んだ。
「それはそうと。この離宮に、キミのお母さまのお好きなものを揃えたいんだけど。どんなものを喜ばれるかな?音楽とか?彫像とか…。」
「…お母さまはお花が好きよ。」
「そっか。じゃぁ、魔術の力を見せようか。季節関係なく、色とりどりの花を庭に。」
そう言うところが風情が無いというか、節操ないと言うか、メンドクサガリと言うか。
何でも魔法で解決する悪影響と言うか、なのだが。アネモネは言わないことにした。
アリエスは窓の外を指さす。
次の瞬間には、アリエスは外に居た。庭に。
そして、はなさかじいさんの如く。魔法で花を咲かせていく。
綺麗…ではあるが…チューリップに薔薇にアネモネ、そしてルピナスに百合。
恐らく自分の知っている花だけをカオスに咲かせている。
バラバラに咲き乱れる珍しい花壇が広がっている。
…ああ、このヒトはもう少し花について勉強するべきだろう。
アネモネの母、ミラルダが赤子を抱いて部屋に入ってくる。
「眼を覚ましてしまったわ。ミルクね。」
アネモネは、優しく笑って我が子を胸に抱いた。
代わりに、母は庭を見て、微妙な表情に変わった。
そんなとき。庭で苦戦するアリエスの、平和な時間を奪う声が聞こえた。
「…我がもとに来い…。次に回収するアーティファクトが決まった…。」
白き虎の声だった。
アリエスはアネモネに一言、所要を伝える。
ここ数日はずっとアネモネの許に居た。赤子を産みたての彼女を見守る為に。
――――――――――
白き虎と会談するのは、決まってこの塔の、尖塔の上。
ツァルトの王城、一番高い塔の、一番高い尖塔の、細い剣のような飾りの上。
アリエスはその上に、片足で立っている。
虎は、真横の宙を歩いている。
「面白い噂話が聞こえて来たぞ。神託に関わるのかもな。ガランサン見張り塔の男が、空を突き破って突然現れた城を見たそうだ。」
「へえ。その城は何処へ?」
「さぁ。只の噂話。」
「見たかったなぁ。と言うか、入ってみたいなその城。」
「ま、何の実害も出ていない。聞いたのは、3日ほど前。」
「散々不思議を見て来た身としては、空飛ぶ城が現れても、おお。という程度で…ん?魔族の城じゃないよね?」
「さあな。例えそうであっても、何もして来んのならそれだけの事。」
「…まさか、噂話をしに僕を呼んだのかい?…まさか本当に後宮に入る気になったとか?」
「お前は少し、女に対して落ち着いた方が良い。」
「ごもっとも。」
「…タマゴ、を回収しろ。何とか回収しろ。全力で、身を守れ。方法を探せ。」
「何言ってんのこの虎さん?」
「場所のイメージを送る…。」
「…エレゲート公爵領。」
「次に、つい最近の、そのタマゴの周囲を見せよう。」
…次に送られたイメージ。洞窟の大きなホールだ。面白い完全な球形。
その底。中央に、人の半分も在ろうかという、球形、金属的なボール。
その周り。恐らく、元々人間であったであろう、肉片。バラバラの肉片。
5名以上とは思う。
「…あれを回収しろ。無害に。安全に。そして、誰の手にも届かぬよう、処分しろ。」
「は?アーティファクトは破壊出来ないんじゃ無かったのかい?」
「知らん。確かに伝えた。」
「伝えた、か。誰から?」
「…無論。我が主。」
「…自分で動けば?」
「約束通り、3つのアーティファクトを我らの為に回収したら、神への祈り届ける事を認める。」
「…3つでやっと会えると。」
「違う。祈り届ける、だ。会えるとは言っていない。そもそも、会えるはずもない。会えたくば、信徒となってから、死ね。」
アリエスはため息をついた。
「キミ、言葉遣いを“上”から教育されるべき。」
「お前に言われたくはない。じゃあな。」
虎は消える。
アリエスは再びため息をついた。
――――――――――
小さな洞窟の前に居る。
「良くもまぁ、見つけたもんだねこんな小さな洞窟。」
「全くだ。冒険者と言うのは呆れる。」白き虎が言う。
「通るのがやっとだ…。」
「元々、塞がっていたらしいな。人を入れるつもりなど無かった。宝も無ければ、モンスターも居なかった。死を招く罠ばかりだった。」
「よくご存じで?」
「…それだけ、誰にも触れさせたくなかったということだ。」
2人…1人と1匹は、洞窟に身をねじ込む。
「“ライトビジョン”…トラップのディテクトも掛けておくか…。」
「むう…。狭い…止むを得ん、人になるか…。」
虎がシェイプチェンジする。
「ずっとその方がモテるよ?」
「余計なお世話だ。神の眷属たる我に恋など無い。元々、そんな感情も無い。そう創られている。」
創られている、ね。
「勿体ない事で。」
「ふん。」
アリエスはピタッと止まった。
「じゃあなんで、人の姿で綺麗な顔でスタイル良く創られている?」
「…女性をあまり深く詮索するヤツは嫌われるぞ。」
女性って言ってる。なんだろ虎。
「…だがオマエも、よく1人で乗り込んでくるものだ。」
「キミが居ると思ったからね。」
「ふん…。」
「おっと、罠…。落とし穴。下は…酸…ほとんどないけど?」
「ほぼ無いな…。3000年も経てば消え失せるか。」
「もったいぶらずに、知っていることまでは聞かせておくれよ。」
「最初からそのつもりだったのに、お前が余計なことを突っ込むからだ。」
「えー。」
「こほん。」
「どうぞ。」
「ウルサイ。話の腰を折る天才かお前は!」
「どうぞ。」
「はぁ…。まぁイイ。まず、この地方にはドワーフが少ない。そう思わないか?」
「いや、知らない。」
「…大陸の覇者を目指す割には色々知らないな。」
「気にせず続きをドウゾ。」
話しをしながら、2人は次のトラップを避けた。落石トラップの“残り”だったが。
「これ、埋まったあと、魔法でトンネル掘ったのか。先客はそれなりのグループだったらしいね。」
「そうだろうな…。」
通路は急こう配の斜面で、深く深く地に潜っていく。
「昔、魔法王国エレジエドは、東方を抑えた後、西方へ進軍した。知っているな?」
「初めて聞いたよ!古代魔法王国の名前!!」
「…でだ。西の最初の国は、このエレゲートの端にある小さな王国だった。ドワーフの国ブラドムだ。ドワーフは純魔法をあまり使わないが、錬金術に長けた者が多い。エレジエドにとってはそれなりに障害だった。」
「エレジエドねえ~。真祖の書物にも無かった。へええ~。」
「聞け!」
「ハイ。ドワーフは強靭だからね!体力も生命力も。」
アリエスは、教室でウルサイにも関わらず、当てられた問題を全て解けるタイプだ。
「くっ…。ま、まぁ。とはいえ、エレジエドにとって大きな障壁では無かった。メテオの雨が降って来たよ。少数のドワーフは地に潜り、地表のドワーフは死に絶えた。地表の生き物もだ。」
人口の通路に変わっていた。石板がある。石碑がある。
<これより先に進むな。死だけが待っている。誰も抑えられない。誰も操れない。我ら、此処に死の卵を封じる。永遠に。>
「地の底のドワーフ達の抵抗は苛烈だったが、滅びを迎えた。判るだろう。根絶やしにされた小さな国の、怒りと悲しみが。」
「…何故、全滅させる必要があったんだ?。意味のない戦争だ…。」
「さあな…。エレジエドでは、魔法の使えない異国の民は奴隷だった。魔力の有無で身分が変わったらしい。」
「ドワーフの錬金術は魔法じゃないか。世界に誇れる、役立つ力だ。」
「さあ。他の国への見せしめであったかも知れんし、違うかもしれん。だが、この国は滅んだ。奴隷になったものが居るかどうかも判らん。当時より、彼らと対等であったのはエルフだけと聞く。」
「……」
「…生き残りのドワーフ達は、己の命と怒りで、全ての魔力と技術の粋で、進軍して来たエレジエドの魔道士軍を殲滅する球体を生み出した…。ドワーフの神の加護も受けているとか居ないとか。」
「それが、タマゴ。」
「そう…アレ、だ。見えるかな?今は90mほど下だが…。」
虎。ディヴァは、通路の切れ目…えぐり取られた様に突然喪失した通路から繋がる球形のホール、その底を指さす。
「どんな攻撃をしてくると?」
「さぁ。ただ、亡骸を見る限りは…。」
「斬撃か。魔法のはずないか。純魔法なら、魔術師に効かない可能性がある。」
「では、任せた。道案内もこれまで。健闘を祈る。」
「一緒じゃないのかい!?」
「やーん、こわいー。かえる。」
ディヴァは身をよじって演技した。
「虎!?」
そしてテレポートで消えた。
「なんなのあの子!」
アリエスは、まずは試すことにした。不用意に近づくなど、絶対にしない。
「“サモン・ゴーレム・ストナ”!」
球体の真ん前に、石のゴーレムを呼びだす。
…反応はない。
「“エナジー・ブラスト”!」
遠距離から、撃つ、光の衝撃。それは、金属の表面に弾かれるように消えた。
銀?ミスリル銀?
炎。電撃。冷撃。斬撃。衝撃。全て試し、弾かれる。
「うわ。魔術師殺し。これは凄い。」
判る。ドワーフ達の怒りが。これが地表に出現したならば、そこに魔道士たちが居たならば、何一つ対抗できないに違いない。逃げるだけ。テレポートで逃げるだけだ。
そう。勿論、アリエスもテレポートで逃げるつもりだ。当然。
これで、試してない呪文は、1つしかない。効くだろうか。“分解”が。
それとも、ランダムゲートを開いてどこか異界に行ってもらうか。
アリエスはネックレスに変身させていた使い魔に声を掛け、打ち合わせる。もし仮に自分が意識を失うことがあれば、その瞬間テレポートで飛ばしてもらう。アリエスは1人だが、1人ではない。
「“フィールド”!“バリア”!」念のため、球形を壁で囲む。僅かに隙間を作る。自分が横になれば通れそうな幅を残す。
アリエスは、飛んで近づいていく。
僅かに、そう。10mも飛んだくらいだ。
タマゴが浮き上がった。
中央に、1つ目のような赤い光が浮き上がった。
それは、アリエスを見ている。見ている。
何かが細かく震えるような音がした。
そして球形は、アリエスの方に飛んで来ようとする。
勿論、強固なフィールドがタマゴを足止めした。
アリエスは見た。タマゴが、無数の金属片に分裂し、周囲に広がったのを。
それは、フィールドを粉砕した。魔法のフィールドを。メテオすら止めたアリエスのフィールドを。
同時に、石のゴーレムも、寸断される。寸断どころか、みじん切りに!
「バカな!そんなバカな!!」
「“テレポート”!」
まずは逃げる!だが…!飛べない!
さっきの音は…次元断層フィールド!?どのくらいの幅だ!?
悪魔の山で次元断層を中和したことはある…!だが、時間が居る!長い集中の時間が!
タマゴは、再び1つになって、飛んできた。
「くっ!“タイム・フリーズ”!」
アリエスは、勇気を持って、タマゴの目の前に!
「“ディスアセンブル!分解!”」
接触系最強呪文!全て砂に還る!
!!
効かない!可能性は2つ!アンチマジックの金属なのか、アリエス以上の魔力なのか。
「こ、こんなもの破壊できるとしたら、次元ごと切るしか!相手の魔力にも素材にも関係なく、次元ごと…!神祖が魔神を葬るのに使ったという究極の魔法…!」
勿論、使えはしない。知らん!
アリエスは元の位置へテレポートする。次元断層で囲まれた”中”から”中”なら、使える。
タマゴが飛んで来る。近づいてくる。
まずい!まずい!まずいー!
タマゴが再び金属片に分かれる。
待てよ、この瞬間の中央なら、純魔法の塊なのではないのか!?
外壁がムリでも中央は!?
「“タイム・フリーズ”!」
自分に飛んで来る無数の金属片を見ながら、時を止める!
そして、内側へ飛ぶ!
アリエスは、中央に一瞬で近づいた。そして知った。
中央もまた、紅く光る金属球であることを!
無理だ…!多分、外側と同じ!
<アーティファクトは、人には破壊出来ない>
ふざけるな!ふざけるな!!
それが加護だというなら!
なぜその力で人々を救わなかったんだー!!
アリエスの時間停止は、金属片による攻撃を、一度かわしただけに終わった。
斬撃は、周囲を半径90mの球形に抉り取った。
コイツの次元断層は、コイツを中心に移動している!?
逃れられない。悪夢だ。こいつと戦った魔道士達の絶望が目に浮かぶ。
だが、コイツは地下で眠っていた。
そうだ…!僕が近づくまで、動かなかった!コイツの行動範囲は約80m!
80m以内に、生命の反応か…魔力の反応が無ければ眠るのだろうか?
いや、それでは、ドワーフはこれを作り上げた瞬間に自分達が死ぬじゃないか。
ちがう!何かある!なにか、コイツを眠らせるものがある!
なんだ!?何がこいつを抑える?
球体が迫る。アリエスに迫る。
もう一度時を止めても…。
時間停止は究極魔法の1つ。じり貧どころじゃない。その消耗は、半端ではない。
…地下に潜ったドワーフは、魔術師達を呪った…。
地下に潜ることを強いられたドワーフ達が何を望んだか。
地上の光だろうか?新鮮な、空気だろうか?緑の草花だろうか?
間に合わない。タイム・フリーズ!
アリエスは、逆に底に飛んだ。
何か、何か痕跡があるはずだ!
3 何か…何か必ず!
2 岩の血のシミ…哀れな冒険者たちの血のシミだ。
1 何もない…ああ、1つある。魔術師の持っていた杖だろう。ネジくれた樫の杖だ。意味ない。
0 時は動き出す。
タマゴの球体は、一度広がった金属片をそのまま操るわけでは無いらしい。球体に戻ろうとしている。
樫の木ていどの発見じゃなぁ。
__?
樫の木が、何故残っている?
僕のバリアを繰り裂いた金属片だぞ?切れない訳ないだろう。
…ああ。そうか。
「ドワーフの偉人たちよ!あなた方が優しき人々であったことに賭ける!」
「“サモンオブジェクト・ブースト”!」「“エリア・テレキネシス”!」
サモンオブジェクトの呪文はサモンウエポンの呪文と同様に、呼びだす呪文だ。
それが、何処にあるか、その形状と色を、匂いを、知って居なければならない。
アリエスは、薔薇を、チューリップを。アネモネとルピナスを庭から根こそぎ持って来た。
そして、球体に、幾重にも巻き付ける。
…球体は、花開かなかった。
…花開かなかった。
そして、アリエスが81m離れた時、底に落ちて行った。
樫の木を、切れないはずもない。斬らなかったんだ。草木を斬らないように。命令されている。
地上を荒野にされたことが許せなかったんでしょう?
同じことをしたくなかったんでしょう?
まぁ、そうしないと自分たちも殺されるもんね…。ドワーフだって魔力あるもんね。
―――アリエスは、念のため、決して80mから近づくことなく、花で囲んだタマゴを、ツァルト王家の紋章入りの木箱に鎮め、外から開かないように厳重に呪文を掛けた。
そして、妃メイフェアの力も借りて。王家直轄地のある地点から真下へ、実に300mの縦穴を掘り、そこに木箱を埋めた。
この場所は、メイフェアとアリエスしか知らない。魔法で一時的に作ったトンネルは、埋まって跡かたなく消えてしまう。
―――――――――
ツァルト王城。その尖塔の上。
白き虎。ディヴァと話す時は、いつもここだ。
「よくやった。見事だ、アークマスター。」
「戦いが真に…賭けだったのは初めてかも知れない。賭けに勝った。それだけだ。」
「ほう。珍しく謙虚ではないか。」
「僕はね、怒っているんだよ。ドワーフの神に。ドワーフのどの神かも知らないけどね。」
「…そうか。言いたいことは、判らなくもない。」
「キミに言っても仕方ない事なんだけどね。悪いね。これはタダの愚痴だ。」
「…ああ。我で良ければ聞いてやろう。」
アリエスは、虎の目の前に顔を近づける。
「やーんって、冗談だったんだろうけど、可愛かったよ。」
そういって、虎の頭を撫でた。
「ふざめるなー!!」
「め。」
アリエスは、取り合えず逃げる事にした。
おっと、今日もアネモネの所に行こう。テレポート。
「アネモネ。ルピナスは寝たのかい?」
「ええ。ほら。」
アネモネの横には、小さなベッドで温かな毛布をかぶっている、可愛らしい赤子が寝ている。
アリエスは、優しく頬を撫でた。
「でもね…」
「うん?」
「お母様が、“水をやっていた花がいきなり全部消えた!”って怒っているのよね…。」
アリエスは、取り合えず逃げる事にした。




